彼方の大地で綴る【四章まで完結済み】

しいたけ農場

文字の大きさ
101 / 178
第三章 名無しのエトランゼ

3‐2

しおりを挟む
 イシュトナル自治区。

 先日王都に呼び出されたエレオノーラ達は見事にそこで起こった一つの事件を解決し、本拠地であるイシュトナルに帰還することに成功した。

 とはいえ彼等に休む暇などはなく、主要メンバーであるヨハンやエレオノーラは今日も様々な政務に追われている。

 そしてここにも一人、彼等の留守を護りそして戻ってきた今こそその手腕を遺憾なく発揮するべく張り切っている一人の女性がいた。

 彼女の名はサアヤ。肩口ほどで切り揃えられた黒髪の、エトランゼの女性である。年齢はカナタ達よりも若干上で、今年ようやく元居た世界の法律に照らし合わせてお酒を飲むことができるようになった。

 リザレクションという珍しく有用なギフトを持ち、ウァラゼルを巡る戦いでは地味ながらも最大級の功労者と言っても過言ではない。

 そんな彼女は戦いの後冒険者に戻ることはなく、イシュトナルで仕事を貰うことに成功していた。


 しかし、周囲からは医療部門への配属を期待されていたのだが、サアヤはそれを断った。

サアヤは偶然そのギフトを持っただけで医者ではない。そんな自分が医療の場で口を出すなど、許されることではないと考えたからだ。

 勿論、それは別として自分の力が必要な時は力を貸すつもりではある。

 さて、ではそんな彼女がどんな仕事をしているかと言えば、それは誰にも判らない。そう、彼女自身にも。

 まずは要塞内での家事手伝い。食事や洗濯を含む雑用係としてエトランゼの女性を中心に多く雇っているので、彼女達の取りまとめ、時には率先して家事を行うこともある。

 次にエレオノーラへの取次や彼女の身の回りの世話。身一つで逃げてきたエレオノーラは当然侍女など雇う余裕もなく、流れ的にサアヤがその役割を担っている。

 三つめは各部への情報の伝達や、書類の受け渡し。この業務に関しては別にサアヤ一人の仕事と言うわけでなく、いつも要塞内を行ったり来たりしているためついでとして頼まれることが多い。

 先の三つが組み合わさった結果、サアヤはなし崩し的にイシュトナル本部の顔役として兵士達や勤めている給仕達から妙な親しみを受けることになった。

 そんな彼女の自分の中では最大の仕事であり、最も楽しみにしている最後の仕事がヨハンへのお茶入れや仕事の手伝いなどを含めた秘書役だった。

 かつて憧れていたエトランゼは、力を失って戻ってきた。もう昔の自分とは違うと彼は言うが、力のあるなしなどサアヤにとっては些細なことである。

 救われて、憧れたのだ。

 そしてウァラゼルの時も、彼は尽力した。自分の力のあるなしに関わらず。

 それだけでサアヤにとっては充分だった。

 先日までオル・フェーズに行っており寂しい思いをしていたものだが、今日はもう執務に取り掛かっているだろう。彼が処理すべき案件も溜まっており、そろそろ疲れも出てくる時間帯だ。

 まずはお茶とお菓子を差し入れて、休憩がてら少しお喋りをして。更には仕事の手伝いをすることで一緒にいる時間を最大限に引き伸ばすという、サアヤ渾身の策がそこに込められていた。


「おお、サアヤさん。ご機嫌ですね?」

「はい! それはもう!」


 盆を持ち、三階へと階段を上がっていくサアヤに、兵士がそう声を掛ける。見た目も可愛らしいサアヤに満面の笑顔で返されて夢見心地になった彼だが、実際のところ彼女の頭は他の男のことで一杯で、彼と挨拶をしたことすらもう覚えていないということは、永遠の秘密にしておいた方がいいだろう。

 そしていい香りのするお茶とお菓子の乗った盆を持ったサアヤは、若干緊張した面持ちで部屋の扉を二度叩く。


「サアヤです。お茶をお持ちしました」

「入ってくれ」


 片手に盆を持ち変えて、扉を開けて入室する。


「失礼します」


 そう言って入った部屋は、最奥に外からの光を取り入れるための大きな窓と、その手前に大きなテーブル。

 そこに腰かけた短髪の男性の名はヨハン。サアヤの憧れの人物でこの部屋の主でもある。何故かいつものローブではなく、簡素なシャツを着ていた。


「お茶が入りましたので……」


 言葉が途中で切れる。

 視界の隅に見慣れないものが映る。サアヤの知る限りでは一つしかテーブルがなかったこの部屋に、何故かソファとそれに合わせた高さのガラス製のテーブルが置かれていたのだ。

 いやそれよりも。

 部屋のインテリアはどうぞご自由に変えてもらって構わないし、むしろ声を掛けてくれたのなら一緒に家具も選べたのになぁとか、そんな余計なことが一瞬頭を過ぎったが、問題なのはそこではない。

 ヨハンの横に、見慣れない人物が見える。

 ショートの金髪、一見少年のようにも見えるが、幼いながらも醸し出される不思議な色香はすぐにその印象を撤回させる。

 年齢はサアヤより大分下のように見える少女が、ヨハンの横にくっついて一緒に書類を見ているのだった。

 そう。くっついて。

 サアヤから見て二人の距離は大分近い。普段のヨハンと、その弟子であるカナタほどの近さがある。いやそれもサアヤとしては問題があるとは思うのだが、その二人に関してはそういうものだとまだ自分を納得させることができる。


