1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

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第41話「深夜の呼び出し」怖さ:☆☆☆

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 午前零時。デジタル時計の数字が切り替わった瞬間、携帯電話が震えた。

 椎名雫は枕元のスマートフォンを手に取り、画面を見る。非通知設定。着信音は鳴らず、バイブレーションだけが静寂を破った。雫は画面をタップしたが、すでに着信は終わっている。履歴を確認しても、何も残っていなかった。

「また?」

 雫は首をかしげた。ここ一週間、毎晩零時ちょうどに同じことが起きている。非通知の着信が一瞬だけ表示され、気づいた時には消えている。そして履歴には何も残らない。

 最初は迷惑電話かと思ったが、あまりにも時刻が正確すぎる。零時○分ではなく、必ず零時○○分○○秒。デジタル時計が「00:00」を表示した瞬間に電話が鳴る。

 雫は大学二年生で、一人暮らしを始めて半年になる。実家を離れ、念願の独立を果たしたものの、夜は時折寂しさを感じることもあった。だからこそ、この謎の着信が気になって仕方がない。

 翌日、大学の友人に相談してみた。

「毎晩零時に非通知?それ気持ち悪いね」

 同じゼミの香坂美月が眉をひそめた。美月は雫の数少ない親友で、何でも話せる相手だった。

「でも履歴に残らないって、本当に電話かかってきてるの?」

「確かにバイブは感じるんだけど……」

 雫は困ったように首をひねった。美月の指摘はもっともだった。履歴に残らない着信など、果たして存在するのだろうか。

「ちょっと見せて」

 美月は雫のスマートフォンを手に取り、設定を確認した。着信拒否の設定もなく、すべて正常に見える。

「うーん、特に変な設定はないみたい。でも念のため、今夜一緒にいてあげる。私も確認したいし」

 雫は美月の提案に安堵した。一人でいると、自分の思い込みなのではないかという不安も湧いてくる。第三者に確認してもらえれば、少なくとも現象が実在するかどうかはっきりする。

