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第52話:「死者からの呼び声」怖さ:☆☆
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知らない番号からの電話が鳴ったのは、祖父の四十九日を迎えた夜のことだった。
葛城は仏壇の前で線香を上げ終えて、居間でテレビを見ていた。午後九時過ぎ、スマートフォンの着信音が静寂を破った。
画面に表示された番号は見覚えがない。市外局番から察するに、遠方からの電話のようだった。迷惑電話かもしれないと思ったが、なぜか出てみる気になった。
「はい、葛城です」
受話器の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。
「おお、隆太か。元気にしているか?」
その声は、一ヶ月前に亡くなった祖父の声だった。
葛城は電話を握り直した。聞き間違いだろうか。でも確かに祖父の声だった。低くて優しい、あの独特の話し方。
「じいちゃん……?」
「そうだ。久しぶりだな、隆太」
葛城の手が震えた。これは夢なのだろうか。それとも幻聴なのだろうか。
「でも、じいちゃんは……」
「死んだ? ああ、そうだな。でも電話はできるんだよ」
祖父は笑っているようだった。生前と変わらない、人懐っこい笑い声。
「どうして電話が……」
「あっちにも電話があるんだ。こっちからそっちにかけることもできる」
葛城は混乱した。死後の世界に電話があるなんて。
「隆太、元気にしているか? 最近、顔色が悪いようだが」
「え? 顔色?」
「こっちから見えるんだ。お前の様子が」
確かに葛城は最近、体調が優れなかった。祖父が亡くなってから、食欲もなく、よく眠れない日が続いていた。
「大丈夫ですよ、じいちゃん」
「無理をするな。若いからといって、体を酷使してはいかん」
祖父の声は心配そうだった。生前と変わらず、葛城を気遣ってくれている。
「ところで隆太、一つ頼みがある」
「頼み?」
「仏壇の引き出しを見てくれ。右下の一番奥の引き出しだ」
葛城は仏壇に向かった。言われた通りの引き出しを開けると、古い写真が数枚入っていた。
「写真がありますけど」
「その中に、一枚だけ裏返しになっているものがあるだろう」
確かにあった。一枚だけ、写真が裏返しに置かれている。
「それを表に返してくれ」
葛城は写真を裏返した。そこには若い女性が写っていた。和服を着た、美しい女性だった。でも見覚えがない。
「これは誰ですか?」
「お前の祖母だ」
葛城は驚いた。祖母は葛城が生まれる前に亡くなっていて、写真も残っていないと聞かされていた。
「祖母の写真があったんですか?」
「ああ。でも辛くて、ずっと裏返しにしていた」
祖父の声が少し震えていた。
「こっちに来てから、やっと彼女に会えたんだ。そして分かった。写真を隠していたことを、ずっと悲しんでいたということが」
葛城は写真を見つめた。確かに祖父に似た面影がある、優しそうな女性だった。
「祖母も、そちらにいるんですか?」
「ああ。今、隣にいる」
電話の向こうから、女性の声が聞こえてきた。
「隆太ちゃん、初めまして。おばあちゃんよ」
その声は上品で温かく、葛城は自然に涙が出てきた。
「おばあちゃん……」
「立派に育ったのね。おじいちゃんからいつも話を聞いていたの」
祖母の声は優しかった。会ったことはないのに、なぜか懐かしい気持ちになった。
「隆太」再び祖父の声になった。「その写真を、仏壇に飾ってくれ」
「はい」
葛城は写真を仏壇の祖父の遺影の隣に飾った。
「ありがとう。これで二人一緒に、お前たちを見守ることができる」
その時、電話が少し遠くなったような気がした。
「じいちゃん?」
「すまない、隆太。もうあまり時間がないようだ」
「時間?」
「こちらからの電話は、そう長くはできないんだ」
葛城は慌てた。せっかく祖父と話せているのに。
「また電話してください」
「それは……難しいかもしれない」
「どうして?」
「一人につき、一度だけなんだ。最後のお別れの電話は」
葛城の胸が詰まった。これが本当に最後なのか。
「隆太、よく聞いてくれ」
祖父の声が真剣になった。
「お前は優しすぎる。人のことばかり考えて、自分のことを後回しにする」
「そんなこと……」
「でもそれでは駄目だ。まず自分を大切にしなさい。自分が幸せでなければ、人を幸せにすることはできない」
祖父の言葉が胸に響いた。
「体を大切にして、しっかり食べて、しっかり眠りなさい」
