隔界記~王崩の白銀姫~

曇天

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棄民《きみん》

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 翌日、情報どおり町の裏手に広い河を挟み王都から軍が千名ほどで陣を敷いている。
 それを、詞葉達は丘の上にいる百程の武装した手勢で迎え撃つ形で対時していた。

 
「やはり、冴瑛さんの予測どおり裏手から来ましたね」


 日本の甲冑に似た鎧兜を身に纏い、鎗刃を持った詞葉は冴瑛にそう言った。


「ええ、では手はずどおりにお願いします」


 向こうの陣から一人の人物が出てきた。
 それは鎧に身を包んだ焔紗だった。


「私は玄蓬様からの使い焔紗と申す。
 恒枝様殺害の嫌疑ある詞葉様、蒼真様の身柄を引き渡して頂きたい」

「残念ですがそれは出来ぬこと、どちらにせよ焔紗どの、この町を滅ぼすつもりでしょう」

 冴瑛は毅然とそう言った。
 

(玄蓬様の考え読まれていたらしいな)


 そう思った焔紗は、兵達に向かい号令をかけた。


「相手はたかが百の兵、五百で十分! 蹴散らしてしまえ!」


 兵達は地鳴りのような大きなうなり声をあげながら河を渡って行く。
 だが、中腹まで来た時、上流から轟音をあげ濁流が押し寄せてきた。
 
 
「うわあぁぁぁぁ」


 兵達はなす術もなく流されていった。


「なっ! 上流を探らせた時何もなかったのに、見落としたのか! 
 もう一度上流を探れ!」


 兵士からなにも見えないとの報を受け、


「もう策はあるまい! 残りは私と共に来い!」


 焔紗はそう言うと、五百の兵と共に河を渡り中腹を超えた。


(よし、後は岸にあがり、叩く)

 
 そう思った瞬間、上流から再び濁流が押し寄せてきた。


(バカな!?)


 兵達と共に焔紗は流されたが、何とか岸にたどり着くと、水を吐いて倒れた、見上げるとその前には、詞葉と冴瑛が立っていた。


「もう貴女一人です、焔紗さん降伏を」

「......私を捕虜にした所で、価値などないですよ」


 詞葉の言葉に答えると、顔に巻いていた布を取り始めた。
 現れた髪は燃えるような赤い色をし幼さの残る顔、だが目についたのは、首に見えた何かの跡だった。


「貴女は、棄民だったのですね、それにその首の跡......」


 そう冴瑛が、眉を潜め哀しそうな顔をした。


「私に、人としての価値などない」

「どういう事、棄民だって人でしょう」


 焔紗が呟いた言葉に詞葉が聞いた。


「詞葉様、彼女の首の跡、首枷をつけられていたのでしょう。
 恐らく棄民狩りにあったのですね」

「なぜ首に枷、棄民狩りとは......」

「商業を自由にしてから、商人が強い権力を持ち、軍、重臣の一部を買収、
 反乱鎮圧を名目にして棄民を捕らえ、過酷な労働を強いてると聞いています」

「そんな......法があるでしょう!」

「棄民はこの国の民ではなく法の保護化にはありません、法で保護してしまうと、世界から棄民が集まり民達と軋轢が生じ、
 そしていずれ内乱へと発展することを危惧したからです」


 詞葉と冴瑛の話を聞いていた、焔紗は口元に笑みを見せ、


「この国の立派な法が、いっているんですよ.....
 お前達は人でないってね!」

 
 冥泳! そう言うと、焔紗の影から無数の黒い蛇が詞葉と冴瑛に襲いかかった。
 その瞬間パーンという破裂音と共に二人の姿は消えた。


「くっ! どうなっている!?」


 焔紗が周囲を見回すと、上に大きな泡が無数に浮かんでおり、その中に詞葉と、冴瑛の姿もあった。


「この泡! 深清の力か!」

 
 焔紗は無数の黒蛇を操り泡を次々と割っていくが、息があがって膝をついた。
 最後の力で、全ての泡を割るが中に二人はいなかった。
  

「どこに!?」


 周囲を見渡すと、後方の河から浮いてくる泡の中に二人はいた。


「その泡、そうか......その泡を使って河の中からではさっきのも......」

「ええ、わたくしの深清、泡鋏《ほうきょう》の力、先程の増水も水を入れた泡を川底に置いて割っただけ、そして詞葉様の深清の姿を消す力を使いました。
 深清の力は使う程、体力、精素を消耗します、もう貴女には戦う力は残ってないでしょう、ましてあんな風に力を使えば......」


「ふっ、もう......どうでもいい、どうせどこにも行き場はない......」

  
 焔紗はそう呟くと黒蛇が首に巻き付き締め出すのを見て。
 泡を割り飛び出した詞葉が鎗刃で黒蛇を切り裂いた。


「私には死ぬ自由すらないと言うことか......] 

「あなたは、死ぬべきじゃない」

「ずっとだ......、物心つく前に家族ごと、商人に買われ苦役の果てに家族は死んだ。
 産まれた時から蔑まれ、何より自分すら自分を認められない......
 お前か、お前なら私を救ってくれるとでも言うのか!」


 そう唇を噛み吐き捨てるように言った焔紗に詞葉は目を伏せ、


「......わたしには、あなたを救えない、いや誰にだって救えない」

「でも......」


 そう言うと詞葉は目線を冴瑛に送った。
 すると河下から大きな泡が流れて来て、中には流された兵達がいた。


「冴瑛さんから聞いた、流された兵達が沈まず黒蛇に岸に繋げられていた。
 あなたは、あなたを迫害してきたこの国の兵達すら見捨てられなかった」 

「違う!」

「違わない、あなたは自身を認められないかもしれない、でも、わたしはあなたの優しさを認めてるから」


 詞葉は、焔紗の目を見据えていった。


「......私にどうしろと言う」

「このまま、戦争が起こればあなたのような人を多く生み出します。わたしはこの戦争を止める、それだけは約束します。
 だから、死ぬ前にわたしのする事を見て考えてみて欲しい」


 そう詞葉は焔紗に手を差し伸べた。
 

 その時冴瑛が叫んだ。


「詞葉様! 姜が我が国に攻め込んだそうです!」

「なっ! どういう事です!? 他の国に攻め込むのではなかったのですか! 攻められたなんて......」

「分かりません、ですが」

 
 話をしていると対岸の方から多くの馬が駆ける音がしてきた。
 
 
「やはり増援ですか、後は蒼真様にお任せしましょう」

 
 冴瑛が言うと、


(蒼真さん後はお願い)


 詞葉は蒼真にそう託した。
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