彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

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第二章 魔法使いの追憶

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 遠くから大きな破壊音が響き、それによってグレン達の作戦が開始されたことが伝わってくる。

 ヨハンとカナタの二人は今、魔法学院の研究棟の辺りを忍び足で歩いていた。


「随分と派手にやったな」

「そりゃあの髪型だもん」


 答えにもなっていないカナタの回答を無視するように、ヨハンは手近にあった窓から中を覗き見る。

 漆黒の闇が詰まった研究棟内部は昼間とは違って静かで寒々しい、不気味な雰囲気を漂わせている。

 ローブの中から布の袋を取りだすと、それを閉じてあった紐を解いて、中に入っていた粉を空気中に解き放つ。


「なにこれ?」

「吸い込むなよ。毒じゃないが、くしゃみでもしてばれたら笑えない」

「そんな間抜けなことしないよ」

「こいつは粉末状のジャマーだ。粉の一つ一つが微細な生物で、魔法装置に取りついては魔力を吸い取って機能を阻害する」

「へぇー……」

「感心してないで早く窓を斬ってくれ」


 極光をナイフ程度の大きさに整えて、窓ガラスを切り取る。切り出された硝子は割れないようにヨハンが両手で支えて、静かに足元に置いた。

 切り取られた硝子の穴に、小柄なカナタがひょいと身体を滑り込ませる。そして内側から窓を開けて、ヨハンを招き入れた。

 真っ暗な廊下には人の気配は一切ない。この時間帯は学生達も寮に戻っているのだろう。


「幽霊とかでそうだね」

「魔物と戦っておいて今更何を」


 言われてみればそれもそうだ。

 誰もいない廊下の中に、二人分の足音が響く。警備員でもいないものかと不安になったが、この暗さが無人であることを決定付けていた。


「……でさ、研究棟に来たけど。本当にここにアーデルハイトがいるの?」

「昼のうちに調べたが、魔法学院内部の魔力の流れがこの研究棟に集中している。研究棟、というぐらいだから当然といえば当然だが。何かを隠すにはうってつけの場所と言うわけだ」

