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第6章「記憶の断片」
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田中の処刑から一夜が明けた。
蒼太は個室のベッドで目を覚ましたが、昨夜の光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。雨宮が震える手で注射器を握っていた瞬間、田中の最後まで歪んだ笑顔、そして処刑後に崩れ落ちた雨宮の姿。
隣室からは、夜中ずっと雨宮のすすり泣きが聞こえていた。彼女の精神状態は、明らかに限界を超えていた。
スピーカーから機械音声が流れる。
「おはようございます。本日は休息日とします。次回選挙の準備期間といたします」
休息日。蒼太は苦笑した。この地獄に休息などあるはずがない。参加者たちの心は、一刻も休まることなく恐怖と絶望に支配され続けている。
個室から出ると、廊下で高橋と遭遇した。彼の表情には深い疲労と、何かを考え込んでいる様子が見て取れた。
「蒼太さん、少し話がありませんか」
高橋の声には、いつもの分析的な冷静さに加えて、切迫感が込められていた。
「もちろんです」
二人は人目につかない廊下の角に移動した。高橋は周囲を確認してから、小声で話し始めた。
「昨夜、気になることがあったんです。田中の処刑後、神谷の行動を観察していたんですが……」
高橋は言葉を選びながら続けた。
「彼は処刑台を片付ける職員たちと、何やら会話をしていました。普通の参加者なら、職員と接触することなんてできないはずなのに」
蒼太は眉をひそめた。確かに、これまで職員たちは参加者との接触を一切避けていた。防護服に身を包み、無言で業務を遂行するだけの存在だった。
「それに」
高橋の声がさらに小さくなった。
「神谷は処刑の方法について、事前に知っているような素振りを見せていました。昨日の処刑で使われた注射器の種類や、効果について詳しく語っていたんです」
「まるで、このゲームの内部情報を知っているかのような」
蒼太の推測に、高橋は頷いた。
「ええ。神谷は単なる参加者ではない可能性があります。もしかすると、このゲームの関係者、あるいは……」
その時、背後から声をかけられた。
「何をひそひそ話しているんですか?」
振り返ると、神谷が立っていた。いつから聞いていたのか分からないが、その微笑みには明らかな警告の意味が込められていた。
「神谷さん」
蒼太は冷静を装った。
「おはようございます。昨夜はお疲れさまでした」
「ああ、雨宮さんの初めての処刑執行でしたからね。なかなか見応えがありました」
神谷の言葉には、人の苦痛を楽しむような響きがあった。田中とは別種の、より知的で計算された悪意だった。
「ところで」
神谷は高橋を見つめた。
「高橋さんは研究者でしたね。観察眼が鋭くて感心します。ただ、あまり深く詮索しすぎると、危険な目に遭うかもしれませんよ」
明確な脅迫だった。高橋の顔が青ざめる。
「何か隠していることでもあるんですか?」
蒼太が割って入った。神谷の視線が彼に向かう。
「隠していること? 面白い表現ですね。では、蒼太さんはいかがですか? まだ思い出せませんか? あなたの『罪』を」
神谷の言葉に、蒼太の心臓が跳ね上がった。
「僕の記憶について、あなたは何か知っているんですか?」
「知っている、というより……」
神谷は意味深な笑みを浮かべた。
「思い出すきっかけを与えることはできるかもしれません。もし、あなたが本当に真実を知りたいなら」
蒼太は神谷の提案に警戒した。この男の申し出には、必ず裏がある。
「どういう意味ですか?」
「今夜、個室でお待ちください。興味深いものをお見せしましょう」
神谷はそれだけ言うと、立ち去っていった。残された蒼太と高橋は、困惑と不安を隠せなかった。
