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第二章 魔法使いの追憶
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王宮敷地内にある貴族の部屋。
ヘルフリートとの会談を終えたエーリヒは、滞在の間に貴族達に宛がわれる仮の住まいで、ソファに深く腰掛けてくつろいでいた。
時刻はいつの間にか夜になり、彼の傍に仕えていた王室付きのメイドが何も言われずともエーリヒが好む酒を持ってやってくる。
「気が利くではないか。流石は、王族に仕えるだけのことはある」
二つあるグラスに同じだけ酒を注ぎ、メイドは会釈だけを返した退出していく。
「――で、これで二日目を終えたところだが、お前の見解が聞きたい」
そう言ってグラスを手に取り、視線を向かい側に向ける。
そこに座っていたのは、長身痩躯の男だった。異国風の服装に身を包み、氷のように冷たい眼つきで値踏みするようにワインを睨みつけている。
「どうした? まずは一杯やるか?」
「いえ。折角王都に来たのですから、ここだけでしか飲めない酒を味わいたいと思っていたものですから」
「はっはっは! 相変わらずはっきり言う! そんなものは自由時間に勝手に飲めばよかろう。で、本題だ本題。どう見るんだ、ルー・シンよ」
ルー・シン。
そう呼ばれた男は、エトランゼにしてエーリヒの腹心。懐刀とすら呼ばれるほどに、彼と行動を共にしている。
「今日の議題はエトランゼでしたか。手前は話を聞いていただけに過ぎませんが、あの応答では些かヘルフリートの不利に事は進んでいるかと」
「だろうなぁ」
机に肘を突き、頬に手を当てながらエーリヒは嘆息する。
昨日の御使いの話がよくなかった。貴族達は自らの領地を護るにはエトランゼが必要なのではないかと考え、それを排斥すようとするヘルフリートのやり方への賛同者が減っているのだ。
ただでさえ、先程話した通り労働力の低下も問題になっている。そもそもにして、ヘルフリート自慢の魔導兵器ですらもエトランゼなくして開発はおぼつかないのが現状だ。
「困ったものだ」
「明日の会議次第では、エレオノーラを支持する者も現れるでしょう。今のヘルフリート政権は薄氷。一ヵ所の罅からたちまちに水が溢れだします」
「ふぅむ。では、俺もエレオノーラ様につくかな」
「一時の安寧を得るのならばそれもいいでしょう。ですが来たるべきときに備えるのならば、引き続きヘルフリートを支持するのが得策かと」
「矛盾があるように思えるが?」
「さて、どうでしょうな」
誤魔化すような物言いをして、ルー・シンはグラスを一気に飲み干す。
「お代わりを。できればこの地の地酒をいただきたい」
「ジザケ? 地方の酒ということか。俺の領地のものの方が美味いと思うがな」
まあいいと、ベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。この地で取れた酒を用意しろと言えば、直ちにその中でも最も高級なものが、瓶ごとテーブルに運ばれた。
「それで。わざわざここに手前を呼び出したということは、気になることがあるのでしょう? 拙い頭での予測推理でよければ、お耳汚し程度には伝えさせていただきましょう」
言葉とは裏腹に、エーリヒの心には確かな期待がある。
慇懃無礼なこの男の態度を許すのは、エーリヒにそれだけの度量があるからという理由だけではない。
これまでも相応の結果をもたらしてきたからこそ、こうして王都にまで付いてこさせているのだ。
「第一に。明日を越えてヘルフリート政権はどうなる?」
「すぐにはどうとも。ですが、民にしても貴族にしても、内心の不安は高まりつつあります。その理由の最もたるところとしては、やはり本来王位を継ぐべきであったゲオルクの失踪」
「反乱の鎮圧に出て、奇襲を受けて行方不明ということになっているな。表向きは」
わざとらしく、エーリヒはそう付け加えた。
「そしてエトランゼの排斥と、不必要なまでのエレオノーラへ攻撃。中でも殺害命令を出したのは最大の失敗でしょうな」
「一応、招集に応じることを条件として撤回はされたようだがな」