「はい」
「そして、一人で抱え込まずに、困った時は人に頼りなさい」
「分かりました」
「良い子だ。お前は私の自慢の孫だ」
祖父の声がだんだん遠くなっていく。
「じいちゃん……」
「隆太、ありがとう。お前に育ててもらった思い出は、私の宝物だ」
「僕の方こそ、ありがとうございました」
「おばあちゃんも、お前に会えて嬉しかったと言っている」
微かに祖母の声も聞こえた。
「元気でいるのよ、隆太ちゃん」
「はい、おばあちゃん」
電話の音質がどんどん悪くなっていく。
「じいちゃん、おばあちゃん、愛しています」
「私たちも愛している。ずっと見守っているからな」
そして電話が切れた。
葛城は呆然と電話を持ったまま立っていた。
着信履歴を確認すると、確かに知らない番号からの着信が記録されていた。通話時間は十五分。夢ではなかった。
葛城はその番号にかけ直してみた。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
自動音声のアナウンスが流れた。
葛城は仏壇を見た。祖父の遺影の隣に飾った祖母の写真が、微かに微笑んでいるように見えた。
その夜、葛城は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
翌日から、葛城の生活は変わった。
祖父の言葉通り、まず自分を大切にすることから始めた。規則正しい食事、十分な睡眠、適度な運動。
仕事でも、一人で抱え込まずに同僚に相談するようになった。
一ヶ月後、葛城の体調は見違えるほど良くなった。
時々、仏壇の前で祖父母に報告する。
「じいちゃん、おばあちゃん、元気にやってます」
返事は聞こえないが、きっと見守ってくれていると信じている。
半年後、葛城は結婚を決めた。長年付き合っていた恋人にプロポーズしたのだ。
結婚式の前夜、葛城は仏壇に報告した。
「明日、結婚します。きっと喜んでくれますよね」
その時、かすかに電話の着信音が聞こえたような気がした。
でも電話は鳴っていない。
きっと気のせいだろう。
でも葛城は笑顔になった。祖父母が祝福してくれているような気がしたから。
結婚式当日、式場で写真を撮っている時、不思議なことが起こった。
後で現像された写真を見ると、葛城の後ろに薄っすらと二つの人影が写っていた。
祖父と祖母のようだった。
葛城はその写真を大切に飾った。
きっと二人は、これからも見守ってくれるだろう。
そして時が来れば、また電話をかけてくれるかもしれない。
今度は「おめでとう」という言葉と一緒に。
葛城は仏壇の前で線香を上げ終えて、居間でテレビを見ていた。午後九時過ぎ、スマートフォンの着信音が静寂を破った。
画面に表示された番号は見覚えがない。市外局番から察するに、遠方からの電話のようだった。迷惑電話かもしれないと思ったが、なぜか出てみる気になった。
「はい、葛城です」
受話器の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。
「おお、隆太か。元気にしているか?」
その声は、一ヶ月前に亡くなった祖父の声だった。
葛城は電話を握り直した。聞き間違いだろうか。でも確かに祖父の声だった。低くて優しい、あの独特の話し方。
「じいちゃん……?」
「そうだ。久しぶりだな、隆太」
葛城の手が震えた。これは夢なのだろうか。それとも幻聴なのだろうか。
「でも、じいちゃんは……」
「死んだ? ああ、そうだな。でも電話はできるんだよ」
祖父は笑っているようだった。生前と変わらない、人懐っこい笑い声。
「どうして電話が……」
「あっちにも電話があるんだ。こっちからそっちにかけることもできる」
葛城は混乱した。死後の世界に電話があるなんて。
「隆太、元気にしているか? 最近、顔色が悪いようだが」
「え? 顔色?」
「こっちから見えるんだ。お前の様子が」
確かに葛城は最近、体調が優れなかった。祖父が亡くなってから、食欲もなく、よく眠れない日が続いていた。
「大丈夫ですよ、じいちゃん」
「無理をするな。若いからといって、体を酷使してはいかん」
祖父の声は心配そうだった。生前と変わらず、葛城を気遣ってくれている。
「ところで隆太、一つ頼みがある」
「頼み?」
「仏壇の引き出しを見てくれ。右下の一番奥の引き出しだ」
葛城は仏壇に向かった。言われた通りの引き出しを開けると、古い写真が数枚入っていた。
「写真がありますけど」
「その中に、一枚だけ裏返しになっているものがあるだろう」