「蒼太さん、神谷の申し出は危険です。彼の真の目的が分からない以上……」
「分かっています」
蒼太は高橋の忠告を遮った。
「でも、僕の記憶は必ず重要な鍵を握っているはずです。このゲームの真相に迫るためには、リスクを取る必要もある」
高橋は心配そうな表情を浮かべたが、最終的には頷いた。
「分かりました。ただし、何かあったらすぐに助けを呼んでください」
二人が話していると、雨宮が現れた。しかし、昨日までの雨宮とは別人のような様子だった。
髪は乱れ、目は充血し、顔は青白く痩せこけている。田中の処刑が、彼女の精神に致命的なダメージを与えたことは明らかだった。
「雨宮さん」
蒼太が声をかけると、雨宮はびくりと震えた。
「あ、蒼太さん……」
彼女の声は掠れていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……私、人を殺したのよ。この手で……」
雨宮は自分の手を見つめながら震えていた。
「私はもう……もう教師なんかじゃない。ただの殺人者よ」
雨宮の自己嫌悪は深刻だった。このままでは、次の選挙まで持たない可能性もある。
「雨宮さん、あなたは悪くない」
蒼太は慰めようとしたが、雨宮は首を振った。
「悪くないって? 私は田中を殺した。確かに彼は異常だった。でも、それでも人間よ。私が殺したのよ」
雨宮の涙が止まらなかった。
「私の同僚も、田中も、みんな私のせいで死んだ。私は生きている資格なんてない」
危険な発言だった。雨宮の精神状態は、自殺願望にまで発展している可能性がある。
「雨宮さん、聞いてください」
蒼太は彼女の肩に手を置いた。
「このゲームは狂っています。あなたを殺人者にしたのは、このシステムです。あなた自身の意思ではない」
「でも、私が注射器を……」
「強制されたんです。あなたに選択肢はなかった」
蒼太の言葉に、雨宮は少しだけ冷静さを取り戻した。
「本当に……そうでしょうか?」
「ええ。そして、私たちは必ずここから脱出します。一緒に、このゲームの真相を暴きましょう」
雨宮は蒼太の目を見つめた。そこには、わずかながら希望の光が宿っているように見えた。
「蒼太さん……ありがとう」
午後になると、参加者たちは中央ホールに集められた。今日は選挙はないが、何らかの発表があるようだった。
スクリーンが点灯し、機械音声が響いた。
「参加者の皆さん、現在の生存者数は十八名です。次回、第三回選挙の実施について説明いたします」
新しい情報が表示された。
【第三回選挙特別ルール】
【前回当選者(雨宮香織)は自動立候補】
【推薦権は全参加者に均等付与】
【ただし、神谷の影響力増大により、特別措置を実施】
【神谷は候補者から除外される】
発表に、会場がざわめいた。神谷の候補者除外は予想外の展開だった。
神谷自身も、初めて表情を変えた。明らかに動揺している様子だった。
「これは……どういうことですか?」
神谷が機械音声に向かって質問したが、返答はなかった。
スクリーンに追加情報が表示された。
【理由:前回当選者(神谷)の影響力が過度に増大】
【公平な選挙実施のため、一時的に候補者資格を停止】
【神谷は投票権のみ保持】
神谷の顔が青ざめた。彼の計画に、大きな狂いが生じたのだ。
参加者たちの間から、安堵のため息が漏れた。神谷の脅威から一時的にでも解放されることは、大きな救いだった。
しかし、蒼太は別の不安を感じていた。このタイミングでの神谷除外は、あまりにも都合が良すぎる。まるで、誰かが意図的に操作したかのようだった。
「参加者の皆さん、明日は準備日とします。第三回選挙は明後日実施予定です」
機械音声の発表で、参加者たちは解散した。しかし、神谷だけは立ち去らず、スクリーンを見つめ続けていた。
その夜、蒼太は個室で神谷を待っていた。
