彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

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 まだ扉の前にいるカナタを押し留めようとするが、間に合わなかった。

 ヨハンの隣に並んだカナタはその部屋を眺めて、未知の道具が生み出す不気味な嫌悪感に顔を顰める。


「……ヨハンさん、あれ……」


 そして、カナタは見てしまった。

 部屋の左右に小さな檻が並び、その中にあるものを。

 四肢をもがれ、代わりに魔物の両手両足を縫合され思うがままに歩けない者。

 廃人のように口を開いたまま、ぶつぶつと意味のない言葉を唱え続ける者。

 手足が異様に短く、まるでそこだけ子供のような者。

 そして何よりも異様なさまを見せつけるのは、一つの檻に捨てられるように放り込まれた、折り重なった人間達だった。

 彼等は死んではないが、身体が無事であるにも関わらずろくに動くかず、自分の上に圧し掛かる他者を押し退けることすらせずにぼうっと天井を見上げている。

 ふらつきそうになるカナタの肩を、ヨハンは両手で支える。


「ご、ごめ……」

「……いや。こんなことだろうとは思っていた。お前を連れて来たのは俺のミスだ」


 ヨハンが焦っていたのは紛れもない事実だった。そのため、カナタにまで気が回らなかったのだ。


「行けるか?」

「……うん」


 二人が一歩を踏み出すと、檻の中の人とも獣ともつかない者達が顔を向けてくる。

 それはまるで助けを求めているようだった。

 そして二人が部屋の中央辺りまで来たところで、何処からか聞こえてきた靴音に、反射的に立ち止まることになる。

 この部屋からは二ヵ所廊下が伸びていて、靴音はその片方からこちら向かって歩いて来ていた。

 キメラ達を閉じ込めるためなのか、金属製で設えた扉が音を立てて開き、その足音の主が姿を現す。

 それはある意味、最早二人にとっては予想通りの人物だった。


「こんなところまでやってくるとは、熱心な学生さんだ。……と、学院の生徒が来たら言ってあげようと思ってんだけどね」

 冷静に、これまで会ったときと殆ど変わらないような態度で、ブルーノ教授はそう口にしながら部屋へと入ってい来る。

「まさか魔法学院の警備がこんなに簡単に無力化されるとは……。学生達にも褒められていたけど、君は大した道具を持っているね。我流で作っているのかな?」

「その辺りは企業秘密だ。それより質問に答えてもらうぞ」

「いや、僕としては君達の方が遥かに興味深いのだけどね。しかし、質問に答えるのも教授の仕事か」


 ヨハンは持っていた資料のあるページを開き、それを突きだすようにブルーノ教授へと見せつけた。


「……お前はエトランゼを使って何をしていた?」

「そこに書いてあるじゃないか。ギフトを持ったキメラの作成だよ。君達異邦人は文化も思想も違いすぎて厄介この上ないが、ギフトだけは有用な力だからね。僕達が利用してあげようと言うわけだ」

「違う。そこじゃない。……第二世代のギフトとは何だ?」

「書いてある通りのことだよ。質問は一通り資料に目を通してからにしてくれると助かんるな」


 エトランゼの子供にギフトが受け継がれることはない。

 少なくともヨハンが知っている限りではそれが通説だった。例えエトランゼ同士だっとしても、その子はギフトを持たずに生まれてくる。


「僕も最初に知ったときは驚いたよ。君も知っての通り、彼等がギフトと呼ばれる力を使うことはない。……普通ならばね」


 ブルーノ教授は淡々と、その先を続ける。


「そう。使えないだけで持っているんだ。彼等第二世代のエトランゼは。今はまだサンプルも少なく決定的ではないが、その多くが君達第一世代よりも珍しく、強力なギフトを持っていることが多い。君達は、どれだけこのオルタリアを騒がせれば気が済むのか」


 本当に困ったと。

 そうとでも言いたげな溜息が、カナタに火をつける。

 セレスティアルの剣を手の中に生み出して、今にも飛びかかって行きそうなカナタを、ヨハンは腕を伸ばして制する。


「キメラの研究と並行してエトランゼについての実験も数多く行っていてね。例えば――エトランゼからギフトを取り出せないかと苦心してみたのだが。」


 檻の中で、死人のように呼吸だけを繰り返す人型を視線で指す。


「残念なことにそれはできないようだ。ギフトと魂は強く結びついていて、それを無理矢理に取り出そうとすればああして廃人になってしまう」

「聞きたいことはもう一つある」


 資料を捲り、その中の一ページを開いた。

 それをブルーノ教授に突きつけながら、ヨハンは声を荒げる。


「何故、ここにこの名前がある」


 資料に書かれていた被験者の名前。

 幾つものエトランゼの名前の中に交じって、それは確かにあった。

 アーデルハイト・クルル。

 魔法学院に通う、正真正銘のこの世界の住人の名前が。


「彼女は困った学生だった。……君は彼女の保護者のようなものだろう? 長年一緒に暮らしていたのなら判っているはずだよ。あの特異とも呼べる才能の数々が」

「前も言ったはずだ。アーデルハイトは」

「努力した? 違う。努力は誰だってしている。それでも辿り付けぬ高みがあるだろう? 人の昇る階段を一足跳びで乗り越え、誰もが届かない場所に辛うじて手を掛ける。それこそが天才というものだ」

