霊媒巫女の奇妙な日常

葉月麗雄

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恨み晴らし屋 前編

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この世の中には奇妙な商売が数多く存在する。
表に出られない裏稼業と呼ばれるもの。
そんな裏稼業の一つに今宵も一人の依頼者が来ていた。

「神宮寺様、どうか私の恨みを晴らして下さい」

「どうか緊張なさらずに、落ち着いて詳しい話を聞かせて下さい」

依頼者の目の前にいる女性は自称二十歳。
年齢よりも少し大人に見える色白で切れ長の目に整った顔立ち。
その声は優しく、にこやかな微笑みは相対する者を惹きつける魅力があった。
そして彼女は話上手聞き上手であった。

時折り相槌をうったり相手の言葉を復唱して確認したり、話を聞きながら涙も見せる。
さながら女神のような姿であるが、その能力は裏の世界では恐れられていた。

依頼者は北見未来(きたみみく)、歳は二十五歳。
某企業につとめるOLであったが、突然会社で課長に解雇を言い渡されたと言う。


「北見、すまないけど今月いっぱいで辞めてくれないか」

「え?何故ですか。私は何も辞めなければならない事はやった覚えはありませんが」

「君なんていてもいなくても同じなんだよ。売り上げに貢献している訳でもない無駄飯食いを雇う様な余裕はうちの会社にはないからね」

「そんな。。何もしていないのにひどいじゃないですか」

未来は反論するが、聞く耳を持たない。
いや、最初から首切りの標的にされていたのであろう。

「それだけならまだ我慢も出来ます。私が許せないのは課長は私に交際を断られた事を根に持っているのです」

「交際を迫られてたの?」

「はい。仕事中のセクハラなんて日常茶飯事でしたし、メールで卑猥な言葉を送りつけて来たりもされました。それでも上司だし嫌だけど耐えていたんです。

「そうしているうちに今度は交際を迫ってきました。妻子のいる身で何を考えているのか。。私はとてもじゃないけど、それだけは嫌だったので断ったんです。そうしたらいきなり解雇を言い渡されました」

「断られた事への腹いせね」

「ええ。それで私は忍耐に限界が来て、気がついたら給湯室から果物ナイフを持ち出していました」



「課長、まさかこの前の交際の件で。。」

「じゃあそういう事だから早いところ荷物をまとめてな」

課長がそこまで言い終える前に未来は果物ナイフを課長に突き出した。

「このろくでなし!」

未来は課長に斬りかかろうとしたが、周りにいた男社員たちに抑えられた。

「さっさとそいつを追い出せ」



「それで私は会社から追い出されて解雇日まで出勤停止処分を受けました。一方的な交際申込みにセクハラ。散々耐えた挙句にこの仕打ちにはもう我慢が出来ません。神宮寺様、この恨みを晴らして下さい」

「その課長の名前は?」

「中坂稔と言います」

「あなたはその中坂をどうして欲しいの?」

「殺すまではいかなくていいけど、徹底的に懲らしめて欲しい。出来れば二度と社会に出てこれないように」

「わかりました」

女性はにこやかに返事をした。

「あなたのお恨み、この神宮寺稀(しんぐうじまれ)が晴らしてさしあげますわ」

彼女の名は恨み晴らし屋、神宮寺稀(しんぐうじまれ)。
彼女の代名詞となったこの台詞は狙われた相手を恐怖のどん底に陥れる呪文のようであった。




稀は中坂稔の名前が書かれた藁人形を手に持つと念をかける。

「中坂よ、未来さんの恨みを思い知るがいい」

ムカデ、蛆虫、ゴキブリなどの毒蟲の入ったケースの中に人形を放り込んだ。
「ふふふ。これであなたは気が狂うほどの苦しみを味わう事になりますわ」

笑顔の表情とは裏腹に目は冷酷な光が宿っていた。


「なんだ。。」

会社の帰り道、中坂は突然目の前が真っ暗になった。

「どうした。。これはどういう事だ」

状況がわからず狼狽しているところに突然体に浮遊感を感じた。
いや、浮遊してるのではなく落下しているのだ。

「うわあああ」

真っ暗闇の中、どこまで落ちるのか。
中坂は恐怖したが、何も見えない上におそらく空中と思われるところを落下している状態で身体の自由が効かない中ではどうにもならなかった。
それはまるで上空何千メートルもの高度から落ちていくような。
底が見えないのが恐怖を増長させる。