午後十時を過ぎた頃、ドアがノックされた。
「蒼太さん、お約束通り伺いました」
神谷の声だった。ドアを開けると、彼は小さな装置を手に持っていた。
「これは何ですか?」
「記憶再生装置です。簡単に言えば、封印された記憶を呼び覚ますためのツールです」
蒼太は警戒した。そんな装置が存在するということは、記憶の封印も人為的に行われたということになる。
「なぜ、あなたがそんなものを?」
「私の正体については、後ほど説明しましょう。まずは、あなたの記憶を取り戻すことが先決です」
神谷は装置を蒼太に向けた。
「これを使えば、あなたが忘れている『罪』を思い出すことができます。ただし……」
神谷の表情が険しくなった。
「その記憶は、おそらくあなたが想像している以上に重いものです。本当に知りたいですか?」
蒼太は迷った。記憶を取り戻すことで、このゲームの真相に近づける可能性がある。しかし、同時に自分自身の恐ろしい過去と向き合わなければならない。
「やってください」
蒼太は決断した。真実を知ることが、すべての始まりだった。
神谷は装置のスイッチを入れた。微弱な電磁波のようなものが、蒼太の頭部に向けて放射される。
最初は何も変化がなかった。しかし、数分経つと、蒼太の頭の中に映像が浮かび始めた。
大学時代の研究室。指導教授との会話。そして……
「あっ……」
蒼太は頭を抱えた。封印されていた記憶が、堰を切ったように流れ込んできた。
五年前、蒼太は大学の研究室で心理学を専攻していた。指導教授は、違法な人体実験を行っていた。記憶操作、洗脳、精神支配。そのすべてに、蒼太は協力していたのだ。
「思い出しましたね」
神谷の声が遠くに聞こえる。
蒼太の記憶の中で、実験の被験者たちが苦しんでいた。彼らは皆、社会的に弱い立場の人々だった。ホームレス、精神病患者、身寄りのない老人。
そして、その中に……雨宮がいた。
五年前の雨宮は、まだ大学生だった。教職を目指していた彼女は、アルバイトとして実験に参加したのだ。そこで、記憶操作の実験を受けた。
蒼太は、雨宮の記憶を改竄した張本人だったのだ。
「そうです……あなたは覚えている」
神谷の声が続く。
蒼太の記憶はさらに続いた。実験は失敗し、多くの被験者が精神的な後遺症を負った。雨宮もその一人だった。彼女の記憶は混乱し、現実と虚構の区別がつかなくなった。
その結果、雨宮は教師になってから同僚を裏切ることになった。混乱した記憶が、彼女の判断力を狂わせたのだ。
そして、裏切られた同僚が自殺したのも、すべて蒼太の実験が原因だった。
「全て……僕のせいだった……」
蒼太は絶望した。雨宮の『罪』も、その同僚の死も、すべて自分が引き起こしたことだった。
「まだ続きがあります」
神谷は冷酷に告げた。
記憶はさらに遡った。実験が発覚した時、蒼太は真実を隠蔽した。証拠を隠滅し、被験者たちを口封じのために施設に隔離した。
高橋もその隠蔽に関わっていた。彼の『罪』である「不正の見逃し」は、この事件のことだったのだ。
田中は、実験の証拠隠滅のために雇われた業者の息子だった。彼が異常な性格になったのも、幼い頃から暴力的な環境で育てられたからだった。
鈴木の隣人の老人も、実験の被験者の一人だった。彼女が助けを求める声を無視したのは、実験の関係者だと知っていたからだった。
佐藤は、実験の告発を試みた内部告発者だった。しかし、蒼太たちによって口封じされ、記憶を操作されて沈黙させられた。
すべてが繋がった。参加者全員が、あの違法実験に関わっていたのだ。
「これが真実です、蒼太さん」
神谷は満足そうに微笑んだ。
「あなたたちは皆、五年前の事件の関係者です。加害者、被害者、協力者、隠蔽者。そして今、最終的な『裁き』を受けているのです」
蒼太は床に崩れ落ちた。自分が諸悪の根源だったという事実に、精神が崩壊しそうになった。
「では、私の正体も明かしましょう」
