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第三話 グルドの街
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ライオネルが獅子人族の村を出てから約二週間、そろそろグルドの街が見えてくるところまで馬車は進んでいた。いつもと変わらない街道の風景を見ながら、ライオネルは馬車の屋根の上からリーオンに声をかける。
「最初のグレイウルフの襲撃から何もなかったな」
「そりゃぁライオネルさんが馬車の上で見張ってくれていたからですよ。ライオネルさんは遠くからでもその姿は分かりますからね、野党なんて恐れをなして襲ってこれませんて!」
初日にグレイウルフから襲われたことでライオネルはより警戒を強くするために馬車の上に座って見張ることにした。
グルドの街までの主要な街道は常に人通りがあるため魔獣が襲ってくることは少ないが、行商人を狙う野党が襲ってくることは多い。しかし、その野党たちも遠目にもわかるほど大きな体躯で獅子の頭を持つ人間が屋根の上に座っている馬車を襲うほど向こう見ずでは無かったようだ。
最初に襲ってきたグレイウルフのような魔獣が街道の人間を襲うことは稀で、それ以降ライオネルたちはとても円滑にグルドの街までの道のりを進んできた。
「随分他の馬車も増えて来たな」
「えぇ、そろそろグルドの街ですからね」
グルドの街に近づくにつれ、リーオンと同じであろう行商人の馬車や大きな乗合馬車、背負子を背負って歩いている人ともすれ違った。持っている物は違うようだが長い街道も終わりに差し掛かったことで皆同じように晴れやかな顔をしていた。
「この丘を越えたらすぐ見えますよ、グルドの街が」
「おぉ! 本当か!」
人生で初めて見ることになる大きな街にライオネルの期待も高まっているようだった。
「見えましたよ! あれが辺境最大の街、交易の中心地グルドの街です!」
「うぉぉ! でっけぇ……」
丘を越えた二人の目に飛び込んできたのは、遠目からでもその巨大さに圧倒される灰色の石で築かれた分厚い壁とその中に少しだけ見える赤い屋根の群れだった。その壁の周辺には穀倉地帯があり小麦色の稲が風になびいており、斜め上から見下ろす街の巨大さと稲たちの美しさにライオネルは心奪われていた。さらにその向こうには大きな森があり、その豊かな緑色はいろいろな恵みを与えてくれるものだとライオネルは本能的に感じ取っていた。
周りの人たちはライオネルと同じように目を奪われて歩みを止める者もいれば、何やらさらに急ぐ者の半々に分かれていた。
丘を登り切ったところから下っていくとグルドの街が近づいてきたが、馬車の上から見ているライオネルは街の手前で行列が出来ていることに気が付いた。
「なぁリーオン。なんだか先の方で行列が出来ているみたいなんだが……」
「えぇ。街に入る前には衛兵たちによる検閲が行われます。グルドの街は人も物もたくさん入ってきますから、それらの中に不穏分子が混じってないか領主様は目を光らせているのです」
「結構な行列だが、入るのにはどれくらいかかるんだ?」
「うーん、何とも言えませんが、大体二時間ほどですかね。このことを知っている人はグルドの街が見えてからは早足に進んでいましたね」
「なんだと……」
街を目前に入ることをお預けされたことを知ったライオネルは傍から見てもわかりやすいほどに肩を落とし、ため息をついた。
「まぁまぁ、あと少しの辛抱ですよ」
あまりにも落ち込んでしまったライオネルに苦笑しながらリーオンは馬車を進め、街道に伸びる馬車の列の最後尾に着いた。
「そうだ、時間つぶしにグルドの街の説明はいかがです?」
「あぁ、頼むよ。こっからの二時間はあまりにも長そうだからな……」
今までの退屈な旅の中でライオネルが待つことがとても苦手だと理解していたリーオンは、少しでも暇つぶしになればとライオネルへ話しかけた。
「えー、では。ここグルドの街は領主であるアイビール・グルド様が納める土地の中心地に作られた街です。昔、辺境は強力な魔獣が跋扈する危険な土地でした。
しかし、そこには有用な資源、例えば鉱物やそこに生息する動植物、魔獣の素材がたくさんあり、多くの者が辺境を支配しようとしましたが魔獣たちにより幾度も敗北を重ね、いつしか人間たちはこの辺境の資源を指をくわえて見ていることしか出来なくなったのです。
