彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

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「ボクは君の友達になったつもりなんかないんだけど?」

「ふひっ、その冷たい目もイイ……。じゃなくて、そんなこと言わないで欲しいでござるよぉ」


 喧騒の中、ジト目でカナタに睨まれながら(それすらも彼にとっては快感だが)、二人はオル・フェーズの人混みの中を歩いていた。

 あの後カナタはヨハンの部屋で道具を回収し、それらを肩掛けの鞄に詰め込んでから愛用の剣を腰に差してアツキの前に出ていった。

 色々と話を聞きたいところではあるが、屋敷の前で彼と話しているところをヨハンやエレオノーラに見られたくないこともあって、早急に外に出てきたのである。

 今は商店が数多く並び客引きや値切りの相談で騒めく通りを二人で歩きながら、本来ならば捕まっているアツキを尋問している。


「警備隊に捕まったよね?」

「お金を払って釈放してもらったでござる。困ったときは現金、これ常識。ちょちょちょおぉっと! その光の剣はやめるでござる! 人混みでござるよ!」

「真っ黒じゃん!」

「小生など末端に過ぎぬでござるよ。そんな男を捕まえておくより、こうして泳がせておいた方が得策と判断されたでござる!」

「……いいのかなぁ」


 人のものを盗んでそれが一日で釈放されるなど、カナタの常識からすれば想像もできないことだ。


「で、それでなんでボクのところに来たの? っていうか、なんでボクが暮らしてる場所判ったの? 正直ちょっと気持ち悪い」

「ふひぃ! ストライクぅ!」


 悶絶するアツキ。


「悦んでいる場合ではないでござるな。その質問は愚問でしょうな。小さな英雄、カナタ殿?」

「……うぇ。その名前ってそんなに知られてるの?」

「いえいえ、知名度的にはちょっと売れてきたネット配信者ってところでござるよ。そこはほら、拙者、可愛い女の子には目がないもので」


 何とも判りにくい例えだ。


「……まぁいいけど。それで、ボクに何の用なの?」

「いやぁ、実はこうして呼び出して二人でデートしたかったでござるよ」


「帰る」

 くるりと反転。カナタは屋敷へと歩き出す。


「冗談でござる! 冗談でござる! 大事なことなので二回言いましたぁ! 本当はカナタちゃんに小生達のアジトを教えてあげようと思ったでござるござる!」

「それをして何の意味があるの?」

「……話せば長くなるでござるが」


 急に、アツキを重々しい空気が包む。

 まるで周囲の喧騒が遠く消えたかのように感じられた。

 何から話すべきかと悩んでいるのだろう。しかし、やがてアツキは意を決したように、息を吸ってから口を開いた。


「就職斡旋をお願いしたい」

「……は?」

「いやぁ、オル・フェーズはエトランゼに厳しいでござるからなぁ。だから小生もできた仕事があのような子悪党の手伝いばかり! ここいらで一つ正社員、という奴になって周りと差を付けたいでござるよ!」


 重い理由があるのかと思いきや、いや全く我欲というかなんというべきか。


「小さな英雄カナタちゃんならばエレオノーラ姫の組織の中心部にコネを持っているでござろう? だからここはちょこっと手だけだして、いい感じに話を進めてもらおうかな~なーんて!」


 非常にどうでもいいことだし、これを口に出すのはカナタの性格的にありえないことではあるのだが。

 そもそも自分が色々と小さいことを気にしているカナタに、小さな英雄という名前は些か相性が悪い。名は体を表せるのだから相性はいいはずなのだが、相性が悪い。

 とはいえそれは敬称だし、悪気があって呼んでいるわけではないので何とか許せる。しかし、このアツキだけは許せない。むしろ身の危険すら感じる。どうにも『小さな』の部分が妙に強調されているように聞こえるのは、果たしてカナタの気の所為かどうか。


「ボクにそんな権利はないよ」

「またまたぁ。英雄なんでござろう? 毎晩毎晩酒池肉林なんでござろう?」

「そのしゅち……なんとかが何かは判らないけど、違うよ。むしろ別に仕事してないから給料もらってないし」


 カナタのその後については、エレオノーラやヨハンの友人ではあるものの、組織的にはイシュトナル自治区とは何の関係もない。せいぜい、周辺で活動している冒険者といったところだ。