神谷は装置をしまいながら言った。
「私は、あの実験で死んだ被験者の遺族です。父親を実験で殺されました。そして、復讐のためにこのゲームを企画したのです」
神谷の告白に、蒼太は戦慄した。
「つまり、あなたが……このゲームの主催者……」
「正確には、主催者の一人です。真の黒幕は別にいます。しかし、このゲームの設計と運営には深く関わっています」
神谷は蒼太を見下ろした。
「あなたたちの『罪』に相応しい罰を与えるために、このシステムを構築しました。選挙という形式にしたのは、あなたたちに選択の重みを思い知らせるためです」
蒼太は理解した。このゲームは復讐劇だったのだ。神谷の父親、そして他の被害者たちのための。
「でも……なぜあなたも参加者として?」
「より深い復讐のためです。あなたたちの絶望を間近で見たかった。そして、最終的にあなたたちを自分の手で裁きたかった」
神谷の復讐心は、想像を絶するほど深かった。
「しかし、計画に狂いが生じました。私の影響力が強すぎて、ゲームの公平性が損なわれる可能性が出てきたのです」
神谷は苦々しい表情を浮かべた。
「真の黒幕から、候補者除外の命令が下りました。私の復讐は、思うようには進まないかもしれません」
蒼太は混乱していた。記憶の回復、自分の罪の重さ、そして神谷の正体。すべてが想像を超えていた。
「これで、すべてを知りました」
神谷は立ち上がった。
「明後日の選挙で、あなたがどのような選択をするか、楽しみにしています。自分の罪を背負って生きるのか、それとも死を選ぶのか」
神谷が去った後、蒼太は一人で慟哭した。
すべてが自分のせいだった。雨宮の苦しみ、同僚の死、他の参加者たちの悲劇。すべての元凶は自分だった。
しかし、絶望の中でも、蒼太は一つの決意を固めていた。
この罪を背負って生き残り、必ず真の黒幕を見つけ出す。そして、残された参加者たちを救ってみせる。
それが、自分にできる唯一の償いだった。
翌朝、蒼太は雨宮の個室を訪れた。
彼女に真実を告白し、謝罪しなければならない。そして、一緒に戦ってもらわなければならない。
「雨宮さん」
ドアをノックすると、弱々しい声が聞こえた。
「どなた?」
「蒼太です。大切な話があります」
しばらくして、ドアが開いた。雨宮の顔は昨日よりもさらに憔悴していた。
「話って……何でしょうか?」
蒼太は深呼吸してから、すべてを語り始めた。
五年前の実験、記憶操作、隠蔽工作、そして自分が雨宮の記憶を改竄した事実。
雨宮は最初、信じられないという表情を浮かべていた。しかし、蒼太の話が進むにつれて、彼女の顔は青ざめていった。
「つまり……私の記憶は……」
「改竄されています。あなたの同僚への裏切りも、混乱した記憶が原因です」
雨宮は震えながら壁にもたれかかった。
「私の人生は……偽物だったということ?」
「そうです。そして、それは僕の罪です」
蒼太は土下座した。
「申し訳ありませんでした。すべて僕のせいです」
雨宮は長い間沈黙していた。そして、ついに口を開いた。
「私は……あなたを恨むべきなのでしょうね」
蒼太は覚悟していた。雨宮の怒りを、復讐を。
しかし、彼女の次の言葉は意外なものだった。
「でも……少し楽になりました」
蒼太は顔を上げた。
「私の罪が、完全に私だけのものではなかったということが分かって……少しだけ、心が軽くなりました」
雨宮は涙を流していた。しかし、それは絶望の涙ではなく、どこか安堵の涙だった。
「蒼太さん、私たちはどうすればいいのでしょうか?」
蒼太は立ち上がった。
「戦いましょう。このゲームの真の黒幕を見つけ出し、残された参加者たちを救いましょう」
雨宮は蒼太の目を見つめた。
「分かりました。一緒に戦います」
第三回選挙まで、あと一日。
蒼太と雨宮は、新たな決意を胸に準備を始めた。
真実を知った今、彼らにはもう迷いはなかった。