しかし、初代グルド様は今までの者たちとは違う方法でこの辺境の地の攻略に乗り出しました。多種多様な人族種による混成部隊を編成し、それを指揮して挑んだのです。
自分と同じ人族種の傘下に入り編成されることが普通だった当時の考え方ではそれはあり得ないことでした。しかし、グルド様は収集者を金の力で集め、金の力で統率したのです。仕事に見合う十分な対価に怪我や死亡した場合の手厚い補償、それに名誉を保証して収集者たちをまとめ上げて今までにない大規模の部隊を率いてこの地の攻略に臨んだのです。
結果として辺境の地は攻略され、そこに眠る資源もグルド様が管理することとなったのです。現在は三代目のアイビール・グルド様が治めておられます。そんな成り立ちのおかげか、この辺境の地では人族種差別がほとんどありません。グルド様がそのような差別行為についての法を布いていることもありますが、ここに暮らすほとんどの人間が辺境の地の武勇伝を子供のころから聞いている所為もあるでしょう。ライオネルさんもよろしければ街で聞いてみては? 辺境の地を巡る戦いの話なら酒場で吟遊詩人たちが嫌になるほど歌っていますよ」
「ほう。戦いの歌は好きだ。胸が熱く滾る」
獅子人族の村の娯楽と言えば闘いか歌しかなかったので、ライオネルも歌は好きだった。
「でしょう! あの歌はいいですよ、特に最後の……おおっと、これ以上はやめておきましょう。後の楽しみが無くなってしまう」
リーオンはよほどその歌が好きなのか勢いに乗って話そうとしたが、今度聞いてみようとしている人の前で内容を語るのはさすがに憚られ止したようだ。
「まだ……先は長そうだな」
「えぇ、幸いまだ日も高いうちに着けましたからね。気長に待ちましょう」
二人は列の先頭がいまだに見えないことに辟易し、また他愛もない話を続けるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ライオネルさん! ライオネルさん! 起きてください! そろそろ僕たちの番ですよ!」
「……んあ? もう来たのか、結構早かったな」
馬車の上に居たライオネルは悪目立ちするからとリーオンに言われて馬車の中で窮屈そうに座っていたが、いつの間にか寝てしまったようだ。
座ったまま上半身だけ背伸びをしライオネルが馬車の先を見ると、今までは行列によって見ることのできなかったグルドの街の門を見ることが出来た。
門の前では行列の先頭の者が衛兵に馬車の中を見せ、衛兵からされる質問に答えているようだった。
「やっと入れるのか、グルドの街に……」
「いやぁ、長かったですねぇ……」
二人がしみじみと旅の長さをかみしめていると、前の者の検閲が終わったのか衛兵から声がかかった。
「次の馬車、前へ!」
リーオンが馬をこちらを向いて立っている衛兵の前へと進ませると、正面の衛兵は書類を片手に声をかけた。その衛兵は立派な口髭とこれまた立派な犬耳を持つ四十代くらいの男だった。
「行商人だな、一人か?」
「あぁ、いえ、馬車の中に護衛の方が一人だけ。ライオネルさーん、ちょっと出てきてください」
馬車の中で座っていたライオネルはリーオンに言われて馬車の外に出て来た。すると衛兵や周囲の者たちがどよめいた。さすがにライオネルもこの反応に慣れてきたので意に介さずリーオンの隣まで進むと、衛兵がライオネルを見上げ立派な犬耳をペタッと伏せながら職務を全うしようと質問した。
「お、お前がこの馬車の護衛なのか。名前と人族種は?」
「俺はライオネル。誇り高き獅子人族だ」
「ん? 獅子人族? 知らんな。おい、人族種の目録があったろう。持ってきてくれ」
「あぁ、ありましたね。はい、持ってきます!」
犬耳の衛兵は後ろの若い普人族の衛兵に目録を持ってこさせ、図鑑とライオネルを見比べた。
「うむ、確かに獅子人族の様だな。すまんな、初めて見るものでな。それで、グルドの街には何用か?」
「はい、辺境を回る行商でして。最後にこのグルドの街でいろいろ売ったり仕入れたりしようかと」
リーオンはこの街に来た目的をはきはきと犬耳の衛兵に伝えた。
「少し馬車の積み荷を検めさせてもらうが構わないな?」
「もちろん構いませんよ」