そしてそれは突然終わりを告げる。
地の底と思われる場所に叩きつけられたのだ。
身体が粉々に砕け散る。
腕が、足が、首が、脳が飛び散り激痛すら感じる間もなく死ぬはずであった。
ところがそれでまだ死ねない。

バラバラになった身体に何かがまとわりつく。
ムカデ、蛆虫、ゴキブリ。何万匹という毒蟲が身体にまとわりつき、中坂の肉体をかじって食い尽くしていく。
かじられるたびにその激痛が襲う。

「ぐわああ」

それは現実ではなく、稀の呪いによって中坂稔の脳裏に送られた映像であった。
呪った相手の精神を破壊するこの呪いによって中坂稔の脳は破壊された。
人間の脳は不思議である。
たとえ現実でなくても暗示や催眠術などで脳が痛みを感じれば身体に痛みが走るのだ。

中坂は全身を毒蟲に喰われる激痛と苦しみにのたうち回り、そのうち気が触れてヘラヘラと笑い出した。
路上で大声で笑う中坂は通行人の通報から警察を呼ばれてそのまま病院行きとなり、その後二度と元に戻る事はなかった。

「北見未来様のお恨み晴らしました」

稀は術を解くとにこりと微笑んだ。
呪術師は術をかけるところは絶対依頼者には見せない。
後日、依頼者に術を掛け終えた事を伝えるだけだ。
あとは結果を待つだけである。
そして北見未来は会社で中坂が社会復帰不能となる病気にかかって退職した事を知った。

「今まで人をさんざん苦しめた罰よ。神宮寺様、ありがとうございました」


翌日、事件性がないか捜査のために隆二が通報現場で捜査をしたが、防犯カメラにも中松が一人で急に身体をくねらせるようにしてうずくまり、笑い出すまでが映っているだけであった。

「事件性はないようだな。まさかだが、心霊現象とかもないだろう」

龍二は後を後輩の警官に任せて現場を立ち去ろうとすると、また聖菜とばったり会った。

「龍さん、また事件ですか?」

「ああ。急に異常をきたした病人が出てな。一応事件性がないかの捜査をしていたが、今回は心霊現象もないだろう。普通の病人として処理されて解決だ」

「それなら良かったと言うべきなのかな。事件が起こる事自体は良くないけどね」

「まあ、聖菜ちゃんが出てこなくてもいいって事だけは確かだな。そう言えば、今度の日曜日のお祭りに聖菜ちゃんも巫女姿で売り子をやるって聞いたけど」

「そうなんです。うちは貧乏神社だから少しでも売り上げが上がりそうな事は積極的にやっていかないと。一応これでも刀祢神社のアイドルと呼ばれているんで」

「は、はあ?」

「なんですか?その疑うような言い方は」

「いや、これは失礼。とにかく日曜日は俺も仕事の合間にちょっと立ち寄ってみようと思ってるから」

「龍さん、私のチェキは一枚千円だからね」

「。。いらん」

聖菜の姿が見えなくなると龍二はポケットからスマホを取り出して古い写真を眺め、ため息をついた。

「久しぶりに明るい聖菜を見たな。いつもああならいいんだけどな」

その写真に映っている女性はかつて龍二が交際していた聖菜の母、刀祢美里であった。

「大人になるにつれてだんだんと君に似てきたよ。いや、さすがに君の娘なだけあるな。頑固で、一途で。でも可愛いらしくて。昔の君を見ているようで何も言えなくなっちまう。。」

聖菜はその事を知らない。
聖菜にとっての龍二は、幼少の頃から何故か自分の事を目にかけて可愛がってくれる刑事さん。
そんな印象しかなかったのである。
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