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第34話「記憶の階段」怖さ:☆☆☆☆
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神社の石段の数が合わない。
私がそのことに気づいたのは、祖母の七回忌の法要の帰り道だった。家族と一緒に、幼い頃からよく参拝していた八雲神社を訪れた時のことだ。
石段を登りながら、なんとなく数を数えてみた。昔から数を数える癖があったのだ。
一段、二段、三段……
本殿に到着した時、数は百三段だった。
参拝を済ませて帰る時、今度は降りながら数えてみた。
一段、二段、三段……
鳥居まで降りた時、数は九十七段だった。
六段も違う。
「おかしいな」
私は首を傾げた。登る時と降りる時で、段数が違うはずがない。数え間違いだろう。
でも気になって、もう一度登ってみることにした。
今度はより注意深く数えた。
一段、二段、三段……九十九、百、百一、百二、百三。
やはり百三段だった。
そして降りる時も、もう一度数えた。
一段、二段、三段……九十五、九十六、九十七。
やはり九十七段。
何度数えても同じ結果だった。登る時は百三段、降りる時は九十七段。
物理的にありえないことだった。
家に帰ってから、父に聞いてみた。
「お父さん、八雲神社の石段って何段あるか知ってる?」
「さあ、数えたことないからなあ。でも結構な段数だったよね。お前が小さい頃、よく数えながら登ってたじゃないか」
「昔も数えてたっけ?」
「ああ。『今日は九十八段だった』とか『今日は百段だった』とか言ってたよ。毎回違う数を言うから、適当に数えてるんだと思ってたけど」
私は驚いた。昔から段数が違っていたのだろうか。でも幼い頃の記憶は曖昧で、よく覚えていない。
翌日、私は一人で八雲神社に向かった。今度は紙とペンを持参して、正確に記録することにした。
まず登る時。
一段ずつ丁寧に数えて、紙に正の字で記録していく。
結果:百三段。
次に降りる時。
同じように一段ずつ数えて記録する。
結果:九十七段。
やはり六段の差があった。
私は石段をよく観察してみた。特に変わったところはない。普通の石でできた、ごく一般的な神社の階段だった。
でもどこかに「見えない段」があるのだろうか。それとも「消える段」があるのだろうか。
その時、後ろから声をかけられた。
「お嬢さん、何をしているんですか?」
振り返ると、神社の宮司らしい老人が立っていた。
「あ、すみません。石段の数を数えていました」
「ああ、数えてましたか。どうでしたか?」
「登る時と降りる時で数が違うんです」
宮司は困ったような表情を浮かべた。
「やはりそうでしたか」
「やはり、って……ご存知なんですか?」
「ええ。時々、そういう方がいらっしゃいます。石段の数が合わないと」
宮司は私を社務所に案内してくれた。
「実は、この神社には古くから言い伝えがあるんです」
「言い伝え?」
「参拝者の記憶に応じて、石段の数が変わるという話です」
私は眉をひそめた。
「記憶に応じて?」
「登る時は、その人が神社に関して覚えている記憶の数だけ段があるんです。降りる時は、忘れてしまった記憶の分だけ段が減るんです」
「そんなことが……」
「信じられませんか? でも昔から、そういう現象が報告されているんです」
宮司は古い記録を見せてくれた。明治時代から続く参拝者の証言が記録されている。
確かに多くの人が、石段の数の違いについて報告していた。
「でも、なぜそんなことが起こるんですか?」
「この神社には記憶を司る神様が祀られているんです。参拝者の記憶を見守り、大切な思い出を守ってくださる」
「記憶を司る神様……」
「あなたも何か、この神社に関する忘れかけている記憶があるんじゃないですか?」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。幼い頃の記憶は曖昧で、この神社での出来事もよく覚えていない。
「思い出そうとしてみてください。きっと何かあるはずです」
私は目を閉じて、幼い頃の記憶を辿ってみた。
八雲神社での思い出……
父と母と一緒に参拝したこと。お正月の初詣。お祭りの日の屋台。
そして……
そうだ。弟がいた。
私には弟がいたのだ。
三つ下の弟、蒼真。いつも私の後をついてきて、一緒に石段を登った。彼も数を数えるのが好きで、いつも私と競争していた。