確かにあった。一枚だけ、写真が裏返しに置かれている。
「それを表に返してくれ」
葛城は写真を裏返した。そこには若い女性が写っていた。和服を着た、美しい女性だった。でも見覚えがない。
「これは誰ですか?」
「お前の祖母だ」
葛城は驚いた。祖母は葛城が生まれる前に亡くなっていて、写真も残っていないと聞かされていた。
「祖母の写真があったんですか?」
「ああ。でも辛くて、ずっと裏返しにしていた」
祖父の声が少し震えていた。
「こっちに来てから、やっと彼女に会えたんだ。そして分かった。写真を隠していたことを、ずっと悲しんでいたということが」
葛城は写真を見つめた。確かに祖父に似た面影がある、優しそうな女性だった。
「祖母も、そちらにいるんですか?」
「ああ。今、隣にいる」
電話の向こうから、女性の声が聞こえてきた。
「隆太ちゃん、初めまして。おばあちゃんよ」
その声は上品で温かく、葛城は自然に涙が出てきた。
「おばあちゃん……」
「立派に育ったのね。おじいちゃんからいつも話を聞いていたの」
祖母の声は優しかった。会ったことはないのに、なぜか懐かしい気持ちになった。
「隆太」再び祖父の声になった。「その写真を、仏壇に飾ってくれ」
「はい」
葛城は写真を仏壇の祖父の遺影の隣に飾った。
「ありがとう。これで二人一緒に、お前たちを見守ることができる」
その時、電話が少し遠くなったような気がした。
「じいちゃん?」
「すまない、隆太。もうあまり時間がないようだ」
「時間?」
「こちらからの電話は、そう長くはできないんだ」
葛城は慌てた。せっかく祖父と話せているのに。
「また電話してください」
「それは……難しいかもしれない」
「どうして?」
「一人につき、一度だけなんだ。最後のお別れの電話は」
葛城の胸が詰まった。これが本当に最後なのか。
「隆太、よく聞いてくれ」
祖父の声が真剣になった。
「お前は優しすぎる。人のことばかり考えて、自分のことを後回しにする」
「そんなこと……」
「でもそれでは駄目だ。まず自分を大切にしなさい。自分が幸せでなければ、人を幸せにすることはできない」
祖父の言葉が胸に響いた。
「体を大切にして、しっかり食べて、しっかり眠りなさい」
「はい」
「そして、一人で抱え込まずに、困った時は人に頼りなさい」
「分かりました」
「良い子だ。お前は私の自慢の孫だ」
祖父の声がだんだん遠くなっていく。
「じいちゃん……」
「隆太、ありがとう。お前に育ててもらった思い出は、私の宝物だ」
「僕の方こそ、ありがとうございました」
「おばあちゃんも、お前に会えて嬉しかったと言っている」
微かに祖母の声も聞こえた。
「元気でいるのよ、隆太ちゃん」
「はい、おばあちゃん」
電話の音質がどんどん悪くなっていく。
「じいちゃん、おばあちゃん、愛しています」
「私たちも愛している。ずっと見守っているからな」
そして電話が切れた。
葛城は呆然と電話を持ったまま立っていた。
着信履歴を確認すると、確かに知らない番号からの着信が記録されていた。通話時間は十五分。夢ではなかった。
葛城はその番号にかけ直してみた。
「おかけになった電話番号は、現在使われておりません」
自動音声のアナウンスが流れた。
葛城は仏壇を見た。祖父の遺影の隣に飾った祖母の写真が、微かに微笑んでいるように見えた。
その夜、葛城は久しぶりにぐっすりと眠ることができた。
翌日から、葛城の生活は変わった。
祖父の言葉通り、まず自分を大切にすることから始めた。規則正しい食事、十分な睡眠、適度な運動。
仕事でも、一人で抱え込まずに同僚に相談するようになった。
一ヶ月後、葛城の体調は見違えるほど良くなった。
時々、仏壇の前で祖父母に報告する。
「じいちゃん、おばあちゃん、元気にやってます」
返事は聞こえないが、きっと見守ってくれていると信じている。
半年後、葛城は結婚を決めた。長年付き合っていた恋人にプロポーズしたのだ。
結婚式の前夜、葛城は仏壇に報告した。
「明日、結婚します。きっと喜んでくれますよね」
その時、かすかに電話の着信音が聞こえたような気がした。
でも電話は鳴っていない。
きっと気のせいだろう。
でも葛城は笑顔になった。祖父母が祝福してくれているような気がしたから。
結婚式当日、式場で写真を撮っている時、不思議なことが起こった。
後で現像された写真を見ると、葛城の後ろに薄っすらと二つの人影が写っていた。
祖父と祖母のようだった。
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