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第四章 空と大地の交差

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「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 カナタは吼えた。

 全身全霊を込めて、船の甲板から飛翔する。

 背には極光の翼、手には極光の剣を持ち一気に加速を付けて、目標地点へと弾丸のように飛んでいく。

 ラニーニャに襲い掛かるアルケーの一匹を斬って捨て、そしてそのまま剣を盾へと変貌させる。

 そこにアレクサが放った光線が着弾する。


「効かない……!」


 カナタの極光に阻まれて拡散し、アレクサの光線は霧散して消える。


「ラニーニャさん!」

「っ、判ってます!」


 咄嗟にラニーニャは態勢を立て直して、傾いた船に襲いくる波を掴むようにして操り、大量の水をアルケーに浴びせかける。

 ぐらりとその巨体が揺れたところで波の上を駆け、その背に飛び乗り黒曜石の剣を突き立てた。


「また来る!」

「防御はお任せします!」


 すぐ目の前に迫ったアレクサのセレスティアルの光を、カナタは受け止める。

 その隙にラニーニャは迫りくるアルケー達を同じような方法でもう二匹、仕留めた。

 沈みかけた船に浴びせられる高波は、ラニーニャにとってはこの上ない援護となる。


「無駄だ人間共よ。どうして俺に勝てると思う? 何故、脆弱な貴様達が御使いに立ち向かえると勘違いする?」


 既に空には、大量のアルケーが展開している。

 こちらは戦力の大半を失ったが、相手には何一つとして打撃を与えることはできなかったということだ。

 一瞬の動揺こそあったものの、アレクサは未だ健在で傷一つ与えられていない。

 状況を見れば、敗北は必至と言っても過言ではない。


「カナタさん。弱音を吐きたくはないですけど、これってなかなか絶望的な状況ですよね?」


 カナタは答えず、代わりに一瞬だけ視線がトルエノ・エスパーダの甲板へと向いた。

 そして次にアレクサを見るその目からは一切の闘志は消えず、むしろ勝利を諦めてはいない。


「……仕方ありませんね。もう一頑張りしますか」

「期待してるよ、ラニーニャさん」

「陸に戻ったら何か奢ってもらいます」


 迫りくるアルケーを、二人は迎え撃つ。


「右の二匹はわたしが」

「ならボクは左側の奴を」


 襲いくる嘴を、カナタの極光の剣が斬り落とす。

 そのまま身体を回転させるように、両手に極光の剣を持って翼を斬り落とす。


「二刀流……! 見様見真似だけど」

「また真似した……」

「これは前もやったもん!」


 そんなやり取りをしながら、ラニーニャは相手の動きを避け続ける。


「今!」


 そして波を読む。予想通りに甲板を包む高波に乗って、高所からの斬撃で二匹を仕留めた。

 敵の数は減らない。

 目の前には十匹以上のアルケーが、獲物を見定めるように旋回している。

 その守護に護られたアレクサは再びセレスティアルによる砲撃と、障壁の準備を進めていた。


「なにを悠長にやってるんですか。幾らラニーニャさんが優秀でもこれでは……!」


 今一度トルエノ・エスパーダを見て、あることに気が付く。

 そしてそこにいる『彼女』の狙いも、もう全て伝わっていた。


「……前言撤回します。ラニーニャさんともあろうものが、まさか己の本分を見失うとは。カナタさん!」

「はい!」

「……いいお返事ですこと。提案があります」


 背中合わせに、二人はちょうどよく甲板に足を付けた。


「奇遇だね。ボクも提案しようとしてたところなんだけど」

「突撃しましょう」

「……うん。でも、大丈夫? その、疲れとか、怪我とか」

「クラウディアさんほどではないですけど、そう言う態度が過ぎると、ラニーニャさんも怒りますよ。心配ご無用。むしろそちらの準備こそ大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない? 多分」

「……不安になりますね」

「あはは。ボクもいつもそうだよ。でもね、大丈夫、絶対に裏切らないから。あの人は」

「なるほど。それではいきましょうか」


 その一言で確信した。

 それは、ラニーニャがクラウディアに寄せるものと同じだ。

 だから、問題ない。心配するだけ無駄と言うものだ。

 甲板を勢いよく蹴り、目の前に立ち塞がるアルケーを二刺しに仕留める。そしてその背を蹴って、ラニーニャは跳躍した。

 同時にカナタもセレスティアルによる加速を付けて、アレクサへと接近する。


「愚か者共が!」


 だが、その距離は遠い。

 セレスティアルの障壁、そして何よりも大量のアルケー達がその行く手を阻むからだ。

 セレスティアルの砲撃が来る。レーザーのような光が、味方のアルケーごとこちらを薙ぎ払わんと牙を剥いた。

 そこに同時に、大波が来た。万全のタイミング。ラニーニャはほくそ笑む。

 その波に乗り、苦し紛れに持っていた黒曜石の剣はアレクサに放り投げてやる。

 眉一つ動かさずそれは弾かれたが、そんなことは問題ではない。

 両手で波に触れ、掴むようにして一気に引き上げる。

 全身が燃えるように熱く、同時に魂は驚くほど冷たく冷え込んでいく。

 それ以上踏み込むなと、何かが告げていた。例えるならば、魂が悲鳴を上げるとでも言えばいいだろうか。


「大技です……!」


 波が広がる、海ごと持ち上げられたかとでも言わんばかりの巨大な波が、アルケー達を巻き込んでアレクサへと襲い掛かった。


「舐めるなよ! この程度の子供騙しでセレスティアルが打ち破れるものか!」

「そんなの」

「判ってるよ!」


 左手で抑えた右腕を突きだしたカナタが、アレクサの砲撃を防御する。


「ぐうううぅぅぅぅぅ!」


 衝撃の全てを殺せるわけではない。両足を広げてその場に踏みとどまらなければ、あっという間にに壁ごと貫かれて海へと落とされてしまう。

 加えて背後からは、ラニーニャが広げた大波が全てのみ込まんと迫って来ていた。

 やがて全身が波に呑まれる。

 カナタの小さな身体一切が、その場の誰の視界からも消えた。

 それはカナタだけでなく、その一瞬広がった大波は壊れかけのマーキス・フォルネウス全てを飲み込んでいた。

 そして、その波が全ての視界を奪ったその瞬間。

 声が聞こえたような気がした。

 大海賊の、しわがれた声。

 何と言ったのかは誰にも聞き取ることはできなかったが。

 トルエノ・エスパーダの船上。

 襲い掛かるアルケー達の迎撃を仲間に任せて、彼女はずっとその瞬間を待っていた。

 金色の髪を揺らし、その顔に凶悪な笑みを浮かべて。


「余計なお世話だよ、婆」


 クラウディアはそう呟く。

 今や自分の命など知ったことではない。それは船員達に全て預けてある。彼等が力尽きたときが自分の死ぬ時だと、もう諦めている。


「でもお前は倒す。いっけえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 彼女の身体には不釣り合いなほどに巨大なその砲身。

 先程彼が、渾身の一撃を叩き込んだ強力無比な必殺の兵器。

 リニアライフルから放たれた超高速のエレクトラムの弾丸は、アルケー達を纏めて吹き飛ばし、波を撃ち抜き、真っ直ぐに飛んでいく。

 御使い、光炎のアレクサへと。
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