婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ

文字の大きさ
6 / 44
第一部:王国追放と聖域保護同盟

第6話 辺境の守り神と、奇跡の朝食

しおりを挟む
王子たちが嵐のように去っていった翌朝。 
森の楽園は、昨日までの騒がしさが嘘のように、静謐な美しさを取り戻していた。

「……ふわぁ。やっぱり、ここは本当によく眠れるわね」

私は、ラピスが用意してくれた魔法のベッドからゆっくりと体を起こした。 
かつての王宮では、目覚めるたびに体が鉛のように重かった。絶え間なく魔力を吸い取られる毎日は、深い泥の中を歩いているようで、朝の光さえも呪わしく感じていたものだ。 
けれど今は、目を開けた瞬間に体が羽のように軽い。心には爽やかな風が吹き、指先の一本一本までが瑞々しい活力に満ちている。

「きゅうん!」

隣で丸まっていたラピスが、待っていましたとばかりに私の膝に飛び乗ってきた。 
寝起きの温かな体温と、おひさまの匂いがする毛並み。私は彼を抱き上げ、その首筋に顔を埋めて深く呼吸をする。 この柔らかな温もりと静寂。それだけで、私の世界はもう十分に満たされていた。

「おはよう、ラピス。昨日の方たちは……きっと、急用を思い出して帰られたのね。おかげでまた、二人きりの静かな朝ね」

私がラピスの耳の後ろを優しく掻いてあげると、彼は満足げに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らした。 
昨日、王子たちが派手に吹き飛んでいった光景は、今思えば少し不思議だったけれど。きっと「死の森」特有の気まぐれな風だったのだと、自分を納得させることにした。

「さて、今日のご飯は何にしましょうか。……あら?」

キッチンへ向かおうとした私の目に、テラスの向こう、森の境界線あたりで佇む人影が映った。 
昨日お会いした村長のガストン様だ。 
彼は、私が「勝手に引いた」境界線の外側で、深い雪の中に膝をついていた。その姿は、まるで失われた神殿の入り口で奇跡を待つ巡礼者のようだった。

「村長様! そんなところにいないで、どうぞ中へ入ってくださいな!」

私がテラスから手を振って声をかけると、ガストン様はビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げた。 
彼は、昨日の王子たちの惨劇を遠くから見ていたのだろう。彼の瞳には隠しようのない「恐怖」が宿っていた。この森を、そして私を、触れてはならない禁忌の存在として畏怖しているのが分かった。

「い、エリアナ様……。いえ、その……昨日の、あの方たちは……」

ガストン様は、森の入り口付近に残された、雪を深く抉るような「排除」の跡を見て、震える声で尋ねた。

「ええ、皆様お急ぎだったようで。ご挨拶もそこそこに、風のように去ってしまわれましたわ。……さあ、立ち話もなんですし。ちょうど朝ごはんを作るところですから、村長様も召し上がっていきませんか?」

「そ、そんな……。滅相もございません!」

ガストン様は慌てて首を振ったが、その時、私の手元にある「地鶏の卵」のようなもの――実は幻の瑞鳥の卵なのだが――から漂う、芳醇な生命の香りに、彼のお腹が遠慮のない音を立てた。

「ふふ、遠慮なさらないで。ラピスが、たくさん獲ってきてくれたんですもの」

私がラピスを促すと、彼は少しだけ不満げに(自分と主の二人だけの時間を邪魔されたせいだろう)、けれど渋々と「わん」と短く鳴いた。 
それは、ラピスなりの「許してやるから入れ」という、傲慢なまでの許可だった。

境界線を越え、楽園へと足を踏み入れたガストン様の顔から、徐々に色が戻っていく。 
彼の抱いていた「恐怖」は、この地に満ちる圧倒的な清浄さに触れることで、次第に別の感情へと書き換えられていった。

                  *

ログハウスのテラスに用意された、琥珀色の木目が美しいテーブル。 
私は今朝、井戸から汲んだばかりの綺麗な水で、昨日ラピスが持ってきた不思議な粉を練り、パンを焼いた。

焼き上がったパンは、それ自体が淡い光を放っているかのように黄金色で、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。 
それに、昨日のスープの残りと、新鮮なハーブを添えた。

「さあ、どうぞ。村の食べ物には敵わないかもしれませんが」

私が差し出したパンを、ガストン様は震える手で受け取った。 
彼はそれを一口齧った瞬間、目を見開いたまま固まってしまった。

「……なんだ、これは……」

ガストン様が呟いた。 
そのパンを一口飲み込むごとに、彼の体に劇的な変化が起きている。 
年老いて白濁し始めていた瞳が、みるみるうちに澄み渡り。 
ガサガサに荒れていた手の甲が、若者のように艶やかになっていく。 
パンに含まれる「神獣の祝福」と、エリアナの「古の浄化」が合わさった結果、それはもはや食事ではなく、魂を洗い流す神酒のようだった。

ガストン様の中で、最後の一片の疑念が消え去った。 
目の前の少女は、ただの追放者ではない。 
自分たちの命を、この枯れ果てた辺境の地を根底から救い上げる、本物の「守り神」なのだと。 
恐怖は完全に消え去り、そこには揺るぎない「確信」と「信仰」だけが残された。