「人々の記憶は消えないでしょう。ましてやエレオノーラはその美貌と親しみやすい人柄から多くの人望を得ています。今日も、昼間のうちに何人かの若い貴族や民が彼女を一目見ようと屋敷に足を運んだそうです」
「ふむ。……それはこれまでの王にはない資質だな。もっとも、エトランゼとの混血もあり、大した期待もされず幼少から好き放題やっていた結果とも言えるが」
「国の混乱によってそれが花開こうというのです。成長すれば、一声にして多くの人を動かす魔性――魔女となりかねません」
「ふ、ははっ。魔女! 仮とは言え一国の王族を指してそう呼ぶか! 些か酒が回り過ぎていないか、ルー・シン!」
愉快そうに笑うエーリヒだが、ルー・シンは表情を崩すことなく、自分のグラスに酒を注いで一気に飲み下す。
「こちらの方が甘みがあって好みですな」
「意見が分かれたな」
「結論を出しましょう。明日の会議次第ではエレオノーラにつく貴族が現れる。常時は何も起きないでしょうが、有事となれば話は別です」
「……そしてヘルフリート殿下は、その有事を引き起こすことを目的としている」
「はい。そうなれば王国軍はエレオノーラに与する貴族達に内側から食い破られかねません。ただでさえ、エトランゼという特大の爆弾を抱えているのです」
「由々しき事態となるな。それで、次の質問だが」
ぐいと酒を呷ってから、エーリヒは話題を転換する。まずは全ての問題を洗い出し、それから回答を得るのが二人の中での不文律となっていた。
「次の質問だ。エレオノーラ様の目的はなんと思う?」
「特に、なにも。今は目の前に次々と現れる状況に対応しているだけに過ぎません。あの女の宣言通り、最終的な目的であるエトランゼへの差別撤廃に向けて」
「差別撤廃が成されたとして、この国にどう影響が出る?」
その質問に対して、ルー・シンは珍しく頭を悩ませた。果たして答えがないのか、それともどう答えたものかと思案しているのか。
「当然、エトランゼにとっては暮らしやすい国となります」
「そんなことは判っている」
「国自体は富むでしょう。何せ我々エトランゼが持っている知識や技術はこの世界を遥かに凌駕しています。魔法については例外となりますが」
「ふむ」と頷いて、エーリヒはソファに沈めていた身体を起こす。
「ですが、既得権益を得ている層。……つまり、貴族や王族の立場は失墜するかも知れません。事実、我々の世界では長い時を経て人々は平等となりました。……あくまでも表向きは、ですが」
「それがこの世界でも起こると?」
「可能性は否定できません。もっとも、それができたとしても五十年後、百年後……。それも同じようにエトランゼが定期的にこの世界にやってくることが前提とする話ではありますが」
「……そうか。では最後の質問だ」
酒瓶に残っていた酒を、お互いのグラスにほんの少しずつ注いだ。
「ヘルフリート殿下は何故、このような強硬策を行った? 今のところ全てが裏目に出ているように見えるが」
「ヘルフリートも男だったと。それだけの話です。王家の次男として生まれそのまま歴史に埋もれるよりは、自らの力で歴史を作っていきたい。そう考えただけのこと」
「だが、王としての教育を受けたのはゲオルク陛下だ。ヘルフリート殿下にはその知識がない」
「つまり誰かが入れ知恵をした。無論、それだけでなくその為の協力を」
二人の脳裏には、同時に同じ人物が思い浮かんでいた。それも一人ではなく、三人。
「残る五大貴族共か」
「その為の条件は大方、エイスナハル教のこれまで以上の信仰といったところでしょうか? だとすれば急速なエトランゼの排除にも説明がつく」
「……そんなことをして奴等に何の得があるというのだ? 俺は無神論者ではないし、エイスナハルを信仰しているが、神様に贈り物をしてもらったことなど一度もないぞ」
「宗教家の考えなど、それ以外の者には理解できません。いつの時代も、何処の場所でも」
ルー・シンは知っている。
自らの信じる神に従いすぎたために、命を捨てて他者を殺すテロリストを。
長年の歴史は語った。宗教という一種の呪いによって、生き残れたはずの命が消えていったという事実を。
そこには確かな理由があったのだろう。心の拠り所として、それだけの影響力を持っていたのだろう。
