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第25話「墓場からの着信」怖さ:☆☆☆☆
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深夜の散歩が好きだった。
昼間の喧騒から離れて、静寂に包まれた街を歩くのは心地よい。特に、家の近くにある古い墓地の脇を通る道は、街灯も少なく、月明かりだけが頼りの神秘的な場所だった。
その夜も、いつものように墓地の前を通りかかった時だった。
突然、携帯電話が鳴った。
午前二時過ぎに電話なんて珍しい。画面を見ると、知らない番号だった。
普通なら出ないところだが、何となく気になって電話に出た。
「はい、佐藤です」
しばらく沈黙が続いた。そして、か細い女性の声が聞こえてきた。
「でんわ……ありがとう……」
声は途切れ途切れで、まるで遠い場所から聞こえてくるようだった。
「すみません、どちら様でしょうか?」
「やっと……つながった……」
電話は一方的に切れた。
俺は首をかしげながら携帯をポケットにしまった。間違い電話だろう。深夜だし、酔った人の悪戯かもしれない。
しかし、家に帰ってから気になって、その番号を調べてみた。
検索しても、その番号は存在しなかった。
翌日、また同じ時刻に同じ場所で電話が鳴った。
墓地の前を通りかかった午前二時十分頃。画面には昨夜と同じ番号が表示されていた。
今度は出るのをためらったが、結局好奇心に負けて出てしまった。
「はい」
「きのうは……ありがとう……」
昨夜と同じ女性の声だった。今度は少しはっきりと聞こえる。
「あの、どなたですか?」
「さみしかった……だれも……でてくれなくて……」
「すみません、番号を間違えているのでは……」
「でんわ……できて……うれしい……」
また一方的に切れた。
三日目。
俺は意図的に違う道を通って帰った。墓地の前を避けて、遠回りのルートを選んだ。
しかし、家に着いてすぐに電話が鳴った。
同じ番号。同じ時刻。
「またね……でんわ……」
「どうして俺の番号を知ってるんですか?」
「ずっと……かけてた……やっと……つながった……」
「俺に何か用があるんですか?」
「さみしい……だれか……はなしして……」
声の主は、とても寂しそうだった。まるで、長い間誰とも話していないような、か細くて震えた声だった。
「あの、お名前は?」
「なまえ……わすれちゃった……」
「住所は覚えていますか? もしかして道に迷っているとか……」
「いえ……かえれない……もう……」
電話が切れた。
四日目、五日目と電話は続いた。
俺は次第に、この女性の声に親しみを感じるようになった。寂しそうな声、誰かと話したがっている様子。もしかして、一人暮らしの高齢者で、認知症か何かで混乱しているのかもしれない。
六日目の夜、俺は勇気を出して提案した。
「もしよろしければ、お会いしませんか? 何かお手伝いできることがあるかもしれません」
「あいたい……でも……」
「大丈夫です。どこにいらっしゃいますか?」
「ちかく……にいる……」
「近く? どのあたりですか?」
「あなたの……よく……とおる……みち……」
俺の背筋に悪寒が走った。
「俺がよく通る道?」
「まいばん……あるいてる……みてる……」
「見てる?」
電話が切れた。
俺は慌てて窓から外を覗いた。街は静まり返っている。誰もいない。
七日目の夜、俺は墓地の前で電話を待った。
午前二時十分。きっかり時間通りに電話が鳴った。
「今夜も……ありがとう……」
「あなたは今、どこにいるんですか?」
「いつもの……ばしょ……」
俺は墓地を見回した。街灯に照らされた墓石が並んでいる。人影は見えない。
「いつもの場所って、どこですか?」
「あなたの……まえ……」
俺は慌てて振り返った。後ろには誰もいない。
「前って、どこの前ですか?」
「でんわ……きれちゃう……バッテリー……」
「ちょっと待ってください!」
その時、俺は気づいた。
墓地の中央に、一つだけ新しい墓石があった。
そこに、小さな花と一緒に携帯電話が置かれていた。
古い機種で、画面がかすかに光っている。
俺は震えながら墓石に近づいた。
墓石に刻まれた名前を読んだ瞬間、俺の血の気が引いた。
「田中美咲 享年二十三歳」
その下に小さく刻まれていた。
「携帯電話番号 090-××××-××××」
俺が毎晩電話を受けていた番号だった。
携帯電話の画面には、通話中の表示があった。
通話時間は、もう七分を超えていた。
俺は恐る恐る自分の携帯を見た。
画面には「通話中」と表示されている。
誰と話している?
