彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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 ディッカーとトウヤが前線に向かってから数日。領内の空気は決していいものとは言えなくなっていた。

 もはやのこの戦いに勝機はないと判断し、脱走する兵士が相次ぎ、加えて異形の軍勢はもうすぐ傍まで迫っている。

 その状況に陥ってもなお、エトランゼ達は動かなかった。逃げもしないが、だからといって積極的に協力をしてくれる者は極少数。

 それが伝わっているから、避難してきた民達も生気がなく、その姿はまるで自らの滅びを待っているようにすら見える。

 揉め事を避けるために、エトランゼ達に介抱されている村の一区画。

 木と土壁でできた家が密集するその場所の中心は広場になっていて、一人になるのが嫌なエトランゼはそこで食事をとったり、仲間達と談笑していた。

 カナタはその隅っこにあるベンチに腰かけて、彼等の様子を遠巻きに眺めている。


「隣、いいですか?」


 少し高いところから声を掛けられて顔を上げると、立っていたのはサアヤだった。

 彼女だけはエトランゼの中でも、カナタやトウヤと並んで例外で、自らのギフトを使い負傷者の救護を申し出ている彼女が休んでいるところを見たことがない。


「休憩中ですか?」

「はい。今は怪我をした方も、だいたい落ち着いてきましたから。何人か癒しの魔法を使える方がいたのも幸いしました」


 手に持っていたパンを差し出してくる。

 ぺこりと頭を下げてそれを受け取り、サアヤが食べるのを見てからカナタも一口齧った。


「遠慮しなくていいですよ。いっぱい貰ってしまったので」

「サアヤさんは、大勢の人を助けてますから」

「わたしの力が誰かの役に立てるなら、喜んで協力しますよ」


 あっという間に一つ目を平らげたサアヤは、袋の中に入ったもう一つに手を伸ばし、ふとカナタと目が合って赤面する。


「……リザレクションは体力を消耗しますので」


 彼女の限った話ではなく、多くのギフトは使用者の体力を著しく消耗する。

 何度か試してみたが、カナタのセレスティアルも使い続ければあっという間に立つことすらできなくなるほどに疲労するものだった。

「身体が資本、とも言いますからね。体力を蓄えておかないと、次の怪我人に対処できませんので」

 ここにいるエトランゼ達の中で誰よりも疲れているはずのこの女性は、あくまでも明るくそう言った。

 彼女のそんな健気な態度に対してカナタは何も言うことができない。言う資格がないと、思い込んでいた。

 一人では何もできない。

 彼等を奮い立たせることも、異形の軍勢から誰かを護ることも。

 だからこそ、心だけが先走ってしまう。エレオノーラに期待を寄せられても、なにもしてあげることはできない。ヨハンの弟子などというのは言葉だけで、実際は彼の持つ何かを学んだわけではない。


「あの人が戻ってきたときに、もし怪我をしてたら、わたしが治してあげたいので」

「……ヨハンさんと知り合いなんですか?」

「ええ。と言っても、向こうはわたしのことなんて忘れていたんですけどね」


 怒ってもいいところなのに、彼女は何故か微笑んでいた。まるでその方が、彼女の中のヨハン「らしい」とでも言いたげに。


「ヨハンさんのお弟子さんなんでしょう?」

「……はい。一応、は」


 今はその言葉が重かった。


「昔、あの人に助けられたことがあるんです。この世界に来たばかりの頃に。その姿に憧れて、冒険者を続けてきて、ヨシツグさん達と出会いました」


 カナタは答えない。

 もし今ヨハンのことを口にすれば、そのまま不安まで零れてしまうだろう。そうなれば本当に彼は帰ってこないと認めてしまうような気がしていた。

 それにヨシツグのこともだ。

 カナタですらまだ受け入れることができないというのに、それよりも長い付き合いであったサアヤが彼の裏切りについてどんな感情を抱いているのか、想像もできない。


「大丈夫。あの人はとても強いから、絶対に戻ってきます。……だって、あの人のギフトは特別ですから」


 その一言に、俯いて話を聞いていたカナタは弾かれたように顔を上げた。

 その勢いに驚いたサアヤが、目が合ったまま瞬きを繰り返す。


「どうしました?」

「ヨハンさんのギフト、ボクは見たことがないんです。どんな力なのか、やっぱり強いんですよね?」


 だとしたら彼は何故それを使わないのか。


「わたしが知っている限りでは、そうです。詳細は判りませんけど……。だからこそ、数年前も一人だけ無事にオルタリアに帰還できたと……」

「数年前……一人だけ帰還?」


 それはカナタの知らないことだった。

 その詳細も気にはなったが、今知りたいのはヨハンのギフトのことだ。


「なるほどなるほど。オルタリアに住む最強のギフトを持ったエトランゼ。誰のことかと思っていましたが、彼のことだったとはねー」

 立ち上がったままのカナタの背後から声がする。

 見れば、漢服のような服装の長身の男が、目を細めて笑いながら、こちらに歩み寄ってきていた。


「怪しいものじゃないですですよー! わたくしハーマンと申しまして、商人です。ヨハンさんにはご贔屓にしてもらってます」

「……エトランゼを奴隷として売っていた人ですよね?」


 サアヤがそう言って険しい表情になり、カナタも警戒するように身を固めた。


「それはイシュトナル要塞への作戦開始前に散々言われたですよー! あなた方のリーダーヨシツグさんとも一応は和解しましたし、それで許していただけないとわたくし困ってしまいますねー」


