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第39話 「消される存在」怖さ:☆☆☆☆☆
しおりを挟む高校三年生の拓也は、図書館で勉強していた時に奇妙なことに気づいた。日本史の教科書をめくっていると、戦国時代の章に自分の名前が書かれていたのだ。
「武田拓也は天正十年、織田信長に仕えた武将である」
拓也は目を疑った。自分と同姓同名の人物が教科書に載っているなんてあり得ない。しかも、武田拓也という名前の武将など聞いたことがない。
友人の健太に見せようとしたが、健太には普通の教科書に見えるようだった。
「どこに拓也の名前があるって?」
「ここだよ、ほら……」
しかし健太が見ると、そこには別の武将の名前が書いてあった。
「山田信繁って書いてあるけど?」
拓也は混乱した。確かに自分には「武田拓也」と見えるのに、健太には違って見える。
家に帰って自分の教科書を確認すると、やはり同じ箇所に「武田拓也」と書いてあった。しかも記述が詳しくなっている。
「武田拓也は甲斐国出身で、武田信玄の遠縁にあたる。優秀な戦術家として知られ、多くの戦いで功績を残した」
翌日、拓也は再び教科書を確認した。すると記述がさらに増えていた。
「天正十年三月、武田拓也は織田軍の侵攻により甲府城で戦死。享年十八歳」
拓也の血が凍った。自分と同じ十八歳で戦死したと書かれている。
さらに不気味なことに、教科書の他のページにも自分の名前が現れ始めた。明治維新の章には「明治の志士・武田拓也」、太平洋戦争の章には「特攻隊員・武田拓也」として記載されている。
すべて十八歳で死んでいた。
拓也は担任の田中先生に相談した。
「先生、教科書に変なことが書いてあるんです」
教科書を見せたが、田中先生には普通の内容に見えるようだった。
「特に変わったところはないように思いますが……」
拓也は絶望した。自分にしか見えない現象なのか。
その夜、拓也は教科書を最後のページまでめくってみた。奥付のページに、ぞっとする文章が書かれていた。
「武田拓也は歴史上の多くの時代に存在し、常に十八歳で死を迎えている。これは偶然ではない。彼は時を超えて同じ運命を繰り返している存在である」
さらにページをめくると、真っ白なページに赤い文字で書かれていた。
「君はもう存在しない」
拓也は震え上がった。教科書を閉じて、机の奥にしまった。
翌朝、拓也は異変に気づいた。家族が自分を見る目が変だった。
「おはよう」
拓也が挨拶しても、母親の反応が薄い。
「誰ですか?」
母親は困惑した表情で拓也を見つめた。
「お母さん、僕だよ。拓也だよ」
「拓也?うちにそんな子はいませんけど……」
拓也は愕然とした。家族の記憶から自分が消えている。
慌てて学校に向かったが、そこでも同じことが起こった。友人たちが拓也を見知らぬ人のように扱う。
「君、誰?この学校の生徒?」
健太まで拓也を知らないふりをしている。
「健太、僕だよ!昨日一緒に勉強しただろ?」
「え?僕、君と話したことなんてないよ」
拓也は出席簿を確認しようとしたが、そこに自分の名前はなかった。まるで最初から武田拓也という生徒は存在しなかったかのように。
教室の自分の席も、他の生徒が座っている。
「ちょっと、そこ僕の席だよ」
「は?ここは僕の席だけど?君、何言ってるの?」
拓也はパニックになった。自分の存在が世界から消えている。
図書館に駆け込み、例の教科書を探した。最後のページを開くと、新しい文章が追加されていた。
「武田拓也の消去プロセスが開始されました。まもなく完全に存在しなくなります」
そして最後の一行。
「午後三時に消去完了予定」
時計を見ると、午後二時四十分だった。あと二十分で自分は完全に消えてしまう。
拓也は必死に考えた。どうすれば存在を取り戻せるのか。
教科書をよく読み返すと、歴史上の武田拓也たちにはある共通点があった。皆、誰かを救おうとして死んでいる。戦国時代は主君を、明治時代は国を、戦時中は仲間を守ろうとして。
拓也は理解した。歴史上の自分たちは、他者のために自己犠牲を選んでいる。しかし今の自分は、自分のことしか考えていない。
午後二時五十分。残り十分。
拓也は図書館にいた小学生が階段から落ちそうになっているのを見つけた。
躊躇なく駆け寄り、小学生を抱きかかえた。階段を転がり落ちながらも、小学生を守った。
拓也は頭を強く打ち、意識が朦朧とした。しかし小学生は無傷だった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
小学生の声が聞こえる。ということは、まだ存在している。
午後三時の時報が鳴った。
拓也は恐る恐る教科書を開いた。最後のページの「君はもう存在しない」という文字が消えている。
代わりに新しい文章が書かれていた。
「武田拓也は平成時代、他者を救うため自らを犠牲にした。彼は存在し続ける資格を得た」
拓也は安堵した。しかし同時に恐怖も感じていた。
歴史上の自分たちは皆、十八歳で死んでいる。今回は存在を取り戻したが、本当の十八歳の誕生日まであと三か月。
その時、自分はどうなるのだろうか。
拓也は教科書を閉じた。ページの端から、うっすらと血のようなものが滲み出ていた。
これで終わりではない。むしろ、本当の恐怖はこれから始まるのかもしれない。
教科書は拓也の運命を記録し続ける。そして十八歳の誕生日が近づくたび、新しいページが書き加えられていくのだろう。
拓也の存在をかけた戦いは、まだ続いている。
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