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第38話 「時を操る代償」怖さ:☆☆☆☆
しおりを挟む骨董品店を営む慎一は、ある日奇妙な懐中時計を仕入れた。金色の装飾が美しく、文字盤には古いヨーロッパの文字が刻まれている。
しかし店に並べて数日経っても、誰も興味を示さない。それどころか、時計を見た客は皆、急に顔色を変えて店から出て行ってしまう。
慎一は時計を手に取って詳しく調べてみた。機構は複雑で、普通の懐中時計とは明らかに違っている。竜頭を回すと、針が逆方向に動き始めた。
その瞬間、慎一は異様な感覚に襲われた。店内の時間が逆行しているような錯覚を覚えた。
時計を止めると、感覚も収まった。しかし胸の奥に、得体の知れない不安が残っていた。
その夜、慎一は自宅で時計を詳しく調べることにした。古い文献を参照しながら、時計の由来を探った。
文字盤の文字を解読すると、「時の支配者」という意味らしかった。そして裏蓋には、小さく「1823年製作 時計師エドワード・クロンベル」と刻まれている。
慎一はクロンベルについて調べた。十九世紀のイギリスの時計師で、時間を操る時計を作ったという伝説があった。しかしその時計を使った者は皆、悲惨な最期を遂げたとされている。
「まさか、これがその時計?」
慎一は半信半疑だった。しかし好奇心が勝った。
夜中の十二時、慎一は時計の竜頭を回してみた。針が逆方向に回り始めると、部屋全体が変化し始めた。
散らかっていた雑誌が元の場所に戻り、飲みかけのコーヒーカップが満杯になった。テレビの画面も逆再生のように動いている。
慎一は驚愕した。本当に時間が巻き戻っている。
十分ほど巻き戻して止めると、部屋は十分前の状態に戻っていた。テレビの時刻表示も十分前を示している。
慎一は興奮した。これは世紀の大発見だ。時間を操ることができるなんて。
翌日、慎一は時計を使って様々な実験をした。失敗した料理を成功前に戻したり、壊れた花瓶を無傷の状態に戻したり。
しかし使うたびに、慎一は奇妙な違和感を覚えた。戻った時間の中で、自分だけが記憶を保持している。他の人は巻き戻った時間を認識していない。
三日後、慎一は大胆な実験をした。一日分の時間を巻き戻してみたのだ。
朝の八時を夜中の十二時に戻した瞬間、慎一の周囲が一変した。
アパートの自分の部屋が、実家の自分の部屋になっていた。十年前の、両親と暮らしていた頃の部屋だった。
慌てて部屋を出ると、廊下で母親とすれ違った。
「あら、あなた誰?」
母親は慎一を見知らぬ人のように見つめた。
「お母さん、僕だよ。慎一だよ」
「慎一?うちの息子は中学生ですけど」
母親は困惑した表情を浮かべた。
慎一は鏡を見て愕然とした。自分は二十八歳の大人の姿のままだった。しかし時間は十年前に戻っており、家族にとって慎一は十八歳の高校生のはずだった。
父親も現れたが、同じように慎一を見知らぬ人として扱った。
「誰だ君は?なぜうちにいる?」
「お父さん、僕は……」
慎一は説明しようとしたが、父親は警戒を強めた。
「不法侵入か?警察を呼ぶぞ」
慎一は慌てて時計を取り出し、針を現在時刻に戻した。
瞬間的に景色が変わり、慎一は自分のアパートの部屋に戻った。時計も正確な時刻を示している。
しかし慎一の心は深く傷ついていた。家族が自分を認識してくれなかった恐怖は、想像以上に辛かった。
それでも慎一は時計の使用をやめられなかった。時間を操る快感が忘れられない。
一週間後、慎一はさらに危険な実験をした。一か月分の時間を巻き戻したのだ。
気がつくと、慎一は病院のベッドにいた。しかし自分がなぜここにいるのか分からない。
看護師が入ってきた。
「あら、目が覚めましたね。でも、あなた誰ですか?」
慎一は混乱した。一か月前、自分は入院していただろうか?
医師が呼ばれてきた。
「この患者さんの記録にない人ですね。身元不明の患者として扱いましょう」
慎一は恐怖した。一か月前の時間に戻ったが、その時の自分は別の場所にいる。今の自分は、その時間に存在しない異物なのだ。
慎一は必死に時計を探した。ポケットにあった時計を取り出し、現在時刻に合わせた。
再び景色が変わり、慎一は自分の店に戻った。しかし店内は荒れ果てていた。まるで長期間放置されたかのように。
慎一は気づいた。時計を使って過去に行っている間、現在の自分の存在は消えている。その間の記憶や経験は失われてしまう。
恐怖に駆られた慎一は、時計を処分しようとした。しかし時計は手から離れない。まるで手に吸い付いているかのように。
その夜、慎一は悪夢を見た。時計師エドワード・クロンベルが現れ、嘲笑うように言った。
「時を操る代償を理解したかね?過去に戻るたび、君は現在から切り離される。やがて君は、どの時間にも属さない存在になる」
慎一は冷や汗をかいて目を覚ました。しかし枕元に時計が置かれている。捨てたはずなのに、戻ってきていた。
翌日、慎一は時計の呪いを解く方法を探した。古い魔術書や民俗学の文献を調べまくった。
そしてついに、一つの記述を見つけた。
「時計の呪いを解くには、最も大切な時間を捧げる必要がある。自分にとって最も価値のある記憶と引き換えに」
慎一は考え込んだ。最も大切な時間とは何か。
それは恋人の美咲と過ごした時間だった。三年前に亡くなった美咲との幸せな記憶。
慎一は決断した。美咲との記憶を失ってでも、この呪いから逃れたい。
夜中に時計を美咲との思い出の場所である公園に持参した。そして美咲との記憶を思い浮かべながら、時計の竜頭を力いっぱい引っ張った。
時計が砕け散った瞬間、慎一の頭から美咲の記憶が消えていった。
初めて出会った日、初めてのデート、プロポーズ、そして最期の日。すべてが霧のように消えていく。
しかし記憶が消える直前、慎一は美咲の声を聞いた。
「ありがとう、慎一。やっと自由になれるのね」
慎一は理解した。美咲は時計に囚われた自分を、ずっと心配していたのだ。
記憶を失う痛みと引き換えに、慎一は美咲の愛を感じることができた。
翌朝、慎一は公園のベンチで目を覚ました。手には砕けた時計の破片があった。
美咲の記憶は失われていたが、不思議と心は軽やかだった。大切な何かを守ったという確信があった。
慎一は破片を大切に持ち帰り、店の奥にしまった。そして二度と、時間を操ろうとは思わなかった。
失った記憶の代わりに、慎一は現在を大切に生きることを学んだ。時は戻せないからこそ価値があり、失うからこそ愛しいのだと。
時を操る代償は想像以上に重かったが、最終的にそれは慎一に人生の真の価値を教えてくれたのだった。
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