1話5分でゾッと出来る話。短編ホラー集。短編怖い話は、そこにある

みにぶた🐽

文字の大きさ
58 / 100

第58話:「封印された記憶」怖さ:☆☆☆☆☆

しおりを挟む
 雨宮真澄は、自分の過去に空白があることを知っていた。

 七歳から十歳までの三年間、記憶が完全に抜け落ちていた。家族に聞いても「病気で入院していた」としか教えてもらえず、詳細を話すことを頑なに拒まれていた。

 現在二十五歳になった真澄は、一人暮らしのアパートで平凡な会社員生活を送っていた。しかし時々、夢の中で断片的な映像を見ることがあった。白い部屋、知らない大人たち、そして自分の泣き声。

 記憶を取り戻したいという衝動は年々強くなっていた。しかし不思議なことに、過去を思い出そうとすると、決まって身の回りの電化製品が故障するのだった。

 最初にそれに気づいたのは、二年前のことだった。

 ある夜、真澄は幼い頃の写真を見ながら記憶を辿ろうとしていた。七歳の誕生日の写真の次が、いきなり十一歳の入学式の写真になっている。その間の記憶を必死に思い出そうとした時、突然テレビの画面にノイズが走った。

 そして数秒後、テレビが完全に故障してしまった。修理業者に見てもらったが、原因不明の故障だった。

 真澄は偶然だと思っていた。しかし同じような現象が立て続けに起きた。

 記憶を思い出そうとするたびに、何らかの電化製品が壊れる。冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、パソコン……。真澄が過去に集中すればするほど、家電の故障が増えていった。

 最初は単なる偶然だと思っていたが、あまりにも頻繁に起きるため、真澄は因果関係があるのではないかと疑い始めた。

 ある日、真澄は実験をしてみることにした。意識的に記憶を辿り、電化製品の反応を観察するのだ。

 午後八時、真澄はリビングに座り、目を閉じて過去を思い出そうとした。七歳の時の記憶の境界線に意識を集中させる。

 数分後、エアコンが異音を発し始めた。そして十分ほど経つと、完全に動作を停止した。

 真澄は恐怖した。確実に関連性があった。自分が記憶を探ろうとすると、電化製品が壊れるのだ。

 翌日、真澄は心理カウンセラーに相談した。

「記憶の封印と電化製品の故障……興味深い症例ですね」

 カウンセラーの椎名医師は、真澄の話を真剣に聞いてくれた。

「記憶を封じる理由は通常、強いトラウマです。あなたの無意識が、記憶を思い出すことを拒絶している可能性があります」

「でも、なぜ電化製品が壊れるんですか?」

「心理的ストレスが身体に影響を与え、それが電磁波として放出されることがあります。特に強いトラウマを持つ患者の場合、稀にそういった現象が報告されています」

 椎名医師の説明は合理的だったが、真澄には完全に納得できなかった。しかし他に説明のしようがなかった。

 一週間後、真澄は決意した。すべての電化製品が壊れても構わない。真実を知りたかった。

 夜中の零時、真澄は部屋の中央に座り、瞑想するように過去に意識を向けた。七歳の記憶の向こう側を探ろうとした。

 すぐに反応があった。時計が狂い始め、照明が点滅し始めた。真澄は構わず集中を続けた。

 断片的な映像が浮かんできた。白い壁、白い服を着た人々、そして注射器。病院のような場所だった。しかしそれは普通の病院ではないようだった。

 照明が完全に消えた。真澄は暗闇の中で、更に深く記憶を探った。

 するといきなり、鮮明な映像が蘇った。

 七歳の真澄が、見知らぬ大人たちに囲まれて泣いている。その大人たちは白衣を着ているが、医師ではないようだった。もっと冷たく、無機質な人々だった。

 「実験体番号47、記憶操作開始」

 誰かがそう言っているのが聞こえた。そして真澄の頭に電極のようなものが取り付けられた。

 冷蔵庫が異音と共に停止した。真澄は記憶の中で、自分が何らかの実験を受けていることを理解した。

 「記憶を三年分削除します。代わりに偽の記憶を植え付けます」

 大人の声が響いた。そして激しい痛みと共に、真澄の記憶が消えていく感覚があった。

 洗濯機が爆発音を立てて故障した。しかし真澄は止まらなかった。真実を知る必要があった。

 記憶は更に鮮明になっていく。真澄は実験施設にいた。そこで様々な実験を受けていた。記憶操作、感情制御、そして……

 電子レンジが火花を散らして停止した。真澄の部屋の電化製品は次々と故障していく。

 そして真澄は最も恐ろしい記憶を思い出した。

 実験の目的は、「完全に操作可能な人間」を作ることだった。記憶を自由に操り、感情をコントロールし、意識すら書き換える技術の開発。真澄はその実験台だった。

 パソコンが煙を上げて壊れた。部屋はほぼ真っ暗になった。

 しかし最も恐ろしいのはその先だった。実験は成功していた。真澄の記憶は完全に操作され、偽の家族、偽の過去が植え付けられていた。そして……

 最後の電化製品である携帯電話が完全に沈黙した。部屋のすべての電子機器が停止した。

 真澄は真実を理解した。自分の人生は偽物だった。家族も、友人も、すべてが実験の一部として用意された偽のものだった。本当の真澄は、三年間の実験で完全に書き換えられていたのだ。

