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第55話:「終電の乗客」怖さ:☆☆☆☆☆
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橘雄介が終電に乗り遅れたのは、残業が深夜まで続いたからだった。時計を見ると午前零時を十五分過ぎている。最終の山手線は既に終了していた。
仕方なくタクシーで帰ろうと駅を出ようとした時、不思議なことに電車の到着音が響いた。
「まもなく、電車が参ります。危険ですので白線の内側にお下がりください」
雄介は困惑した。終電の時刻は確実に過ぎているはずだった。しかし実際に電車がホームに滑り込んできた。車体には確かに山手線の標識がついている。
駅員の姿は見えなかったが、雄介は急いで電車に飛び乗った。ラッキーだった。これで自宅まで帰ることができる。
しかし車内に入った瞬間、雄介は違和感を覚えた。
車内に誰もいなかった。
終電にしては異常だった。どんなに遅い時間でも、終電には必ず数人の乗客がいるものだった。酔っぱらいや、夜勤帰りの人、深夜まで遊んでいた若者……しかし今夜の車内は完全に空っぽだった。
雄介は座席に座りながら周囲を見回した。車内は薄暗く、蛍光灯の半分ほどしか点灯していなかった。そして妙に静かだった。通常の電車なら、走行音やモーターの音が響くはずなのに、この電車は不気味なほど無音で走っていた。
窓の外を見ると、いつもの景色が流れていた。見慣れた駅や建物が過ぎていく。しかし電車は駅に停車しなかった。いくつかの駅を素通りして走り続けている。
雄介は不安になって時刻表を確認しようとしたが、車内に時刻表は掲示されていなかった。通常なら貼ってあるはずの路線図や緊急時の連絡先なども、すべて取り除かれていた。
電車は次の駅に近づいた。しかしここでも停車せず、ホームを素通りしていく。雄介は窓越しにホームを見たが、そこにも人影はなかった。駅員も、待機中の乗客も、誰もいない無人のホームだった。
三つ目の駅も通過した。四つ目も、五つ目も。電車は一切停車することなく走り続けている。雄介は立ち上がって車内を歩き回った。非常ボタンを探したが、見つからなかった。車掌室との通話装置も設置されていなかった。
雄介は隣の車両に移ることにした。ドアを開けて隣の車両に入ると、そこも完全に無人だった。座席、吊り革、すべてが正常に設置されているが、人間だけがいない。
更に次の車両に移った。しかしそこも同様だった。雄介は電車の全車両を歩き回ったが、乗客はおろか、車掌や運転士の姿も見つけることができなかった。
誰が運転しているのか。雄介は先頭車両の運転席を覗こうとしたが、運転席の扉は固く閉ざされ、窓も黒いフィルムで覆われていて中が見えなかった。
雄介は携帯電話で助けを求めようとしたが、電波が入らなかった。画面には「圏外」の表示が出ている。地下鉄ならともかく、山手線の大部分は地上を走っているはずなのに、電波が届かないのは異常だった。
電車は走り続けている。窓の外の景色を見ると、確かに山手線のルートを辿っているようだった。しかし駅という駅をすべて通過していく。まるで山手線のルートを、停車駅のない特急列車として走っているかのようだった。
雄介は時計を確認した。乗車してからすでに一時間が過ぎている。山手線一周の所要時間は約一時間だから、すでに一周は完了しているはずだった。しかし電車は止まる気配がない。
二時間経過。三時間経過。電車は永遠に走り続けているようだった。雄介は疲れ果てて座席に座り込んだ。
その時、ふと足元に違和感を覚えた。
自分の座っている座席の下から、何かがこちらを見ているような気がした。雄介は身を乗り出して座席の下を覗き込んだ。
そこに人間の顔があった。
雄介は悲鳴を上げそうになったが、声が出なかった。座席の下の床に、人間の顔が埋まっていた。いや、埋まっているというより、貼り付いていた。まるで床の一部になったかのように、顔だけが床面に浮かび上がっていた。