このゲームを終わらせ、すべての真相を明らかにする。
それが、彼らの新たな使命だった。
蒼太は個室のベッドで目を覚ましたが、昨夜の光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。雨宮が震える手で注射器を握っていた瞬間、田中の最後まで歪んだ笑顔、そして処刑後に崩れ落ちた雨宮の姿。
隣室からは、夜中ずっと雨宮のすすり泣きが聞こえていた。彼女の精神状態は、明らかに限界を超えていた。
スピーカーから機械音声が流れる。
「おはようございます。本日は休息日とします。次回選挙の準備期間といたします」
休息日。蒼太は苦笑した。この地獄に休息などあるはずがない。参加者たちの心は、一刻も休まることなく恐怖と絶望に支配され続けている。
個室から出ると、廊下で高橋と遭遇した。彼の表情には深い疲労と、何かを考え込んでいる様子が見て取れた。
「蒼太さん、少し話がありませんか」
高橋の声には、いつもの分析的な冷静さに加えて、切迫感が込められていた。
「もちろんです」
二人は人目につかない廊下の角に移動した。高橋は周囲を確認してから、小声で話し始めた。
「昨夜、気になることがあったんです。田中の処刑後、神谷の行動を観察していたんですが……」
高橋は言葉を選びながら続けた。
「彼は処刑台を片付ける職員たちと、何やら会話をしていました。普通の参加者なら、職員と接触することなんてできないはずなのに」
蒼太は眉をひそめた。確かに、これまで職員たちは参加者との接触を一切避けていた。防護服に身を包み、無言で業務を遂行するだけの存在だった。
「それに」
高橋の声がさらに小さくなった。
「神谷は処刑の方法について、事前に知っているような素振りを見せていました。昨日の処刑で使われた注射器の種類や、効果について詳しく語っていたんです」
「まるで、このゲームの内部情報を知っているかのような」
蒼太の推測に、高橋は頷いた。
「ええ。神谷は単なる参加者ではない可能性があります。もしかすると、このゲームの関係者、あるいは……」
その時、背後から声をかけられた。
「何をひそひそ話しているんですか?」
振り返ると、神谷が立っていた。いつから聞いていたのか分からないが、その微笑みには明らかな警告の意味が込められていた。
「神谷さん」
蒼太は冷静を装った。
「おはようございます。昨夜はお疲れさまでした」
「ああ、雨宮さんの初めての処刑執行でしたからね。なかなか見応えがありました」
神谷の言葉には、人の苦痛を楽しむような響きがあった。田中とは別種の、より知的で計算された悪意だった。
「ところで」
神谷は高橋を見つめた。
「高橋さんは研究者でしたね。観察眼が鋭くて感心します。ただ、あまり深く詮索しすぎると、危険な目に遭うかもしれませんよ」
明確な脅迫だった。高橋の顔が青ざめる。
「何か隠していることでもあるんですか?」
蒼太が割って入った。神谷の視線が彼に向かう。
「隠していること? 面白い表現ですね。では、蒼太さんはいかがですか? まだ思い出せませんか? あなたの『罪』を」
神谷の言葉に、蒼太の心臓が跳ね上がった。
「僕の記憶について、あなたは何か知っているんですか?」
「知っている、というより……」
神谷は意味深な笑みを浮かべた。
「思い出すきっかけを与えることはできるかもしれません。もし、あなたが本当に真実を知りたいなら」
蒼太は神谷の提案に警戒した。この男の申し出には、必ず裏がある。
「どういう意味ですか?」
「今夜、個室でお待ちください。興味深いものをお見せしましょう」
神谷はそれだけ言うと、立ち去っていった。残された蒼太と高橋は、困惑と不安を隠せなかった。
「蒼太さん、神谷の申し出は危険です。彼の真の目的が分からない以上……」
「分かっています」
蒼太は高橋の忠告を遮った。
