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気合を込めると、シズナはお腹に充満させるように大きく息を吸った。嫌な予感のした私が、待って、と止める間もなく、
「二人ともーっ、出てきて良いよー!」
部屋中に、アパート中に響き渡らんばかりの大声で叫んだ。満足げに一息つくシズナの横で、私は近所迷惑を心配してオロオロする。
――ドンドンっ
「ひっ」
騒音に怒った隣人に壁を殴られたのかと思い身がすくんだが、どうやら違うらしい。音は二箇所。天井と台所から聞こえる。
何が起こっているのかと、音のする方向とニンマリと微笑むシズナの顔を忙しなく交互に見るしか出来ない。
突然、台所のシンク下の収納の戸がバンっと音を立てて開き、何かが飛び出してきた。最初、飛び出してきた場所と背中に羽がバタついているのが目に入って、巨大な虫が飛んできたように見えた。
「もう、出てこれたなら、さっさと言いなさいよっ」
しかし、私とシズナの顔の前に浮遊するそれ――彼女は身長三十センチくらいで背中に羽の生えた、服装こそ現代風だが、小さい頃に絵本で見た妖精そのものだった。
妖精の女の子が、体を大きく見せるように大袈裟に怒りながら、ふよふよと眼の前を飛んでいる。
「ごめんごめん。ほら、前の人みたいに怖がって逃げちゃったらいけないと思って、慎重に見極めてたの」
シズナがそれほど悪気はなさそうに、顔の前で手を合わして妖精の女の子に軽く謝る。私は驚いて目をパチクリさせるしかできない。
「ああ、この子はカノ。一応、妖精なのかな? わたしより前にこの部屋に住んでたから、よく分からないの」
「一応、って何よっ? わたしはれっきとした妖精よっ。羽だって生えてるでしょっ」
シズナの紹介が気に食わなかったらしく、カノと呼ばれた妖精はまた大袈裟に体を動かして怒り出した。怒りっぽい子なのかな。
二人のやり取りを苦笑いしながら眺めていると、押入れからゴンッと何か硬いものが落ちたような鈍い音が聞こえてきた。ビクッと体が跳ねたけど、驚いたのは私だけだった。
誰も近づいていないのにゆっくりと押し入れが開かれる。少しだけ開くと、上段の隙間から何かが床に落ちて、またさっきと同じ鈍い音を立てた。その何かは慣性にしては不自然なほど転がり、私たちの足元にたどり着いた。
それは、三十センチほどのビニール製の女の子の人形だった。保育園の頃の友達が持っていた記憶がある。押し入れから出てきたからか、埃まみれで薄汚れている。そして、髪の毛が妙に長い。その人形の身長以上、もし立ったとしたら床に引きずってしまうくらいに長い。
仰向けに止まった人形の目が、じろりとこちらを見た。
「ひぃっ」
昨日からもう何度目か分からない悲鳴。シズナの御札を剥がしてから、驚きっぱなし。怯えている私を尻目にシズナは人形を拾い上げると、埃を払ってから私の前に差し出した。
「この子はアオイちゃん。控えめで大人しい子だよ」
「よろしく、です」
「え? よ、よろしくお願いします」
シズナの声に続いて、この場の者ではない小さな女の子の声が聞こえて、反射的に挨拶を返した。人形の口は動いていない。まさか腹話術で話したのかと疑ってシズナを見るが、首を横に振って否定された。
本当にこの人形、アオイちゃんとやらが? 内蔵されたマイクだとか疑いそうになったが、幽霊と妖精を目の前に今更かと止めた。
「こ、これで全部?」
もう音はしなくなったが、まだ音もなく近づいてくる何かがいるんじゃないかと私は身構える。
「うん。今はこの三人だけ」
「そうですか」
良かった。もうこれ以上悲鳴を上げることはなさそう。私は胸を撫で下ろす。
「二人ともーっ、出てきて良いよー!」
部屋中に、アパート中に響き渡らんばかりの大声で叫んだ。満足げに一息つくシズナの横で、私は近所迷惑を心配してオロオロする。
――ドンドンっ
「ひっ」
騒音に怒った隣人に壁を殴られたのかと思い身がすくんだが、どうやら違うらしい。音は二箇所。天井と台所から聞こえる。
何が起こっているのかと、音のする方向とニンマリと微笑むシズナの顔を忙しなく交互に見るしか出来ない。
突然、台所のシンク下の収納の戸がバンっと音を立てて開き、何かが飛び出してきた。最初、飛び出してきた場所と背中に羽がバタついているのが目に入って、巨大な虫が飛んできたように見えた。
「もう、出てこれたなら、さっさと言いなさいよっ」
しかし、私とシズナの顔の前に浮遊するそれ――彼女は身長三十センチくらいで背中に羽の生えた、服装こそ現代風だが、小さい頃に絵本で見た妖精そのものだった。
妖精の女の子が、体を大きく見せるように大袈裟に怒りながら、ふよふよと眼の前を飛んでいる。
「ごめんごめん。ほら、前の人みたいに怖がって逃げちゃったらいけないと思って、慎重に見極めてたの」
シズナがそれほど悪気はなさそうに、顔の前で手を合わして妖精の女の子に軽く謝る。私は驚いて目をパチクリさせるしかできない。
「ああ、この子はカノ。一応、妖精なのかな? わたしより前にこの部屋に住んでたから、よく分からないの」
「一応、って何よっ? わたしはれっきとした妖精よっ。羽だって生えてるでしょっ」
シズナの紹介が気に食わなかったらしく、カノと呼ばれた妖精はまた大袈裟に体を動かして怒り出した。怒りっぽい子なのかな。
二人のやり取りを苦笑いしながら眺めていると、押入れからゴンッと何か硬いものが落ちたような鈍い音が聞こえてきた。ビクッと体が跳ねたけど、驚いたのは私だけだった。
誰も近づいていないのにゆっくりと押し入れが開かれる。少しだけ開くと、上段の隙間から何かが床に落ちて、またさっきと同じ鈍い音を立てた。その何かは慣性にしては不自然なほど転がり、私たちの足元にたどり着いた。
それは、三十センチほどのビニール製の女の子の人形だった。保育園の頃の友達が持っていた記憶がある。押し入れから出てきたからか、埃まみれで薄汚れている。そして、髪の毛が妙に長い。その人形の身長以上、もし立ったとしたら床に引きずってしまうくらいに長い。
仰向けに止まった人形の目が、じろりとこちらを見た。
「ひぃっ」
昨日からもう何度目か分からない悲鳴。シズナの御札を剥がしてから、驚きっぱなし。怯えている私を尻目にシズナは人形を拾い上げると、埃を払ってから私の前に差し出した。
「この子はアオイちゃん。控えめで大人しい子だよ」
「よろしく、です」
「え? よ、よろしくお願いします」
シズナの声に続いて、この場の者ではない小さな女の子の声が聞こえて、反射的に挨拶を返した。人形の口は動いていない。まさか腹話術で話したのかと疑ってシズナを見るが、首を横に振って否定された。
本当にこの人形、アオイちゃんとやらが? 内蔵されたマイクだとか疑いそうになったが、幽霊と妖精を目の前に今更かと止めた。
「こ、これで全部?」
もう音はしなくなったが、まだ音もなく近づいてくる何かがいるんじゃないかと私は身構える。
「うん。今はこの三人だけ」
「そうですか」
良かった。もうこれ以上悲鳴を上げることはなさそう。私は胸を撫で下ろす。
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