墓石の携帯は、どう見ても電源が入らないほど古く、錆びていた。
でも確実に、俺の携帯とつながっている。
その時、俺の携帯から声が聞こえた。
「やっと……きてくれた……」
声は、俺の携帯からではなく、墓石の向こうから聞こえてきた。
俺は墓石の向こうを覗き込んだ。
そこに、白い服を着た女性が座っていた。
顔は見えない。長い髪が顔を覆っている。
手には、古い携帯電話を握っている。
「ずっと……でんわ……してた……」
「あなたが……田中美咲さん?」
「なまえ……そうだった……わすれてた……」
女性はゆっくりと顔を上げた。
そこには顔がなかった。
目も鼻も口もない、のっぺらぼうの顔だった。
でも、声は確実にそこから聞こえてくる。
「でんわ……ありがとう……」
俺は立ち上がって逃げようとした。
しかし、足が動かない。
気がつくと、俺の携帯の画面には「バッテリー残量1%」と表示されていた。
そして、俺の体から力が抜けていく。
バッテリーが減るにつれて、俺の生命力も削られているようだった。
「いっしょに……でんわ……しよう……」
女性が立ち上がった。
俺に向かって歩いてくる。
携帯の画面が暗くなった。
バッテリーが切れた瞬間、俺の意識も消えた。
翌朝、墓地で俺の遺体が発見された。
手には携帯電話を握りしめていた。
通話記録には、毎晩同じ番号に発信した履歴が残っていた。
しかし、その番号は存在しなかった。
俺の墓石には、俺の名前と一緒に携帯番号が刻まれた。
そして今夜も、誰かの携帯が鳴る。
深夜の墓地の前を通りかかった人の電話が。
「でんわ……ありがとう……」
昼間の喧騒から離れて、静寂に包まれた街を歩くのは心地よい。特に、家の近くにある古い墓地の脇を通る道は、街灯も少なく、月明かりだけが頼りの神秘的な場所だった。
その夜も、いつものように墓地の前を通りかかった時だった。
突然、携帯電話が鳴った。
午前二時過ぎに電話なんて珍しい。画面を見ると、知らない番号だった。
普通なら出ないところだが、何となく気になって電話に出た。
「はい、佐藤です」
しばらく沈黙が続いた。そして、か細い女性の声が聞こえてきた。
「でんわ……ありがとう……」
声は途切れ途切れで、まるで遠い場所から聞こえてくるようだった。
「すみません、どちら様でしょうか?」
「やっと……つながった……」
電話は一方的に切れた。
俺は首をかしげながら携帯をポケットにしまった。間違い電話だろう。深夜だし、酔った人の悪戯かもしれない。
しかし、家に帰ってから気になって、その番号を調べてみた。
検索しても、その番号は存在しなかった。
翌日、また同じ時刻に同じ場所で電話が鳴った。
墓地の前を通りかかった午前二時十分頃。画面には昨夜と同じ番号が表示されていた。
今度は出るのをためらったが、結局好奇心に負けて出てしまった。
「はい」
「きのうは……ありがとう……」
昨夜と同じ女性の声だった。今度は少しはっきりと聞こえる。
「あの、どなたですか?」
「さみしかった……だれも……でてくれなくて……」
「すみません、番号を間違えているのでは……」
「でんわ……できて……うれしい……」
また一方的に切れた。
三日目。
俺は意図的に違う道を通って帰った。墓地の前を避けて、遠回りのルートを選んだ。
しかし、家に着いてすぐに電話が鳴った。
同じ番号。同じ時刻。
「またね……でんわ……」
「どうして俺の番号を知ってるんですか?」
「ずっと……かけてた……やっと……つながった……」
「俺に何か用があるんですか?」
「さみしい……だれか……はなしして……」
声の主は、とても寂しそうだった。まるで、長い間誰とも話していないような、か細くて震えた声だった。
「あの、お名前は?」
「なまえ……わすれちゃった……」
「住所は覚えていますか? もしかして道に迷っているとか……」