「すまない、規則なのでな。すぐに済む。おい、馬車の荷を確認しろ」
三人の衛兵が馬車の中に入っていき積み荷を確認しているようだったが、その作業も二分ほどで終了し戻ってきた。
「積み荷の確認作業は終了しました! 特に怪しいものは確認できませんでした」
「ん、そうか。ご苦労。お前たちの積み荷に不審なものは確認できなかったため、次に街へ入るための手続きを行う。グルドの街の永住許可証は持っているか?」
「いえ、持っていません」
「いや、持っていない」
リーオンは持っていないと答え、ライオネルはそんなものを聞いたこともなかったので同じように持っていないと答えた。
「では二人とも街へ入るための滞在許可証を発行する。これには銀貨三枚かかるが、街を去る際に滞在許可証を返却すれば銀貨二枚をお返しする。構わないな?」
「えぇ、問題ありません。これで銀貨六枚、二人分の滞在許可証をお願いします」
「リーオン、俺は自分で払えるぞ」
「まぁまぁ、護衛の依頼料とでも思ってください。少なすぎますけどね」
リーオンはそう言い苦笑しながら犬耳の衛兵に銀貨六枚を払った。
「うむ、確かに。これが滞在許可証だ。なくした場合は銀貨二枚を返すことは出来なくなるのでなくさないように。それと永住許可証を持っていないものは土地や家などの固定資産を持つことは出来ない。これで手続きは終わりだ。ようこそグルドの街へ」
犬耳の衛兵は白色の紙に「滞在許可証」と黒で書かれた紙を二人へ渡し、馬車の前から退いて後ろの門への道を開けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「うぉおおお! すっげぇ!」
大きな門を抜けた先には大通りがあった。大通りにはいくつもの店が軒を連ね、多くの人が行き交っていた。ライオネルは生まれて初めて見る大きな街とあまりにも多くの人、喧騒にただただ驚くことしか出来なかった。
「人が、物がこんなに……! 麓の村なんか目じゃないな!」
「これが辺境の中心地ですよ! どうです? すごいでしょう!」
驚き目を輝かせるライオネルにリーオンがまるで自分のことのようにグルドの街の偉大さについて胸を張った。
急いで進む馬車や人の邪魔にならないように大通りの端をリーオンたちの馬車はゆっくりと進む。ライオネルはまた馬車の上に座り初めて見る物すべてを目に焼き付けるかのように目を見開いてあたりを見回していた。
大通り沿いに店を構えることのできる商店はかなり力があるようで、それを誇示するかのように大きな店構えをしており、店先に展示する商品も質の良いものだとライオネルでさえ理解できた。見たことのない果実を扱う店、見たことのない剣を扱う店、見たことのない布を扱う店など、見るものすべてがライオネルに新鮮な驚きを与えた。
また、大通りを行き交う人々もライオネルにとって新鮮だった。小さいが体格が良くイノシシに似た頭を持つ人族種、腕に羽毛のようなものがおぼろげに生え嘴の名残りのようなものが唇に見える人族種、体中に鱗があり異様に長い口と鋭い牙を持った人族種など、今まで生きてきた中で聞いたことも見たこともない人族種に目を輝かせていた。
「ライオネルさん、ライオネルさん! 聞いてください!」
「なんだよ、リーオン」
あたりを興奮しながら見回していたライオネルにリーオンが声をかけた。ライオネルは邪魔をされたと嫌そうな顔をしながら渋々リーオンの方を向いた。
「この街の馬車の停留所に着きましたよ。これで私の依頼した護衛の件は完了です。ありがとうございました!」
「おぉ、そういえばそんな依頼だったな。俺もお前がいなければグルドの街に着くのはもっと遅かっただろう。感謝する」
お互いに礼を言いあい、リーオンが差し出した手をライオネルも握り返した。
「私はこれから懇意にしているグルドの街の商人たちに顔を出してきます。ライオネルさんはどれくらいこの街に滞在するんですか?」
「うーん、どうだろうな。とりあえず収集者登録をしてから考えるかな」
「そうですか。まぁまたどこかで会うこともあるでしょう。それまでお元気で!」
二週間ずっと一緒にいた割にはあっさりと別れを言い馬車を進ませて去っていくリーオンにライオネルは右手を挙げて答えた。
(さぁここからだ……! 収集者とやらになってまだ知らない場所に行って、見たことのないものを見てやる!)
