1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第3話「昨日への扉」怖さ:☆☆☆

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 白石隼人がアパートの扉を開けたとき、目の前に広がったのは昨日の光景だった。

 朝の八時十五分。いつものように出勤しようとドアノブを回すと、廊下ではなく自分の部屋が見えた。しかもそこには、昨日の朝の自分がいる。

 もう一人の隼人が、ベッドから起き上がろうとしているところだった。寝癖のついた髪、パジャマ姿、枕元のスマートフォンが示す時刻は昨日の午前七時。

「何これ……」

 隼人は扉を閉めて、もう一度開けてみた。今度は正常な廊下が見える。安堵の息をつきながら一歩踏み出そうとすると、足が宙に浮いた。

 廊下だと思ったのは錯覚で、そこは昨日の部屋の天井だった。隼人は逆さまになって落下し、昨日の自分の上に墜落した。

「うわあああ!」

 しかし接触することはなかった。隼人の体は昨日の自分をすり抜けて、ベッドに叩きつけられる。昨日の隼人は何事もなかったように起き上がり、洗面所へ向かった。

 隼人は慌てて立ち上がる。部屋を見回すと、確かに昨日の状況が再現されていた。脱ぎ散らかした服、飲みかけのコーヒーカップ、テーブルの上の昨日の新聞。

「夢だ……これは夢に違いない」

 隼人は自分の頬を叩いた。痛みはある。現実と同じ感覚だ。しかし目の前で昨日の自分が歯を磨いているのも、間違いなく現実に見える。

 昨日の隼人が洗面所から戻ってきた。スーツに着替え、ネクタイを締める。その一連の動作を、隼人は鮮明に覚えていた。なぜなら昨日、実際に自分がやったことだからだ。

 昨日の隼人が玄関に向かう。隼人も後を追った。

 そして昨日の隼人がドアを開けると、そこには今日の隼人の部屋が見えた。今朝起きたばかりの、散らかった部屋。ベッドの上には、寝間着姿の隼人がぼんやりと座っている。

 昨日の隼人が振り返る。今の隼人と目が合った。

「おまえ、誰だ?」

 昨日の隼人の声は、確実に隼人に向けられていた。

「僕は……僕だよ。君の明日の……」

「明日? 明日の俺がなんでここにいる?」

 昨日の隼人が近づいてくる。同じ顔、同じ体格、同じ声。鏡を見ているようで、しかし微妙に違和感がある。

「昨日って何月何日だ?」隼人は尋ねた。

「十月二十七日だ」昨日の隼人が答える。

「じゃあ今日は二十八日で……」隼人は混乱した。「今日僕が出勤しようとしたら、ここに来てしまったんだ」

「二十八日?」昨日の隼人が首をかしげる。「そんな日はない。明日も十月二十七日だ」

「そんなはずない!」

 隼人は昨日の隼人を押しのけて、開いたドアから今日の部屋へ飛び込んだ。しかしベッドの上にいた今日の隼人が振り向くと、その顔は昨日よりも少し痩せて見えた。

「おまえは誰だ?」今日の隼人が尋ねる。

「僕は君だよ! 昨日の君だ!」

「昨日? 昨日の俺がなんでここにいる?」

 同じ会話が繰り返される。隼人は愕然とした。

「今日は何月何日だ?」

「十月二十七日だ」今日の隼人が答える。

「昨日も二十七日で、今日も二十七日だって言うのか?」

「当然だろう。明日も十月二十七日だ」

 隼人は部屋を飛び出した。ドアの向こうには、また別の十月二十七日があった。少し古い家具の配置、少し違う服装の隼人。しかし日付は同じ。

 隼人は扉を開け続けた。

 どの部屋でも十月二十七日が繰り返されている。しかし微妙に違う。ある部屋の隼人は髪が長く、ある部屋の隼人は眼鏡をかけている。ある部屋の隼人は左利きで、ある部屋の隼人は猫を飼っている。

 すべて同じ十月二十七日なのに、すべて違う隼人だった。

「これは……何なんだ?」

 隼人は気づき始めた。これらは昨日ではない。同じ日付の、違う可能性だ。もしもあの時違う選択をしていたら、もしもあの時違う道を歩んでいたら。

 無数の十月二十七日が、扉の向こうに存在している。

 そして隼人は恐ろしい事実に気づいた。

 どの扉からも、十月二十八日に続く道が見つからない。

「明日はどこにあるんだ?」

 隼人は叫びながら扉を開け続けた。しかしどの扉の向こうにも、同じ十月二十七日しかない。

 やがて隼人は疲れ果てて座り込んだ。周りには無数の扉があり、それぞれから違う十月二十七日の隼人が覗いている。

「明日に行きたい」隼人は呟いた。

「でも明日なんてない」扉の向こうの隼人たちが口をそろえる。「あるのは今日だけだ」

「今日を生き続けるしかない」

「永遠に」

 隼人は理解した。十月二十八日は永遠に来ない。なぜなら隼人が、昨日にしがみついているからだ。

 後悔、迷い、やり直したい気持ち。それらが隼人を十月二十七日に縛り付けている。

「でも……明日に進みたい」

 その時、一つだけ違う扉があることに気づいた。ドアノブが錆びついて、開かずの間のようになっている扉。

 隼人はその扉に向かった。ドアノブに手をかけると、錆が手に付着する。強く引っ張ると、ギシギシと音を立てて扉が開いた。

 向こうには何もなかった。真っ白な空間が広がっている。

「十月二十八日は、そこにあるのかもしれない」

 隼人は白い空間に足を踏み入れた。

 その瞬間、背後のすべての扉が閉まった。無数の隼人たちの声が聞こえる。

「戻ってこい!」

「今日にいろ!」

「明日なんて必要ない!」

 しかし隼人は振り返らなかった。白い空間を歩き続ける。

 やがて前方に新しい扉が見えた。ドアノブは新品で、光っている。

 隼人がその扉を開くと、見慣れた自分の部屋があった。しかし今度は正真正銘、十月二十八日の朝だった。

 隼人は深く息をついた。時計を見ると、午前八時十五分。いつものように出勤の時間だ。

 しかし隼人は気づいてしまった。今日もまた、同じことが起こるかもしれない。

 そして実際に、それは起こった。

 ドアを開けると、昨日の――十月二十七日の部屋が見えた。

 ただし今度は、昨日に逃げるつもりはなかった。隼人は扉を閉め、窓から外に出た。

 階段を使って一階まで降り、正面玄関から外に出る。

 空は青く、風は涼しく、十月二十八日の朝は美しかった。

 隼人は歩きながら思った。

 昨日への扉は、いつでも開けることができる。でも開けてはいけない。

 今日という日を生きるためには、昨日を手放すしかないのだから。
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