1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第33話「軽い嘘の重い代償」怖さ:☆☆☆☆☆

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 夏目が嘘をついたのは、本当に軽い気持ちからだった。

 大学のサークルで肝試しの話になった時、みんなが怖い体験談を語り始めた。廃病院で見た影の話、深夜の学校で聞いた足音の話、古いアパートで起こった怪奇現象の話。

 どれも興味深くて、夏目は聞き入っていた。でも自分には語るような体験がない。平凡な毎日を送っている大学二年生の夏目には、超常現象など縁がなかった。

「夏目はどう? 何か体験したことない?」

 先輩の藤堂さんに振られて、夏目は困った。何も話せることがない。でもこの場で「何もありません」と答えるのは、なんだか格好悪い気がした。

「えーっと……」

 夏目は咄嗟に思いついたことを口にした。

「中学の時の友達で、事故で亡くなった子がいるんですけど、時々夢に出てくるんです」

 それは半分本当だった。確かに中学時代の友人、時雨が交通事故で亡くなったのは事実だ。でも夢に出てくるというのは嘘だった。

「へえ、どんな夢?」

「普通に話しかけてくるんです。『元気?』とか『会いたかった』とか」

 みんな興味深そうに聞いている。調子に乗った夏目は、話を膨らませていった。

「最近は現実でも見かけるんです。街を歩いている時とか、大学の廊下とか」

「え、それヤバくない?」

「でも時雨は優しい子だったから、悪いことはしないと思うんです。きっと心配してくれてるんでしょう」

 その場は盛り上がった。夏目の話は一番印象的だったようで、「友達の霊が出る」という話が話題の中心になった。

 でも家に帰ってから、夏目は少し後悔した。時雨のことを軽々しく話すべきではなかった。彼は本当に死んでしまったのだから。

 翌日、夏目は時雨の墓参りに行くことにした。罪滅ぼしのつもりだった。

 墓地は静かだった。夏目は時雨の墓の前で手を合わせ、昨日のことを謝った。

「ごめん、時雨。勝手にお前の話をして。でも悪気はなかったんだ」

 風が吹いて、墓の前に置かれた花が揺れた。

 その夜、夢を見た。

 時雨が現れた。中学時代と変わらない姿で、いつものように人懐っこい笑顔を浮かべている。

「久しぶりだね、夏目」

「時雨……」

 夢の中とはいえ、久しぶりに時雨と話せて嬉しかった。

「昨日はありがとう。お墓参りに来てくれて」

「いや、こっちこそごめん。勝手にお前の話をして」

「別にいいよ。でも一つだけ」

 時雨の表情が少し変わった。

「せっかく話してくれたんだから、嘘にしないでよ」

「え?」

「夢に出てくるって話、嘘だったでしょ? 僕、君の夢には一度も出たことないもん」

 夏目は困惑した。確かに嘘だったが、夢の中の時雨がそれを知っているというのは奇妙だった。

「でも心配しないで。今度からは本当に出てあげるから」

 そう言って、時雨は笑顔で手を振った。

 目が覚めた時、夏目は妙にリアルな夢だったことに驚いた。時雨の声も、表情も、すべてが鮮明だった。

 でもそれからが始まりだった。

 翌日の夜も時雨が夢に現れた。今度は教室の風景だった。

「今日は何してた?」

「普通に授業受けて、バイトして」

「そうか。大学生活、楽しそうだね」

 時雨は相変わらず優しかった。でも、どこか以前とは違う何かを感じた。

 三日目の夜。

「夏目、今度の肝試し、僕も一緒に行こうか?」

「え?」

「みんなに紹介してよ。僕のこと」

「でも時雨、君は……」

「死んでる? 大丈夫、みんなには見えないから。君にだけ見えるようにするよ」

 夏目は背筋が寒くなった。これは普通の夢ではない。

 四日目の夜。

「夏目、起きてる?」

 夢ではなかった。ベッドに横になっている夏目に、時雨が話しかけてきたのだ。

 部屋の隅に、時雨が立っていた。

「時雨……なんで……」

「約束したでしょ? 本当に出てあげるって」

 時雨の姿は透けていて、向こう側の壁が見えた。

「でも、これは……」

「嘘を本当にしてあげたんだよ。感謝してよ」

 時雨は笑っていたが、その笑顔がどこか不自然だった。

 それから毎夜、時雨が現れるようになった。最初は部屋の隅にいるだけだったが、だんだん近くに来るようになった。

 一週間後、ついに時雨はベッドの端に座った。

「ねえ、夏目。僕と一緒に来ない?」

「どこに?」

