彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

1‐51

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 目の前で吹き荒れるのは、まさに暴風だ。

 血を纏った竜巻であり、触れる全てを傷つけ、立ち塞がるものを薙ぎ払う暴力の疾風。

 前方を駆け抜けるヴェスターの後ろにぴったりとくっついて、その背後で息を切らしながら、カナタはその戦いぶりに改めて恐怖にも似た感情を思い起こしていた。

 立ち塞がる異形が、小さいものも大きいものも、軟体も硬質も、攻撃的なものも防御的なものも、何もかもが相手にならない。

 叩き伏せ、蹴りを入れ、剣で斬り殺す。

 魔剣士。その二つ名で呼ばれる彼のその力は、カナタに訓練を付けていたときとは比べ物にならない。

 何よりも、彼は笑っているのだ。

 この地獄のような場所で、周囲全てを異形の怪物に囲まれて、一歩間違えば死んでしまうかも知れないようなこの戦場で。

 その先に待つものが希望ではないと知っているのに。

 むしろ、決して人知の及ばない、勝てるはずがない怪物であると知っていながら。


「で、でもちょっと……早すぎ……!」


 ヴェスターの背中を異形の影に見失いかけた瞬間、横合いから飛び込んできた殺気に、カナタは咄嗟に反応してそれを迎撃する。

 極光の剣と短剣が打ち鳴らされ、その使い手はすぐさま距離を取り、両手に武器を構えてカナタを睨みつける。


「……ナナエ、さん!」

「なんで……どうして!」


 その瞳には狂気。

 両手の短剣は容赦なく閃いて、カナタの喉元を狙う。

 身体強化のギフトにより加速した肉体はカナタの目で追えるものではない。

 だから、セレスティアルを限界まで広げて、盾ではなく壁に変えることでその進行方向を阻んだ。


「それはこっちの台詞だよ! どうしてウァラゼルに手を貸すの!」

「ヨシツグがそうするって言ったからよ!」


 二本の刃と、極光の剣が交差する。


「やっていいことと悪いことぐらい判ってください!」

「それをアタシに言う前に!」


 極光の剣が光を増して、ナナエの短剣を断ち切る。しかし、追撃に振るわれた刃はその俊足を捉えることはできない。


「つっ……!」


 一歩踏み込んだ隙を狙って、降り注ぐ斬撃がカナタの身体に傷を付ける。ヨハンのお手製のコーティングが施された軽装鎧だが、以前のメイド服ほどの防御力は見込めないようだ。


