彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

文字の大きさ
8 / 178
第一章 エトランゼ

1‐8

しおりを挟む
 夜の闇の中、三人分の荒い息が聞こえる。

 考えなしに逃げだしたのはいいが、問題は街を出た後のことだった。

 ソーズウェルの周辺は広い草原が広がっており、多少の丘陵はあるものの、基本的には視界が開けている。

 勿論カナタがいた現代ほどの灯りがあるわけではないが、月明かりは眩しく、その中で動き回る人影を見つけるのは決して難しいことではない。

 辺りを駆けまわる馬蹄の音が、いやおうなしにカナタの心臓を跳ね上げる。


「トウヤ君、もう少し速度落として」


 背後を見れば、エレオノーラは胸の辺りを抑えて必死で呼吸を整えようとしている。

 冒険者としてあちこちを歩きまわっている二人ですら息が切れるほどの距離を走ってきたのだから、それも当然だった。

 彼女の背中をさすりながら、せめて水ぐらいは持ってくるべきだったと、今更後悔する。

 何か役立つものはないかと懐を探れば、ヨハンと合流するために渡された宝石が零れ落ちた。


「なんだそれ?」

「えっと、ヨハンさんってボクの師匠なんだけど……。これを割れば一度だけ、その人にボクの居場所が伝わる宝石」

「助けになりそうなら割っておいた方がいいんじゃないのか?」


 カナタは宝石を足元に放ると、剣先を叩きつけてトウヤがそれを破壊する。

 光の粒子がそこから漏れだして空に流れていくが、すぐに何かが起こるわけではなかった。


「歩くだけでも少しは距離を取ろう。あっちの丘の影に隠れれば少しはマシかも知れない」

 あちこちを松明の灯が動き回る闇の中を、エレオノーラの手を引いて歩いていく。

 カナタが触れた白く細い手は、思わず握るのを躊躇ってしまうほどに小さく震えていた。


「すまない。妾の所為で、二人まで巻き込んでしまい……」

「別に、俺は成り行きだし気にしませんけど。いざとなったら逃げるだけですし」


 ぶっきらぼうに、トウヤはそう言った。


「……何かの間違いだといいですね。お兄さんが命を狙うなんて」


 戦乱の世となれば、兄弟同士、親子で命を狙いあうなど決して珍しいことではないのだが、普通の家庭に生きてきたカナタにとって、それは何かの間違いとしか思えなかった。

 仮にそれが真実ならば、エレオノーラの胸中にある不安と恐怖は想像できるものではない。

 せめて、その足取りが絶望で止まってしまわないようにと、強くその手を握りしめる。

 その気持ちが伝わったのか、エレオノーラも疲れをおして、前を向いて歩きだしてくれた。


「足跡がある。こっちだ!」


 小さな希望も束の間に、闇を切り裂く叫び声がカナタ達の元へと届く。


「くそっ、急げ!」


 トウヤを先頭に、早足で小さな丘を登っていく。

 仮にそれを踏破したところで、それで助かるわけではない。何の算段もなしに、ただ距離を話すためだけに歩き続けた。

 やがて蹄の音が近付き、カナタ達を包囲するように松明の灯りが迫る。

 モーリッツが差し向けた追撃部隊はカナタ達の姿を完璧に捉えており、獲物を網に掛けるように包囲を整えていく。


「うわっ!」


 正面に回り込まれて、トウヤが立ち止まる。

 背後を振り返れば、馬に乗った兵士が数人。お互いの顔が見えるほどの距離にまで接近していた。


「世話を焼かせてくれたな。さあ、姫様をこちらに渡せ」

「嫌だよ。渡したら殺されちゃうんでしょ」

「子供とはいえエトランゼ。手心を加えるつもりはないぞ!」


 馬の腹を蹴り、一直線にカナタに突進してくる。

 馬上からの振り下ろしを避けられたのは、偶然運がよかっただけだった。剣が掠っただけでカナタの身体は吹き飛ばされ、草むらの上を転がる。


「いっ……!」

「カナタ! もうよい、妾が行けばいいのだろう。この者達に罪はない!」

「そうもいきません。勅命に逆らった者は誰であろうと罪人。それがましてやエトランゼならば……」


 冷徹に、馬上の男はそう言った。


「エトランゼが姫様を攫う。その意味が理解できないわけではないでしょう」

「カナタ! くそっ、退けよ!」


 カナタを助け起こそうとするトウヤの元にも、馬上から別の兵士が突撃し、そのタイミングを奪う。


「エトランゼ共が争いの火種となる前に、処分させてもらう!」


 馬が嘶き、剣を構えて突撃姿勢を取る。

 倒れ伏したカナタは回避行動をとることすらできない。確実に、一刀で首を刎ねられるだろう。

 だが、いつまでたってもその馬が走ることはなかった。

 ぐらりと、馬上で兵士の身体が揺れる。

