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第一部:王国追放と聖域保護同盟
第8話 輝く重石と、招かれざる略奪者
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森の朝は、どこまでも透き通っている。
私はテラスに立ち、昨日村の皆様からいただいた丈夫な布を広げた。
「本当に、綺麗な色だわ。ラピスの瞳の色を少し淡くしたような、落ち着いた青」
私は鼻歌を歌いながら、その布を洗濯し、テラスの柵に干していく。
死の森の風は、時折思い出したように強く吹く。せっかく干した布が飛ばされては大変だと、私は足元に転がっていた「手頃な石」をいくつか拾い上げ、布の端に無造作に置いた。
一つは、昨夜ラピスがどこからか持ってきた、掌ほどもある深紅の輝石。
もう一つは、月明かりを固めたような鈍い銀色に光る、平らな板状のもの。
「重石にするには、ちょっと贅沢な気がするけれど……。ま、いっか」
私はラピスが持ってきた秘宝を、まるで漬物石のように扱い、満足げに頷いた。この場所では、伝説の魔石よりも、乾いた洗濯物の方がずっと価値があるのだから。
そんな平和な光景を、森の境界線の外側から、血走った目で見つめている男たちがいた。
隣国からの密入国者であり、界隈では名の知れた盗賊ギルド『百足の牙』の面々だ。
「おい、正気かよ……。あの女、今、何をした?」
リーダーのガイルは、望遠の魔道具を握りしめたまま、ガチガチと歯を鳴らした。
「……あ、アニキ。俺の見間違いじゃなきゃ、あの女が今、洗濯物を押さえるのに使ったのって……王家の家宝にあるっていう『真紅の心臓』じゃねえか?」
「寝ぼけてんのか? あんな神話の遺物が、こんな森にあるわけねえだろ。……だが、あの輝きはどう見ても本物だ。隣にある銀色のやつも、まさか『古龍の逆鱗』じゃ……」
「冗談だろ……? あんなもん、一枚あれば城壁の強度を塗り替えるっていう代物だぞ。それをあんな、雑巾みてえな布の重石にするやつがどこにいる!」
彼らは、王都の混乱に乗じて辺境へと流れてきた。
呪われた死の森が、なぜか黄金の光を放つ楽園へと変貌している異様な光景。そしてその中心で、一人の少女が、世界の歴史を塗り替えるような秘宝を「石ころ」として扱っている。
「あの女……ただの世間知らずか? 結界も張らずに、あんなお宝を野晒しにするなんてな」
ガイルの口元が、卑屈な欲望に吊り上がった。
「あんな小娘一人、ひねり潰すのは造作もねえ。あの石一つ掠め取るだけで、俺たちは国一つ買える。野郎ども、行くぞ! 悲鳴をあげる暇も与えるな。お宝を奪ったら、女は好きにしろ!」
盗賊たちは一斉に、光り輝く境界線を越えて聖域へと踏み込んだ。
*
「あら……? また、お客様かしら」
私がシーツを整え終えた時、聞き慣れない足音が複数、芝生を踏みつける音が聞こえた。
振り返ると、そこには村の皆様とは明らかに違う、禍々しい空気――鉄と血の匂いを纏った男たちが五人、剣を抜いてこちらを包囲していた。
「へっ、近くで見るとますます上珠じゃねえか。なあ、お嬢ちゃん。その洗濯物についてる『石っころ』、重そうだから俺たちが預かってやろうか?」
リーダーらしき、顔に大きな傷のある男が、下卑た笑みを浮かべて一歩踏み出してくる。
彼の視線は、私の顔など見ていなかった。私の足元にある「洗濯物の重石」を、まるで飢えた獣のような目で見つめている。
「……あ、あの。これはラピスが持ってきてくれた大切なものですから、お譲りすることはできませんわ」
私が困惑しながら答えると、男たちは顔を見合わせ、下品な爆笑を上げた。
