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聖菜の修行編
美里の後継者として
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今から二年前。
当時十八歳の高校三年生だった刀祢聖菜はすでに霊力を身に付けて、母から受け継いだ聖剣神楽を手にして霊体の浄化を行っていた。
その一方で刀祢家の重鎮でもある祖父の太蔵に日々修行を付けてもらっている。
かつて聖菜の母、美里も太蔵を師として修行を行っていた。
美里は霊力という点においては同じ十八歳の時点で聖菜よりも遥かに優れていた。
美里は持って生まれた霊力が元々高かったのもあるが、修行によってそれが開花したのだ。
太蔵は美里の死から刀祢家代々の除霊の継承をやめる決意をしていた。
刀祢家も刀祢神社も聖菜の父で美里の夫である基成(もとなり)の代で最後にしようと神社をたたむ準備に取り掛かろうとしていた時であった。
当時小学生であった聖菜が猛然と太蔵に文句を言って来たのだ。
「なんで神社をやめちゃうの? 私が後を継ぐつもりだったのに」
「美里の二の舞を聖菜にまでさせたくないからだ」
「私はお母さんの仇を取りたい」
本当はそう言いたがったが、そんな事を言ったらますます太蔵から止められる。
その気持ちは口には出さず表向きは人の役に立てる仕事がしたいという事にした。
「四百年続いたこの神社をお父さんの代で無くしちゃって本当にいいの? まだまだ困っている人たちはたくさんいるんじゃないの? 私はそういった人たちを一人でも多く助けたいの。お母さんのように」
表向きの理由とはいえ決して嘘ではない。
聖菜は自ら母と同じ道を選んだのだ。
だが、そんな事を見抜けない太蔵ではなかった。
わかってはいたが、あえて知らぬふりをしたのは聖菜が美里に匹敵する潜在能力を持っていたからだ。
いずれ美里が封じ込めた狭間法元が復活した時に戦わなくてはならないであろう事も考慮した上で神社の継続と聖菜が霊媒巫女になる事を認めたのだ。
法元は美里が死んだ事を知らない。
もし結界から蘇った時に真っ先に狙われるのは美里に生き写しの聖菜であろう。
その時のためにも自分の身を守るための力はつけておいた方がいいであろうという判断も加わっての事だ。
太蔵は美里が命を落とした時の詳細を聖菜には話していない。
いずれ時が来たら話そうと思っているが、それをいつにするか決断がつかずにいた。
美里は強力な霊との戦いで何とか霊を封じ込めたものの力尽きたという事だけを聖菜は聞いている。
ハザマ真理教も狭間法元の事も知る良しもなかった。
月に二度の断食修行も聖菜は自分が選んだ道だと耐えていた。
空腹時には精神が研ぎ澄まされて霊力が上がる事も実際に体験している。
中学にあがってすぐのある夜の事、いつものように断食修行を終えて眠りにつこうと思っていると、部屋の中に一匹の猫が居るのが目に入った。
「あら? 可愛い猫。どこから入って来たのかしら?」
「ボクの姿が見えるんだね」
猫が喋ったので聖菜は驚きの声を上げる。
「猫が喋った!」
「初めまして。ボクは那由多。君のお母さん美里についていた式神猫だよ」
「お母さんに?」
「ボクは美里に聖菜をよろしく頼むと言われて来たんだよ。今までどこで何してたの? って言うと、君のすぐそばに居たんだけど君がまだボクの姿が見えるだけの霊力がなかったんだよ」
「そうだったのね。じゃあ今は那由多の姿が見えるだけの霊力が私についたって事ね」
「そう。だから式神も使えるようになっているよ」
那由多はそう言って首輪に付いている式札を取るように聖菜に言う。
式札を取った聖菜は不思議そうにそれを眺めた。
「般若と夜叉の絵が描かれているわね」
「それが式札さ。呼び出したい方の式札を持って念じれば式神が出てくる」
「式神ってこの二人だけなの?」
「この二人以外に美里には十二神将の一人である青龍という最強の式神が付いていた。青龍は今の聖菜の力じゃまだ呼び出す事は出来ないけど、美里と同じくらいにまで力をつければ必ず来てくれるよ」
「青龍。。そんな凄い式神をお母さんは使っていたのね」
それから聖菜は式神の使い方を那由多から教わり、太蔵の修行の成果もあって霊力がどんどんアップしていった。
自分でも力が上がって行くのを日々感じ取れるほどに。