 その夜、美月は雫のアパートに泊まった。二人でリビングのソファに座り、午前零時を待った。

 23時58分。

 雫はスマートフォンを手に持ち、画面を見つめている。美月も横から覗き込んだ。

 23時59分。

 時計の秒針が静かに進んでいく。部屋は静寂に包まれ、二人の呼吸音だけが聞こえた。

 23時59分50秒。

 雫の心拍が速くなる。美月も息を詰めて画面を見つめている。

 23時59分59秒。

 そして――

 ブーン。

 スマートフォンが震えた。画面に「非通知設定」の文字が表示される。雫は慌てて電話に出ようとしたが、美月が手を押さえた。

「ちょっと待って、確認してから」

 美月の手が雫の手首を握る。画面を見ると、確かに着信表示が出ている。しかし数秒後、表示は消えた。

 雫が履歴を確認すると、やはり何も残っていない。

「本当だ……」

 美月の声に驚きが混じった。

「確かに電話はかかってきた。でも履歴に残らない。こんなことってあるの?」

 二人は顔を見合わせた。雫は一人の思い込みではなかったという安堵と、現象が実在するという新たな不安を同時に感じた。

「明日、携帯ショップに相談してみようか」

 美月の提案に雫は頷いた。何か技術的な問題があるのかもしれない。

 翌日、雫は大手携帯ショップを訪れた。店員の神谷慧は二十代半ばの男性で、技術的な質問に詳しい担当者だった。

「履歴に残らない着信ですか……」

 神谷は雫のスマートフォンを手に取り、設定を詳しく確認した。ハードウェアテスト、ソフトウェアチェック、ネットワーク接続の状況まで、考えられる項目をすべて検査した。

「特に異常は見当たりませんね。機種変更されたのはいつ頃ですか?」

「半年前です。一人暮らしを始める時に」

「その時に番号は変更されましたか?」

「いえ、高校の時から同じ番号を使っています」

 神谷は首をかしげた。技術的には説明のつかない現象だった。

「とりあえず、着信時の動画を撮影されてみてはいかがでしょうか。万が一、何かの不具合であれば、証拠があった方がメーカーに相談しやすくなります」

 雫は神谷の提案に従うことにした。

 その夜、雫は別のスマートフォンでビデオ撮影の準備をした。午前零時の数分前から録画を開始し、謎の着信を記録しようと考えた。

 23時58分。撮影開始。

 23時59分。雫の手に持ったスマートフォンが画面に映っている。

 24時00分00秒。

 ブーン。

 スマートフォンが震え、「非通知設定」が表示された。雫は今度こそ電話に出ようと決心し、通話ボタンをタップした。

「もしもし?」

 受話器の向こうは無音だった。雑音も、呼吸音も、何も聞こえない。完全な静寂。

「もしもし、どちら様でしょうか?」

 雫は再び呼びかけたが、やはり何の反応もない。三十秒ほど待った後、通話を切った。

 履歴を確認すると、やはり何も残っていない。しかし、ビデオには確かに着信の様子が記録されているはずだった。

 雫は撮影したビデオを確認した。23時58分から録画が始まり、自分がスマートフォンを手に持つ様子が映っている。23時59分、24時00分と時間が進んでいく。

 そして24時00分00秒の瞬間――

 ビデオの中で、雫の手に持ったスマートフォンが震えた。しかし画面には何も表示されていない。雫が通話ボタンをタップする動作は映っているが、画面は何の変化も見せていない。