 その首から先は斬り飛ばされ既になく、ゆっくりと落ちていく身体を支えるものなど何もない。

 どさりと、重い音が地面に響くのと、包囲した兵士達の叫びが木霊するのはほぼ同時だった。


「おいおい。なんか面白そうなことになってるじゃねえか」

「な、なんだ貴様は!?」


 掲げられた松明の灯りが、男の姿を暗闇の中に浮かび上がらせる。

 金色の髪、鋭い眼つき。軽装鎧を身に纏った長身の男は、先程兵士の首を斬った幅広の剣を振り回し、肩に担ぐ。


「お前等に判りやすく教えてやるなら、エトランゼだ。冒険者崩れで、毎日を命をやり取りで食いつないでる。もっと言うなら」


 にやりと歪められた口から犬歯が覗く。

 獲物を前にした獣を彷彿とさせる笑みと共に、男は名乗った。


「魔剣士ヴェスター。唯一無二のギフト、《魔剣使い》を持つ男だ」

「ま、魔剣士……!」


 その名乗りに、兵士達は目に見えて動揺していた。

 それは彼らだけではなく、カナタを助け起こしに来たトウヤも同様だった。


「魔剣士ヴェスター……。傭兵紛いの冒険者で、殺しあいを生業としてる。……この辺りのエトランゼじゃ、一番関わっちゃいけない奴だ」

「で、でも……。なんでそんな人がここに?」


 カナタの疑問に答える者はなく、ヴェスターと兵士達の間で緊張した空気が流れる。


「失せな。てめぇらを殺しても金にならねえし楽しくもねえ。見逃してやるよ」

「ふざけるな! 背徳の剣を操る貴様をここで見逃せるものか!」

「――ああ、これな? 羨ましいだろ? 普通の人間が使ったら呪いに蝕まれて、発狂して死んじまうだろう魔剣を、こうやって自由自在に操れるんだからな」

「羨ましいものか。それは神に対する冒涜の刃だ!」

「結構じゃねえか!」


 問答の時間は終わりと。

 そう言わんばかりに、ヴェスターの身体が闇に紛れて消えた。

 続けて聞こえてきたのは、兵士一人の悲鳴だった。

 いつの間にかその側面にまで移動していたヴェスターは、馬を動かす暇も与えず、その兵士の胴体を寸断していた。


 そしてそのまま次々と、動揺する兵を、馬を傷つけて倒していく。

 半数が彼の手によって討たれたところで、分が悪いと判断した一人が「撤退!」と、悲鳴のような声を上げる。

 暗闇の中に兵達が去っていき、残されたヴェスターは再び剣を担ぎなおすと、カナタ達の方へと身体を向ける。


「た、助けてくれたんですか?」


 カナタの質問に、男は黙って笑うだけだった。

 結果だけ見ればカナタ達を助けたのだろうが、安心よりも先にあの野獣のような眼光がまだ消えていなことが気に掛かった。

 目の前にいるのは確かに人の形をしているのに、まるで凶暴な獣の檻にでも入れられたかのような、胃の奥を締め上げるような圧迫感が消えない。

 だからだろう。隣に立つトウヤも、モーリッツから奪った装飾剣の鞘に手を当てたまま動かないでいるのは。

 せめて信用を得るためにこちらが先に戦闘態勢を解くべきか。カナタがそう考え始めるのと同時に、ヴェスターから口火を切った。


「決めた。丸腰の嬢ちゃん。そう、そっちの手前の方にいるちんまいのだ」

「ち……ちんまいって……」

「獲物はなんだ?」

「獲物……? 武器は、一応剣を使ってるけど」

「そらよ」


 ヴェスターが足元から、先程殺めた兵士の剣を鞘ごと放り投げる。

 くるくると空中で回転し、カナタの目の前に突き刺さったそれを、戸惑いながらも手に取る。


「あっちで、今やりあった連中の別動隊を締め上げたんだ。そんで話を聞いたら、お姫様が命を狙われてるらしいじゃねえか」


 言いながら、親指で背後を指す。


「連中をぶっ殺したはいいが、さてどうすればいいか見当もつかねえ」

「ボク達と一緒に来てくれるっていうのは……?」

「ねえな。それじゃあつまらんだろ。第一、なんでエトランゼの俺が、散々俺達を迫害してくださった王族を護らなきゃならん?」

「妾はエトランゼを迫害などしない! むしろ、共に手を取りあう道を見つけるための政策を……」

「今のてめえにその力があるのか? なくなったらしいじゃねえか。今さっき」


 どうやらエレオノーラの事情も知っているらしく、言い返す言葉もなく押し黙るしかない。


「だから決めた。命を狙われてるったって王族だろ? 首にはそれなりの値段がつくだろ」

「そんなの駄目だよ!」


 口が裂けるようにヴェスターは笑う。


 思った通り獣は牙を納めてはいない。むしろ目の前の獲物をどう料理すればいいのかを、ずっと考えていた。


「じゃあ止めてみろ。力尽くでな!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...