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「あなたには迷惑だったとしても、私はあなたに会えて嬉しいわ。最初ね、初めて見たとき、私はあなたのことが悪魔だってわからずに、夜が何かに化けて空を駆けていると思ったの」 
 大切な秘密を打ち明けるように、ミアは話した。
 そんなミアの言葉を、悪魔は無表情のままで聞いたあと「何をどう考えるかは勝手だが、おまえに羽をやるなんてことは、できない」と言った。 

「でも、交換よ? 私の羽と。二人とも羽を持っているんだから、なにか方法があるんじゃないかしら」 
 ただで欲しいって言っているわけじゃないのだ。  
「だめだ。無理だ。諦めろ」 
「……そうなのね」 
 悪魔のきっぱりとした口調に、ミアは落胆した。 
「だから、もう、おれのことを呼ぶな」  
「それは、あなたが飛ぶ姿を見たいと、願ってもいけないってこと?」 
「そうだ」 
 またもや、悪魔はきっぱりと言った。 
「それは、無理よ」 
 ミアも負けずに、きっぱりと言う。 
「なんだって?」   
「だから、そんなの、無理よ」 
「無理? なんでだ?」 
「無理なものは、無理なのよ。だって、心が、そう思っちゃうんだもん」 

 ――また、あの鳥と会うことができますように。 

 一年近く、毎日のように願っていることなのだ。 
 夜を一人で過ごすミアの、心の拠り所だったのだ。 
 それがなくなってしまったら、ミアはどうしたらいいのだろう。 

 悪魔はミアの答えを聞くと一度だけため息をつき「なら、仕方がない」と、ミアを抱える腕をさっと離した。 

 夜の空、ミアの体が宙ぶらりんになる。
 悪魔の首に回された二本の腕だけが、ミアの命綱となった。 

「おまえの命がなくなれば、心もなくなる」 

 悪魔の声は、今まで聞いた中で一番優しく聞こえた。 
 悪魔はミアの体から腕を離したものの、無理にミアの腕を引きはがそうとはしてこない。 
 まるで、ミアが諦めて手を離すのを、待っているかのようだった。 

「おまえの羽にも仕掛けをしてある」 
 さっきのピリリとした痺れの意味を、ミアは理解した。  
「私は飛べないのね」 
「そうだ。おまえは、落ちるしかない」 
 悪魔は静かに言った。 
 ミアは、じっと悪魔を見た。 
 悪魔もミアを見た。 

「私の思いが届いたのは、あなただけだったわ」 
 悪魔は不思議そうな顔で、ミアを見つめた。 
「だから、嬉しかった」 

 そう言うと、ミアはその腕を、悪魔の首から離した。    
  



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