「え……?」

 雫は困惑した。自分の記憶では確かに「非通知設定」が表示され、通話ボタンを押した。しかしビデオを見る限り、画面は常に待受画面のままだった。

 まるで雫が一人で空中に向かって話しかけているような映像になっている。

 翌日、雫は美月にビデオを見せた。

「これ、おかしくない?」

 美月もビデオを何度も見返したが、やはり画面には何も表示されていない。

「でも私、確かに着信表示を見たよ。一昨日の夜」

「私もそう思ってた。でもこのビデオを見ると……」

 雫は混乱していた。自分の記憶と映像記録が一致しない。一体何が起きているのだろうか。

「もしかして、私たち、集団幻覚を見てるのかな?」

 美月の言葉に雫はゾッとした。それとも、何か別の現象が起きているのだろうか。

「今夜も録画してみる。今度はもっと詳しく」

 雫は諦めずに調査を続けることにした。

 その夜、雫は複数の角度からビデオ撮影を行った。正面から、横から、そして画面を直接映すように。午前零時の瞬間を逃すまいと、細心の注意を払った。

 24時00分00秒。

 雫の手に持ったスマートフォンが震えた。画面に「非通知設定」が表示される。雫は深呼吸して、通話ボタンをタップした。

「もしもし」

 今度は、受話器の向こうから小さな音が聞こえた。最初は雑音のようだったが、よく聞くと、誰かの息遣いのような音だった。

「もしもし、聞こえますか?」

 雫は慎重に話しかけた。息遣いは続いているが、言葉は返ってこない。

 しかし、次の瞬間、受話器の向こうから低い声が聞こえた。

「雫……」

 雫の名前を呼ぶ声だった。男性の声で、どこか聞き覚えがあるような、ないような。

「どちら様ですか?」

「雫……帰ってきて……」

 声は途切れ途切れで、雑音に混じって聞こえた。

「帰ってきてって、どこに?」

「家に……みんな……待ってる……」

 雫は家のことを思い出した。実家は電車で二時間ほどの距離にある。両親と弟が住んでいるが、特に問題があるとは聞いていない。

「お父さん?」

 しかし、声は父親のものとは明らかに違った。もっと若い男性の声だった。

「雫……」

 声はだんだん小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。通話は自然に切れた。

 雫は急いで両親に電話をかけた。午前零時過ぎという時間を考えず、心配になって連絡した。

「もしもし、お母さん?」

「雫?どうしたの、こんな時間に」

 母親の声は普通だった。眠そうではあるが、特に緊急事態があるような様子はない。

「何か、家で変わったことない?」

「変わったこと?特にないけど……お父さんも弟も元気よ。あなたこそ大丈夫?」

 雫は謎の電話のことを説明したが、母親は首をかしげるばかりだった。家族の誰も、雫に電話をかけた覚えはないという。

 翌日、雫は再びビデオを確認した。今度もまた、画面には何も表示されていない。雫が一人で電話をかけているような映像になっている。

 しかし、音声ははっきりと録音されていた。雫の「もしもし」という声、そして相手の「雫……帰ってきて……」という声も。

 雫は混乱した。映像では画面に何も表示されていないのに、音声ははっきりと存在している。一体どういうことなのだろうか。

「これ、本当に不思議だね」

 美月も困惑していた。音声があるということは、確かに何かが電話をかけてきている。しかし映像では着信の形跡がない。

「もしかして、技術的な問題じゃないのかも」

 美月がぽつりと呟いた。

「技術的じゃないって、何?」

「その……霊的な、とか」

 雫は背筋が寒くなった。そんな可能性は考えたくなかったが、説明のつかない現象が続いている以上、否定もできない。

「でも、なんで私に?」

「『帰ってきて』って言ってたでしょ?何か心当たりはない?」

 雫は過去を振り返った。実家を離れる時、特に誰かと別れの約束をしたわけではない。恋人もいないし、深く親しくしていた男性といえば……

「まさか」

 雫は一つの可能性を思い出した。高校時代の同級生、鳴海翔太のことだ。翔太は雫の幼なじみで、高校卒業まで仲の良い友人だった。しかし大学進学と同時に連絡が途絶えていた。

 翔太は雫が一人暮らしを始めることを知っていた。高校卒業前に話した覚えがある。

「でも翔太の声じゃなかった気がする」

 雫の記憶では、もっと低い声だった。翔太はどちらかというと高い声の持ち主だったはずだ。

「それに、翔太だったら私の番号知ってるし、普通にかけてくるでしょ」

 美月の指摘ももっともだった。しかし、他に心当たりがない。

 その夜、雫は再び午前零時を待った。今度は質問を用意していた。相手が誰なのか、何が目的なのか、できる限り聞き出そうと決めていた。

 24時00分00秒。

 スマートフォンが震えた。雫は迷わず通話ボタンをタップした。

「もしもし」

「雫……」

 昨夜と同じ声だった。

「あなたは誰ですか?」

「翔太……だよ」

 雫は息を呑んだ。やはり翔太だったのか。しかし声が違う。

「翔太?本当に翔太なの?声が……」

「変わった……かもしれない」

 声は途切れ途切れで、雑音に混じって聞こえる。

「どうして今頃電話してくるの?元気だった?」

「元気じゃ……ない」

 雫は胸騒ぎを覚えた。

「どうしたの?何かあったの?」

「雫……に……会いたい」

「会いたいって、どうして急に?」

「ずっと……会えなくて……」

 雫は翔太の現在の状況が気になった。大学には進学したのだろうか。就職したのだろうか。

「翔太、今どこにいるの?」

「わからない……」

「わからないって?」

「暗くて……何も見えない」

 雫は不安になった。翔太の様子がおかしい。まるで混乱しているようだった。

「翔太、大丈夫?どこか病院にいるの?」

「病院……?」

 翔太の声に困惑が混じった。

「雫……俺、どこにいるんだろう」

 雫は背筋が寒くなった。翔太の言葉が現実離れしている。

「翔太、ちゃんと話して。今、何が起きてるの?」

 しかし、翔太の声はだんだん遠くなっていった。

「雫……帰って……きて……」

 そして通話は途切れた。

 雫は慌てて翔太の番号に電話をかけた。高校時代から変わっていなければ、連絡が取れるはずだった。

 しかし、電話は繋がらなかった。「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません」というアナウンスが流れた。