その顔は中年男性のもので、目は見開かれ、口は苦痛に歪んでいた。そして確実に生きていた。目が動き、口がわずかに動いて何かを言おうとしていた。
雄介は慌てて別の座席に移った。しかしそこの座席の下にも、別の顔があった。今度は若い女性の顔だった。同様に床に貼り付き、苦悶の表情を浮かべている。
雄介は車内を見回した。すべての座席の下に、人間の顔が貼り付いていた。男性、女性、老人、子ども……様々な年齢と性別の顔が、床に埋め込まれるように存在していた。
そして恐ろしいことに、それらの顔はすべて生きていた。目を動かし、口を動かし、何かを訴えかけようとしていた。しかし声は聞こえなかった。まるで透明な膜で口を塞がれているかのように。
雄介は立ち上がって車内を歩き回った。すると足の裏に、柔らかい感触が伝わってきた。床に貼り付いた顔を踏んでいるのだった。顔の持ち主たちは、踏まれるたびに苦痛に表情を歪めた。
雄介は隣の車両に逃げ込んだ。しかしそこも同様だった。すべての座席の下、すべての床面に、無数の人間の顔が貼り付いていた。
雄介は全車両を確認した。数百、いや千を超える人間の顔が、電車の床に埋め込まれていた。そしてそのすべてが生きていて、助けを求めるような視線を雄介に向けていた。
電車は走り続けている。時計を見ると、すでに六時間が経過していた。外は明るくなり始めているが、電車は止まらない。そして駅を通過するたびに、ホームには誰もいなかった。
雄介は窓を叩いた。しかし窓は開かなかった。非常用のハンマーを探したが、見つからなかった。電車から脱出する手段は一切なかった。
八時間経過。雄介は絶望的な気持ちになっていた。この電車は永遠に走り続けるつもりらしかった。そして自分は永遠にこの中に閉じ込められるのだろう。
その時、雄介は恐ろしいことに気づいた。床に貼り付いた顔の一つが、見覚えのある顔だった。
それは雄介の同僚だった。一ヶ月前に突然会社に来なくなった、営業部の田中だった。行方不明になったと聞いていたが、まさかここにいるとは思わなかった。
田中の顔は雄介を見つめていた。口を必死に動かして、何かを伝えようとしている。雄介は身を屈めて田中の顔に近づいた。
かすかに聞こえてきた田中の声は、絶望的な内容だった。
「逃げられない……永遠に……永遠に走り続ける……」
雄介は他の顔にも近づいて声を聞こうとした。皆、同じようなことを言っていた。
「終わらない……」
「助けて……」
「もう何年も……」
「時間が止まった……」
雄介は理解した。この電車に乗った人間は、全員が床に埋め込まれるのだ。そして永遠にこの電車と共に走り続けることになるのだ。
十二時間経過。雄介は極度の疲労と恐怖で正常な思考ができなくなっていた。床の顔たちは、時折雄介に向かって何かを叫んでいたが、その内容は聞き取れなかった。
十六時間経過。雄介の足に異変が起きた。靴が床に貼り付いて動かなくなっていた。見ると、足首から下が床に沈み込み始めていた。
雄介は必死に足を引き抜こうとしたが、まるで強力な磁石に吸い付けられているかのように、足は床から離れなかった。そして沈み込みは徐々に進行していく。
膝まで沈んだ。太ももまで沈んだ。雄介は上半身で必死にもがいたが、無駄だった。床は雄介を確実に飲み込んでいく。
腰まで沈んだ時、雄介は周囲の顔たちの表情が変わったことに気づいた。皆、諦めたような、しかしどこか安堵したような表情を浮かべていた。まるで新しい仲間を迎え入れることを歓迎しているかのように。
胸まで沈んだ。雄介の視点が低くなり、床レベルに近づいてきた。もうすぐ他の顔たちと同じ位置になる。
肩まで沈んだ時、雄介は最後の抵抗を試みた。しかし体は動かなかった。床と一体化していく感覚があった。自分が電車の一部になっていくような感覚だった。
首まで沈んだ。雄介の顔だけが床から出ている状態になった。周囲の顔たちが、雄介を見つめていた。その視線には、同情と諦めが混在していた。