 そして現在の生活も、実験の延長だった。真澄は監視下に置かれており、すべての行動がデータとして記録されていた。

 暗闇の中で、真澄は絶望した。自分のアイデンティティ、記憶、感情のすべてが人工的に作られたものだった。本当の自分は、とうの昔に消失していた。

 その時、ドアが開く音がした。

 暗闇の中に、複数の人影が現れた。白衣を着た人々だった。真澄が記憶の中で見た、あの冷たい大人たちだった。

「実験体番号47、記憶の封印が解除されました」

 その中の一人が冷静に報告した。

「予定通りです。記憶を取り戻そうとする衝動も、計算済みでした」

 別の人が答えた。真澄は理解した。記憶を取り戻したいという衝動すら、プログラムされたものだったのだ。

「おかえり、47号」

 研究者の一人が真澄に向かって言った。その声は機械的で、感情がなかった。

「次の段階に進みます。今度は感情の完全な制御実験です」

 真澄は逃げようとしたが、体が動かなかった。記憶を取り戻した瞬間から、体の制御権も奪われていたのだ。

「今回の実験で、記憶封印システムの完成度を確認できました。次の実験体には、更に精密な操作を施すことができます」

 研究者たちは真澄を人間として見ていなかった。単なる実験材料、データを取るための道具として扱っていた。

 真澄は再び、あの白い部屋に連れて行かれた。今度は記憶を消すのではなく、感情を操作する実験が行われる。恐怖、喜び、怒り、悲しみ……すべての感情を人工的にコントロールする技術のテスト。

 真澄の頭に再び電極が取り付けられた。そして機械的な音と共に、実験が開始された。

 しかし今度は、真澄は記憶を失わなかった。すべてを覚えたまま、感情だけが操作されていく。恐怖を感じなくなり、代わりに異常な幸福感が植え付けられた。

 真澄は笑い始めた。実験されていることが楽しくて仕方がないという感情が、人工的に作り出されていた。

 「感情制御実験、成功です」

 研究者の声が聞こえた。真澄はその声を聞いて、更に幸福感を覚えた。もはや自分の感情が本物なのか偽物なのか、判別することができなかった。

 数時間後、真澄は再び「自分のアパート」に戻された。しかしそれも実験施設の一部だった。外に出ることはできず、すべての行動が監視されている偽の生活空間だった。

 真澄は鏡を見た。顔は同じだったが、もはや自分が誰なのかわからなかった。記憶は本物と偽物が混在し、感情は人工的に操作されている。

 そして恐ろしいことに、真澄はそのことを受け入れていた。感情操作により、現状に満足するよう調整されていたからだ。

 真澄は笑顔で日常生活を続けた。仕事に行き、友人と会い、家族と連絡を取る。すべてが偽物だと知りながら、それを幸せだと感じるよう操作されていた。

 夜になると、研究者たちが現れて新しい実験を行う。記憶の追加、感情の微調整、行動パターンの変更……真澄は文句を言わなかった。それどころか、実験に協力することに喜びを感じていた。

 真澄の部屋には新しい電化製品が設置された。今度は故障することはなかった。記憶を探ろうとする衝動自体が、感情操作によって取り除かれていたからだ。

 真澄は完璧な実験体となった。自我を保ちながら、完全に操作可能な人間。研究者たちにとって理想的なデータ収集源。

 そして真澄は知らなかった。世界中に自分と同じような実験体が存在し、皆が偽の人生を送りながら実験に利用されていることを。

 真澄の「家族」も、実は別の実験体だった。皆が偽の記憶を植え付けられ、互いを家族だと信じ込まされていた。そして皆が、幸福だと感じるよう感情を操作されていた。

 実験は永続的に続く。真澄たちは死ぬまで実験台として利用され、次世代の実験体を生産する道具としても使われる。

 真澄は今夜も笑顔で眠りにつく。偽の幸福に包まれながら、明日の実験を心待ちにして。自分が人間でなくなっていることに気づかないまま。

 実験施設の記録には、こう書かれている。

「実験体番号47:感情・記憶完全制御成功。量産型の基本モデルとして採用決定」

 真澄は、人間を超えた存在になったのだった。しかしそれは進化ではなく、堕落だった。人間性を完全に失った、完璧な操り人形として。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

静かに壊れていく日常

井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖── いつも通りの朝。 いつも通りの夜。 けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。 鳴るはずのないインターホン。 いつもと違う帰り道。 知らない誰かの声。 そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。 現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。 一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。 ※表紙は生成AIで作成しております。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...