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 イレインはリックの学生時代の同級生だ。
 自慢のブラウンの髪は豊かに波うっている。
 彼女は頭がよく、市役所で働いていた。

「こんにちは、イレイン。お久しぶり。ごめんなさいね、今、取込み中なの」
 ミアはエディを押しのけ、お札を集める。
 イレインが無言のまま、部屋に一歩入ってきた。彼女の右足の下には、エディがぶちまけたお札が一枚あった。
「イレイン、あなた、足でお札を踏んでいるわ。悪いけど、どけてくれる?」
 けれど、イレインはミアの声が聞こえないかのように、かまわず床に散らばる別のお札も踏み出した。それを見たエディが焦りだす。

「おい、イレイン。よせよ。お札を踏むなんて、罰が当たるぞ」
「こんな穢れたお金は、踏んだってかまわないのよ。それに、このお金は、わたしたちのものでしょう? エディ、あなたそう言ったわよね。だったら、なにをしたってかまわないわ」
 穢れたお金発言は、イレインか。エディは、ばつの悪そうな顔をしている。
 そんな二人にかまわず、ミアは集めたお札をそばにある紙袋に入れて、立ち上がる。

「穢れていようがなんだろうが、このお金は今日中にジャスティンに払うお金なの。あなたたち御存じないかもしれないけれど、私の両親は利息が高いのを承知で、彼にお金を借りてこの施設を作ったの。その返済を、私はしているの。私の仕事をあなたたちは気に入らないようだけれど、そんなのわたしには関係ないし、あなたたちにも関係ないわ」
 ミアがきっぱりと言うと、エディはもじもじし始めた。
 しかし、イレインは違う。彼女は憎々し気に、ミアの顔をキッと睨む。
「偉そうになによ。まるで、一人で不幸を背負ったように。あなたが意地を張らずに、あの悪魔の花嫁になればすむだけの話でしょう。それなのに、なに? 健気に働いたりなんかして、点数稼ぎはもうやめて!」
「なんの点数を稼いでいるって言うのよ!」
「リックよ。あなた、リックが好きで、私から奪おうとしていたくせに!」
 イレインの言葉に、場がシンとなる。
「……私、そんなことしてないわ」
「してきたじゃない。あなた、私が別の職場で働いているのをいいことに、施設でリックを誘惑してきたじゃない!」
 一体誰のどこからの情報だ。
 もしやと思いエディを見ると、彼はミアから目を逸らした。
 エディの目には、ミアのどんな行動がリックへの誘惑と映ったのか。
「どんなデマを信じているのか知らないけれど、私は事務仕事でリックは子どもたちと一緒の現場よ。まともに顔を合わせるなんて、新年の行事かそれこそバザーの時よ」
 むしろ、ミアはリックを避けていた。
 顔を見てしまうと胸が痛くなりそうで、彼と顔を合わせないように過ごしてきたのだ。
 エディが不貞腐れたように口を開く。
「でも、ミアはいつも紅茶を飲んでいたじゃないか」
「……紅茶、好きだけど」
「我が家で紅茶が好きなのは、リック兄さんだけだ」
「紅茶好きは、母の影響だけど。もしかしたら、リックもそうなのかもね」
「絆だ」
「は?」
「だから、ミアと兄さんには、俺たちよりも絆があるんだ」
 そう言われてしまうと、そうかもしれないけど。
「エディ、あなた十九歳よね。きょうだい思いはいいけれど、年の割に幼くない? 兄さんがどうであろうがいいじゃない」
「ミアは、都会でな」
「あなたね、なんなのその価値観」
 この会話の窮屈さはなんだろう。
 エディが変わったのか、ミアがのか。

 イレインがミアに近づく。
「あなたは、リックが好きな紅茶を淹れて飲んでいる自分に酔っていたのよ。彼にかまって欲しくて、そうしていたんでしょう?」
 これはいよいよ、話が通じないパターンだ。
 エディをちらりと見ると、イレインを応援するような顔つきをしている。
「悪いけど、私にはもう恋人がいるの。仕事のパートナーで、ロザリ……オ。年はうんと上だけれど、包容力があって、くせ毛がキュートなの。私の初恋はリックだったけど、そんなのもう苔が生えるほど昔の話でしょう。あなたたち夫婦の間のいざこざに私を巻き込まないで」

 そう言うとさっさと、再びお札を集め始める。
 それにしても、イレインとリックはどうなっているのだ。
 リックといえば、彼はまだ悪魔たちの対応をしているのだろうか。
 あまり長引きそうなら、ミアから警察隊に連絡をしようか。
 被害がないとはいえ、二日続けてはいくらなんでも近所迷惑だ。
 あとは、バザーの商品に問題があったか確かめる必要がある。
 ジャスティンに頼るのは癪だけれど、彼は顔が広いから、商品の成分分析をする機関を紹介してくれるかもしれない。
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