「エリアナ様……。これは、パンではありません……。救いです……」

ガストン様は涙を流しながら、夢中でパンを口に運んだ。 

「そんなに喜んでいただけるなんて。お口に合ったようで良かったですわ」 

私はニコニコしながら、おかわりの紅茶を注いだ。 
相変わらず、私は自分が何を提供しているのか、全く自覚していなかった。

                  *

その頃、王都。

ボロボロになり、鎧も剥ぎ取られたような姿で帰還したジークフリート王子は、自国の門番たちから不審者として捕らえられそうになるという、屈辱の極みにいた。

「離せ! 俺だ、ジークフリートだ!」

王子の叫び声は、湿った石畳に虚しく響く。 
彼の顔には、ラピスの威圧による「呪い」のような痕跡が刻まれ、その美貌は見る影もなかった。 
何より深刻だったのは、王宮全体を包み込み始めた「腐敗の臭い」だ。

庭の噴水は泥水へと変わり、聖女ミラが祈りを捧げるたびに、大気は淀み、不快な熱を帯びる。 
エリアナという名の「清浄な源泉」を自らの手で断ち切ったこの国は、今や内部から腐り落ち、かつての輝きを取り戻す術を完全に失っていた。 
それは、取り返しのつかない終焉へのカウントダウンだった。

                  *

「村長様、もしよろしければ、このパンを村の皆様にも持っていってくださいな。たくさん焼けましたから」

私は、余ったパンを布に包んでガストン様に渡した。 
ガストン様は、それをまるで国宝でも扱うかのように、両手で恭しく受け取った。

「……ありがとうございます、エリアナ様。我ら辺境の民は、あなた様を、この地の新たな『守護巫女様』として、命に代えてもお守りすることを誓います」

「ええっ? そんな、大げさですわ。私はただ、ここで静かに暮らしたいだけですから」

私が困ったように笑うと、足元のラピスが「そうだ、主は僕だけのものだ」と言うように、私の足首に尻尾を絡ませてきた。 
ガストン様は、その子犬――あまりに神々しい力を秘めた存在――に再び深く頭を下げ、光り輝く森の境界線を越えて帰っていった。

「ふふ、ラピス。村の人たち、みんな優しそうね。ここに来て、本当に良かったわ」

私はラピスを抱き上げ、青く澄み渡った空を見上げた。 
私を捨てた国が今どうなっているかなんて、これっぽっちも思い出せなかった。 
私と、この一匹の甘えん坊な神獣様がいる限り、この場所こそが世界で最も幸福な場所なのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

追放された宮廷菓子師は、辺境の厨房で幸せを焼く

歩人
ファンタジー
「お前の菓子はもう不要だ」——宮廷菓子師の座を追われた伯爵令嬢リゼットは、辺境の寒村に流れ着く。痩せた土地、乏しい食材、甘味を知らない人々。それでも彼女の手は動く。木の実を砕き、蜜を煮詰め、この土地だけの菓子を焼く。「なんだこれは。こんな味、知らない」無愛想な辺境騎士が、彼女の焼き菓子に目を見開いた日——小さな厨房から始まる、甘くてあたたかい逆転劇。追放令嬢×辺境×お菓子×じれじれ恋愛。全42話完結。

何もしない聖女は追放されましたが、隣国では“いるだけで奇跡が起こる”そうです

鍛高譚
恋愛
何もできない聖女――そう言われて、私は帝国を追放されました。 クリミア帝国で「聖女」に選ばれた伯爵令嬢フローレンス・フィレンツェ。 しかし彼女は最初から言っていた。 「私、何もできませんし、何もしませんよ?」 奇跡を起こすことも、魔法を使うこともできない。 それでも「いずれ覚醒する」と期待され、帝国第一皇子の婚約者となるが――半年後、炎と水の魔法を使う新たな聖女が現れ、フローレンスは“偽聖女”として婚約破棄と追放を言い渡されてしまう。 「では、行ってきますわ。次は“何もしなくていい仕事”を探しますので」 追放された彼女を拾ったのは、隣国トスカーナの第二王子フェルディナンド。 そこでフローレンスは、“何もしない聖女”として穏やかな生活を始める。 紅茶を飲んで、お昼寝をして、のんびり過ごすだけ―― なのに不思議なことに、 国王の病が治り、 土地は豊かになり、 人々の心は癒されていく。 実はフローレンスは、 「そこにいるだけで世界を癒す」奇跡の聖女だったのだ。 一方、彼女を追放した帝国では、作物は枯れ、疫病が広がり、ついには皇子までもが倒れてしまう。 そして人々はようやく気づく。 ――本当の奇跡は、あの“何もしない聖女”だったのだと。 これは、追放された少女が 「何もしないまま」世界を救ってしまう物語。 のんびり紅茶を飲みながら始まる、 癒しと後悔のざまぁファンタジー。

「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする

藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。 そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。 派手な魔法も、奇跡も起こさない。 彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、 魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。 代わりはいくらでもいる。 そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。 魔法は暴走し、結界は歪み、 国は自分たちが何に守られていたのかを知る。 これは、 魔法を使わなかった魔術師が、 最後まで何もせずに証明した話。 ※主人公は一切振り返りません。

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

処理中です...