そして十四歳になったのを機に聖菜は本格的に美里の後を継いで霊媒巫女として活動する事を決意した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「この嫌な感じは。。」
高校の授業が終わり、家に帰る途中で聖菜は周囲から伝わってくる霊の波動のようなものを感じていた。
隣には中学の頃からの友人である佐々木和花(ささきのどか)〔後の神宮寺稀(しんぐうじまれ)〕が一緒にいた。
「聖菜さん、どうかしたの?」
「嫌な霊の波動を感じる。和花、危険だからあなたは先に帰っていて」
この当時の和花は何の力も持たないごく普通の女子高生であったので〔厳密には自分の潜在能力に気が付かず、そう思っていた〕心配ではあったが、自分がいても足手まといになると思い、聖菜の言葉に従って「気をつけてね」と言って帰路についた。
「那由、あなたも感じているでしょ」
「もちろん。これはかなり強い霊体のようなものだね。怨念というより邪念だね」
那由多の言葉に聖菜のうなずく。
これまで聖菜が出会った中でも一番強いと感じるものであった。
祖父である太蔵の修行を受けて霊媒巫女として活動しているとはいえ、まだその実力を十分に生かせてるとは言い切れない。
だが、聖菜は母譲りの責任感からここは私が行かなきゃとの思いに駆られる。
霊波動を辿ってついた場所は五階建ての雑居ビルであった。
しかし、ビルの周辺には何台ものパトカーと機動隊らしき警官が取り囲んで報道カメラまでいる物々しい状況であった。
「これは。。」
聖菜が雑居ビルに近づこうとすると、その姿を見た一人の刑事が声をかけて来た。
「聖菜ちゃん。どうしてここに?」
母、刀祢美里の友人であった南警察暑の刑事、鈴村龍二である。
「龍二さんがいるって事は何か事件でも?」
「ああ、立てこもり犯だよ。四十代と思われる男が高校生の女の子を人質に取って立てこもっている。いま警察が説得している最中だ。危ないから早く帰りな」
「嫌な感じがするのよね」
「それは霊体の仕業って事?」
「私はそう感じ取っている」
聖菜にそう言われると龍二も考えざるを得ない。
何しろ彼女は美里の娘なのだ。
昔、美里にそう言われた時は確実にそうだったように。
「だとしても、君にはまだ霊媒は早いだろう。とにかくここは警察に任せて帰りな」
「私だってもう霊媒師としていくつか除霊しているんだけど」
「何にせよ、ここはダメだ」
「ケチ!」
聖菜はそう言って現場から立ち去った。
無論、表向きである。
龍二は母の友人であり、聖菜が幼少の頃から可愛がってくれたが、本職は刑事でありこのような事件に遭遇した時にはそこは警察官である。
素人の聖菜を現場に立ち入らせるような事はまず許してくれない。
そこで聖菜はいったん帰るフリをして別の場所からこっそり侵入する事にしたのだ。
「まったく。いまのケチ! って言い方が美里にそっくりだ。親子の血は争えないとはこの事だな」
龍二は聖菜の後ろ姿を見てありし日の美里を思い出し、頭を掻いた。
学生服を着た聖菜は学生時代の美里に本当にそっくりであった。
あの頃から俺は美里に逆らえなかったなと少し恥ずかしくなる事も思い出していた。
龍二のそんな思い出もよそに聖菜は建物の裏口に来ていた。
普通の雑居ビル。元々は小売業者が入っていたが、今は空きビルになっている。
当然ながら裏口にも警察官が何人も警戒に当たっている。
「那由、この警察の包囲を突破するにはどうしたらいい?」
「式神を使って囮にし、警官の目を引きつけておいて、その間にビルの中に入る。これが今の聖菜に出来る精一杯かな」
「わかったわ。やってみる」
「ここからは時間との勝負だよ。警察の目を欺けるのはほんの僅かな時間だと思うから、素早く中に入らないと」
聖菜はかばんから式札を取り出すと術を唱える。
「涅槃(ねはん)より甦れ般若。我が命に従い警察官の目を欺けよ」
聖菜の術により現れた般若は人間の子供に変化して雑居ビルの入り口にいる警官の足元から中に入り込もうとする。
「こら、ここは危ないから離れなさい」
捕まえようとする警官の手を巧みにすり抜けながら逃げ回る般若。
「こら、待ちなさい。おい、その子を捕まえてくれ」
警官が般若を捕えようと目を離した隙に聖菜は雑居ビルの中に潜入した。
「般若、もういいよ。戻っておいで」
聖菜の呼びかけに般若は元の式札に戻り、警官たちは突然消えた子供に驚く。