「ハハハ! 『お譲りする』だと? 勘違いするなよ、小娘。これは命令だ。命が惜しければ、大人しくその石と、お前自身の身を差し出しな!」
男が乱暴に腕を伸ばし、私の肩を掴もうとした、その瞬間だった。
『…………不浄な手で、触れるな』
冷たい。
あまりに冷たく、そして重い「声」が、彼らの脳内に直接叩き込まれた。
それは聴覚を介したものではない。魂の芯を直接掴み、凍らせるような神聖な圧力。
男たちの動きが、まるで時間が凍りついたかのように、ピタリと止まった。
私は驚いて足元を見た。そこには、いつものように私のスカートの裾に隠れていたはずのラピスが、ゆっくりと前へ歩み出る姿があった。
ラピスは、愛らしい子犬の姿のまま、ただ一歩、芝生を踏みしめた。
それだけで、男たちの足元の地面が、まるで巨大な隕石でも落ちたかのように「みしみし」と不気味な音を立てて陥没していく。
「あ、が……っ!? なんだ、この、圧は……っ!」
リーダーの男が、血の混じった唾を吐きながら絶叫した。
彼らは、見たのだ。
小さな子犬の背後に立ち昇る、天を貫くほどの巨大な「漆黒の狼」の幻影を。
ラピスの金の瞳には、慈悲も、怒りさえもない。ただ、自分の主の平和を乱した「不純物」を、塵として処理しようとする絶対的な拒絶だけがあった。
ラピスが喉の奥で、重厚な音を鳴らす。
ドォォォォン!!
衝撃波すら発生していない。ただ、ラピスが「消えろ」と願っただけで、男たちの精神は一瞬で崩壊した。
彼らは剣を放り出し、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
その姿は、あまりに無惨で、救いようのないものだった。
『主よ。目を閉じていろ。汚いものを見る必要はない』
ラピスがそう告げた瞬間、私の視界が優しい闇に包まれた。
数秒後、耳をつんざくような突風の音が吹き抜け、その後には、元の穏やかな小鳥のさえずりだけが戻ってきた。
「……もう、目を開けてもいいのかしら?」
私が恐る恐る目を開けると、テラスの前にいたはずの男たちは、影も形もなくなっていた。
ただ、芝生の上に、彼らが持っていたであろう錆びた鉄屑のようなものが、いくつか転がっているだけだった。
「あら。あの方たちも、急に風に流されてしまったのかしら……? 最近、本当に風が強いわね」
私は不思議に思いながらも、足元に寄ってきたラピスを抱き上げた。
ラピスは「何のこと?」と言わんばかりの無垢な瞳で私を見上げ、私の掌に温かな鼻先を押し付けてくる。
「……怖かったわね、ラピス。でも、もう大丈夫よ。あの方たちも、きっと自分の間違いに気づいて、お家に帰られたんだわ」
私がそう言ってラピスの背中を撫でると、彼は満足げに、私の腕の中で「きゅうん」と可愛らしく鳴いた。
その視線の先で、私が重石にしていた『真紅の心臓』が、主の平和を守り抜いたことを祝うように、一層強く輝いた。
*
その頃、隣国の盗賊ギルド本部。
「報告します! 死の森へ向かったガイルたちが、全員……魂を抜かれた抜け殻のような状態で発見されました!」
「……なんだと? あいつらは一流の武闘派だぞ。一体、何を見たというんだ」
「わかりません。ただ、彼らは震えながら、うわ言のように繰り返しているそうです……。『神様が、洗濯物を干していた』と……」
ギルドの長は、恐怖に顔を歪めた。
彼らは知らない。
死の森に住まう「聖女」にとって、世界の秘宝など、ただの洗濯物留めに過ぎないということを。
そしてその平穏を乱す者は、たとえ軍隊であろうと神獣の足元に跪かされる運命にあることを。
*
「さあ、ラピス。昨日のシチューがまだ残っているから、温め直しましょうね。村の皆様にいただいた大根、味が染みてとっても美味しそうだったもの」
「きゅうん!」
私は、伝説の逆鱗を足でちょいと避けて、キッチンへと向かった。