ライオネルはリーオンの進んだ方向に背を向け、父からもらった水晶の小刀を握りしめ大きな街の中で一人、決意を胸に秘め歩き出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今回の人族種の説明
犬人族
普人族に次いで多い種族。昔から普人族と良きパートナーであったせいか、普人族の血が混ざったものも多い。普人族よりも体が頑丈で、純血に近いものは聴覚及び嗅覚に優れる。
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ライオネルが獅子人族の村を出てから約二週間、そろそろグルドの街が見えてくるところまで馬車は進んでいた。いつもと変わらない街道の風景を見ながら、ライオネルは馬車の屋根の上からリーオンに声をかける。
「最初のグレイウルフの襲撃から何もなかったな」
「そりゃぁライオネルさんが馬車の上で見張ってくれていたからですよ。ライオネルさんは遠くからでもその姿は分かりますからね、野党なんて恐れをなして襲ってこれませんて!」
初日にグレイウルフから襲われたことでライオネルはより警戒を強くするために馬車の上に座って見張ることにした。
グルドの街までの主要な街道は常に人通りがあるため魔獣が襲ってくることは少ないが、行商人を狙う野党が襲ってくることは多い。しかし、その野党たちも遠目にもわかるほど大きな体躯で獅子の頭を持つ人間が屋根の上に座っている馬車を襲うほど向こう見ずでは無かったようだ。
最初に襲ってきたグレイウルフのような魔獣が街道の人間を襲うことは稀で、それ以降ライオネルたちはとても円滑にグルドの街までの道のりを進んできた。
「随分他の馬車も増えて来たな」
「えぇ、そろそろグルドの街ですからね」
グルドの街に近づくにつれ、リーオンと同じであろう行商人の馬車や大きな乗合馬車、背負子を背負って歩いている人ともすれ違った。持っている物は違うようだが長い街道も終わりに差し掛かったことで皆同じように晴れやかな顔をしていた。
「この丘を越えたらすぐ見えますよ、グルドの街が」
「おぉ! 本当か!」
人生で初めて見ることになる大きな街にライオネルの期待も高まっているようだった。
「見えましたよ! あれが辺境最大の街、交易の中心地グルドの街です!」
「うぉぉ! でっけぇ……」
丘を越えた二人の目に飛び込んできたのは、遠目からでもその巨大さに圧倒される灰色の石で築かれた分厚い壁とその中に少しだけ見える赤い屋根の群れだった。その壁の周辺には穀倉地帯があり小麦色の稲が風になびいており、斜め上から見下ろす街の巨大さと稲たちの美しさにライオネルは心奪われていた。さらにその向こうには大きな森があり、その豊かな緑色はいろいろな恵みを与えてくれるものだとライオネルは本能的に感じ取っていた。
周りの人たちはライオネルと同じように目を奪われて歩みを止める者もいれば、何やらさらに急ぐ者の半々に分かれていた。
丘を登り切ったところから下っていくとグルドの街が近づいてきたが、馬車の上から見ているライオネルは街の手前で行列が出来ていることに気が付いた。
「なぁリーオン。なんだか先の方で行列が出来ているみたいなんだが……」
「えぇ。街に入る前には衛兵たちによる検閲が行われます。グルドの街は人も物もたくさん入ってきますから、それらの中に不穏分子が混じってないか領主様は目を光らせているのです」
「結構な行列だが、入るのにはどれくらいかかるんだ?」
「うーん、何とも言えませんが、大体二時間ほどですかね。このことを知っている人はグルドの街が見えてからは早足に進んでいましたね」
「なんだと……」
街を目前に入ることをお預けされたことを知ったライオネルは傍から見てもわかりやすいほどに肩を落とし、ため息をついた。
「まぁまぁ、あと少しの辛抱ですよ」
あまりにも落ち込んでしまったライオネルに苦笑しながらリーオンは馬車を進め、街道に伸びる馬車の列の最後尾に着いた。
「そうだ、時間つぶしにグルドの街の説明はいかがです?」
「あぁ、頼むよ。こっからの二時間はあまりにも長そうだからな……」
今までの退屈な旅の中でライオネルが待つことがとても苦手だと理解していたリーオンは、少しでも暇つぶしになればとライオネルへ話しかけた。
「えー、では。ここグルドの街は領主であるアイビール・グルド様が納める土地の中心地に作られた街です。昔、辺境は強力な魔獣が跋扈する危険な土地でした。
しかし、そこには有用な資源、例えば鉱物やそこに生息する動植物、魔獣の素材がたくさんあり、多くの者が辺境を支配しようとしましたが魔獣たちにより幾度も敗北を重ね、いつしか人間たちはこの辺境の資源を指をくわえて見ていることしか出来なくなったのです。
