彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

文字の大きさ
50 / 178
第一章 エトランゼ

1‐50

しおりを挟む
 幾つもの悲劇を見た。

 その度にやめろと叫び続けた。

 声は決して届かなかった。

 誰もがその力を讃えていた。

 お前は強いと、降って沸いた力に酔いしれたのは、自分ではなく他の誰かだった。

 だから、彼等のために戦った。

 必死で日々を過ごした。かつて見てきた悲劇をもう一度起こさないために、努力し、血を流し、多くの命と、人を救ってきた。

 だが、足りない。

 何もかもが足りない。その両手を一杯に広げて救うよりも、より多くのものが奪われて、失われていくのだ。

 そして、いつしかその志は形を変えた。

 より効率的に、より良い未来を目指して。


「ヨシツグ」


 少女の声がする。

 それに対して顔を向ければいいのか、声を発すればいいのか、未だにヨシツグはそれが判らない。

 小さな、小鳥が囀るような声は、この上なく不機嫌そうで、普段通りの彼ならば宥めるための言葉を探していただろう。

 ヨシツグの横に立つ少女は違う。

 暗闇の中を、異形達の行進に合わせてゆっくりと進む彼女は、人の理の及ばぬ者だ。

 この世界の理から外れたギフトよりもより遠く、より強い力を持つ、怪物。

 世界を創りし神々の使徒、御使いの少女。

 悪性のウァラゼルはいつもの饒舌さも鳴りを潜めたまま、ヨシツグに向けて語り掛ける。

 或いは、これこそが本物の彼女のなのではないかと、確たる理由もないが、なんとなくヨシツグはそう思った。


「ヨシツグは、ウァラゼルが世界を壊そうとしていると思っているでしょう?」

「……違うのか?」

「違うわ、全然違う。意外にお馬鹿さんなので、ヨシツグ。ウァラゼルは世界を壊したいんじゃないの、命を奪いたいのではないの。ただ、遊びたいだけ、思いっきり力を振るって、うーんと両手を伸ばしたいだけなの」


 明るくも暗くもない声で、彼女は続けた。


「ウァラゼルは、この世界を壊したいわけじゃない」


 彼女の声が繰り返す。


「だから、たくさん、たくさん、遊んだら続きはどうでもよくなるかも知れないわ。この世界のことも、ここで増えたお人形さん達も、動かなくなればやっぱりそれは寂しいもの。そうしたら」


 彼女の瞳が何を見ているのか。

 その先にあるのは、彼女に一矢を報いたエトランゼと、同質の力であるセレスティアルを振るう少女の姿。


「エトランゼで満たされたこの世界を見るのも、楽しいかも知れないわ。きっとそこは、本来の役割を失った世界、あるべき姿とは真逆へと変転した、悪性の世界だと思うの」


 いつの間にか夜が明ける。

 無数の異形の群れと、ヨシツグから離れず、しかし一言も喋ることはないナナエ。

 そして、浮かんできた朝焼けの向こうに立ち並ぶ無数の軍勢。

 ウァラゼルが生み出した異形の半分にも満たないその脆弱な者どもは、決意を秘めた瞳でこちらを睨みつけている。

 その中心に立つのは、一人の少女。

 エレオノーラ。

 国を追われた、エトランゼの保護を訴える哀れな人形がそこに立っていた。

 そんなこと、できるわけがないのに。

 彼女の理想を叶えるには、その同胞がしてきた罪は重すぎる。

 理不尽に飲み込まれ、散った命と、壊れた心と、それらを理解しないままに甘言を用いるそれこそが悪であると、ヨシツグは断じる。


「さあ、遊びましょう」


 裂けるように、ウァラゼルの唇が歪む。

 きっとこれは彼女にとっては最高の遊戯。この上なく楽しく、喜びに満ちて、退屈を紛らわせるつまらない人形遊び。

 合図などはない。

 異形の軍はただ、蹂躙すべく進むだけ。

 対する人の軍は、護るために立ち塞がるだけ。

 誰の声もなく、大義もなく、戦いの火ぶたは切って落とされた。



 ▽



 上空から無数の矢と魔法が降り注ぎ、容赦なく異形の大群へと襲い掛かる。

 その数歩先では鎧を纏った兵士達が、人の身体による壁を築いてそれらを守護すべく異形達の前に立ちはだかる。


「最前列! これより下がれば後方が危険に晒される! いいな、この妾よりも後ろに下がること、絶対に許されざることだと思え!」


 その中心、最も危険と言ってもいい場所で指揮を執るのはエレオノーラ。美麗な鎧を身に纏って、兵士達を鼓舞し続けていた。

 そのかいあってか、緒戦のぶつかりあいではエレオノーラの軍は異形達を押し返し、後方からの厚い支援もあってか、戦線の維持に成功していた。


「まったく。姫様の声に騙されてどうする。本来ならばお前達は私の部下なのだぞ」


 その後ろで太った腹をさすりながら、モーリッツは呆れ声でそう言った。


「しかしそれが彼の娘の恐ろしいところか。決して魔法ではないが、その声に、仕草に、存在そのものに魔力が宿る。ふんっ、それが王家の成せる技だとしたら、果たして出来損ないはどっちか」

「モーリッツ様! 西側の守りが徐々に押され始めています!」


 飛び込んできた伝令の声を受けて、モーリッツは東西両方に視線を走らせる。

 確かに、東側にはエトランゼの遊撃隊が手を出すことで相手の一点突破を防いでいるが、西側にはその楔がない。


「奴等に仕事は各方面の遊撃だろうに」


 所詮は、エトランゼとはいえ素人の集まり。戦を知らぬ者達では無理もない話だが。

 今の彼等には目の前の敵を少しでも多く倒し、一刻も早くこの戦場を終わらせることぐらいしか頭にないのだろう。


「魔装兵を出せ! 西側はそれで抑えられるだろう。ただし、壊さないように厳命せよと伝えろ。兵士百人の命よりもその鎧は重いのだと伝えろよ」

「かしこまりました!」


 それから少しして、西側は魔装兵が出撃する。

 一振りで異形を十体は吹き飛ばし、その堅牢な装甲は相手の反撃を物ともしない。

 その鎧の中でそれらを操るのも、モーリッツの信頼が厚い歴戦の強者二人だ。決して力を過信して深追いをするようなへまはしない。


「まずはこれでいい。しかし、お前達の頑張りがなければ全てが無駄になることを忘れるなよ、エトランゼ」


 ここにいない誰かに、そう声を掛ける。

 それが合図になったわけではないが、味方の一部から急激に突出する一団が戦場を切り裂き、相手の奥地へと攻め込んでいく。

 その様子を見届けて、モーリッツは更に後方へと下がっていく。

 もうこの戦場で自分ができることはない。

 後は、彼等の頑張りを特等席で見届けるだけでいい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...