私を脅かそうとする不逞な輩が、この広い世界にどれほどいようとも。
この聖域の平和と、ラピスのぬくもり、そして美味しいスープがある限り。
私の「本当の人生」は、誰にも邪魔されることなく続いていくのだ。
私はテラスに立ち、昨日村の皆様からいただいた丈夫な布を広げた。
「本当に、綺麗な色だわ。ラピスの瞳の色を少し淡くしたような、落ち着いた青」
私は鼻歌を歌いながら、その布を洗濯し、テラスの柵に干していく。
死の森の風は、時折思い出したように強く吹く。せっかく干した布が飛ばされては大変だと、私は足元に転がっていた「手頃な石」をいくつか拾い上げ、布の端に無造作に置いた。
一つは、昨夜ラピスがどこからか持ってきた、掌ほどもある深紅の輝石。
もう一つは、月明かりを固めたような鈍い銀色に光る、平らな板状のもの。
「重石にするには、ちょっと贅沢な気がするけれど……。ま、いっか」
私はラピスが持ってきた秘宝を、まるで漬物石のように扱い、満足げに頷いた。この場所では、伝説の魔石よりも、乾いた洗濯物の方がずっと価値があるのだから。
そんな平和な光景を、森の境界線の外側から、血走った目で見つめている男たちがいた。
隣国からの密入国者であり、界隈では名の知れた盗賊ギルド『百足の牙』の面々だ。
「おい、正気かよ……。あの女、今、何をした?」
リーダーのガイルは、望遠の魔道具を握りしめたまま、ガチガチと歯を鳴らした。
「……あ、アニキ。俺の見間違いじゃなきゃ、あの女が今、洗濯物を押さえるのに使ったのって……王家の家宝にあるっていう『真紅の心臓』じゃねえか?」
「寝ぼけてんのか? あんな神話の遺物が、こんな森にあるわけねえだろ。……だが、あの輝きはどう見ても本物だ。隣にある銀色のやつも、まさか『古龍の逆鱗』じゃ……」
「冗談だろ……? あんなもん、一枚あれば城壁の強度を塗り替えるっていう代物だぞ。それをあんな、雑巾みてえな布の重石にするやつがどこにいる!」
彼らは、王都の混乱に乗じて辺境へと流れてきた。
呪われた死の森が、なぜか黄金の光を放つ楽園へと変貌している異様な光景。そしてその中心で、一人の少女が、世界の歴史を塗り替えるような秘宝を「石ころ」として扱っている。
「あの女……ただの世間知らずか? 結界も張らずに、あんなお宝を野晒しにするなんてな」
ガイルの口元が、卑屈な欲望に吊り上がった。
「あんな小娘一人、ひねり潰すのは造作もねえ。あの石一つ掠め取るだけで、俺たちは国一つ買える。野郎ども、行くぞ! 悲鳴をあげる暇も与えるな。お宝を奪ったら、女は好きにしろ!」
盗賊たちは一斉に、光り輝く境界線を越えて聖域へと踏み込んだ。
*
「あら……? また、お客様かしら」
私がシーツを整え終えた時、聞き慣れない足音が複数、芝生を踏みつける音が聞こえた。
振り返ると、そこには村の皆様とは明らかに違う、禍々しい空気――鉄と血の匂いを纏った男たちが五人、剣を抜いてこちらを包囲していた。
「へっ、近くで見るとますます上珠じゃねえか。なあ、お嬢ちゃん。その洗濯物についてる『石っころ』、重そうだから俺たちが預かってやろうか?」
リーダーらしき、顔に大きな傷のある男が、下卑た笑みを浮かべて一歩踏み出してくる。
彼の視線は、私の顔など見ていなかった。私の足元にある「洗濯物の重石」を、まるで飢えた獣のような目で見つめている。
「……あ、あの。これはラピスが持ってきてくれた大切なものですから、お譲りすることはできませんわ」
私が困惑しながら答えると、男たちは顔を見合わせ、下品な爆笑を上げた。
「ハハハ! 『お譲りする』だと? 勘違いするなよ、小娘。これは命令だ。命が惜しければ、大人しくその石と、お前自身の身を差し出しな!」