「なぁんだ。なにもしてない振りしてちゃんと動いてたんだ」

「軽い調査程度のものだがな。もしここにいなかったら、虱潰しに探すことになるが」

「それはできるなら避けたいね」


 学院とはいえ、その敷地の広さは小さな街程度はある。多少の当たりを付けられるとはいえそこをくまなく調べていては陽が昇る。

 加えて学生や教授、王国軍の妨害が入ることを考えればそれは不可能に近い。ここで何かを発見できなければ、実質作戦は失敗ということになる。


「最悪キメラについての証拠が見つかれば、それを餌にしてアーデルハイトと交換できるかも知れん。何にせよ、ここを調べるのが一番効率的だ」


 言いながら、今度はまた新しい道具を取りだすヨハン。

 カナタは感心したようにその様子を見守っていた。


「なんか色々出てくるねー」

「オルタリアの魔法の総本山に侵入するんだ。道具は多いに越したことはない」

「でもなんでこんなにいっぱい持って来てたの?」

「……自覚がないかも知れないが、一応オルタリアは敵地だぞ。最大限お前達を護れるように用意してきたんだよ」

「……そう言えばそうだったね」


 アーデルハイトと過ごす日々が楽しくて、そんなことはすっかりと忘れていた。

 ヨハンが取りだしたのは一枚の白紙で、巻かれているそれを広げて少し待つと、凄まじい速度で地図のようなものが書き込まれていく。


「うわ、凄い……。道に迷わなさそう」

「残念だが、これの役割は地図であってそうじゃない。書き込める範囲は狭いし、あまり複雑な地形は書けないぞ」

「アーデルハイトも言ってたけど、微妙な効果の道具ばっかり作るよね」

「……一応これでも相当なものなんだがな。それより、お前のギフトで照らしてくれ」


 言われるままに、極光を生み出して光源にする。


「本来の使い方と違う気がするけど」

「違うものか。その力は万能そのものだ。思いつくままに使って何も悪いことはない」


 灯りに照らされた地図を眺めていると、特定の地点に勝手にバツ印が書き込まれていった。


「このバツが付いているところが、強い魔力が感知された場所だ。何らかの魔法装置が動いているか、魔法を使っている誰かがいる。後者はまずありえないと思うが」

「えっと……。全部で四ヵ所ぐらいあるけど」

「このぐらいなら夜が明ける前に回りきれる。一番近い場所は……」


 廊下を直進し、分かれ道になっている個所を曲がって二つ目の部屋。

 ヨハンもカナタもその場所には覚えがあった。


「ブルーノ教授の研究室か」

「ここは後回しでよくない? だってブルーノ教授、全然悪い人には思えないよ?」


 無害そうな性格、そしてエトランゼであろうと分け隔てなく救おうとするような人がアーデルハイトを攫うなど、カナタには想像もつかない。


「この学院でキメラの研究をしているのはブルーノ教授だ。その件に関しては、やはり一番怪しい人物だという事実は消えない」

「でも、それは……。学院長が勝手にやってることかも知れないじゃん!」


 彼を庇いたいカナタの気持ちは判らないでもない。

 事実ヨハンも、ブルーノ教授と少し喋っただけでは彼がそんなことをするなどは思わなかった。

 とはいえこれ以上の問答をしている時間はないと、ヨハンはカナタの言葉には何も答えずに歩き出す。

 カナタも不満げな表情をしていたが、ここではぐれるわけにもいかないので、そのまま後を付いて来た。

 研究室の前、木製の扉のノブに手を掛ける。

 以外にも、鍵が掛かっていると思われたその扉は簡単に開き、二人を部屋の中に招き入れる。


「……鍵、掛け忘れてたのかな?」


 カナタの呟きは果たしてブルーノ教授がこの件に加担していないという望みを掛けてのものだろうか。

 常識で考えれば、研究者が自分の全てが詰まっていると言っても過言ではない研究室の鍵を掛け忘れることなどはありえない。ましてや彼はつい最近、一度研究資料を盗まれているのだから。

 二人分の足音だけが響くその真っ暗な部屋の中は、闇になれた目に白い書類の束が幾つも映った。

 壁には見たこのもない生物のパーツが、標本として飾ってある。学生のことを考えてか、一目見て目を逸らしたくなるようなものはない。

 大量の書籍が詰まった本棚に、幾つもの研究器具。魔法使いの研究室らしく杖や鉱石、薬草に使う植物も容器に入れて保存してある。

 ヨハンの目は、テーブルの上に散らばっている幾つもの紙へと吸い寄せられた。

 どうやら乱雑に置かれているように見えたそれらは、十枚程度で束になって纏められているようで、見た目ほどに散らかってはいない。

 それらを集めて整えてから、表紙へと目を通す。


「カナタ、灯りを」

「……やっぱり疑ってるの?」

「アーデルハイトの身が危険かも知れないんだぞ」


 そう言われてはカナタに抵抗することはできない。

 ヨハンの傍に寄り、小さな小石ほどの大きさの極光を掌に生み出して、その資料を照らす。


「なんて書いてあるの?」

「お前、文字読めなかったのか?」


 エトランゼがこの世界に来ると、不思議なことに言葉は通じる。元は何処の国に住んでいたとしても、こちらの言葉を操れるようになっていた。

 しかし、文字に関してはその限りではない。カナタも最低限の読み書きはできるが、本格的な書籍や資料になれば話は別になる。


「これは普通の研究報告書だな。……こっちも」


 関係ないと判るや、ヨハンは投げ捨てるように資料をテーブルの上に置いて行く。


「……思い違いなんじゃない? 違う部屋調べた方が……」

「……これでもか?」


 その最後の一枚。何も書かれていない白紙を表紙とした紙の束を捲ると、そこに書かれていたのは研究経過と考察を交えた立派な報告書で、他のものに比べるとしっかりとした書式を取っているわけではなく、まるで日記のようだった。

