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第二話 旅は道連れ、世は情け

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  ガタゴトと揺れる馬車の中、なんだかよくわからないものに囲まれてライオネルは暇そうに座っていた。獅子人族ししびとぞくの村の麓にあった多種族が暮らす村を出てから約二時間、初めの方こそ初めて乗る馬車や初めて見る街道に驚き楽し気に周りを見渡していたが、今では変わり映えのしない景色と馬車から尻に伝わる振動に嫌気がさしていた。

「リーオン、まだ着かないのかー?」

 ライオネルは胸元の水晶の小刀をいじりながら御者台に座って馬を操っている行商人に尋ねた。

「ライオネルさん、その質問は半時前にしましたよ。まだ出発したばかりだとお答えしたじゃないですか」

 リーオンは苦笑しながらライオネルの二回目の質問に答えた。

「馬車ってのは暇なんだな……」
「あんまり気を抜きすぎないで下さいよ。ここらは辺境ですからどこから魔物や盗賊が襲ってくるかわからないんですからね」

 護衛として雇っているのにあまりにも気を抜きすぎているライオネルをリーオンがたしなめた。

「俺は耳と鼻にはなかなか自信があってな。今のところこの馬車に近づいてきてるやつはいねぇよ」
「走っている馬車の中からでも分かるんですか?」
「あぁ。森の中で神経すり減らして周りに気を配るよりかは幾分か精度は落ちるがな」

 さも当たり前のようにそう答えるライオネルにリーオンは驚いた。ライオネルがすごいのかそれとも獅子人族ししびとぞくがすごいのかは、獅子人族ししびとぞくをライオネルしか知らないリーオンには判断がつかなかった。

「そういやあの護衛の二人はなんで護衛を降りたんだ? 別の稼げる依頼が、とか言ってたが」

 暇つぶしにライオネルは先ほどの護衛二人のことを聞いてみた。

「あぁ、あの二人ですか。なんでも収集者しゅうしゅうしゃギルドに討伐系の割のいい依頼が出ていたようですよ。これだから収集者ってやつは……」

 思い出しながらも苦々しい思いが蘇ってきたのか苦虫を噛み潰したような顔をしながらリーオンが答えた。

「収集者? なんだそりゃ?」
「え!? 収集者を知らないのですか!?」
「俺の村じゃ居なかったなぁ」

 収集者を全く知らないようなライオネルにリーオンは心底驚いた。ライオネルの村にはそのような職業の人は居なかったし、収集者ギルドなんてものも無かった。

「では収集者について軽くお教えしましょう! 街で収集者を知らないとなるとかなり驚かれますからね」
「それはありがたい。よろしく頼むぜ」

 退屈な馬車の旅での良い暇つぶしになるとライオネルは思った。

「収集者っていうのはですね、依頼人から頼まれた物資や素材を持ち帰る職業のことです。昔は・・魔物の素材、薬草などの収集、未踏の地へ行きそこで未知の素材を収集したりもしていたようですね」
「ん? 昔は・・ってどういう意味だ?」

 ライオネルはリーオンがわざわざ昔は・・と言ったのが気になり聞いてみた。
 そうするとリーオンはまたもや渋面になり答えた。

「今ではもうただの何でも屋状態ですよ。失せ物の捜索や賞金首、傭兵まがいの仕事なんてのもあるくらいのね。それに登録料を少し払えば誰でもなれる職業なんで荒くれ者や脛に傷のある者も少なくありません。昔は誇り高い英雄職だったらしいのですが今はもう……」
「ほう、そうなると俺もなれるのか」
「えぇ、最初の登録料として銀貨一枚かかりますが、それさえ払えればなれますよ。ライオネルさんならすぐに昇級できますよ!」
「ふーん、昇級ね。最初は何級からなんだ?」

 世界を見て見聞を広めるために村を出たライオネルとしては昇級して成り上がることに興味はなかったが、金はあった方がなにかと暮らしやすいことは知っていた。

「登録するとまずは六級から始まって最後は一級ですね。大体の人は三級から上に行けないと聞いたことがありますね。そこが壁ってヤツなんでしょうね」
「壁ね……。一級ってのはどうなんだ、強いのか?」
「えぇそれはもう! 私は直に見たことはありませんが、噂では何度も聞いたことがありますよ。単身でワイバーンの巣に赴き無傷ですべて倒して帰ってきたとか、強力な魔法をいくつも操る魔法使いなんかは強権で従えようとしたある国の王を逆に屈服させたとか! まぁ噂ですからいろいろ誇張などは入ってると思いますが、それでも一級は相当強いでしょうね」
「ほう! そんな奴がいるなら一度会ってみたいものだな」

 ライオネルに限らず獅子人族は強い存在に憧れを抱く者が多い。それゆえライオネルは皮肉でもなんでもなく一級収集者に会ってみたいと思った。

「それでですね……」
「ちょっと待て」
「え?」

 これから方々で聞いた一級収集者たちの武勇伝を語って聞かせようとしたところでライオネルから止められ、リーオンは面食らった。

 リーオンの語りの出鼻を挫いたライオネルは目を閉じ耳を澄ました。

(この足音は軽いな。四足が二、三匹後ろから来ている。幸いこちらは風下で微かにオオカミのにおいがする。だが人の通る街道を襲ってくるなんて普通のオオカミじゃねぇな。おそらく魔獣のグレイウルフだろう)