最後に頭まで沈み、雄介の顔が床面と同じ高さになった。雄介は床に貼り付いた状態で、車内を見上げることしかできなくなった。
体は床の中に埋まっているが、意識ははっきりしていた。痛みはないが、身動きは一切できなかった。雄介は他の乗客たちと同じ状態になったのだった。
電車は走り続けている。窓の外の景色は永遠に流れ続ける。雄介は床に貼り付いた状態で、その景色をずっと見ていることになる。
しばらくして、電車が駅に停車した。雄介は喜んだ。ついに止まったのだ。しかしそれは錯覚だった。
ドアが開くと、新しい乗客が乗り込んできた。深夜まで残業していたらしいサラリーマンだった。男性は車内を見回し、誰もいないことに首をかしげていた。
男性は雄介の上の座席に座った。雄介は真下から男性を見上げることになった。男性は雄介の存在に気づいていなかった。
電車が再び動き出した。そして駅を通過し始めた。男性は不審に思っているようだったが、まだ状況を理解していなかった。
数時間後、男性も雄介と同じ運命を辿ることになる。床に貼り付き、永遠にこの電車の一部として走り続けることになる。
雄介は絶望した。この電車は永遠に走り続け、永遠に新しい乗客を集め続けるのだ。そして乗車した人間は全員、床の一部となって永続的に閉じ込められるのだ。
時間が過ぎていく。雄介は時の感覚を失った。昼なのか夜なのか、何日経ったのか、もうわからなかった。ただ電車は走り続け、窓の外の景色は流れ続けていた。
時々新しい乗客が乗り込んでくる。彼らは皆、最初は困惑し、次に恐怖し、最後に床に沈んでいく。そして雄介たちの仲間になる。
床に貼り付いた乗客の数は増え続けている。車内のあらゆる場所に人間の顔が敷き詰められていく。雄介は、自分が最後の乗客ではないことを理解していた。
この終電は本当に「最後」の電車だった。乗車した人間にとって、人生最後の電車となるのだ。そして彼らは永遠に、次の犠牲者を待ち続けることになる。
雄介の顔は床に貼り付いたまま、新しい乗客を見上げていた。助けを求める視線を向けているが、誰も気づいてくれない。そして雄介も、いずれ諦めの表情を浮かべるようになるのだろう。
終電は今夜も走り続ける。新しい乗客を求めて、永遠に。
仕方なくタクシーで帰ろうと駅を出ようとした時、不思議なことに電車の到着音が響いた。
「まもなく、電車が参ります。危険ですので白線の内側にお下がりください」
雄介は困惑した。終電の時刻は確実に過ぎているはずだった。しかし実際に電車がホームに滑り込んできた。車体には確かに山手線の標識がついている。
駅員の姿は見えなかったが、雄介は急いで電車に飛び乗った。ラッキーだった。これで自宅まで帰ることができる。
しかし車内に入った瞬間、雄介は違和感を覚えた。
車内に誰もいなかった。
終電にしては異常だった。どんなに遅い時間でも、終電には必ず数人の乗客がいるものだった。酔っぱらいや、夜勤帰りの人、深夜まで遊んでいた若者……しかし今夜の車内は完全に空っぽだった。
雄介は座席に座りながら周囲を見回した。車内は薄暗く、蛍光灯の半分ほどしか点灯していなかった。そして妙に静かだった。通常の電車なら、走行音やモーターの音が響くはずなのに、この電車は不気味なほど無音で走っていた。
窓の外を見ると、いつもの景色が流れていた。見慣れた駅や建物が過ぎていく。しかし電車は駅に停車しなかった。いくつかの駅を素通りして走り続けている。
雄介は不安になって時刻表を確認しようとしたが、車内に時刻表は掲示されていなかった。通常なら貼ってあるはずの路線図や緊急時の連絡先なども、すべて取り除かれていた。
電車は次の駅に近づいた。しかしここでも停車せず、ホームを素通りしていく。雄介は窓越しにホームを見たが、そこにも人影はなかった。駅員も、待機中の乗客も、誰もいない無人のホームだった。
三つ目の駅も通過した。四つ目も、五つ目も。電車は一切停車することなく走り続けている。雄介は立ち上がって車内を歩き回った。非常ボタンを探したが、見つからなかった。車掌室との通話装置も設置されていなかった。