「いえ……かえれない……もう……」
電話が切れた。
四日目、五日目と電話は続いた。
俺は次第に、この女性の声に親しみを感じるようになった。寂しそうな声、誰かと話したがっている様子。もしかして、一人暮らしの高齢者で、認知症か何かで混乱しているのかもしれない。
六日目の夜、俺は勇気を出して提案した。
「もしよろしければ、お会いしませんか? 何かお手伝いできることがあるかもしれません」
「あいたい……でも……」
「大丈夫です。どこにいらっしゃいますか?」
「ちかく……にいる……」
「近く? どのあたりですか?」
「あなたの……よく……とおる……みち……」
俺の背筋に悪寒が走った。
「俺がよく通る道?」
「まいばん……あるいてる……みてる……」
「見てる?」
電話が切れた。
俺は慌てて窓から外を覗いた。街は静まり返っている。誰もいない。
七日目の夜、俺は墓地の前で電話を待った。
午前二時十分。きっかり時間通りに電話が鳴った。
「今夜も……ありがとう……」
「あなたは今、どこにいるんですか?」
「いつもの……ばしょ……」
俺は墓地を見回した。街灯に照らされた墓石が並んでいる。人影は見えない。
「いつもの場所って、どこですか?」
「あなたの……まえ……」
俺は慌てて振り返った。後ろには誰もいない。
「前って、どこの前ですか?」
「でんわ……きれちゃう……バッテリー……」
「ちょっと待ってください!」
その時、俺は気づいた。
墓地の中央に、一つだけ新しい墓石があった。
そこに、小さな花と一緒に携帯電話が置かれていた。
古い機種で、画面がかすかに光っている。
俺は震えながら墓石に近づいた。
墓石に刻まれた名前を読んだ瞬間、俺の血の気が引いた。
「田中美咲 享年二十三歳」
その下に小さく刻まれていた。
「携帯電話番号 090-××××-××××」
俺が毎晩電話を受けていた番号だった。
携帯電話の画面には、通話中の表示があった。
通話時間は、もう七分を超えていた。
俺は恐る恐る自分の携帯を見た。
画面には「通話中」と表示されている。
誰と話している?
墓石の携帯は、どう見ても電源が入らないほど古く、錆びていた。
でも確実に、俺の携帯とつながっている。
その時、俺の携帯から声が聞こえた。
「やっと……きてくれた……」
声は、俺の携帯からではなく、墓石の向こうから聞こえてきた。
俺は墓石の向こうを覗き込んだ。
そこに、白い服を着た女性が座っていた。
顔は見えない。長い髪が顔を覆っている。
手には、古い携帯電話を握っている。
「ずっと……でんわ……してた……」
「あなたが……田中美咲さん?」
「なまえ……そうだった……わすれてた……」
女性はゆっくりと顔を上げた。
そこには顔がなかった。
目も鼻も口もない、のっぺらぼうの顔だった。
でも、声は確実にそこから聞こえてくる。
「でんわ……ありがとう……」
俺は立ち上がって逃げようとした。
しかし、足が動かない。
気がつくと、俺の携帯の画面には「バッテリー残量1%」と表示されていた。
そして、俺の体から力が抜けていく。
バッテリーが減るにつれて、俺の生命力も削られているようだった。
「いっしょに……でんわ……しよう……」
女性が立ち上がった。
俺に向かって歩いてくる。
携帯の画面が暗くなった。
バッテリーが切れた瞬間、俺の意識も消えた。
翌朝、墓地で俺の遺体が発見された。
手には携帯電話を握りしめていた。
通話記録には、毎晩同じ番号に発信した履歴が残っていた。
しかし、その番号は存在しなかった。
俺の墓石には、俺の名前と一緒に携帯番号が刻まれた。
そして今夜も、誰かの携帯が鳴る。
深夜の墓地の前を通りかかった人の電話が。
「でんわ……ありがとう……」
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