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 ミアは悪魔の言葉に、首をかしげた。 

「ねぇ。『もう、いいだろう』って、どういう――」 
 そう話しながら、ミアは自分の羽がピリリと痺れるのを感じた。 
 あれっ? と思った時には、悪魔に抱えられ夜空に浮かんでいた。
「おれの首にしっかり手を回せ」
 ミアはおとなしく従う。
 
 そして、悪魔は飛んだ。
 
 すごいスピードだった。
 悪魔がミアを「ちび」と呼んだのが、悔しいけれど納得できた。
 悪魔の首に抱きつくミアには、彼の背中で動く羽が間近で見えた。
 力強く、闇をも切り裂く悪魔の羽は近くで見ても美しかった。 
 
 悪魔の羽には、存在感があった。 
 その羽が動くたびに、彼の命の力強さを感じた。 
 生きている。
 今、ここにいる、確かな自信。 
 そんな姿は、やはりミアの憧れだった。 
  
 ミアは顔を上に向け、空を見上げた。
 
「お月様が、近いわ」 
 部屋の窓から見るよりも、月は大きく、身近に思えた。 
「それは、気のせいだ」   
 そんなに高く飛んでいるわけないじゃない、と悪魔が言う。 
「そうかしら。でも、手が届きそうよ」 

 ミアが月に腕を伸ばすと、悪魔は初めて笑った。 
 ミアは今度は、下を見た。  
 家々の灯が、ちらちらと光っている。 

「あなたの家は、どこなの?」 
 悪魔は答えない。  
 その代わりに「もう、おれを呼ぶな」と言った。 

 ――もう、おれを呼ぶな? 

「私、あなたを呼んだかしら?」 
 ミアは悪魔の顔を見るために、首の位置を変えた。 
 ミアの目の前には、悪魔の頬があった。 
「呼んだだろう」 
 悪魔の答えに、ミアは、うーんと唸りながら考える。
「わたし、あなたの名まえを知らないわ。だから、呼ぶなんて無理よ」
「名まえなんか知らなくても、おれの姿を思い浮かべて、呼んだだろう?」
 ようやくミアはピンときた。
「もしかして、会いたいって願ったこと?」
「そうだ」
「あなたに、私の思いが届いていたってこと?」
「そうだ。しつこくも、毎晩毎晩。おまえは、おれの飛ぶ姿を見たいと願った。その思いが、迷惑にもおれに聞こえたんだ。でも、おまえはちびで馬鹿だがら、呼ぶ力が弱かったんだろう。結局、ちびで馬鹿なおまえを探し出すまでに、こんなに時間がかかったってわけさ」 

 悪魔の言葉にミアは目を丸くした。 

「あなた、すごいわ」 
 ささやくような声で、ミアは言う。 
「すごいのは、おまえだ。毎日毎日、飽きもせずに」 
「すごいわ! すごいわ! 素敵!」 
「馬鹿かっ、おとなしくしろ!」 
 ミアの揺れる体を、悪魔は抱き直した。 
「ごめんなさい。でもね、嬉しくて」 
「なにがそんなに嬉しいんだ」
「だって、あなたは遠くに離れているのに私の声を聞いてくれた。わたしのところに来てくれた」
「来たくて来たんじゃない」
 悪魔が冷たい声でいい放った。


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