しかし、現代に生まれて、宗教色の薄い地域に育ったルー・シンからすれば狂信は愚行以外の何でもない。
「ヘルフリートも困っているのです。恐らくは、彼の王にするための条件として、残る三人の五大貴族の進言に耳を貸すことが課せられているでしょう」
「そのために、国は重りを背負わされたと? エトランゼを排し、数々の問題を生み出し、そしてエレオノーラ様という火種を生み出した」
「でしょうね。彼等もそれが判っていたからこそ、エトランゼ保護を訴えていたエレオノーラの排除を最優先としたのでしょう。そしてそれが邪魔された。小さな英雄に」
「あの少女か……。ヘルフリート殿下は大したものではないと判断した。俺は……会ってみたが今一つ判らんな。ただの落ち着きのない子供にしか思えん」
「彼女が英雄と呼ばれた以上、その人格は無視すべきでしょう。問題なのは英雄という肩書きであり、実績です。その少女の人間には微塵も価値はない」
エレオノーラを救い、御使いを倒した。
それを成し遂げたエトランゼがどれほど危険であるかを、未だ判っている者は少ない。
名声は雪玉のように転がる。彼女が何かを成せば、再び人々から『英雄』と歓声が沸くだろう。
それは次第に大きくなる。下手を打てば、国を揺るがすほどには。
「ですが、今は放っておいていいでしょう。お二人の意見にも一理あります。所詮は子供。どうとでも抑え込むなり、目障りになったときに消してしまえばいいのです。問題は、彼女の周囲にそれを最大限に生かすことのできる誰かがいた場合、ですか」
英雄、カナタ。
王族、エレオノーラ。
そのどちらにしても、単独であれば巨大な波にさらわれる程度の小舟でしかない。
しかし、そこにそれを補助する誰かがいれば話は変わる。持って生まれた才覚を最大限に生かしきり、彼女等が倒れたときに手を差し伸べる者がいれば……。
「話を戻しましょう」
そうなれば、面白い。
そう思ってしまった自分を恥じて、ルー・シンは一度この話を中断した。
「ヘルフリートのやり方に対して、エイスナハル教の者達が口を出しているのは事実でしょう。しかし、解せないことは幾つもある」
「例えば?」
残った酒を飲み干して、テーブルにグラスを置く。
酒の量に比例して、この話にも終わりが近かった。
「それをして彼等に何の得があるか、です」
「単純に、信者が増えるからではないか? 可能ならばこの国すらも宗教国家へと変えようというのだろうよ」
「それにしてはリスクが大きすぎます。ヘルフリートは我慢弱い男。今はまだ恩があると従っていますが、次第にそれも面倒になり残る五大貴族に牙を剥くでしょう」
「……そうなれば国が乱れるな」
「ヘルフリートは馬鹿ですが、決して無能ではない。手前が数日で調べたところ、秘密裏に自分だけの戦力を確保しようと躍起になっています。……彼が王になってから、魔法学院に対しての寄付金が倍増したのをご存じでしたか?」
「初めて聞いたな」
「魔法はエトランゼに対抗するための数少ない手段。その研究を進めるのは決して悪いことではありませんが、どうにも非合法な活動にも力を入れている様子で。僭越ながら、手前の方で少々調査を入れておきました」
「相変わらず動きが早い。しかし、困ったものだ。あそこには恩人の孫を預けている。巻き込まれれば面倒だ」
「手前が聞いたところによれば、小さな英雄の案内役としてつけさせたのでしょう? そのまま行動を共にさせておけば、何かあっても盾となってくれるでしょう」
ルー・シンも最後の一口を飲み切る。
「それらを初めとして、ヘルフリートも裏で戦力の確保を考えているでしょうな。エイスナハルの狂信者によって乱された流れを整えるために」
「――で、その間俺は何をしていればいい? お前はどう考える?」
「エーリヒ様と同じ考えかと」
立ち上がり、ルー・シンは部屋を後にしようとする。
「今は動くなと」
答えず、彼は部屋から出ていった。
その瞬間、横顔に浮かんでいた微笑がその答えを物語っている。
今は何をする必要もない。
ヘルフリートも、五大貴族も、エレオノーラも、勝手に争ってお互いに削りあってくれる。
エーリヒ・ヴィルヘルム・ホーガンがすべきことは待つこと。
そしてその末に転がり込んできた宝を、しっかりと手に入れることだった。