「……サアヤ?」

「お久しぶりですヨハンさん王都はどうでしたかエレオノーラ様の護衛も大変でしたでしょうそれで今後のことに関して何ですけど見ての通り書類が大量にたまっていてわたしができることはお手伝いしようとしてここに来たんですけど後お茶が入りましてそれから珍しいお菓子が手に入ったんですほらチョコレートですよチョコレート行商人の方から買ったんですけど何処かでカカオの栽培もやってるんでしょうかねところでその子は誰ですか?」

「待て待て。なんでそんなに早口なんだ……。こいつはアーデルハイト。アデル、彼女はサアヤ。このイシュトナルの……」


 ヨハンは言い淀む。その役職がなんであるかを問われれば、誰も答えることはできない。


「まぁ、あれだ。雑務全般の責任者だ。多分」


 至急、サアヤにちゃんとした役職を与える必要があると、ヨハンは心の中に刻み込んだ。


「で、サアヤ。こっちはアーデルハイト。えっと……昔一緒に暮らしてた、世話になった人の孫娘だ」

「家族よ」


 きっぱりと、アーデルハイトはそう宣言する。


「家族!?」

「ええ、家族」


 深々と頷くアーデルハイト。


「……まぁ、家族か」


 その関係は他に言いようもない。


「あー、なんだ……。説明し辛いんだが、関係としては姪っ子とか、従妹とか、その辺りを想像しておいてもらえると助かる」

「そ、そうなんですか……。えっと、それでアーデルハイトさんは何をしているんです?」


 姪っ子と言われれば、サアヤも多少は安心して落ち着きを取り戻す。実際のところは何も問題は解決していないのだが。


「書類の書き方を学んでいるの。わたしでもできそうなことがあれば手伝おうかと思って」

「へぇー、偉いですねー。ヨハンさん、可愛い姪っ子さんですね」

「いや、実際に姪っ子ではないがな」


 そう言われてみれば随分と可愛らしく見えてくる。若いどころか幼いと呼んでもいいぐらいの年齢の彼女に対して、サアヤが警戒することなどないだろう。


「えっと、改めてお茶が入りました。アーデルハイトさんの分もチョコレート、持って来ましょうか?」


 ヨハンのテーブルの端に、お茶とお皿に乗ったチョコレートを乗せていく。一個つまみ食いしたが味は殆ど元の世界の物と変わらず、美味しいだけではなく懐かしい気持ちにもなるものだった。


「自分で煎れるから大丈夫。それから、今後は彼の世話もわたしがするから」

「いいえ、大丈夫です。それもわたしの仕事ですから。お姉さんにお任せですよ」

「サアヤさんには色々な仕事があるみたいだし、いつも傍にいるわたしがやった方が手っ取り早いと思うわ」


 椅子に座ったままこちらを見上げるその目を見て、サアヤは己の読みの甘さを悔やんだ。

 彼女は全く安全ではない。むしろそれどころか、下手をすればこのイシュトナル全域で最も危険な可能性すらありうると。


「いいのよ。あまり子供が働き過ぎるものではないから。ねぇ、ヨハンさん?」

「ん、ああ。そうだな」


 お茶を飲み、書類と向かい合いながら、ヨハンからは気のない返事が返ってくる。それはちょっと面白くはないが、今だけは好都合でもあった。


「ほら、ヨハンさんもこう言ってますし」

「でもわたしが他にすることがないのは事実よ。彼の部屋でずっと待っているわけにもいかないし、だったら少しでも仕事を手伝うべきじゃない?」

「ああ、そうかもな」


 またも聞いているのかいないのか、空返事だけが帰ってきた。


「いいんです! 子供は遊ぶのが仕事ですよ!」

「そう言われても、わたしは一応は捕虜なのだから……。捕虜には労役が課せられるものでしょう?」

「……そういうことになるのか?」


 首を傾げながらも、ヨハンは書類から顔を上げない。実はこの面倒事から全力で回避しているのではないかという疑問すら浮かび上がってくる。


「捕虜? いえ、そんなことよりもさっきすっごく聞き捨てならないことが聞こえてきたと思うんですけど! 彼の部屋って言いました? ひょっとして一緒に暮らしてるんですか!?」

「ええ、暮らしているわ。家族だし」


 びきりと、サアヤの身体が固まる。

 それは拙い。実に拙い。例え年齢差があるとはいえ、若い男女が同じ部屋で生活すれば、いつ間違いが起こるか判ったものではない。ただでさえヨハンの住居は狭いのだから、お互いに自然と距離も近くなる。

 ぎぎぎと、油が切れた機械のような動きで、サアヤの顔がヨハンの方を向いた。


「……一日泊めただけだろう。そのうちに住居も探さなくちゃならん」

「そうね。あそこは二人で暮らすにはちょっと手狭だもの」

「いや、そういう意味じゃないんだが」

「ヨ……」


 二人の会話も、最早断片的にしかサアヤの耳に入っていない。


「ヨハンさんのロリコン! 変態! むっつりすけべ!」


 そう叫び声を上げながら、哀れサアヤはショックのあまり思考を破棄して、その場から走り去っていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...