彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第一章 エトランゼ

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「前線は安定してきたな。……で、ヨハン殿、それがそなたの切り札か?」


 ヨハンが担いでいるのは長方形のように見も見える謎の物体だった。普段の銃と同じように弾倉や引き金はあるが、妙に大きく、歪な四角形をしている。折りたたまれているようにも見えるが、それでも今の時点で立てればエレオノーラの首ほどまでの長さがあった。

 モーリッツに持って来てもらった材料を組み合わせて、急ごしらえで作り上げた切り札の内の一つだ。大半の時間をこれに費やしてしまったおかげで他の装備に関しては不安が残ってしまったが。

 エレオノーラの奮闘もあってか、戦線はかなり安定している。とはいえそれも時間の問題で、相手の数が無限である限りいずれは押し戻されてしまうだろう。

 今のヨハン達にできるのはこの隙にカナタ達を援護し、一刻も早くウァラゼルを仕留めることだけだった。

 幸いにもヴェスターが無理矢理に戦線を抉じ開けた結果、多くの兵達も彼に続いて前進することに成功していた。これで、横合いから余計な介入をされる可能性はぐっと減るだろう。


「ヨハン殿。カナタが心配か?」


 ウァラゼルが現れた方角では、激しい戦いが展開されている。

 彼女には何も通じない。カナタのセレスティアル以外の攻撃が効かないのにも関わらず、多くの兵がその身を盾にして希望を護ろうと前進している。


「……心配がない、と言えば嘘になりますが」

「ならばここは妾に任せて征くがよい。なに、しばらくは持って見せようぞ」


 カナタの鎧と同じく、ヨハンの手によって強化された鎧は、既に何度か攻撃を受けて所々傷ついている。彼女が握る剣も同様で、数体の敵を切り倒してその刀身は異形の血で染まっている。


「いえ」

 光が奔り、一度に数人の兵士がその輝きに巻き込まれ、命を落とす。

 太陽を纏うようなその眩い光は、重装備に身を包んだ兵達など物ともせずに壁をぶち抜いてヨハンの眼前に現れる。


「これをお願いします」


 背負っていた『切り札』を渡すと、その重量に耐えられずエレオノーラは「あわわっ」と両手でそれを抱きしめるようにしながらよろめいた。


「先日の戦い、見せてもらったよ。見事なものだったね」

「そんなことを言いに来たとは、ご苦労なことだ」


 風が吹き、砂埃が舞い上がる。

 騒がしい戦場の音が遠くに聞こえるかのように、そこだけが切り取られた空間と化していた。


「違うな。本題はここからだ。俺が君に質問をしなければならない、ヨハン」

「……答えるとは限らないが」

「どうして、その力をエトランゼのために使わなかった? 君の力を有効に使えれば、もっと多くの人が救えたんじゃないか?」

「生憎と、あの力はもう打ち止めだ。次に見せられるのは三年後か十年後か、下手をしたらもう二度と……」

「違う」


 ヨシツグの鎧が光を纏う。

 手に持った剣が陽光を集め、灼熱する。


「君が、その力を失う前の話だ」

「だったら、お前の言う通りかも知れんな」

「そうか」


 一瞬で、ヨシツグの身体が目の前にあった。

 鎧を纏っているとは思えないほどのその身体捌きは、ギフトだけを頼ってきたわけではないという証。

 横薙ぎに振るわれた剣は、咄嗟に姿勢を下げたことで空を切る。


「ヨハン殿!」

「姫は下がれ!」


 ヨハンの手から投げられた何かが、空をゆらりと舞ってから炸裂する。

 視界を塞いでから距離を取り、ショートバレルへと弾丸を装填した。

 引き金を引き、正面のヨシツグに弾丸が直撃する。

 指向性の衝撃弾はヨシツグの身体を打ち抜くほどの威力を与えたはずだが、驚くべきことに彼はそのまま真っ直ぐに進撃してきた。


「君が……! 君こそが!」

「その怒りの源流が判らん。いや」


 ヨシツグの動きは決して早くはないが、鈍重でもない。

 距離を取ったところで、彼が接近するまでの間に打ち込める弾丸は二、三発が限度。

 衝撃弾を打ち尽くし、空になった弾倉を投げ捨てる。


「その力を持っていながら、救うべき人を救わなかった!」

「救うべき人?」

「エトランゼだろう!」


 剣を避けたところで、盾がヨハンの身体を打った。

 地面を擦るように転がりながら、その間に取りだした弾倉をショートバレルに装填。追撃を避けるために放たれた弾丸は空中で弾けて、無数の炸薬を撒き散らす。


「光の盾よ!」


 ヨシツグの太陽の盾は、それを一部も通さずに防ぎきる。そしてヨハンが立ち上がったところに、陽光を纏った剣を振り下ろした。


「なにっ……!」


 右の掌を上に、そこから発生した魔法陣が強固な力場となってヨシツグの剣を受け止める。

 太陽の光を霧散させ、その間にショートバレルの引き金を引き、放たれた銃弾を避けるためにヨシツグは後退した。


「……戦えば戦うほど、君を知れば知るほど、俺は残念でならない。どうしてエトランゼを救わなかった? それだけの力がありながら、何故救いを求める人に対して手を差し伸べなかったんだ!」