「でも、僕の記憶は必ず重要な鍵を握っているはずです。このゲームの真相に迫るためには、リスクを取る必要もある」
高橋は心配そうな表情を浮かべたが、最終的には頷いた。
「分かりました。ただし、何かあったらすぐに助けを呼んでください」
二人が話していると、雨宮が現れた。しかし、昨日までの雨宮とは別人のような様子だった。
髪は乱れ、目は充血し、顔は青白く痩せこけている。田中の処刑が、彼女の精神に致命的なダメージを与えたことは明らかだった。
「雨宮さん」
蒼太が声をかけると、雨宮はびくりと震えた。
「あ、蒼太さん……」
彼女の声は掠れていた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……私、人を殺したのよ。この手で……」
雨宮は自分の手を見つめながら震えていた。
「私はもう……もう教師なんかじゃない。ただの殺人者よ」
雨宮の自己嫌悪は深刻だった。このままでは、次の選挙まで持たない可能性もある。
「雨宮さん、あなたは悪くない」
蒼太は慰めようとしたが、雨宮は首を振った。
「悪くないって? 私は田中を殺した。確かに彼は異常だった。でも、それでも人間よ。私が殺したのよ」
雨宮の涙が止まらなかった。
「私の同僚も、田中も、みんな私のせいで死んだ。私は生きている資格なんてない」
危険な発言だった。雨宮の精神状態は、自殺願望にまで発展している可能性がある。
「雨宮さん、聞いてください」
蒼太は彼女の肩に手を置いた。
「このゲームは狂っています。あなたを殺人者にしたのは、このシステムです。あなた自身の意思ではない」
「でも、私が注射器を……」
「強制されたんです。あなたに選択肢はなかった」
蒼太の言葉に、雨宮は少しだけ冷静さを取り戻した。
「本当に……そうでしょうか?」
「ええ。そして、私たちは必ずここから脱出します。一緒に、このゲームの真相を暴きましょう」
雨宮は蒼太の目を見つめた。そこには、わずかながら希望の光が宿っているように見えた。
「蒼太さん……ありがとう」
午後になると、参加者たちは中央ホールに集められた。今日は選挙はないが、何らかの発表があるようだった。
スクリーンが点灯し、機械音声が響いた。
「参加者の皆さん、現在の生存者数は十八名です。次回、第三回選挙の実施について説明いたします」
新しい情報が表示された。
【第三回選挙特別ルール】
【前回当選者(雨宮香織)は自動立候補】
【推薦権は全参加者に均等付与】
【ただし、神谷の影響力増大により、特別措置を実施】
【神谷は候補者から除外される】
発表に、会場がざわめいた。神谷の候補者除外は予想外の展開だった。
神谷自身も、初めて表情を変えた。明らかに動揺している様子だった。
「これは……どういうことですか?」
神谷が機械音声に向かって質問したが、返答はなかった。
スクリーンに追加情報が表示された。
【理由:前回当選者(神谷)の影響力が過度に増大】
【公平な選挙実施のため、一時的に候補者資格を停止】
【神谷は投票権のみ保持】
神谷の顔が青ざめた。彼の計画に、大きな狂いが生じたのだ。
参加者たちの間から、安堵のため息が漏れた。神谷の脅威から一時的にでも解放されることは、大きな救いだった。
しかし、蒼太は別の不安を感じていた。このタイミングでの神谷除外は、あまりにも都合が良すぎる。まるで、誰かが意図的に操作したかのようだった。
「参加者の皆さん、明日は準備日とします。第三回選挙は明後日実施予定です」
機械音声の発表で、参加者たちは解散した。しかし、神谷だけは立ち去らず、スクリーンを見つめ続けていた。
その夜、蒼太は個室で神谷を待っていた。
午後十時を過ぎた頃、ドアがノックされた。
「蒼太さん、お約束通り伺いました」
神谷の声だった。ドアを開けると、彼は小さな装置を手に持っていた。
「これは何ですか?」