ヘルフリートとの会談を終えたエーリヒは、滞在の間に貴族達に宛がわれる仮の住まいで、ソファに深く腰掛けてくつろいでいた。
時刻はいつの間にか夜になり、彼の傍に仕えていた王室付きのメイドが何も言われずともエーリヒが好む酒を持ってやってくる。
「気が利くではないか。流石は、王族に仕えるだけのことはある」
二つあるグラスに同じだけ酒を注ぎ、メイドは会釈だけを返した退出していく。
「――で、これで二日目を終えたところだが、お前の見解が聞きたい」
そう言ってグラスを手に取り、視線を向かい側に向ける。
そこに座っていたのは、長身痩躯の男だった。異国風の服装に身を包み、氷のように冷たい眼つきで値踏みするようにワインを睨みつけている。
「どうした? まずは一杯やるか?」
「いえ。折角王都に来たのですから、ここだけでしか飲めない酒を味わいたいと思っていたものですから」
「はっはっは! 相変わらずはっきり言う! そんなものは自由時間に勝手に飲めばよかろう。で、本題だ本題。どう見るんだ、ルー・シンよ」
ルー・シン。
そう呼ばれた男は、エトランゼにしてエーリヒの腹心。懐刀とすら呼ばれるほどに、彼と行動を共にしている。
「今日の議題はエトランゼでしたか。手前は話を聞いていただけに過ぎませんが、あの応答では些かヘルフリートの不利に事は進んでいるかと」
「だろうなぁ」
机に肘を突き、頬に手を当てながらエーリヒは嘆息する。
昨日の御使いの話がよくなかった。貴族達は自らの領地を護るにはエトランゼが必要なのではないかと考え、それを排斥すようとするヘルフリートのやり方への賛同者が減っているのだ。
ただでさえ、先程話した通り労働力の低下も問題になっている。そもそもにして、ヘルフリート自慢の魔導兵器ですらもエトランゼなくして開発はおぼつかないのが現状だ。
「困ったものだ」
「明日の会議次第では、エレオノーラを支持する者も現れるでしょう。今のヘルフリート政権は薄氷。一ヵ所の罅からたちまちに水が溢れだします」
「ふぅむ。では、俺もエレオノーラ様につくかな」
「一時の安寧を得るのならばそれもいいでしょう。ですが来たるべきときに備えるのならば、引き続きヘルフリートを支持するのが得策かと」
「矛盾があるように思えるが?」
「さて、どうでしょうな」
誤魔化すような物言いをして、ルー・シンはグラスを一気に飲み干す。
「お代わりを。できればこの地の地酒をいただきたい」
「ジザケ? 地方の酒ということか。俺の領地のものの方が美味いと思うがな」
まあいいと、ベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。この地で取れた酒を用意しろと言えば、直ちにその中でも最も高級なものが、瓶ごとテーブルに運ばれた。
「それで。わざわざここに手前を呼び出したということは、気になることがあるのでしょう? 拙い頭での予測推理でよければ、お耳汚し程度には伝えさせていただきましょう」
言葉とは裏腹に、エーリヒの心には確かな期待がある。
慇懃無礼なこの男の態度を許すのは、エーリヒにそれだけの度量があるからという理由だけではない。
これまでも相応の結果をもたらしてきたからこそ、こうして王都にまで付いてこさせているのだ。
「第一に。明日を越えてヘルフリート政権はどうなる?」
「すぐにはどうとも。ですが、民にしても貴族にしても、内心の不安は高まりつつあります。その理由の最もたるところとしては、やはり本来王位を継ぐべきであったゲオルクの失踪」
「反乱の鎮圧に出て、奇襲を受けて行方不明ということになっているな。表向きは」
わざとらしく、エーリヒはそう付け加えた。
「そしてエトランゼの排斥と、不必要なまでのエレオノーラへ攻撃。中でも殺害命令を出したのは最大の失敗でしょうな」
「一応、招集に応じることを条件として撤回はされたようだがな」
「人々の記憶は消えないでしょう。ましてやエレオノーラはその美貌と親しみやすい人柄から多くの人望を得ています。今日も、昼間のうちに何人かの若い貴族や民が彼女を一目見ようと屋敷に足を運んだそうです」
「ふむ。……それはこれまでの王にはない資質だな。もっとも、エトランゼとの混血もあり、大した期待もされず幼少から好き放題やっていた結果とも言えるが」