「おい、子供はどこへ行った?」
「確かにここにいたよな?」
騒ぎを聞きつけた龍二が来てみると、警官たちの様子からすぐに聖菜の仕業だと察知した。
〔あのバカ。。あ、いや美里じゃなかったな。聖菜ちゃん、まさか中に入っていったんじゃ。。〕
「お前たち何をしている?」
「鈴村警部補。子供がうろついていたので捕まえようとここまで追ってきたら突然消えたんです」
〔やっぱりか〕
龍二は内心頭を抱えたが、表情には出さずにこの場を収める理由を考えた。
「このあたりには刀祢神社という古くからある神社があってな、子供の霊や悪霊がたまに悪さをすると聞いた事がある。お前たちが見たのもそれかも知れないな」
龍二の言葉に警官たちは半信半疑であった。
まあ、無理もない。自分でも無理矢理こじつけたのだからと龍二は思いながらも、警官たちに元の場所に戻るよう促す。
「あくまでもそういう都市伝説のような迷信があると言う事だ。子供の幻でも見たんだろう。さあ、この話は置いておいて早く持ち場に戻れ」
警官たちがまだ納得出来ない表情で持ち場に戻ると龍二は雑居ビルの中に聖菜がいると確信したが、今は機動隊が包囲して犯人説得に当たっている最中である。
いかに刑事といえども人質の命がかかっているためビルの中に勝手に入るわけにはいかなかった。
「聖菜ちゃん、無茶するなよ。君に何かあったら、俺は将来あの世とやらに行っても美里に会わす顔がない」
うまく雑居ビルに侵入した聖菜は階段を上がり、上の階へと進んでいた。
「立てこもりの犯人は四十代の男って聞いたけど、感じられる気はもっと若い。。」
雑居ビルを四階まで上がったところで、聖菜は伝わってくる気からこの階だと感じた。
廊下を見渡すと左側がフロアで右側はトイレと給湯室であった。
「手前と奥の二部屋のみね。那由、行くよ」
「気をつけて。かなり邪悪な気を感じるよ」
手前の部屋に入ると立てこもり犯と見られる男が座っていた。
壁にもたれ掛かり、背中から鋭利な刃物でひと突きされたようであった。
壁には血が飛び散り、床には血が流れている。
まだ血が固まっていないところをみると、ついさっきまでは生きていたという事だろう。
「すでにこと切れているわね」
聖剣神楽を取り出すと構えを取る。
「隠れていないで出て来たら。姿が見えなくてもそれだけ強い気を発していたら私でも気がつくわ」
「ふふふ」
「この感じ。。やっぱり霊体はあなたの方だったのね」
聖菜は人質となっていたという女子高生を見る。
「どうしてこんな事を?」
「だって、このクソみたいな男なら殺したところで誰も文句言わないでしょ」
人を一人殺害して笑みを浮かべる女子高生。
狂気と言うよりも無邪気な笑顔であった。
それがより恐ろしさを増長させている。
「そうか。何も考えずに殺戮に走る人間。。いえ、霊体には愚問だったようね」
「お前も同じように斬り刻んでやる」
女子高生の身体から霊体が分離すると、聖菜に一直線に向かってくる。
手には血が付いた包丁のような物を持っていた。
「あれは霊力で作った霊剣。あれで刺されても証拠は何も残らない」
聖菜は包丁の一撃を神楽で弾き返そうとするが、予想を上回る力の強さに押されてしまう。
「く。。」
相当な邪念なのであろうか。
霊体の力と速さは聖菜がこれまで出会った事のないものであった。
殺人に魅せられた狂気の人間の邪念。
聖菜と同い年くらいでなぜこんなに強い殺人願望を。
疑問を感じている間もなく、女子高生は包丁で斬りつけてくる。
その力とスピードに聖菜は辛うじて攻撃を防いでいるものの、押され続けて壁に追い込まれた。
「聖菜、逃げた方がいい。今の君じゃこの霊体は倒せない」
「でも、ここで逃げたらまた新たな犠牲者が。。」
「そんな事言っていたら自分がやられちゃうよ。美里だって。。」
そこまで言って那由多はそれ以上は言うのをやめた。
美里も自分がやらなければという気持ちが強すぎたゆえに命を落とす事になってしまったのだ。
そんな事を娘の聖菜に言うわけにもいかない。
「彼女の殺人願望の理由はわからないけど、とにかく霊体(こいつ)を浄化させないと」
その時である。
他に誰もいないはずの雑居ビルに一人の女性が現れた。
「私がやる。あなたは下がっていなさい」
突然聖菜の前に現れた女性は、二十代後半くらいであろうか。
ロングヘアの黒髪を後ろに束ねて上下黒いスーツで統一された、見た目はボディーガードのような印象であった。