男が乱暴に腕を伸ばし、私の肩を掴もうとした、その瞬間だった。
『…………不浄な手で、触れるな』
冷たい。
あまりに冷たく、そして重い「声」が、彼らの脳内に直接叩き込まれた。
それは聴覚を介したものではない。魂の芯を直接掴み、凍らせるような神聖な圧力。
男たちの動きが、まるで時間が凍りついたかのように、ピタリと止まった。
私は驚いて足元を見た。そこには、いつものように私のスカートの裾に隠れていたはずのラピスが、ゆっくりと前へ歩み出る姿があった。
ラピスは、愛らしい子犬の姿のまま、ただ一歩、芝生を踏みしめた。
それだけで、男たちの足元の地面が、まるで巨大な隕石でも落ちたかのように「みしみし」と不気味な音を立てて陥没していく。
「あ、が……っ!? なんだ、この、圧は……っ!」
リーダーの男が、血の混じった唾を吐きながら絶叫した。
彼らは、見たのだ。
小さな子犬の背後に立ち昇る、天を貫くほどの巨大な「漆黒の狼」の幻影を。
ラピスの金の瞳には、慈悲も、怒りさえもない。ただ、自分の主の平和を乱した「不純物」を、塵として処理しようとする絶対的な拒絶だけがあった。
ラピスが喉の奥で、重厚な音を鳴らす。
ドォォォォン!!
衝撃波すら発生していない。ただ、ラピスが「消えろ」と願っただけで、男たちの精神は一瞬で崩壊した。
彼らは剣を放り出し、白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
その姿は、あまりに無惨で、救いようのないものだった。
『主よ。目を閉じていろ。汚いものを見る必要はない』
ラピスがそう告げた瞬間、私の視界が優しい闇に包まれた。
数秒後、耳をつんざくような突風の音が吹き抜け、その後には、元の穏やかな小鳥のさえずりだけが戻ってきた。
「……もう、目を開けてもいいのかしら?」
私が恐る恐る目を開けると、テラスの前にいたはずの男たちは、影も形もなくなっていた。
ただ、芝生の上に、彼らが持っていたであろう錆びた鉄屑のようなものが、いくつか転がっているだけだった。
「あら。あの方たちも、急に風に流されてしまったのかしら……? 最近、本当に風が強いわね」
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「……怖かったわね、ラピス。でも、もう大丈夫よ。あの方たちも、きっと自分の間違いに気づいて、お家に帰られたんだわ」
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その視線の先で、私が重石にしていた『真紅の心臓』が、主の平和を守り抜いたことを祝うように、一層強く輝いた。
*
その頃、隣国の盗賊ギルド本部。
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「……なんだと? あいつらは一流の武闘派だぞ。一体、何を見たというんだ」
「わかりません。ただ、彼らは震えながら、うわ言のように繰り返しているそうです……。『神様が、洗濯物を干していた』と……」
ギルドの長は、恐怖に顔を歪めた。
彼らは知らない。
死の森に住まう「聖女」にとって、世界の秘宝など、ただの洗濯物留めに過ぎないということを。
そしてその平穏を乱す者は、たとえ軍隊であろうと神獣の足元に跪かされる運命にあることを。
*
「さあ、ラピス。昨日のシチューがまだ残っているから、温め直しましょうね。村の皆様にいただいた大根、味が染みてとっても美味しそうだったもの」
「きゅうん!」
私は、伝説の逆鱗を足でちょいと避けて、キッチンへと向かった。
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