「エトランゼを迫害したこの国の奴等に言いなよ! アンタだって判ってるくせに、どっちが正しいかぐらいさ!」

「どっちが……?」

「なによ、その顔? アンタ、エトランゼでしょ? いきなりこの世界に放り込まれて、理不尽に晒されて……。そんなのが正しいわけないじゃん!」

「それは……そうだけど」


 ナナエは新しい短剣を二本取りだして、再び構えた。

 カナタも迎撃の準備を整えるが、彼女が動いてから反応したところで、意味はない。

 極光を盾に。

 思った通り、ナナエは正面から突っ込んできた。

 相互の腕の差を判っているから、搦め手を使う必要もないと考えているのか。


「じゃあさ……! ヨシツグの方が正しいでしょ!」


 振り切られた刃に、極光の盾が揺らぐ。

 本来ならばその程度の攻撃にはビクともしないはずの光は、カナタの心の揺らぎに影響を受けた。


「それは……!」


 短剣が伸びてきて、カナタの目の辺りを狙って突きだされる。

 咄嗟に後ろに下がったことで、本来の狙いを外した刃は、それでもカナタの額を切り付けた。

 垂れてきた血が目に入る前に拭うが、相手はその隙を見逃してはくれない。


「だからって、このままじゃ多くの人が死んじゃいます!」

「別にいいじゃん! あいつらはアタシ達を人間とは思ってないんだからさ!」


 じわじわと、短剣はカナタの血で朱に染まる。

 こんなところで足止めを食うわけにはいかない。

 それでも目の前の敵に対してどうすればいいのかが判らない。

 葛藤は動きを鈍らせる。


「ふざけてるじゃん! こんなのありえないよ、普通に学校行って、友達と遊んで、進路のこととかで悩んで、そんな毎日を過ごしてただけなのにさ!」


 ナナエの言葉は正しい。

 今でも、カナタは冷凍庫に残してきたアイスのことを夢に見る。

 もし、元の世界で自分が行方不明になっているのだとしたら、それを見た両親はどう思うのだろうかと。

 残してきた友達は、どうしているのだろうかと。


「ありえないよ、こんなのってない! だからヨシツグとやりなおすって決めたんだ、エトランゼの国を創って、アタシらが元居た世界みたいにさ!」


 セレスティアルの壁を叩き切って、ナナエの短剣が迫る。

 伸びきった腕を掴んで動きを止めようとしたが、すぐさま振りほどかれて、逆に腕を取られて地面に倒された。


「うあああぁぁぁぁ!」


 無茶苦茶に極光の剣を振るって距離を遠ざけて、どうにか立ち上がる。


「そんなの、」


 口の中に入った砂が、じゃりじゃりと気持ち悪い。

 口元を拭って、それを追いだしてから、極光を収束させる。


「そんなの、無理ですよ」

「……アンタ……! ヨシツグに無理なんかあるもんか!」

「無理に決まってるじゃないですか! だいたいにして、例えそんなことをしても戻りません!」


 エトランゼだけの国で、ヨハンやトウヤと過ごす。その日々は落ち着いて、穏やかなものになるかも知れない。


「もう、お父さんとお母さんには会えない。向こうに残してきた友達とも、会えないんですよ」


 心が軋む。

 ナナエが耐えられなかった痛み、彼女をヨシツグへと依存させるに至った現実が、改めにカナタの心に圧し掛かった。


「でも、ボクは負けない」


 ナナエに、ではない。

 その重みを跳ねのけるように、大きく手を振るって極光の剣を生み出した。

 細く頼りないその剣は、見る者の心を奪う至高の輝き。


「ボクはこの世界で生きていく。ここで得たものだって、もう大事なものだから!」

「……ガキが、調子に乗るなっての!」


 弾く。

 短剣と極光がお互いを弾きあう。

 光を増した刃はナナエの短剣を断ち切り、その眼前に迫る。

 しかし、身体能力を強化されたナナエはそれを身を捻って避けて、新しい短剣を取りだして更にカナタに攻勢をかけた。

 お互いに剣を合わせて、紙一重の状況になりながら、ナナエの頭の中にカナタの言葉が反芻される。


「ここで得たもの」と、彼女は言った。

 愛想笑いを浮かべていた自分がいる。

 男にとって魅力的な女を演じ続けていたナナエという少女がいた。

 そうするしかなかったから。自分の価値が、その程度しかないと諦めていたから。

 自分を護ってくれる男を愛して、抱かれて、その立場に縋ってきた。


 この世界に来てからもそれは変わらない。ナナエのギフトは強力ではあるが、世界を動かせるほどの力もない。

 変わったことと言えば、それによって以前よりも立場を手に入れやすくなったことぐらいだろうか。

 その中で、一人だけ違った男がいた。

 ヨシツグだけは愛想笑いを浮かべないナナエを愛してくれた。例えそれがギフトを含めたものであっても、本当の自分を認めてくれた気がしていた。


「……だから、アタシは!」


 そのヨシツグが目指す世界があるのだ。

 ウァラゼルに屈して、苦汁を舐めてでも彼が目指したいものがあるのならば、それを支えるのが恋人である自分の義務であり、この世界で手に入れたものだ。

 カナタの極光の剣が、ナナエの短剣を纏めて斬り落とす。


「なっ……!」


 もう予備はない。

 それでも。

 負けられない。ヨシツグのために。

 姿勢を一気に落とし、ナナエがカナタの視界から消える。

 先程まで上方からの奇襲しか警戒していなかったカナタは、彼女を見失った。

 そのまま下半身に向けてタックルをかまし、もつれあって、ナナエを上にして地面に倒れ込む。

 両手が伸びる、その細い首筋に。

 例えどんなに強いギフトを持っていても、所詮は人間だ。

 こうすれば、誰だって死んでしまう。


「ぐっ……!」


 両手で首を絞めて、力を込める。

 カナタもそれを引き剥がそうと手を伸ばすが、痛みと酸欠で極光を操ることも上手くできそうにない。

 意識が白濁する。

 必死の形相で上から睨みつけるナナエが恐ろしく、同時にその鬼気迫る姿に美しさすら覚えた。


「死ね、死んじゃえよ。ヨシツグの邪魔する奴はみんな死んじゃえばいいんだ。アタシ達は理想郷を目指す。そこで取り戻すんだから、奪われたものを、失った何もかもを……!」


 その言葉に続きがあったかどうかは判らない。

 ふっと、その身体から力が抜けた。

 カナタの顔に、胸に、生暖かいものが大量に降りかかる。


「何してんだ、お前?」


 ナナエの胸から突き出た、黒い刃。

 その戦場の獣は、自分がしたことになんの感慨もなく、剣を抜く力を利用してナナエの身体を異形の群れの中に投げ飛ばした。


「……あ」

「さっさと立てよ。まぁ、なんだ……。置いてったのは悪かったけどな」


 時間を立てて、ふらつく身体を支える。

 大きく深呼吸をすると、ナナエの血まで口の中に入って、嫌な味がした。


「知り合いか?」

「……うん」

「そか。おら、行くぞ」


 迫ってきた異形を、一息で斬り伏せてからヴェスターは先を見る。

 そこに浮かぶは薄紫の極光。

 カナタとは異なる色の輝きを纏う、悪性のウァラゼルの姿はいつの間にかすぐ傍にまで迫っていた。
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