「今日は僕が先に百段数える!」
「待ってよ、蒼真」
そんな声が蘇ってきた。
でも蒼真は……
記憶がはっきりしてきた。蒼真は七歳の時に病気で亡くなったのだ。私が十歳の時だった。
それ以来、家族は蒼真のことを話さなくなった。写真も片付けられ、まるで最初からいなかったかのように扱われた。
私も、いつしか蒼真のことを忘れようとしていた。思い出すと辛いから。
でも本当は忘れたくなかった。蒼真との楽しい思い出を、ずっと大切にしていたかった。
目を開けると、宮司が優しく微笑んでいた。
「思い出しましたか?」
「はい……弟のことを」
「それが答えです。あなたが忘れかけていた六段分の記憶。きっと弟さんとの大切な思い出が、その中に含まれているんでしょう」
私は涙が出そうになった。
「でも、どうして今頃思い出したんでしょう?」
「神様が、そろそろ思い出してもいい頃だと判断されたんでしょう。あなたも大人になって、辛い記憶と向き合える年齢になった」
私はもう一度、石段を登ってみることにした。今度は蒼真のことを思い出しながら。
一段、二段、三段……
石段を登りながら、蒼真との思い出を一つずつ思い出していく。
一緒に虫取りをしたこと。一緒にお祭りの金魚すくいをしたこと。一緒に石段を駆け上がったこと。
本殿に到着した時、数は百九段だった。
蒼真との思い出が蘇るにつれて、段数が増えていたのだ。
降りる時も数えてみた。
一段、二段、三段……
今度は百九段のまま変わらなかった。
もう忘れることはない。蒼真のことも、一緒に過ごした日々のことも。
家に帰って、父と母に話した。
「蒼真のこと、覚えてる」
両親は最初驚いていたが、やがて一緒に蒼真の思い出を語り合った。
蒼真の写真も、再び飾られることになった。
それから私は、定期的に八雲神社を参拝するようになった。蒼真と一緒に登った石段を、今度は一人で登る。
でも一人じゃない気がする。きっと蒼真も、見えないところで一緒に数を数えているのだろう。
石段の数は、今でも百九段のままだ。
大切な記憶を忘れない限り、この数が減ることはないだろう。
私は石段を登るたび、蒼真に報告する。
「今日も百九段だったよ。ちゃんと覚えてるからね」
風が吹いて、まるで蒼真が返事をしてくれているような気がする。
記憶の階段は、今日も私と蒼真を繋いでいる。
私がそのことに気づいたのは、祖母の七回忌の法要の帰り道だった。家族と一緒に、幼い頃からよく参拝していた八雲神社を訪れた時のことだ。
石段を登りながら、なんとなく数を数えてみた。昔から数を数える癖があったのだ。
一段、二段、三段……
本殿に到着した時、数は百三段だった。
参拝を済ませて帰る時、今度は降りながら数えてみた。
一段、二段、三段……
鳥居まで降りた時、数は九十七段だった。
六段も違う。
「おかしいな」
私は首を傾げた。登る時と降りる時で、段数が違うはずがない。数え間違いだろう。
でも気になって、もう一度登ってみることにした。
今度はより注意深く数えた。
一段、二段、三段……九十九、百、百一、百二、百三。
やはり百三段だった。
そして降りる時も、もう一度数えた。
一段、二段、三段……九十五、九十六、九十七。
やはり九十七段。
何度数えても同じ結果だった。登る時は百三段、降りる時は九十七段。
物理的にありえないことだった。
家に帰ってから、父に聞いてみた。
「お父さん、八雲神社の石段って何段あるか知ってる?」
「さあ、数えたことないからなあ。でも結構な段数だったよね。お前が小さい頃、よく数えながら登ってたじゃないか」
「昔も数えてたっけ?」
「ああ。『今日は九十八段だった』とか『今日は百段だった』とか言ってたよ。毎回違う数を言うから、適当に数えてるんだと思ってたけど」
私は驚いた。昔から段数が違っていたのだろうか。でも幼い頃の記憶は曖昧で、よく覚えていない。
翌日、私は一人で八雲神社に向かった。今度は紙とペンを持参して、正確に記録することにした。
まず登る時。
一段ずつ丁寧に数えて、紙に正の字で記録していく。
結果:百三段。
次に降りる時。
同じように一段ずつ数えて記録する。
結果:九十七段。
やはり六段の差があった。
私は石段をよく観察してみた。特に変わったところはない。普通の石でできた、ごく一般的な神社の階段だった。
でもどこかに「見えない段」があるのだろうか。それとも「消える段」があるのだろうか。