しかし、初代グルド様は今までの者たちとは違う方法でこの辺境の地の攻略に乗り出しました。多種多様な人族種による混成部隊を編成し、それを指揮して挑んだのです。
自分と同じ人族種の傘下に入り編成されることが普通だった当時の考え方ではそれはあり得ないことでした。しかし、グルド様は収集者を金の力で集め、金の力で統率したのです。仕事に見合う十分な対価に怪我や死亡した場合の手厚い補償、それに名誉を保証して収集者たちをまとめ上げて今までにない大規模の部隊を率いてこの地の攻略に臨んだのです。
結果として辺境の地は攻略され、そこに眠る資源もグルド様が管理することとなったのです。現在は三代目のアイビール・グルド様が治めておられます。そんな成り立ちのおかげか、この辺境の地では人族種差別がほとんどありません。グルド様がそのような差別行為についての法を布いていることもありますが、ここに暮らすほとんどの人間が辺境の地の武勇伝を子供のころから聞いている所為もあるでしょう。ライオネルさんもよろしければ街で聞いてみては? 辺境の地を巡る戦いの話なら酒場で吟遊詩人たちが嫌になるほど歌っていますよ」
「ほう。戦いの歌は好きだ。胸が熱く滾る」
獅子人族の村の娯楽と言えば闘いか歌しかなかったので、ライオネルも歌は好きだった。
「でしょう! あの歌はいいですよ、特に最後の……おおっと、これ以上はやめておきましょう。後の楽しみが無くなってしまう」
リーオンはよほどその歌が好きなのか勢いに乗って話そうとしたが、今度聞いてみようとしている人の前で内容を語るのはさすがに憚られ止したようだ。
「まだ……先は長そうだな」
「えぇ、幸いまだ日も高いうちに着けましたからね。気長に待ちましょう」
二人は列の先頭がいまだに見えないことに辟易し、また他愛もない話を続けるのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ライオネルさん! ライオネルさん! 起きてください! そろそろ僕たちの番ですよ!」
「……んあ? もう来たのか、結構早かったな」
馬車の上に居たライオネルは悪目立ちするからとリーオンに言われて馬車の中で窮屈そうに座っていたが、いつの間にか寝てしまったようだ。
座ったまま上半身だけ背伸びをしライオネルが馬車の先を見ると、今までは行列によって見ることのできなかったグルドの街の門を見ることが出来た。
門の前では行列の先頭の者が衛兵に馬車の中を見せ、衛兵からされる質問に答えているようだった。
「やっと入れるのか、グルドの街に……」
「いやぁ、長かったですねぇ……」
二人がしみじみと旅の長さをかみしめていると、前の者の検閲が終わったのか衛兵から声がかかった。
「次の馬車、前へ!」
リーオンが馬をこちらを向いて立っている衛兵の前へと進ませると、正面の衛兵は書類を片手に声をかけた。その衛兵は立派な口髭とこれまた立派な犬耳を持つ四十代くらいの男だった。
「行商人だな、一人か?」
「あぁ、いえ、馬車の中に護衛の方が一人だけ。ライオネルさーん、ちょっと出てきてください」
馬車の中で座っていたライオネルはリーオンに言われて馬車の外に出て来た。すると衛兵や周囲の者たちがどよめいた。さすがにライオネルもこの反応に慣れてきたので意に介さずリーオンの隣まで進むと、衛兵がライオネルを見上げ立派な犬耳をペタッと伏せながら職務を全うしようと質問した。
「お、お前がこの馬車の護衛なのか。名前と人族種は?」
「俺はライオネル。誇り高き獅子人族だ」
「ん? 獅子人族? 知らんな。おい、人族種の目録があったろう。持ってきてくれ」
「あぁ、ありましたね。はい、持ってきます!」
犬耳の衛兵は後ろの若い普人族の衛兵に目録を持ってこさせ、図鑑とライオネルを見比べた。
「うむ、確かに獅子人族の様だな。すまんな、初めて見るものでな。それで、グルドの街には何用か?」
「はい、辺境を回る行商でして。最後にこのグルドの街でいろいろ売ったり仕入れたりしようかと」
リーオンはこの街に来た目的をはきはきと犬耳の衛兵に伝えた。
「少し馬車の積み荷を検めさせてもらうが構わないな?」
「もちろん構いませんよ」
「すまない、規則なのでな。すぐに済む。おい、馬車の荷を確認しろ」
三人の衛兵が馬車の中に入っていき積み荷を確認しているようだったが、その作業も二分ほどで終了し戻ってきた。
「積み荷の確認作業は終了しました! 特に怪しいものは確認できませんでした」
「ん、そうか。ご苦労。お前たちの積み荷に不審なものは確認できなかったため、次に街へ入るための手続きを行う。グルドの街の永住許可証は持っているか?」
「いえ、持っていません」