 雫は不安になった。翔太に何かあったのだろうか。

 雫は高校時代の友人数人に連絡を取った。翔太の近況を知っている人がいないか確認したかった。

 しかし、誰も翔太の現在の状況を知らなかった。大学進学後、みんなと連絡が途絶えているという。

 雫は翔太の実家に電話をかけることを考えたが、午前一時を過ぎている。明日まで待つことにした。

 翌日、雫は翔太の実家に電話をかけた。翔太の母親が出た。

「もしもし、雫ちゃん?久しぶりね」

 雫は安堵した。覚えていてもらえていた。

「おばさん、翔太君の連絡先を教えてもらえませんか?」

 しかし、電話の向こうで長い沈黙があった。

「雫ちゃん……翔太のこと、知らないの?」

「何をですか?」

「翔太は……半年前に事故で亡くなったのよ」

 雫は言葉を失った。半年前といえば、雫が一人暮らしを始めた頃だった。

「事故って……」

「交通事故だったの。大学への通学途中で……」

 雫の手からスマートフォンが滑り落ちそうになった。翔太が死んでいる。半年も前に。

「そんな……知らなかった……」

「お葬式の連絡をしようと思ったんだけど、雫ちゃんの実家に電話しても、もう一人暮らしを始めているって言われて……連絡先がわからなかったの」

 雫は涙が出そうになった。翔太が亡くなっていたなんて。そして自分は何も知らずに半年も過ごしていた。

「最後に、翔太が雫ちゃんのことを話していたのよ。『雫に一人暮らしは寂しいから気をつけてって伝えたい』って」

 雫は胸が苦しくなった。翔太は最後まで自分のことを心配していてくれたのだ。

 その夜、午前零時。

 雫は翔太からの電話を待った。今度は、ちゃんと話をしたかった。

 24時00分00秒。

 スマートフォンが震えた。雫は迷わず出た。

「もしもし、翔太?」

「雫……」

「翔太、おばさんから聞いたよ。どうして教えてくれなかったの?」

「ごめん……驚かせたくなくて」

 翔太の声は昨夜より少しはっきりしていた。

「でも、こうして話せて嬉しい」

「俺も……ずっと雫と話したかった」

「翔太、今、どこにいるの?」

「わからない……でも、雫の声は聞こえる」

 雫は涙が止まらなくなった。翔太は死んでなお、自分を心配していてくれる。

「翔太、ありがとう。でも私は大丈夫だから」

「本当に?」

「本当よ。一人暮らしも慣れたし、友達もいるし」

「そっか……良かった」

 翔太の声に安堵が混じった。

「でも、時々寂しいのも本当。翔太と話せて嬉しい」

「俺も……雫と話せて嬉しい」

 二人は長い間、色々なことを話した。高校時代の思い出、大学のこと、翔太の心配、雫の近況。

「翔太、もう心配しなくていいからね」

「うん……でも、また話しに来てもいい?」

「いつでも来て。待ってるから」

「ありがとう、雫」

 翔太の声がだんだん遠くなっていく。

「また明日も来るから」

「うん、また明日」

 通話は静かに終わった。

 翌朝、雫はスマートフォンを見て驚いた。履歴に「翔太」という名前の通話記録が残っていた。昨夜初めて、履歴が残ったのだ。

 雫は微笑んだ。きっと翔太は、もう隠れる必要がないと思ったのだろう。

 その日から、毎晩午前零時に翔太から電話がかかってくるようになった。履歴にもちゃんと記録される。二人は毎夜、様々なことを話した。

 雫は翔太との会話を通じて、一人暮らしの寂しさを埋めることができた。そして翔太も、雫の無事を確認することで安心していた。

 ある夜、翔太が言った。

「雫、俺、もうすぐ行かなきゃいけないかもしれない」

「どこに?」

「わからない……でも、何かに呼ばれてる気がする」

 雫は寂しくなった。翔太との会話がなくなるのは辛い。

「でも、雫がもう大丈夫だってわかったから、安心して行ける」

「翔太……」

「雫、元気でね。そして、素敵な人を見つけて幸せになって」

「翔太も、きっといいところに行けるよ」

「ありがとう、雫。雫と友達でいられて、本当に良かった」

「私も。翔太と話せて、本当に嬉しかった」

 それが翔太との最後の会話になった。

 翌日の午前零時、電話は鳴らなかった。その後も、翔太からの電話は二度とかかってこなかった。

 しかし雫は悲しくなかった。翔太は安心して次の場所に行けたのだと思う。そして自分も、翔太の想いを胸に、強く生きていこうと決めた。

 雫のスマートフォンには、翔太との会話の履歴が残っている。時々それを見返しては、翔太との友情を思い出す。

 午前零時になると、雫は空を見上げて翔太に話しかける。声は返ってこないが、きっと翔太は聞いていてくれると信じている。

 雫は一人暮らしを続けているが、もう寂しさを感じることはない。翔太の想いが、いつも雫を支えているから。

 ただ一つ、雫が不思議に思うことがある。

 ある日、雫がスマートフォンの設定を確認していた時、通話履歴の詳細を見て驚いた。翔太からの電話の発信者番号が表示されていたのだ。

 その番号は、雫自身の電話番号だった。

 雫は背筋が寒くなった。翔太は雫の番号から雫に電話をかけていたということになる。

 それは一体何を意味するのだろうか。

 雫は考えることをやめた。翔太との友情は本物だった。それだけで十分だった。

 しかし時々、雫は思う。

 あの電話は本当に翔太からだったのだろうか。

 それとも、寂しさに苛まれた雫の心が作り出した幻想だったのだろうか。

 もしそうだとしても、雫にとって翔太との会話は大切な思い出だ。真実がどうであれ、あの時間は雫を救ってくれた。

 雫は今も、毎晩午前零時に空を見上げる。そして心の中で翔太に話しかける。

「翔太、今日も一日頑張ったよ。ありがとう」

 答えは返ってこない。しかし雫の心には、いつも温かな気持ちが残っている。
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