 そして、その内容を読み進めたヨハンは絶句する。


「どうしたの? ね、ねえ……。何が書かれてるの?」


 その文字が専門的過ぎて理解できないカナタは、不安を隠せず、ヨハンの肩を揺する。


「……キメラ……新種の複合生物の研究報告書だ。材料は人間で、そこに魔物の部位を合成している」

「それって、前にブルーノ教授が言ってたやつだよね?」

「いや。これによって作られる怪物は紛れもなく、兵器だ。事実凶悪な魔物ばかりを選りすぐって材料にしている」


 カナタはそれを聞いて黙り込むが、ヨハンが驚いたのはそんなことではない。

 それは予想できていたことだ。問題はその続き。


「……材料になる人間も選別している。大半が、エトランゼだ」

「……うそ……」


 極光の光がちらつく。

 ブルーノ教授がエトランゼを治療していたのも、恐らくはこれが理由だ。その中で家族もなく、いなくなっても誰も困らないような人物を被検体に、キメラを作ってきた。


「……それは、やっぱりエトランゼが、この国に必要ないから?」


 顔面蒼白でそう質問するカナタに、その先にある真実を告げるべきかどうかヨハンは頭を悩ませる。

 数秒間の黙考の後、ヨハンは結論を出した。


「ギフトだ。ギフトを持ったキメラを作りだすのがこの目的だ」


 何処まで行ってもエトランゼは兵器。いや、兵器の材料に過ぎない。


「経過はよくはないようだがな」


 結局、意識を奪うほどに改造を施されたエトランゼはほぼ廃人になる。それは誰とて例外はなく、そうなればギフトを自分の力で使うことなどできない。

 先日戦った人型のキメラは、そうなったエトランゼのなれの果てということだろう。


「……大丈夫か?」

「あんまり、大丈夫じゃない」

「……戻っていてもいいぞ」


 ここから先に待ち受けているものは、これまでの比ではない。

 この研究棟の何処かに、最も醜悪な何かが蠢ているはずだった。

 資料を持ったまま、ヨハンは再び部屋の中に視線を這わせる。

 本棚の研究道具が入った棚の間が目に留まる。そこだけ不自然に空間が開いて、真新しい壁が見える。ちょうど、人一人が収まるぐらいの大きさで。

 歩いていってそこに触れても何もない。ただ壁の感触があるだけ。


「なにしてるの?」


 カナタに答える代わりに、袖から鈍い銀色の、小さな鍵を取りだす。鍵の持ち手の部分に埋め込まれた極小の液体金属が、壁に反応して不思議な光を放った。

 共鳴が起こり、壁に掛けられた魔法が強制的に発動する。空間を捻じ曲げ、そこに扉を作りだす魔方陣が壁に描かれていく。

 液体金属は鍵から零れ、その魔方陣をなぞるように広がり、それが全体に行き渡ってから、ヨハンは鍵を魔方陣の中心に差し込んだ。

 一瞬で魔方陣が弾け、粒子を撒き散らして消滅する。後には長方形が実態を持ってそこにあった。


「……隠し扉?」

「そういうことだ。地図が感知した魔力はこれだ。他の部屋にも同じものがあるかも知れない」


 カナタが息を呑む声が聞こえる。

 慎重にノブに手を掛け、回していく。

 何の抵抗もなく扉は開かれ、その先には地下へと続く階段が伸びていた。

 二人はその先へ足を踏み入れ、扉を閉じる。

 辺りは一切の光がない暗闇に包まれ、辛うじて見える階段を頼りに、二人分の足音が響いていく。

 三十段ほど降りたところで、最下層へと到着する。

 そこにあった扉を開くと、外側からの灯りが漏れて、暗闇に慣れた目に眩しい。

 ぼんやりとした灯りに照らされたそこは、研究所のような空間だった。

 上にあった研究室とは比べ物にならないほどの広さがあり、中央には大きなテーブル。そしてその上には実験器具が幾つも並べられており、その中には血が付いたままの刃物や縫合用の糸と針も置いてあった。

 その奥のスペースには魔方陣のようなものが描かれており、その床にも真新しい赤色がべっとりと付けられている。


「ヨハンさん?」

「カナタ、来るな」
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