 勿論これはカナタがその行動を制限されないように、英雄という肩書だけを頼られないためにとのヨハンの気遣いなのだが、ちょっとした疎外感を覚えているのは秘密だ。


「そーんなー! 小生ショックでござる!」


 これで道案内も終わりかとカナタが考えていると、商店街を抜けて広場が見えてきた。

 小さな階段を昇り、小高くなったそこには旅芸人や紙芝居、他にも即席のステージが作られてそこで歌劇のようなものをやっている。

 人の入りはまぁまぁといったところのようだが、当人たちは一生懸命にそれぞれのパフォーマンスに精を出していた。

 特に子供達に人気があるのが紙芝居で、十人程度の観客が集まるなか、周囲の喧騒に負けない声で内容を読み上げる主人と、それを聞く子供達の手には水飴が握られている。

 子供の頃に何度か食べただけだが、あの砂糖の塊のような甘みは、日本ほどに甘味に恵まれていないこの世界ではカナタにとっては貴重品に思えた。

 どうにかアツキを誤魔化してもらえないものかと思案していると、地面に座り込んで紙芝居を見ている子供達の背後に、見知った人影を発見した。

 アーデルハイト。昨日知り合った少女は、ぼうっと立ったまま紙芝居を眺めている。別に料金制ではないのか主人もそれを咎めることはない。

 何よりカナタが気になったのは、彼女の手に握られ時折口に運ばれている水飴だったのだが。


「おほ、いたでござる!」


 アツキが声を上げる。

 それに気がついたアーデルハイトがこちらに顔を向けて、タイミング悪くそれは水飴を口に咥えている真っ最中だった。

 アツキ……からは視線を逸らしてカナタと見つめ合うこと数秒。

 アーデルハイトは水飴から口を放して、すたすたとこちらに歩み寄ってくる。


「遅いわ」

「ふひひっ、すまないでござる!」

「アーデルハイトさん! どうしてここにいるの? 学校は?」

「……そこの変態に呼び出されたのよ。ご丁寧に寮の部屋に手紙を送りつけられてね。無視しようとも思ったのだけど」


 袖が余るほどの大きさの、白地に所々赤い齲蝕が施された、フードの付いたローブを纏ったアーデルハイトは眼つきを鋭くする。


「どうせなら直接会って消し炭にしておいた方が面倒がないと思って」

「そのゴミを見るような目は魅力的でござるが、消し炭は勘弁でござるなぁ」

「まぁまぁ。つまり、アーデルハイトさんも研究資料を取り戻すために来てくれたってことでいいんだよね?」

「厳密には少し違うわ。わたしの目的はカナタ、貴方を護ることよ」

「お、これは百合の花が咲く予感でござる」

「……なんで?」

「エーリヒ・ヴィルヘルム・モーガン卿に頼まれたのよ。貴方を案内するついでにってことでね。あの人にはお世話になっているから、断れないの」


 どうでもいいが「学校は?」の質問は完全にスルーされている。


「なんか大変だねぇ」

「そうでもないわ。それじゃ、帰りましょう」

「え?」

「貴方の安全を護るなら、危険なことには近付かせないのが一番よ。特に、見るからに危険そうな男には」

「水飴を握ったまま凄まれても、小生嬉しいだけでござるよ」


 指摘されて、ぷいと顔を逸らしてから、アーデルハイトは一度咳払いをする。


「とにかくそういうこと。それじゃあ、カナタは連れていくから」

「ちょ、ちょっと待ってよ! だってボクは研究資料を取り戻さないと! 後、水飴垂れてる」

「別にブルーノ教授は貴方に頼んではいないわ」


 冷静にそう返して、水飴を舐める。


「そうだけど……。でも、警備隊が見つけるまで時間かかるでしょう?」

「それはもう。小生達のアジトは普通にしていては見つからないところにありますからな」


 えへんと胸を張るアツキ。


「関係のないことに首を突っ込んでも、余計な面倒を招くだけよ。こういうとき、子供は大人しくしているのが一番なの」

「そんなのやだ! なんかもやもやするじゃん」

「……本当、子供ね」

「水飴舐めてる人に言われたくないよ」


 取り敢えず、先程自分も内心で欲しがっていたことは何処か遠くへ蹴飛ばしておく。


