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第40話 「生きる人形」怖さ:☆☆☆☆
しおりを挟む一人暮らしを始めた大学生の真理は、アパートの押入れで古い日本人形を見つけた。前の住人が置いていったものらしい。
人形は美しい着物を着た女性の姿で、髪は短くおかっぱに結われている。顔立ちは整っているが、どこか生気を感じさせない冷たい表情だった。
真理は人形が苦手だった。特に日本人形の、じっと見つめるような瞳が怖い。すぐに捨てようと思い、燃えるゴミの日に出した。
しかし翌日、アパートに戻ると人形が玄関の前に置かれていた。
「あれ?」
真理は首をかしげた。誰かが持ち帰ったのだろうか。それとも回収されずに残っていたのか。
再び人形を部屋に持ち込み、今度は粗大ゴミとして出すことにした。しかし粗大ゴミの回収日の翌朝、また人形が玄関にあった。
今度は回収業者に直接持ち込んだ。受付で確実に引き取ってもらったことを確認した。
しかし帰宅すると、やはり人形が部屋の中にあった。今度は押入れではなく、リビングの隅に座っていた。
真理は背筋が寒くなった。鍵をかけて出かけたのに、なぜ人形が部屋の中にあるのか。
その夜、真理は人形を注意深く観察した。昼間に見た時より、髪が長くなっているような気がした。
おかっぱだった髪が、わずかに肩にかかり始めている。
「気のせいよね……」
真理は自分に言い聞かせた。人形の髪が伸びるなんてあり得ない。
しかし翌朝、髪は明らかに伸びていた。昨夜より数センチは長くなっている。
真理は恐怖した。人形の髪が本当に伸びている。
その夜、真理は人形を一晩中見張ることにした。髪が伸びる瞬間を確認したかった。
午前二時頃、真理は異変に気づいた。人形の髪が、ゆっくりと、まるで生きているかのように伸び始めたのだ。
一本一本の髪の毛が、わずかずつ長くなっていく。音もなく、滑らかに。
真理は息を殺して見つめた。これは夢ではない。現実に起こっている。
髪が肩まで達した時、人形の表情がわずかに変わった。口元が微かに動いたような気がした。
真理は逃げ出したくなったが、体が動かない。人形の視線が、自分を捉えて離さない。
翌日、真理は友人の美咲に相談した。
「人形の髪が伸びるって?それ、絶対嘘でしょ」
「本当なの!見に来て」
美咲は半信半疑でアパートを訪れた。しかし人形を見ても、普通の日本人形にしか見えなかった。
「どこが変なの?普通の人形じゃない」
「髪の長さが……」
真理は混乱した。美咲には髪の変化が見えないようだった。
「真理、最近疲れてない?一人暮らしのストレスかも」
美咲は心配そうに言った。
その夜、真理は再び人形を観察した。やはり髪は伸び続けている。今では胸の辺りまで達していた。
そして顔も、少しずつ変化しているように見えた。最初は気づかなかったが、目元や鼻筋が微妙に違っている。
真理は鏡で自分の顔を確認した。そして愕然とした。
人形の顔が、自分の顔に似てきている。
眉の形、目の大きさ、鼻の高さ。少しずつ真理の顔に近づいている。
真理は人形を押入れの奥に押し込み、毛布で覆った。見えないところに隠せば、変化も止まるかもしれない。
しかし翌朝、人形はリビングに戻っていた。髪はさらに伸び、顔の類似も進んでいる。
真理は精神的に追い詰められた。食事も喉を通らず、睡眠も取れない。授業にも集中できない。
一週間後、真理は実家に帰ることにした。人形から離れれば、この異常な状況から逃れられるかもしれない。
荷物をまとめて実家に向かった。二度とこのアパートには戻らないつもりだった。
実家で両親と過ごしていると、少し心が落ち着いた。人形のことを考える時間も減った。
しかし三日後、宅配便が届いた。差出人は不明。中には例の人形が入っていた。
髪は腰まで伸びており、顔は真理とほぼ同じになっていた。まるで真理の双子のような顔をしている。
真理は叫び声を上げた。
「なんで!なんで追いかけてくるの!」
両親が駆けつけたが、彼らには普通の人形に見えるようだった。
「真理、大丈夫?何に怯えてるの?」
母親は心配そうだった。
その夜、真理は人形と対峙した。
「あなたは何なの?何が目的なの?」
人形は答えない。しかし表情がわずかに変わった。まるで微笑んでいるかのように。
午前零時を過ぎた頃、人形が口を開いた。
「やっと……準備が整ったわ」
真理は息を呑んだ。人形が話した。自分の声で。
「あなたの代わりに生きるの。あなたはもう必要ない」
人形がゆっくりと立ち上がった。髪は床に届くほど長くなっている。
「私はあなたよりも美しく、あなたよりも完璧。あなたの人生を奪うわ」
真理は逃げようとしたが、体が動かない。人形の力に縛られている。
「大丈夫。痛くはしない。ただ、入れ替わるだけ」
人形が近づいてくる。その顔は完全に真理と同じになっていた。
真理の意識が薄れていく。最後に見たのは、自分と同じ顔で微笑む人形だった。
翌朝、両親が真理の部屋を覗くと、真理が鏡の前で髪を整えていた。
「おはよう、真理。よく眠れた?」
「ええ、とてもよく眠れました」
真理は振り返って微笑んだ。しかしその微笑みは、どこか人形のように完璧すぎた。
部屋の隅には、短い髪の日本人形が座っていた。その人形の顔は、のっぺらぼうのように表情がなかった。
まるで魂を抜かれたかのように。
真理の体を手に入れた人形は、これから真理として生きていく。誰も気づかないまま。
そして真理の魂は、人形の中に閉じ込められた。永遠に。
人形の髪は、もう伸びることはない。役目を果たしたから。
代わりに、新しい宿主を探し始めるのかもしれない。次は誰の髪が伸び始めるのだろうか。
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