雄介は隣の車両に移ることにした。ドアを開けて隣の車両に入ると、そこも完全に無人だった。座席、吊り革、すべてが正常に設置されているが、人間だけがいない。
更に次の車両に移った。しかしそこも同様だった。雄介は電車の全車両を歩き回ったが、乗客はおろか、車掌や運転士の姿も見つけることができなかった。
誰が運転しているのか。雄介は先頭車両の運転席を覗こうとしたが、運転席の扉は固く閉ざされ、窓も黒いフィルムで覆われていて中が見えなかった。
雄介は携帯電話で助けを求めようとしたが、電波が入らなかった。画面には「圏外」の表示が出ている。地下鉄ならともかく、山手線の大部分は地上を走っているはずなのに、電波が届かないのは異常だった。
電車は走り続けている。窓の外の景色を見ると、確かに山手線のルートを辿っているようだった。しかし駅という駅をすべて通過していく。まるで山手線のルートを、停車駅のない特急列車として走っているかのようだった。
雄介は時計を確認した。乗車してからすでに一時間が過ぎている。山手線一周の所要時間は約一時間だから、すでに一周は完了しているはずだった。しかし電車は止まる気配がない。
二時間経過。三時間経過。電車は永遠に走り続けているようだった。雄介は疲れ果てて座席に座り込んだ。
その時、ふと足元に違和感を覚えた。
自分の座っている座席の下から、何かがこちらを見ているような気がした。雄介は身を乗り出して座席の下を覗き込んだ。
そこに人間の顔があった。
雄介は悲鳴を上げそうになったが、声が出なかった。座席の下の床に、人間の顔が埋まっていた。いや、埋まっているというより、貼り付いていた。まるで床の一部になったかのように、顔だけが床面に浮かび上がっていた。
その顔は中年男性のもので、目は見開かれ、口は苦痛に歪んでいた。そして確実に生きていた。目が動き、口がわずかに動いて何かを言おうとしていた。
雄介は慌てて別の座席に移った。しかしそこの座席の下にも、別の顔があった。今度は若い女性の顔だった。同様に床に貼り付き、苦悶の表情を浮かべている。
雄介は車内を見回した。すべての座席の下に、人間の顔が貼り付いていた。男性、女性、老人、子ども……様々な年齢と性別の顔が、床に埋め込まれるように存在していた。
そして恐ろしいことに、それらの顔はすべて生きていた。目を動かし、口を動かし、何かを訴えかけようとしていた。しかし声は聞こえなかった。まるで透明な膜で口を塞がれているかのように。
雄介は立ち上がって車内を歩き回った。すると足の裏に、柔らかい感触が伝わってきた。床に貼り付いた顔を踏んでいるのだった。顔の持ち主たちは、踏まれるたびに苦痛に表情を歪めた。
雄介は隣の車両に逃げ込んだ。しかしそこも同様だった。すべての座席の下、すべての床面に、無数の人間の顔が貼り付いていた。
雄介は全車両を確認した。数百、いや千を超える人間の顔が、電車の床に埋め込まれていた。そしてそのすべてが生きていて、助けを求めるような視線を雄介に向けていた。
電車は走り続けている。時計を見ると、すでに六時間が経過していた。外は明るくなり始めているが、電車は止まらない。そして駅を通過するたびに、ホームには誰もいなかった。
雄介は窓を叩いた。しかし窓は開かなかった。非常用のハンマーを探したが、見つからなかった。電車から脱出する手段は一切なかった。
八時間経過。雄介は絶望的な気持ちになっていた。この電車は永遠に走り続けるつもりらしかった。そして自分は永遠にこの中に閉じ込められるのだろう。
その時、雄介は恐ろしいことに気づいた。床に貼り付いた顔の一つが、見覚えのある顔だった。
それは雄介の同僚だった。一ヶ月前に突然会社に来なくなった、営業部の田中だった。行方不明になったと聞いていたが、まさかここにいるとは思わなかった。
田中の顔は雄介を見つめていた。口を必死に動かして、何かを伝えようとしている。雄介は身を屈めて田中の顔に近づいた。
かすかに聞こえてきた田中の声は、絶望的な内容だった。