「ぐっ……。それはまぁ、わたしも子供だけど、貴方よりは分別があるわ」

「へぇ……。昨日の教授との話を聞いてる限りだと、ボクにはそうは思えないけど」

「あの程度の情報で知ったような口を利かないで。貴方こそ、一応は英雄と呼ばれている身なのだから、少しは頭を使って行動したらどうなの?」

「ふーん、別に呼ばれたくて呼ばれてるわけじゃないし。こうなったら最後の手段を使うよ」

「……何よ?」


 ジトっと、若干上目使いに見上げるアーデルハイト。

 それに対してカナタは答えず、代わりにアツキの方へと振り返った。


「アジト、案内してよ」

「うーんどうしよっかなぁ? 小生、魚心あれば水心とも言いますしぃ、今のカナタちゃんに頼まれごとしてもぉ、別に何の得もないしぃ? 例えばぁ、小生にちょっとサービスしてくれるとかあればぁ、喜んで教えてあげるんでござるがねぇ?」


 最高に鬱陶しい喋り方だった。


「……一応、ボクの師匠がイシュトナルでもそれなりに偉い人だから、アツキさんのこと紹介してあげる」

「ほう! ほうほう! 最初からそれを言ってくれればよかったでござるよ! で、その師匠というのは女の人でござるか? イメージ的には眼鏡を掛けて白衣を着た、知的なクールビューティだと予想するのでござるが!」

「うん! じゃあそれで!」

 恐らく、これはカナタの生涯の中で最も清々しい嘘だ。アツキはそれを微塵も疑いもせずに、「うひょー! ようやく小生もハイヒールで踏まれる体験が……」などと言っている。聞こえない振りをした。

「……なんのつもり?」

「だってボクが勝手に行ったらついてこないわけにはいかないでしょ?」


 してやったり。カナタ渾身の策が決まってのドヤ顔を披露する。

 水飴を舐め終えて、腕を組んでこちらを睨むアーデルハイトは、眉間に皺が寄っている。


「それにほら、研究資料を取り戻せば色々と口うるさく言われなくなるかも知れないじゃん」

「その可能性は低いわね。ブルーノ教授は頼りないけど、教員としては真面目だから」

「取り敢えず行ってみようよ。危なそうだったら昨日みたいに箒で逃げて、観光に切り替えるから」

「……貴方の師匠とやらは、随分と苦労してそうね」


 呆れながらも、アーデルハイトはそれ以上文句を言うつもりもないようだった。カナタの言った通り、危険があればすぐに下がらさせればいいと判断したのだろう。

 そして二人は、まだ妄想の中のクールビューティに対して悶絶して何故か跪いているアツキへと顔を向ける。


「じゃあアツキさん、案内してよ」

「その前に一つ、いいでござるか?」


 また真剣な表情になる。四つん這いのまま。


「最後の条件として、アーデルハイトちゃんに、さっさと歩けこの豚と言って、蔑んだ目で見てから蹴ってもらいたいでござる」

「やっぱり帰りましょう」

「えー、やってあげようよ。大丈夫、そのぐらいなら人生の小さな汚点にもならないし」

「目の前に汚点そのものの人生が転がっているのだけど……」


 呆れるアーデルハイト。ちなみにもう既に蔑んだ目のミッションはコンプリート済みである。

 仕方なしと、一度息を吸い込む。

 期待に満ちるアツキに対して、アーデルハイトは袖に隠れていた右手を伸ばすと、そこに握られていた掌サイズの木の枝のようなものを投げつけた。

 真っ直ぐに投擲された枝は、見事にアツキの尻に突き刺さり、魔力によって火花を散らす。


「さっさと歩け、この豚」

「いや、蹴りじゃなくて燃やすのは小生と言えど流石に無理無……あひぃん! 新しい快感!」


 苦痛と恍惚の間にある表情を浮かべ、尻についた火で飛び上がったアツキは、そのまま彼の案内するアジトへと向かってひいひいと歩き出す。


「ボクもなんか甘いもの食べようかな?」

「……緊張感の欠片もないのね」


 その後、二人はそんな会話をしながら付いていくのだった。
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