その時、後ろから声をかけられた。
「お嬢さん、何をしているんですか?」
振り返ると、神社の宮司らしい老人が立っていた。
「あ、すみません。石段の数を数えていました」
「ああ、数えてましたか。どうでしたか?」
「登る時と降りる時で数が違うんです」
宮司は困ったような表情を浮かべた。
「やはりそうでしたか」
「やはり、って……ご存知なんですか?」
「ええ。時々、そういう方がいらっしゃいます。石段の数が合わないと」
宮司は私を社務所に案内してくれた。
「実は、この神社には古くから言い伝えがあるんです」
「言い伝え?」
「参拝者の記憶に応じて、石段の数が変わるという話です」
私は眉をひそめた。
「記憶に応じて?」
「登る時は、その人が神社に関して覚えている記憶の数だけ段があるんです。降りる時は、忘れてしまった記憶の分だけ段が減るんです」
「そんなことが……」
「信じられませんか? でも昔から、そういう現象が報告されているんです」
宮司は古い記録を見せてくれた。明治時代から続く参拝者の証言が記録されている。
確かに多くの人が、石段の数の違いについて報告していた。
「でも、なぜそんなことが起こるんですか?」
「この神社には記憶を司る神様が祀られているんです。参拝者の記憶を見守り、大切な思い出を守ってくださる」
「記憶を司る神様……」
「あなたも何か、この神社に関する忘れかけている記憶があるんじゃないですか?」
言われてみれば、確かにそうかもしれない。幼い頃の記憶は曖昧で、この神社での出来事もよく覚えていない。
「思い出そうとしてみてください。きっと何かあるはずです」
私は目を閉じて、幼い頃の記憶を辿ってみた。
八雲神社での思い出……
父と母と一緒に参拝したこと。お正月の初詣。お祭りの日の屋台。
そして……
そうだ。弟がいた。
私には弟がいたのだ。
三つ下の弟、蒼真。いつも私の後をついてきて、一緒に石段を登った。彼も数を数えるのが好きで、いつも私と競争していた。
「今日は僕が先に百段数える!」
「待ってよ、蒼真」
そんな声が蘇ってきた。
でも蒼真は……
記憶がはっきりしてきた。蒼真は七歳の時に病気で亡くなったのだ。私が十歳の時だった。
それ以来、家族は蒼真のことを話さなくなった。写真も片付けられ、まるで最初からいなかったかのように扱われた。
私も、いつしか蒼真のことを忘れようとしていた。思い出すと辛いから。
でも本当は忘れたくなかった。蒼真との楽しい思い出を、ずっと大切にしていたかった。
目を開けると、宮司が優しく微笑んでいた。
「思い出しましたか?」
「はい……弟のことを」
「それが答えです。あなたが忘れかけていた六段分の記憶。きっと弟さんとの大切な思い出が、その中に含まれているんでしょう」
私は涙が出そうになった。
「でも、どうして今頃思い出したんでしょう?」
「神様が、そろそろ思い出してもいい頃だと判断されたんでしょう。あなたも大人になって、辛い記憶と向き合える年齢になった」
私はもう一度、石段を登ってみることにした。今度は蒼真のことを思い出しながら。
一段、二段、三段……
石段を登りながら、蒼真との思い出を一つずつ思い出していく。
一緒に虫取りをしたこと。一緒にお祭りの金魚すくいをしたこと。一緒に石段を駆け上がったこと。
本殿に到着した時、数は百九段だった。
蒼真との思い出が蘇るにつれて、段数が増えていたのだ。
降りる時も数えてみた。
一段、二段、三段……
今度は百九段のまま変わらなかった。
もう忘れることはない。蒼真のことも、一緒に過ごした日々のことも。
家に帰って、父と母に話した。
「蒼真のこと、覚えてる」
両親は最初驚いていたが、やがて一緒に蒼真の思い出を語り合った。
蒼真の写真も、再び飾られることになった。
それから私は、定期的に八雲神社を参拝するようになった。蒼真と一緒に登った石段を、今度は一人で登る。
でも一人じゃない気がする。きっと蒼真も、見えないところで一緒に数を数えているのだろう。
石段の数は、今でも百九段のままだ。
大切な記憶を忘れない限り、この数が減ることはないだろう。
私は石段を登るたび、蒼真に報告する。
「今日も百九段だったよ。ちゃんと覚えてるからね」
風が吹いて、まるで蒼真が返事をしてくれているような気がする。
記憶の階段は、今日も私と蒼真を繋いでいる。
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