 確かにそうでなければ、そのエトランゼ達が集まるこの場所を自由に歩けるはずもない。辺りに意識を向ければ、今でも方々からの冷たい視線がハーマンに突き刺さっている。


「――もっとも、そのヨシツグさんは結局許してはくれなかったみたいですけどね」


 それでも彼はそんなことは全く気にした様子もないあたり、相当な大物なのかも知れなかった。


「イブキさん、でしたっけ? 英雄と呼ばれたエトランゼが北へと遠征した。その理由は諸説ありますが、一般的にはエトランゼを元の世界に帰還させる方法を探して、というのが通説になっておりまして」

「……でも、遠征は失敗しました」

「そう! そうなのですよ。あれだけ強い人達がいても失敗した。なに一つの手掛かりすらも持ち帰れずにね。そして誰もいなくなったと思っていたのですが……」


 目を細めて、ハーマンはイシュトナル要塞の方を見た。


「まさか、生き残りがいたとはね。でもおかしな話ですねー。わたくしが知っている限りの話では彼のギフトは非常に強い。そんな彼が、ここまで回りくどい手を使いますか?」


 それはウァラゼルとの戦いのことではない。

 エレオノーラと出会ってから、今日までの全てに対しての疑問だった。

 もしサアヤやハーマンが言う通りの強力なギフトを持っているのならば、それを一度も使わなかったのは奇妙な話だ。


「つまりそこから推測するに……。あの人はギフトを失っている。恐らくは北への遠征時に」


 否定する材料はなかった。

 それでも肯定の言葉を口にしなかったのは、それを言ってしまえば彼が戻ってこないことまで認めてしまうからだろう。


「更に付け加えるならば……」

「侵入者だ! 手強いぞ、武器を使えるものは集まれ!」


 領内に響く声が、ハーマンの言葉を打ち消した。


「おやおや。やはり危険になってきましたねー」


 何処か他人事のようにそう言って、彼は踵を返して行こうとする。


「……行かないと。ボクでも何かの役に立てるかも!」

「でももう一つ!」


 走って行こうとするカナタを、まるで演技のように大きく振り返りながら、ハーマンが制する。


「噂は聞いているんですよ。はいはい、やはり商売人たるもの情報が命でしてね。わたくしもなかなかどうして情報通と呼ばれてもいいぐらいにはそれらを重要視してまして」

「用件があるなら早く言ってよ!」

「あー、はいはい。お師匠に比べて短気ですねぇ」


 からかうような笑いの後、急にハーマンは真面目な顔つきを見せる。観察眼を全力で鋭くして、カナタの真意を読み取ろうとしているように。


「遠くは森羅万象を知る錬金術師。近くなれば偏屈な魔法道具屋の主人。そんな噂ですよ。誰も見たこともない、誰にも作れないような道具の数々を、それこそありえないぐらいの低予算で制作している男がいるって」


 子供に怖い話をするように、わざとらしさが交じった低い声で、ハーマンはそう語った。


「噂によれエリクシル……。賢者の石と呼ばれる至宝を作れるという話もあるのですが、心当たりはありませんか?」

「……判りません」


 カナタも、ヨハンの店に並ぶ品々が如何に質のいいものか、渡された道具がどれだけ優れているかはなんとなく判っていたが、まさかそんな風に噂になっているとは知らなかった。


「あらら残念。わたくし興味があったんですけどねー。でもですねー、ちょっとだけ興味ありませんか? この世界の根幹を成す力である魔法、その法則を乱して自らの望む理を振るうギフトの使い手と、他の誰もがありえないと断ずる魔法道具を制作する魔法道具屋の主人……。果たしてこれが同一人物だとしたら、その関係は如何に!」

「……取り敢えず、時間ないんでもう行きます! ごめんなさい!」


 話が長くなりそうなので、大きく頭を下げて、カナタはその場から去っていく。

 ハーマンのことを一睨みしてから、サアヤもその後に続いていった。

 残ったハーマンは、大きく息を吐いて先程まで彼女達が座っていたベンチにどっかりと腰を下ろす。


「あれれ……。今の話、結構興味深くないですかなー? 本当はもっと食い付いてもいいと思うんですけどねー。それよりも人命が大事ということですか。いやはや全く、変わった少女ですこと」


 上手く行けば、それは巨万の富をもたらすかも知れない話を、最も利用しやすい立場の少女は、ろくに知らない誰かを救うために蹴った。

 情報は命。もうハーマンがこのことを彼女に対して口にすることはないだろう。サービスは初回の一度だけだ。


「ですが……。うーん、これもわたくしの予感なのですが……。少しだけ、ほんのちょっとだけ面白いと思ってしまいました」


 それはそれとして、もうここは危険なので離れることは決定しているのではあるが。

 もしこの地が無事で、彼等が無事に生き残っているのならば、また顔を見せるのも悪くはないだろう。
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