彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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 それを自覚してしまった。その事実を受け止めなければならない時が来てしまった。

 この状況でエレオノーラができることは何もない。

 彼等を退けられるか?

 答えは否。

 説得できるか?

 答えは否。

 税の代わりに何かを用意できるか?

 答えは否。

 必死で考えれば考えるほど思考の迷路に嵌っていく。

 結局、彼女は何をすることもできず、その場に立ち尽くすだけ。その身に迫る獣達になんの抵抗をすることもなく。

 だが、彼女の前に立つ者がいた。


「まるで蛮族だな。これが正規軍とは聞いて呆れる」


 エレオノーラを庇うように立つのはローブの青年。

 兵士達は邪魔者を取り除くべく、容赦なく剣を抜き払った。


「なんだ貴様は! 今更その娘についたところでなんの益もあるまい」

「そうは言われてもな。生憎と俺はこの方に仕えると決めた家臣だ。まだ一週間もたたないのに鞍替えするわけにもいくまい」

「ならそのまま死ね」


 隊長が動く前に、ヨハンが袖元から取りだした短身の銃が火を噴いた。

 短く切られたバレルから飛び出した魔弾が隊長の剣を打ち、直撃の瞬間にそこに込められた魔法が解放される。

 先日魔装兵に使ったものと同じようで、指向性を持つ衝撃波に打たれ、あれほど強固な鎧に護られているわけではない隊長は空中を派手に吹き飛んで、地面を転がって動かなくなる。