 音とにおいで敵の種類を判断してそのことをリーオンへと伝える。

「おいリーオン、お客さんだぜ。グレイウルフが二、三匹だ」
「グレイウルフですが……。狡猾で集団で狩りをする魔獣ですね。普通のオオカミよりも好戦的で厄介な魔獣です」
「そのまま馬車を走らせておけ。すぐに終わらせて追いつく」

 馬車の後方から飛び降り、ライオネルはリーオンにそう伝えた。

「……わかりました。お気をつけて!」

 リーオンはそう言うと馬車の速度を少し上げてライオネルから遠ざかっていく。
 グレイウルフ達は草むらの陰に隠れているようで姿は見えないが、馬車から飛び降りたライオネルに気が付き馬車を追うか、ライオネルを倒すかで一瞬迷ったように足を止めたことがライオネルには分かった。
 ライオネルは胸元の水晶の小刀を握りながら獅子人族ししびとぞく特有の戦闘技能たる闘気を練り上げ、全身へと巡らせていく。そして闘気を込めた雄たけびを放った。

「ウォオオオオオオオオ!!!」
「わひゃぁー!」

 後ろの方から馬が急加速する音と男の情けない悲鳴が聞こえたがライオネルは気にしないことにした。
 ライオネルの雄たけびのおかげでグレイウルフ達の注意が完全にライオネルに向き、ライオネルを取り囲むように移動し始めた。

「そうだ、俺を見ろ……」

 そう呟きながらライオネルは背負った大剣を構え、神経を研ぎ澄ませて迎え撃つ用意をした。

『グラァァ!』

 前方のグレイウルフが吠えると同時に、後方のグレイウルフ二匹が茂みから飛び出しライオネルに牙を向いた。ライオネルは瞬時に振り返ると左後方から牙を向き噛み付かんと迫ってきたグレイウルフの下あごを掌底で強かにかちあげた。その勢いのまま右へと方向転換し、右手の大剣の腹で飛びグレイウルフの腹を打ち抜いた。

『ギャイン!!』

瞬く間に二匹のグレイウルフを倒したライオネルに対し、勝ち目が無いと悟ったのか残る一匹が逃走を始めようとした。

「逃がさねぇよ」

 しかしライオネルが見逃すはずもなく、闘気により強化された脚力で一足飛びにグレイウルフに接近し大剣で首を断ち切った。

「さて毛皮でも頂くとするかね」

 あっという間にグレイウルフ三匹を倒した後、ライオネルは毛皮をはぎ取って持って帰ろうとした。獅子人族ししびとぞくの村は山の上にあるので毛皮は暖を取るための貴重なものだった。
 しかし、ここは獅子人族ししびとぞくの村ではないし、先にリーオンを行かせていたことに気づき早く追いつかねばならないことを思い出した。

(あー、はぎ取るのは時間がかかるから無しだな。そうするとこの死体をどうするかだな。街道に死体を放置したら、それを狙う他の魔獣も呼び寄せちまいそうだ。なら……)

 しばし考えた後、ライオネルは再び体に闘気を巡らせた。そして、首の無いグレイウルフの死体の足と別れた頭を持つと街道から離れた森へとぶん投げた。

「そぉい!」

 血をまき散らしながらくるくるとグレイウルフの死体が宙を舞い森へと消えていくのを確認したライオネルは残りの二匹の死体も同じようにぶん投げた。
 三匹の死体の処理を終えて満足そうな顔をしたライオネルはリーオンの馬車を追って走り出した。

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「大丈夫かなぁ、ライオネルさん……」

 ライオネルの闘気を込めた雄たけびのせいで暴れ馬のごとく走り出した馬を何とか諫めたリーオンは街道を並足で進んでいた。

「あの人なら何とかなると思うけど、グレイウルフ三匹を一人で相手取るのは四級収集者ぐらいの実力は無いと……って何だぁ!?」

 ぶつぶつと独り言を言っていたリーオンの馬車が急にぐらりと揺れた。

「悪いな。待たせた」
「ライオネルさん! 無事でしたか!」

 グレイウルフが追ってきたのかと戦々恐々としたリーオンだったが、ライオネルだと分かると安心して声をかけた。

「あの程度なら問題ないさ。死体もしっかり処理したから安全だ」
「さすがライオネルさんですね! 頼りになります」
「俺も頼りにしてるぜ」
「へ?」

 ライオネルから頼られるような事柄なんてあっただろうかと首を捻るリーオンにライオネルはこう言った。

「さすがにグルドの街まで走るのは疲れそうだからな」

 キョトンとしたリーオンだったが、ライオネルなりの冗談だと分かると途端に面白くなってきた。

「ハハハハ! ライオネルさんも冗談とか言うんですね! ハハハ!」
「俺だって冗談の一つや二つはな……」

 穏やかな風の吹く街道に二人の笑い声が響いていた。

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今回の魔獣の説明

グレイウルフ
 見た目は普通のオオカミとあまり変わりはない。違いを挙げるとすれば少し体躯が大きめなこと、顔つきが凶暴そうなことくらい。基本的に三匹から十匹程度の群れを形成し、連携して獲物を狩る。人間を襲うこともあり、巨大な群れを率いるグレイウルフは準魔王級と称され優先討伐対象とされる。
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