「国の混乱によってそれが花開こうというのです。成長すれば、一声にして多くの人を動かす魔性――魔女となりかねません」
「ふ、ははっ。魔女! 仮とは言え一国の王族を指してそう呼ぶか! 些か酒が回り過ぎていないか、ルー・シン!」
愉快そうに笑うエーリヒだが、ルー・シンは表情を崩すことなく、自分のグラスに酒を注いで一気に飲み下す。
「こちらの方が甘みがあって好みですな」
「意見が分かれたな」
「結論を出しましょう。明日の会議次第ではエレオノーラにつく貴族が現れる。常時は何も起きないでしょうが、有事となれば話は別です」
「……そしてヘルフリート殿下は、その有事を引き起こすことを目的としている」
「はい。そうなれば王国軍はエレオノーラに与する貴族達に内側から食い破られかねません。ただでさえ、エトランゼという特大の爆弾を抱えているのです」
「由々しき事態となるな。それで、次の質問だが」
ぐいと酒を呷ってから、エーリヒは話題を転換する。まずは全ての問題を洗い出し、それから回答を得るのが二人の中での不文律となっていた。
「次の質問だ。エレオノーラ様の目的はなんと思う?」
「特に、なにも。今は目の前に次々と現れる状況に対応しているだけに過ぎません。あの女の宣言通り、最終的な目的であるエトランゼへの差別撤廃に向けて」
「差別撤廃が成されたとして、この国にどう影響が出る?」
その質問に対して、ルー・シンは珍しく頭を悩ませた。果たして答えがないのか、それともどう答えたものかと思案しているのか。
「当然、エトランゼにとっては暮らしやすい国となります」
「そんなことは判っている」
「国自体は富むでしょう。何せ我々エトランゼが持っている知識や技術はこの世界を遥かに凌駕しています。魔法については例外となりますが」
「ふむ」と頷いて、エーリヒはソファに沈めていた身体を起こす。
「ですが、既得権益を得ている層。……つまり、貴族や王族の立場は失墜するかも知れません。事実、我々の世界では長い時を経て人々は平等となりました。……あくまでも表向きは、ですが」
「それがこの世界でも起こると?」
「可能性は否定できません。もっとも、それができたとしても五十年後、百年後……。それも同じようにエトランゼが定期的にこの世界にやってくることが前提とする話ではありますが」
「……そうか。では最後の質問だ」
酒瓶に残っていた酒を、お互いのグラスにほんの少しずつ注いだ。
「ヘルフリート殿下は何故、このような強硬策を行った? 今のところ全てが裏目に出ているように見えるが」
「ヘルフリートも男だったと。それだけの話です。王家の次男として生まれそのまま歴史に埋もれるよりは、自らの力で歴史を作っていきたい。そう考えただけのこと」
「だが、王としての教育を受けたのはゲオルク陛下だ。ヘルフリート殿下にはその知識がない」
「つまり誰かが入れ知恵をした。無論、それだけでなくその為の協力を」
二人の脳裏には、同時に同じ人物が思い浮かんでいた。それも一人ではなく、三人。
「残る五大貴族共か」
「その為の条件は大方、エイスナハル教のこれまで以上の信仰といったところでしょうか? だとすれば急速なエトランゼの排除にも説明がつく」
「……そんなことをして奴等に何の得があるというのだ? 俺は無神論者ではないし、エイスナハルを信仰しているが、神様に贈り物をしてもらったことなど一度もないぞ」
「宗教家の考えなど、それ以外の者には理解できません。いつの時代も、何処の場所でも」
ルー・シンは知っている。
自らの信じる神に従いすぎたために、命を捨てて他者を殺すテロリストを。
長年の歴史は語った。宗教という一種の呪いによって、生き残れたはずの命が消えていったという事実を。
そこには確かな理由があったのだろう。心の拠り所として、それだけの影響力を持っていたのだろう。
しかし、現代に生まれて、宗教色の薄い地域に育ったルー・シンからすれば狂信は愚行以外の何でもない。
「ヘルフリートも困っているのです。恐らくは、彼の王にするための条件として、残る三人の五大貴族の進言に耳を貸すことが課せられているでしょう」
「そのために、国は重りを背負わされたと? エトランゼを排し、数々の問題を生み出し、そしてエレオノーラ様という火種を生み出した」