「記憶再生装置です。簡単に言えば、封印された記憶を呼び覚ますためのツールです」
蒼太は警戒した。そんな装置が存在するということは、記憶の封印も人為的に行われたということになる。
「なぜ、あなたがそんなものを?」
「私の正体については、後ほど説明しましょう。まずは、あなたの記憶を取り戻すことが先決です」
神谷は装置を蒼太に向けた。
「これを使えば、あなたが忘れている『罪』を思い出すことができます。ただし……」
神谷の表情が険しくなった。
「その記憶は、おそらくあなたが想像している以上に重いものです。本当に知りたいですか?」
蒼太は迷った。記憶を取り戻すことで、このゲームの真相に近づける可能性がある。しかし、同時に自分自身の恐ろしい過去と向き合わなければならない。
「やってください」
蒼太は決断した。真実を知ることが、すべての始まりだった。
神谷は装置のスイッチを入れた。微弱な電磁波のようなものが、蒼太の頭部に向けて放射される。
最初は何も変化がなかった。しかし、数分経つと、蒼太の頭の中に映像が浮かび始めた。
大学時代の研究室。指導教授との会話。そして……
「あっ……」
蒼太は頭を抱えた。封印されていた記憶が、堰を切ったように流れ込んできた。
五年前、蒼太は大学の研究室で心理学を専攻していた。指導教授は、違法な人体実験を行っていた。記憶操作、洗脳、精神支配。そのすべてに、蒼太は協力していたのだ。
「思い出しましたね」
神谷の声が遠くに聞こえる。
蒼太の記憶の中で、実験の被験者たちが苦しんでいた。彼らは皆、社会的に弱い立場の人々だった。ホームレス、精神病患者、身寄りのない老人。
そして、その中に……雨宮がいた。
五年前の雨宮は、まだ大学生だった。教職を目指していた彼女は、アルバイトとして実験に参加したのだ。そこで、記憶操作の実験を受けた。
蒼太は、雨宮の記憶を改竄した張本人だったのだ。
「そうです……あなたは覚えている」
神谷の声が続く。
蒼太の記憶はさらに続いた。実験は失敗し、多くの被験者が精神的な後遺症を負った。雨宮もその一人だった。彼女の記憶は混乱し、現実と虚構の区別がつかなくなった。
その結果、雨宮は教師になってから同僚を裏切ることになった。混乱した記憶が、彼女の判断力を狂わせたのだ。
そして、裏切られた同僚が自殺したのも、すべて蒼太の実験が原因だった。
「全て……僕のせいだった……」
蒼太は絶望した。雨宮の『罪』も、その同僚の死も、すべて自分が引き起こしたことだった。
「まだ続きがあります」
神谷は冷酷に告げた。
記憶はさらに遡った。実験が発覚した時、蒼太は真実を隠蔽した。証拠を隠滅し、被験者たちを口封じのために施設に隔離した。
高橋もその隠蔽に関わっていた。彼の『罪』である「不正の見逃し」は、この事件のことだったのだ。
田中は、実験の証拠隠滅のために雇われた業者の息子だった。彼が異常な性格になったのも、幼い頃から暴力的な環境で育てられたからだった。
鈴木の隣人の老人も、実験の被験者の一人だった。彼女が助けを求める声を無視したのは、実験の関係者だと知っていたからだった。
佐藤は、実験の告発を試みた内部告発者だった。しかし、蒼太たちによって口封じされ、記憶を操作されて沈黙させられた。
すべてが繋がった。参加者全員が、あの違法実験に関わっていたのだ。
「これが真実です、蒼太さん」
神谷は満足そうに微笑んだ。
「あなたたちは皆、五年前の事件の関係者です。加害者、被害者、協力者、隠蔽者。そして今、最終的な『裁き』を受けているのです」
蒼太は床に崩れ落ちた。自分が諸悪の根源だったという事実に、精神が崩壊しそうになった。
「では、私の正体も明かしましょう」
神谷は装置をしまいながら言った。
「私は、あの実験で死んだ被験者の遺族です。父親を実験で殺されました。そして、復讐のためにこのゲームを企画したのです」
神谷の告白に、蒼太は戦慄した。
