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 ミアは借金の返済額を計算する手を休めると、机の灯りを消し、開けた窓の外を眺めた。 

 満月だ。 
 大きな黄色い満月が、夜空にポッカリと浮かんでいた。

 今日、一件分の返済を受け、それをそのままジャスティンへの返済に回したところだった。
 それは、ジャスティンが決めた返済期日よりは、早かった。

「君がそんなにぼくに、会いたいとはねぇ」

 大人になったは、ミアのことを「おまえ」とも呼ばなければ、自分のことも「おれ」とは呼ばなかった。
 あの夜に会った時とは比べものにならないくらい、背も高くなり体も大きくなっていた。

 誰にでもある、忘れたい思い出。 

 ミアにとってのそれは、あの夜の出来事だった。

 両親がお金を借りた相手としてと再会してから、彼はミアが羽を欲しがったことについては言ってくるが、あの夜のミアの行為については触れてこなかった。

 あの夜、ミアは自分の命を放棄した。 
 伝わらない自分の淋しさに疲れ、自分の声など誰にも届かないと諦め、悲劇の主人公であるかのような思いにとらわれていたのだ。 
 
 悪魔の少年は――ジャスティンは、ミアを助けた。
 ミアを煽ったくせに、ミアが生を終わらせることを許さなかった。 
 それを知っているは、二人だけ。 
  
 あの日の翌朝、ミアはベッドにいた。
 いつもの朝と同じように目覚めたのだ。 
 あの悪魔とのやりとりは夢だったのだろうか?
 そう思ったミアの枕元に、一枚の黒い羽根が落ちていた。
 
  

 ミアは、願うのをやめた。 
 その代わりに、勉強をした。 

 何も考えないようにと、あまり好きでない勉強を夜遅くまでするようにした。 
  
 両親は相変わらず忙しく、ミアに構う時間はなかったが、もうそのことで嘆くのはやめようとしたのだ。 
 そうすると、また願ってしまうから。 

 ――あの羽を持つ悪魔が飛ぶ姿が、見たいと。 

 ミアの心が聞こえたあの悪魔の。 





 窓から、ロザリンの飼い猫である仔猫のフーチが入ってきた。 

 フーチは軽やかに机の上に乗ると、ミアを見上げた。 
 その姿が可愛くて、ミアはフーチを抱き上げた。 
 フーチは、たまにこうしてふらりとミアの部屋へと遊びに来るのだった。 
 それも、ミアの心がほんの少し弱っているときを知っているかのようなタイミングで来るのだから、可愛い。  

「大好きよ、フーチ」  

 フーチはにゃぁと鳴くと、ミアの頬に顔を寄せた。 
 そんなフーチを抱きながら、ミアはいつまでも満月の空を眺めた。








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次は「天使の高利貸し、仕事について考える」です。
 
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