「さあ選べ!」


 ヨハンは語りかける。

 成り行きを見守っていた兵士達に。

 彼等はエレオノーラと進んで敵対をする様子はないが、だからといって積極的に手を貸してくれるつもりもないようだ。

 それでは駄目だ。エレオノーラのやったことが無駄になってしまう。

 確かに彼女には武器もない、力もない。正直知恵もそこまでではない。

 だからこそ、誰にも真似できないその武器を最大限に利用しなければらないのだ。

 高潔さと、志を。


「どうせ同じくイシュトナル要塞に弓を引いたんだ。お前達もいずれ反逆者扱いだろう。ならばここで姫と俺を殺してせめてもの言い逃れをするか、それとも」


 エレオノーラを見る。

 彼女は両手を握り込むようにしながら、こちらと目が合って頷いた。


「エレオノーラ様と共に往き、より良き未来を創る尖兵となるかだ」


 笑ってしまうような詭弁。

 エレオノーラにそんな未来を創れる保証など何処にもないというのに。

 だが、それでもその言葉には力がある。

 それは別にヨハンが知恵を絞ったからではない。事実、どんなに一人で言葉を弄しても何の説得力もない。

 大事なのは、自らが危険になると判っていながらも体一つで飛び出したその無鉄砲さ。目の前で傷つけられる無辜の民を見逃すことのできないその意志だ。


「……エレオノーラ様に加勢する」


 若い兵士がそう呟いてい槍を構えた。


「お、おい! ディッカー卿は決してこちらからは手を出すなと……」

「ならこれを続けていればいつか終わりが来るのか? 同じ国の者同士で争い、永遠に奪いあう未来が来るだけだぞ!」

「く、くそっ!」


 一人がやけくそ気味にそれに続き、残る者達も武器を構える。

 そうしてこの事態を形作った扇動者は、何食わぬ顔で残ったイシュトナルの兵達に銃身を向ける。


「こいつの威力は思い知ったと思うが、加えてこちらには手勢がある。さて、この場で本格的に事を交えることを望むのならば命を賭けてもらうぞ」


 半分は嘘が含まれている。

 戦力としてはヨハンが一人加わっただけに過ぎない。持っている魔法道具を全て動員すれば互角の戦いができるかも知れないが、実はもう数がそれほど残っていない。

 今できるのは如何にもな態度を取って、相手の撤退を促すだけだ。


「ひ、退くぞ、撤退だ! 貴様達、ただで済むと思うなよ!」


 先程隊長と一言交わした男が、倒れた隊長を持ち上げて一目散に逃げていくと、他の兵達もそれに習うように一斉に背を向けて駆けだしていった。


「……ふぅ。所詮は略奪をしに来るような連中。本格的に事を構える覚悟はないと踏んだが、どうやら大当たりだったようだな」

「ヨ、ヨハン殿!」


 飛びつかんばかりの勢いでこちらに駆け寄ってくるエレオノーラを手で制する。


「妾は……。妾は何と言えばいいのか……。そなたのその、忠誠心というか……ええと、その、あれだ。期待というか……」

「失礼します」

「あいたぁ!」


 ごちんと。

 誰が聞いても判るような痛々しい音を立てて、ヨハンの拳骨がエレオノーラの頭に落ちた。

 その光景を見た兵士達も村人も、皆一同目を丸くしている。


「何をする!」

「もう少し事を穏便に済ませる方法はあったと思うんですがね。おかげさまで無理矢理に話を進める羽目になった」

「だが目の前で虐げられている民達を見捨てることなどできはせぬ。彼等にしてもそうだ。あのまま戦いが始まればどうなっていたことか」

「戦いは起きませんよ。少なくとも今この場では。どうして略奪に来て命を賭けて被害を被る必要があるんですか。人が命を賭けるのはもっと危機的状況に陥ったときです。見たところ、彼等には余裕があるみたいでしたからね」


 尋ねるように視線を向けると、先程の若い兵士が頷き返す。


「彼等はこの辺りの村落から税の徴収を名目とした略奪行為を行っているようです。これまではディッカー卿の領地の外だったので静観するしか在りませんでしたが、ここ最近はこの周辺にまで出没し始めました」

「つまりはそういうことです」


 と、エレオノーラを見る。


「妾は余計なことをしたのか……」

「むしろ危険度が上がりましたね。あのまま連中がやけになっていたらどうなっていたか」

「……そうなっても、ヨハン殿が護ってくれるだろう? そなたの力は何よりも信頼している。その胡散臭い魔法道具の数々もな」

「生憎と、医薬品を多めに持って来たので武器になりそうなものはそろそろ打ち止めですよ。俺の銃は何より乱戦に向かない」

「なんと!」

「ですが姫様。我々は姫様のその真っ直ぐな心を見て考えを改めさせられました」


 若い兵士がそんなフォローを入れてしまう。まぁ、見た目麗しい、それまで憧れであっただろう姫が目の前にいればその気持ちも判るが。


「やはり選択肢の一つとして悪くなかったのではないか?」

「もう一発拳骨を落とされたいですか?」

「や、やめよ! そなたにそんなことをされると妙に心が傷つくのだ!」


 ポンコツ姫は頭を抑えて距離を取る。


「……取り敢えずそのディッカー卿とやらの元に案内してもらえるか?」


 溜息を合図に場の空気が切り替わる。


「は、はい。こちらとしてもその方が助かりますので」


 兵士が自分の判断で正規軍に牙を剥くなど本来あっていいものではない。これからディッカー卿の元にはイシュトナル要塞からの嫌がらせのような問いかけが殺到するだろう。

 それに対する言い訳は、確かにその原因である連中にしてもらった方がいい。


「それで貴方はエレオノーラ様の家臣、なのですか? 失礼ですが見たことのない方ですので」

「うむ。ならば妾が答えよう。この者の名はヨハン。かつては宮廷に仕えた大魔導師の弟子であり、妾の第一の家臣だ」


 ドヤ顔で語るエレオノーラ。


「なるほど、あの大魔導師殿の……」「ならばこの状況を打破する知啓を与えてくれるに違いない」「しかし代を越えて王家に仕えるその志、見事なものだ」


 などと勝手に話が進んでいる。

 信頼を得られるのは悪いことではないが、これから先の采配はより、慎重に事を進めなければならなくなったような気がする。

 能天気にヨハンの凄さについて兵士達に語るエレオノーラを見ながら、誰にもばれないようにまた溜息をついた。


「それにしてもあの姫様、気安すぎじゃないのか? まぁ、だから国民に人気があったのか」


 そんなことを一人呟いて、なんとなく納得しながら最後尾を付いていく。

 目指す先はカナタ達との合流地点に定めたディッカー卿の屋敷。成り行きとはいえお膳立ては済んでいる。後は彼の協力を取り付けられるかどうかで、今後の行く末に大きく関わってくる。
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