「だとしたらそれは貴重な人材だ。何故、実験材料にするような真似をする?」

「エトランゼ君。君は学生だったことはあるかい?」


 ヨハンは答えない。

 ブルーノ教授はそれを勝手に肯定ととらえて話を進めていく。


「度を越えた才能は足並みを乱す。彼女の所為で自信を失った生徒を大勢見てきた。いやいや、僕達とて魔法の探究者、その原因が本人にあることぐらいは判っているよ」


「だがね」と、ブルーノ教授は付け加える。

 その目には冷酷な光が宿っており、アーデルハイトのことは最早学生とも思っていないのだろう。

 講義を聞かせるように、わざわざ聞き取りやすいペースで話を続けていく。


「彼女はなにもしなかった。その有り余る才を遊ばせるままに自由に行動し、学院の利益を生み出さない。そしてあろうことか!」


 ブルーノ教授は急にいきり立ち、テーブルに拳を叩きつける。

 実験器具が飛び跳ねて、そのうちの幾つかは床に転がって甲高い音を立てた。


「卒業を見送るような動きを見せた。卒業すれば自由が奪われるから、できるだけ学院に長く留まろうとしてね。まるで何かを待っているかのように」

「授業に出ないのは悪いことだけど、卒業後の進路ぐらいは好きにさせてあげればよかっただけじゃん!」


 カナタはそう反論する。


「そんなわけにはいかない。学院にはヘルフリート陛下が多額の出資をしているのだ。魔法技術を高めるため、この国の未来を担う技術者の育成。そして何よりも……優れた兵士を生み出すために」


 ヘルフリートの狙いは、魔法学院の生徒を利用した軍拡だった。

 キメラを初めとする生物兵器。そして優れた素質を持つ学生達。

 それらを兵器や兵士として使うことで、戦力の拡充を図ったのだった。


「昔、キメラを兵器として開発していた時に暴走事故を起こしてね。僕は多くの被害者を出したことがある。それ以来、僕は後悔してキメラを兵器にすることを一度は断念した。研究自体は好きだったし、兵器でなくてもこの国の人々の役に立てるものは幾らでも作れたからね」


 一転して、穏やかな口調でブルーノ教授は語る。

 もう彼の話を聞く必要など全くない。それなのに、ヨハンもカナタもその場から動くことができないでいた。


「でも、君達が現れた。君達エトランゼはこの国を変えていく。制御不可能な力を幾つも生み出していく。そればかりか、ギフトを持つ君達そのものが、制御できない怪物そのものじゃないか!」

「……そんなの……!」

「エトランゼ、言うことを聞かない天才児。それらは僕達の秩序を乱す。僕達の国を狂わせて、破滅へと向かわせるだろう。僕はそれが我慢できないんだ。だから、その為に抵抗する。なにもおかしなことはしていないだろう?」


 果たして、目の前の男は狂っているのか。

 その判断はヨハンには付きかねた。

 彼の言っていることは全て事実だ。加えて、彼の言っていることを行おうとしたヨシツグという前例もある。

 そして何よりも、エレオノーラの下に付き、ヨハン達がやっていることすらも――。

 だが、それでも目の前の男の行いを許すわけにはいかない。

 それがエトランゼのエゴだと罵られても、ヨハンもカナタもエトランゼで、同胞を護る気持ちは確かにあるのだから。


「……アーデルハイトを返して、この施設を放棄しろ」

「それはできないよ。僕がこれをやめたら、誰が君達を止めるんだい?」

「俺達はお前達を害するつもりはない」

「それは信じられないね。君達は一人一人が化け物なんだから」


 ブルーノ教授が片手を上げる。

 その掌に魔力が集まり、赤い輝きが一瞬で弾けた。

 同時に、あちこちから獣の咆哮のような声が木霊し、何かを破壊するような音が幾つも聞こえてくる。


「キメラの制御魔法か!」

「その通りだ! さあ、僕の作ったキメラの実験台になってくれ。特にそっちの、光のギフトを持つ少女。君を殺せれば及第点、ヘルフリート陛下にも自信を持ってお勧めできる」


 扉が破壊され、獣型のキメラがその場に現れる。

 それだけでなく、檻の中にいる生き物たちも、もがきながら檻を抉じ開けてカナタ達の方へと近付いてくる。

 カナタは今度こそセレスティアルの剣を構え、ヨハンもショートバレルに弾丸を装填する。


「――っと、そうだ。僕としたことが。一つ失敗してしまった」


 何かを思い出したかのように、ブルーノ教授は両手を叩いて二人の意識を引き寄せる。


「これではアーデルハイト君もキメラの餌になってしまうな。すまないが、どちらか助けてきてもらえないかな? 学生であり貴重な材料の彼女をつまらない失い方はしたくないものでね」

「……貴様……!」


 飛びかかってくるキメラを横に飛んで避けて、反撃に弾丸を叩き込む。

 しかし、その生命力は凄まじく、身体に弾が入り込んだ程度ではすぐに再生してしまった。


「ヨハンさん!」


 両手にセレスティアルの剣を構え、左右から迫りくる人型のキメラを斬り倒したカナタが叫ぶ。


「アーデルハイトのところに! ここはボクが引き受けるから!」

「カナタ……!」

「早く!」


 ヨハンの前に立ち塞がり、獅子と山羊の顔が付いたキメラと向かいあう。


「……判った。すぐに戻ってくる」

「うん! 多分、十五分ぐらいしか持たないから!」

「……いやに具体的だな」


 カナタに背中を預けて、ヨハンはブルーノ教授の横を通り過ぎて、その後ろの扉を開けて部屋を出ていく。


「……止めなくてよかったの?」

「僕はアーデルハイト君を殺したいわけではないからね。それに、今は君のそのギフトの方が興味深い」

「こいつら全部倒したら、絶対捕まえて反省させてやるから!」


 そう声を張り上げてから、カナタは自らを包囲するキメラの群れに立ち向かって行った。
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