「でしょうね。彼等もそれが判っていたからこそ、エトランゼ保護を訴えていたエレオノーラの排除を最優先としたのでしょう。そしてそれが邪魔された。小さな英雄に」
「あの少女か……。ヘルフリート殿下は大したものではないと判断した。俺は……会ってみたが今一つ判らんな。ただの落ち着きのない子供にしか思えん」
「彼女が英雄と呼ばれた以上、その人格は無視すべきでしょう。問題なのは英雄という肩書きであり、実績です。その少女の人間には微塵も価値はない」
エレオノーラを救い、御使いを倒した。
それを成し遂げたエトランゼがどれほど危険であるかを、未だ判っている者は少ない。
名声は雪玉のように転がる。彼女が何かを成せば、再び人々から『英雄』と歓声が沸くだろう。
それは次第に大きくなる。下手を打てば、国を揺るがすほどには。
「ですが、今は放っておいていいでしょう。お二人の意見にも一理あります。所詮は子供。どうとでも抑え込むなり、目障りになったときに消してしまえばいいのです。問題は、彼女の周囲にそれを最大限に生かすことのできる誰かがいた場合、ですか」
英雄、カナタ。
王族、エレオノーラ。
そのどちらにしても、単独であれば巨大な波にさらわれる程度の小舟でしかない。
しかし、そこにそれを補助する誰かがいれば話は変わる。持って生まれた才覚を最大限に生かしきり、彼女等が倒れたときに手を差し伸べる者がいれば……。
「話を戻しましょう」
そうなれば、面白い。
そう思ってしまった自分を恥じて、ルー・シンは一度この話を中断した。
「ヘルフリートのやり方に対して、エイスナハル教の者達が口を出しているのは事実でしょう。しかし、解せないことは幾つもある」
「例えば?」
残った酒を飲み干して、テーブルにグラスを置く。
酒の量に比例して、この話にも終わりが近かった。
「それをして彼等に何の得があるか、です」
「単純に、信者が増えるからではないか? 可能ならばこの国すらも宗教国家へと変えようというのだろうよ」
「それにしてはリスクが大きすぎます。ヘルフリートは我慢弱い男。今はまだ恩があると従っていますが、次第にそれも面倒になり残る五大貴族に牙を剥くでしょう」
「……そうなれば国が乱れるな」
「ヘルフリートは馬鹿ですが、決して無能ではない。手前が数日で調べたところ、秘密裏に自分だけの戦力を確保しようと躍起になっています。……彼が王になってから、魔法学院に対しての寄付金が倍増したのをご存じでしたか?」
「初めて聞いたな」
「魔法はエトランゼに対抗するための数少ない手段。その研究を進めるのは決して悪いことではありませんが、どうにも非合法な活動にも力を入れている様子で。僭越ながら、手前の方で少々調査を入れておきました」
「相変わらず動きが早い。しかし、困ったものだ。あそこには恩人の孫を預けている。巻き込まれれば面倒だ」
「手前が聞いたところによれば、小さな英雄の案内役としてつけさせたのでしょう? そのまま行動を共にさせておけば、何かあっても盾となってくれるでしょう」
ルー・シンも最後の一口を飲み切る。
「それらを初めとして、ヘルフリートも裏で戦力の確保を考えているでしょうな。エイスナハルの狂信者によって乱された流れを整えるために」
「――で、その間俺は何をしていればいい? お前はどう考える?」
「エーリヒ様と同じ考えかと」
立ち上がり、ルー・シンは部屋を後にしようとする。
「今は動くなと」
答えず、彼は部屋から出ていった。
その瞬間、横顔に浮かんでいた微笑がその答えを物語っている。
今は何をする必要もない。
ヘルフリートも、五大貴族も、エレオノーラも、勝手に争ってお互いに削りあってくれる。
エーリヒ・ヴィルヘルム・ホーガンがすべきことは待つこと。
そしてその末に転がり込んできた宝を、しっかりと手に入れることだった。
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菻莅❝りんり❞
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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