「あっちの世界。すごく静かで、何も心配することがないんだ」

「でも僕はまだ……」

「一人だと寂しいんだ。友達がほしいよ」

 時雨の手が夏目の腕に触れた。冷たかった。

 夏目は飛び起きた。

「やめてくれ!」

「どうして? 友達でしょ?」

「友達だけど、僕はまだ死にたくない」

「でも君が呼んだんじゃない。『時雨が出てくる』って言ったのは君だよ」

 確かにそうだった。軽い気持ちでついた嘘が、現実になってしまった。

 翌日、夏目は大学の図書館で霊について調べた。除霊の方法、霊を鎮める方法、様々な情報を漁った。

 そして一つの仮説に辿り着いた。

 時雨は夏目の嘘によって「呼び出された」のではないか。存在しなかった縁を、嘘によって作り出してしまったのではないか。

 もしそうなら、その嘘を訂正すれば時雨は去ってくれるかもしれない。

 その夜、時雨が現れた時、夏目は決意を込めて言った。

「時雨、謝らなきゃいけないことがある」

「何?」

「実は僕、嘘をついてたんだ。君が夢に出てくるって話、あれは作り話だった」

 時雨の表情が変わった。

「知ってるよ」

「え?」

「最初から知ってた。でも君が嘘をついてくれたおかげで、こうして会えるようになったんだ」

 夏目は愕然とした。訂正すれば解決すると思っていたのに。

「じゃあ、どうすれば……」

「どうすればって?」

「君に帰ってもらうには」

 時雨の顔が歪んだ。優しい表情が消え、何か恐ろしいものに変わった。

「帰る? なんで帰らなきゃいけないの? 君が呼んだんじゃない」

「でも……」

「もう遅いよ。僕はもう君と離れられない。君の嘘が僕を君に繋いだんだから」

 時雨の姿がだんだんはっきりしてくる。透けていた体が、実体を持ち始めている。

「時雨、お願いだから……」

「僕と一緒に来て。そうすれば全部解決するよ」

 時雨が立ち上がった。その時、夏目は気づいた。

 時雨の足元に影がない。

 生きている人間なら必ずある影が、時雨にはなかった。やはり彼は死者なのだ。

「君も影をなくせば、僕と同じになれるよ」

 時雨が手を伸ばしてきた。その手に触れたら、きっと夏目も死んでしまう。

 夏目は必死に考えた。何か方法があるはずだ。

 その時、ふと思い出した。墓参りの時、時雨に謝ったこと。あの時の風。まるで時雨が許してくれたような、優しい風だった。

「時雨」

 夏目は真剣に時雨を見つめた。

「僕は君の友達として、君に言いたいことがある」

「何?」

「君は死んでしまった。それは変えられない事実だ。でも僕はまだ生きている。生きているうちにやりたいことがたくさんある」

 時雨の手が止まった。

「君が本当に僕の友達なら、僕の気持ちを分かってくれるはずだ」

「でも、寂しいんだ……」

「分かる。でも君が無理やり僕を連れて行ったら、それはもう友情じゃない」

 時雨の表情が揺らいだ。

「僕は君のことを忘れない。でも今は、お互い違う世界にいる。それを受け入れよう」

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて時雨が口を開いた。

「君は……変わったね」

「え?」

「中学の時より、大人になった。ちゃんと自分の意見を言えるようになったんだ」

 時雨の表情が、中学時代の優しいものに戻っていた。

「僕は変われなかった。死んだ時のまま、ずっと子供のままだ」

「時雨……」

「でも君を見てて分かった。生きるって、成長するってことなんだね」

 時雨の姿がまた透け始めた。

「ごめんね、夏目。わがまま言って」

「いいよ。僕も勝手なこと言って」

 時雨が微笑んだ。中学時代と同じ、人懐っこい笑顔だった。

「今度は本当にお別れだね」

「うん」

「でも君が歳を取って、自然に死ぬ時が来たら、その時はまた友達になろう」

「約束する」

 時雨の姿が薄くなっていく。

「さようなら、夏目」

「さようなら、時雨」

 時雨は手を振りながら、光の中に消えていった。

 その後、時雨が現れることはなかった。

 夏目は時々、時雨の墓参りに行く。そして近況を報告する。大学での出来事、友達のこと、将来の夢のこと。

 風が吹く時、時雨が聞いてくれているような気がする。

 でも今度は、嘘ではない本当の話だけをするようにしている。

 軽い嘘がとんでもない結果を招くことを、夏目は身をもって学んだからだ。
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