「いや、持っていない」
リーオンは持っていないと答え、ライオネルはそんなものを聞いたこともなかったので同じように持っていないと答えた。
「では二人とも街へ入るための滞在許可証を発行する。これには銀貨三枚かかるが、街を去る際に滞在許可証を返却すれば銀貨二枚をお返しする。構わないな?」
「えぇ、問題ありません。これで銀貨六枚、二人分の滞在許可証をお願いします」
「リーオン、俺は自分で払えるぞ」
「まぁまぁ、護衛の依頼料とでも思ってください。少なすぎますけどね」
リーオンはそう言い苦笑しながら犬耳の衛兵に銀貨六枚を払った。
「うむ、確かに。これが滞在許可証だ。なくした場合は銀貨二枚を返すことは出来なくなるのでなくさないように。それと永住許可証を持っていないものは土地や家などの固定資産を持つことは出来ない。これで手続きは終わりだ。ようこそグルドの街へ」
犬耳の衛兵は白色の紙に「滞在許可証」と黒で書かれた紙を二人へ渡し、馬車の前から退いて後ろの門への道を開けた。
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「うぉおおお! すっげぇ!」
大きな門を抜けた先には大通りがあった。大通りにはいくつもの店が軒を連ね、多くの人が行き交っていた。ライオネルは生まれて初めて見る大きな街とあまりにも多くの人、喧騒にただただ驚くことしか出来なかった。
「人が、物がこんなに……! 麓の村なんか目じゃないな!」
「これが辺境の中心地ですよ! どうです? すごいでしょう!」
驚き目を輝かせるライオネルにリーオンがまるで自分のことのようにグルドの街の偉大さについて胸を張った。
急いで進む馬車や人の邪魔にならないように大通りの端をリーオンたちの馬車はゆっくりと進む。ライオネルはまた馬車の上に座り初めて見る物すべてを目に焼き付けるかのように目を見開いてあたりを見回していた。
大通り沿いに店を構えることのできる商店はかなり力があるようで、それを誇示するかのように大きな店構えをしており、店先に展示する商品も質の良いものだとライオネルでさえ理解できた。見たことのない果実を扱う店、見たことのない剣を扱う店、見たことのない布を扱う店など、見るものすべてがライオネルに新鮮な驚きを与えた。
また、大通りを行き交う人々もライオネルにとって新鮮だった。小さいが体格が良くイノシシに似た頭を持つ人族種、腕に羽毛のようなものがおぼろげに生え嘴の名残りのようなものが唇に見える人族種、体中に鱗があり異様に長い口と鋭い牙を持った人族種など、今まで生きてきた中で聞いたことも見たこともない人族種に目を輝かせていた。
「ライオネルさん、ライオネルさん! 聞いてください!」
「なんだよ、リーオン」
あたりを興奮しながら見回していたライオネルにリーオンが声をかけた。ライオネルは邪魔をされたと嫌そうな顔をしながら渋々リーオンの方を向いた。
「この街の馬車の停留所に着きましたよ。これで私の依頼した護衛の件は完了です。ありがとうございました!」
「おぉ、そういえばそんな依頼だったな。俺もお前がいなければグルドの街に着くのはもっと遅かっただろう。感謝する」
お互いに礼を言いあい、リーオンが差し出した手をライオネルも握り返した。
「私はこれから懇意にしているグルドの街の商人たちに顔を出してきます。ライオネルさんはどれくらいこの街に滞在するんですか?」
「うーん、どうだろうな。とりあえず収集者登録をしてから考えるかな」
「そうですか。まぁまたどこかで会うこともあるでしょう。それまでお元気で!」
二週間ずっと一緒にいた割にはあっさりと別れを言い馬車を進ませて去っていくリーオンにライオネルは右手を挙げて答えた。
(さぁここからだ……! 収集者とやらになってまだ知らない場所に行って、見たことのないものを見てやる!)
ライオネルはリーオンの進んだ方向に背を向け、父からもらった水晶の小刀を握りしめ大きな街の中で一人、決意を胸に秘め歩き出した。
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今回の人族種の説明
犬人族
普人族に次いで多い種族。昔から普人族と良きパートナーであったせいか、普人族の血が混ざったものも多い。普人族よりも体が頑丈で、純血に近いものは聴覚及び嗅覚に優れる。
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結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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