「つまり、あなたが……このゲームの主催者……」
「正確には、主催者の一人です。真の黒幕は別にいます。しかし、このゲームの設計と運営には深く関わっています」
神谷は蒼太を見下ろした。
「あなたたちの『罪』に相応しい罰を与えるために、このシステムを構築しました。選挙という形式にしたのは、あなたたちに選択の重みを思い知らせるためです」
蒼太は理解した。このゲームは復讐劇だったのだ。神谷の父親、そして他の被害者たちのための。
「でも……なぜあなたも参加者として?」
「より深い復讐のためです。あなたたちの絶望を間近で見たかった。そして、最終的にあなたたちを自分の手で裁きたかった」
神谷の復讐心は、想像を絶するほど深かった。
「しかし、計画に狂いが生じました。私の影響力が強すぎて、ゲームの公平性が損なわれる可能性が出てきたのです」
神谷は苦々しい表情を浮かべた。
「真の黒幕から、候補者除外の命令が下りました。私の復讐は、思うようには進まないかもしれません」
蒼太は混乱していた。記憶の回復、自分の罪の重さ、そして神谷の正体。すべてが想像を超えていた。
「これで、すべてを知りました」
神谷は立ち上がった。
「明後日の選挙で、あなたがどのような選択をするか、楽しみにしています。自分の罪を背負って生きるのか、それとも死を選ぶのか」
神谷が去った後、蒼太は一人で慟哭した。
すべてが自分のせいだった。雨宮の苦しみ、同僚の死、他の参加者たちの悲劇。すべての元凶は自分だった。
しかし、絶望の中でも、蒼太は一つの決意を固めていた。
この罪を背負って生き残り、必ず真の黒幕を見つけ出す。そして、残された参加者たちを救ってみせる。
それが、自分にできる唯一の償いだった。
翌朝、蒼太は雨宮の個室を訪れた。
彼女に真実を告白し、謝罪しなければならない。そして、一緒に戦ってもらわなければならない。
「雨宮さん」
ドアをノックすると、弱々しい声が聞こえた。
「どなた?」
「蒼太です。大切な話があります」
しばらくして、ドアが開いた。雨宮の顔は昨日よりもさらに憔悴していた。
「話って……何でしょうか?」
蒼太は深呼吸してから、すべてを語り始めた。
五年前の実験、記憶操作、隠蔽工作、そして自分が雨宮の記憶を改竄した事実。
雨宮は最初、信じられないという表情を浮かべていた。しかし、蒼太の話が進むにつれて、彼女の顔は青ざめていった。
「つまり……私の記憶は……」
「改竄されています。あなたの同僚への裏切りも、混乱した記憶が原因です」
雨宮は震えながら壁にもたれかかった。
「私の人生は……偽物だったということ?」
「そうです。そして、それは僕の罪です」
蒼太は土下座した。
「申し訳ありませんでした。すべて僕のせいです」
雨宮は長い間沈黙していた。そして、ついに口を開いた。
「私は……あなたを恨むべきなのでしょうね」
蒼太は覚悟していた。雨宮の怒りを、復讐を。
しかし、彼女の次の言葉は意外なものだった。
「でも……少し楽になりました」
蒼太は顔を上げた。
「私の罪が、完全に私だけのものではなかったということが分かって……少しだけ、心が軽くなりました」
雨宮は涙を流していた。しかし、それは絶望の涙ではなく、どこか安堵の涙だった。
「蒼太さん、私たちはどうすればいいのでしょうか?」
蒼太は立ち上がった。
「戦いましょう。このゲームの真の黒幕を見つけ出し、残された参加者たちを救いましょう」
雨宮は蒼太の目を見つめた。
「分かりました。一緒に戦います」
第三回選挙まで、あと一日。
蒼太と雨宮は、新たな決意を胸に準備を始めた。
真実を知った今、彼らにはもう迷いはなかった。
このゲームを終わらせ、すべての真相を明らかにする。
それが、彼らの新たな使命だった。
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