「手は差し伸べた。救いを求める声があれば、それを助けたこともある」

「小さいんだ、それは! たった数人を救ってそれが何になる!? 俺達が、力持つ者の役割はもっと多くの人を助けることじゃないのか!」


 ヨシツグが踏み込む。

 光の剣が輝きを増し、巨大なレーザーを放ち、ヨハンごと後ろの陣を吹き飛ばそうと迫りくる。


「多重結界!」


 取り出した、魔法が封じられた鉱石が幾つも砕けて、光の壁を何重にも生み出す。

 その大半は砕けながらも、ヨシツグの放った光をどうにか捻じ曲げて、明後日の方向へと逸らすことには成功した。

 装填した氷の弾丸が放たれて、ヨシツグの足元や周囲を凍らせる。

 少しでも動きを鈍らせるためにと放ったものだが、彼の剣の一振りで殆どが無力化されてしまう。


「……やはり、強いな」


 太陽の光を集め、自らの力とするギフト。

 陽光の下にある限り、正面から彼を倒すのは至難の技だ。


「君に言われても嫌味にしか聞こえない。だが、俺は君を軽蔑するよ。その力を持って、何一つ救わなかった君を!」

「救わなかったんじゃない。救えなかったんだ」

「ふざけたことを言うな!」


 また猛然と、ヨシツグの攻撃が始まる。

 どうにかそれを結界で逸らし、受けて、距離を取ろうと画策するが、相手もそれほど甘い相手ではなかった。


「君は、誰もが羨む力を持ちながら、それでもまだ救えないと、足りないと言うのか! ならば俺達エトランゼは何処まで行けば救われる!? いったい誰が、俺達を導けばいいんだ!」

 剣を避けるが、盾の重い一撃に全身を打たれて地面を転がる。反撃にとショートバレルから放った弾丸も、その剣で斬り落とされた。

「それは違うぞ、ヨシツグ殿!」


 倒れたヨハンの元に駆け寄るヨシツグの前に、黒髪の少女が割り込み、ドレスのような鎧のスカートの裾が翻る。

 先程渡した『切り札』を近くの兵士に預け、エレオノーラは剣を持ち、しかし構えることはなくヨハンの前に立ってヨシツグを真っ直ぐに見据えていた。


「エトランゼは、誰かによって救われるのではない」

「エトランゼ救済を唱えていた貴方がそう言うとは、果たしてどんな心変わりかな?」


 嘲笑して見せるヨシツグだが、その内に秘めた怒りは隠そうともしていない。

 問答の結果など加味することもなく、彼はエレオノーラを殺すだろう。


「ああ、妾もそう思っていた。エトランゼはこの世界で迫害されている、だから救ってやらねば、保護してやらねばと。だが、実際はどうだ? 妾がエトランゼにしてやれたことなど余りにも少ない、むしろ助けられてばかりなのだ」

「だから何だっていうんだ、自分の無能さを棚に上げて!」

「それは認めよう! しかし、そなたらも間違っていた。助けを求めていても、誰もそれには答えない、何故だか判るか?」

「戯言を!」

「ぐぅ!」


 振り下ろされた刃を、エレオノーラは辛うじて受け止めた。


「顔を伏せ、救済を求め、それができなければ呪詛を吐く……。そんな風に抱かれた想いが結実しないのは誰とて変わらぬ……!」

「黙れぇ!」


 白銀がエレオノーラの身体に食い込む。

 その刃が深くまで達しなかったのは鎧の加護と、エレオノーラを倒すのには必要ないと判断して、彼がギフトを解いていたからだった。

 それでも斬られた個所からは真っ赤な血が溢れだして、エレオノーラの足元へと流れていく。


「い、たい……!」


 こんな痛みは初めてだ。

 兵達も、エトランゼも、こんなものに晒されながら日々を生きているのか。


「だが、妾は……!」


 エレオノーラの返り血がヨシツグを濡らす。

 血で塗れた白銀の鎧は、一度距離を取ったものの、今度こそエレオノーラを倒すべく正面に剣を構えていた。


「見よ、ヨシツグ。妾から流れた血の色を、お前と同じ色をしているだろう? 同じ人間なのだ、利益が絡めば目が曇ることもあろう、未知なるものへと恐怖に怯えることもあろう。だがな!」


 ぐっと一歩を踏み出す。

 構えた剣にはもう力が入らない。疲れもあるし、痛みもある。何よりも恐怖がエレオノーラの全身から力を奪っていた。

 それでも、彼女はその場に立ってた。

 今目の前に立つエトランゼに対して退いてしまえば、もう彼等のために何かをすることなどは許されない。


「だからこそ生きるのだ。共に、手を取りあい、お互いが人であることを認めあって」

「そんな今更な言葉が聞けるものか! お前達は奪って、殺したんだよ、大勢のエトランゼを、俺達の仲間を! そんな綺麗事を言われても、信じることなんてできない。だから俺は、エトランゼの国を創る!」


 今は苦汁を舐めようとも、同胞達が救われる国のために。


「それはさせられぬ。エトランゼ、ここは我等の国だ、共に生きることはできようと、支配などはこの妾が許さぬ!」

「……なら、死ね。死んで俺達の国の礎になれええぇぇぇぇぇ!」
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