「逃げられない……永遠に……永遠に走り続ける……」
雄介は他の顔にも近づいて声を聞こうとした。皆、同じようなことを言っていた。
「終わらない……」
「助けて……」
「もう何年も……」
「時間が止まった……」
雄介は理解した。この電車に乗った人間は、全員が床に埋め込まれるのだ。そして永遠にこの電車と共に走り続けることになるのだ。
十二時間経過。雄介は極度の疲労と恐怖で正常な思考ができなくなっていた。床の顔たちは、時折雄介に向かって何かを叫んでいたが、その内容は聞き取れなかった。
十六時間経過。雄介の足に異変が起きた。靴が床に貼り付いて動かなくなっていた。見ると、足首から下が床に沈み込み始めていた。
雄介は必死に足を引き抜こうとしたが、まるで強力な磁石に吸い付けられているかのように、足は床から離れなかった。そして沈み込みは徐々に進行していく。
膝まで沈んだ。太ももまで沈んだ。雄介は上半身で必死にもがいたが、無駄だった。床は雄介を確実に飲み込んでいく。
腰まで沈んだ時、雄介は周囲の顔たちの表情が変わったことに気づいた。皆、諦めたような、しかしどこか安堵したような表情を浮かべていた。まるで新しい仲間を迎え入れることを歓迎しているかのように。
胸まで沈んだ。雄介の視点が低くなり、床レベルに近づいてきた。もうすぐ他の顔たちと同じ位置になる。
肩まで沈んだ時、雄介は最後の抵抗を試みた。しかし体は動かなかった。床と一体化していく感覚があった。自分が電車の一部になっていくような感覚だった。
首まで沈んだ。雄介の顔だけが床から出ている状態になった。周囲の顔たちが、雄介を見つめていた。その視線には、同情と諦めが混在していた。
最後に頭まで沈み、雄介の顔が床面と同じ高さになった。雄介は床に貼り付いた状態で、車内を見上げることしかできなくなった。
体は床の中に埋まっているが、意識ははっきりしていた。痛みはないが、身動きは一切できなかった。雄介は他の乗客たちと同じ状態になったのだった。
電車は走り続けている。窓の外の景色は永遠に流れ続ける。雄介は床に貼り付いた状態で、その景色をずっと見ていることになる。
しばらくして、電車が駅に停車した。雄介は喜んだ。ついに止まったのだ。しかしそれは錯覚だった。
ドアが開くと、新しい乗客が乗り込んできた。深夜まで残業していたらしいサラリーマンだった。男性は車内を見回し、誰もいないことに首をかしげていた。
男性は雄介の上の座席に座った。雄介は真下から男性を見上げることになった。男性は雄介の存在に気づいていなかった。
電車が再び動き出した。そして駅を通過し始めた。男性は不審に思っているようだったが、まだ状況を理解していなかった。
数時間後、男性も雄介と同じ運命を辿ることになる。床に貼り付き、永遠にこの電車の一部として走り続けることになる。
雄介は絶望した。この電車は永遠に走り続け、永遠に新しい乗客を集め続けるのだ。そして乗車した人間は全員、床の一部となって永続的に閉じ込められるのだ。
時間が過ぎていく。雄介は時の感覚を失った。昼なのか夜なのか、何日経ったのか、もうわからなかった。ただ電車は走り続け、窓の外の景色は流れ続けていた。
時々新しい乗客が乗り込んでくる。彼らは皆、最初は困惑し、次に恐怖し、最後に床に沈んでいく。そして雄介たちの仲間になる。
床に貼り付いた乗客の数は増え続けている。車内のあらゆる場所に人間の顔が敷き詰められていく。雄介は、自分が最後の乗客ではないことを理解していた。
この終電は本当に「最後」の電車だった。乗車した人間にとって、人生最後の電車となるのだ。そして彼らは永遠に、次の犠牲者を待ち続けることになる。
雄介の顔は床に貼り付いたまま、新しい乗客を見上げていた。助けを求める視線を向けているが、誰も気づいてくれない。そして雄介も、いずれ諦めの表情を浮かべるようになるのだろう。
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