「あなたは誰? あれは霊体よ。普通の人では太刀打ち出来ないわ」
聖菜の言葉に女性は冷ややかに返す。
「そんな事は一切承知している。第一あなただって太刀打ち出来ないじゃない」
それを言われると聖菜も返す言葉がなかった。
女性が持っていたのは普通の剣。いや、焼き打ちされていない模造刀か居合刀のようであった。
「そんなもので霊体が。。」
斬れるわけがない。
聖菜はそう思って見ていた。
「また獲物が一匹増えた。楽しみが増えるわ」
女子高生の霊体が女性の胸を包丁で突き刺そうとした次の瞬間、鋭く振り下ろされた剣が霊体を斬り裂いた。
「これは。。」
聖菜は驚きの表情で見るしかなかった。
剣そのものではなく、振り下ろした剣速と彼女の持つ霊力が霊体を斬ったのだ。
霊体を斬られた女子高生はまるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち倒れた。
聖菜が敵わなかった霊体を一撃で倒すと、女性はどこかに電話を掛けはじめた。
「。。例の女子高生を抑えました。後をよろしくお願いします」
「凄い。あの霊体を一撃で。この人はいったい?」
「その程度なのね。それで本当に刀祢美里の娘なの?」
当時十八歳の高校三年生だった刀祢聖菜はすでに霊力を身に付けて、母から受け継いだ聖剣神楽を手にして霊体の浄化を行っていた。
その一方で刀祢家の重鎮でもある祖父の太蔵に日々修行を付けてもらっている。
かつて聖菜の母、美里も太蔵を師として修行を行っていた。
美里は霊力という点においては同じ十八歳の時点で聖菜よりも遥かに優れていた。
美里は持って生まれた霊力が元々高かったのもあるが、修行によってそれが開花したのだ。
太蔵は美里の死から刀祢家代々の除霊の継承をやめる決意をしていた。
刀祢家も刀祢神社も聖菜の父で美里の夫である基成(もとなり)の代で最後にしようと神社をたたむ準備に取り掛かろうとしていた時であった。
当時小学生であった聖菜が猛然と太蔵に文句を言って来たのだ。
「なんで神社をやめちゃうの? 私が後を継ぐつもりだったのに」
「美里の二の舞を聖菜にまでさせたくないからだ」
「私はお母さんの仇を取りたい」
本当はそう言いたがったが、そんな事を言ったらますます太蔵から止められる。
その気持ちは口には出さず表向きは人の役に立てる仕事がしたいという事にした。
「四百年続いたこの神社をお父さんの代で無くしちゃって本当にいいの? まだまだ困っている人たちはたくさんいるんじゃないの? 私はそういった人たちを一人でも多く助けたいの。お母さんのように」
表向きの理由とはいえ決して嘘ではない。
聖菜は自ら母と同じ道を選んだのだ。
だが、そんな事を見抜けない太蔵ではなかった。
わかってはいたが、あえて知らぬふりをしたのは聖菜が美里に匹敵する潜在能力を持っていたからだ。
いずれ美里が封じ込めた狭間法元が復活した時に戦わなくてはならないであろう事も考慮した上で神社の継続と聖菜が霊媒巫女になる事を認めたのだ。
法元は美里が死んだ事を知らない。
もし結界から蘇った時に真っ先に狙われるのは美里に生き写しの聖菜であろう。
その時のためにも自分の身を守るための力はつけておいた方がいいであろうという判断も加わっての事だ。
太蔵は美里が命を落とした時の詳細を聖菜には話していない。
いずれ時が来たら話そうと思っているが、それをいつにするか決断がつかずにいた。
美里は強力な霊との戦いで何とか霊を封じ込めたものの力尽きたという事だけを聖菜は聞いている。
ハザマ真理教も狭間法元の事も知る良しもなかった。
月に二度の断食修行も聖菜は自分が選んだ道だと耐えていた。
空腹時には精神が研ぎ澄まされて霊力が上がる事も実際に体験している。
中学にあがってすぐのある夜の事、いつものように断食修行を終えて眠りにつこうと思っていると、部屋の中に一匹の猫が居るのが目に入った。
「あら? 可愛い猫。どこから入って来たのかしら?」
「ボクの姿が見えるんだね」
猫が喋ったので聖菜は驚きの声を上げる。
「猫が喋った!」
「初めまして。ボクは那由多。君のお母さん美里についていた式神猫だよ」
「お母さんに?」
「ボクは美里に聖菜をよろしく頼むと言われて来たんだよ。今までどこで何してたの? って言うと、君のすぐそばに居たんだけど君がまだボクの姿が見えるだけの霊力がなかったんだよ」
「そうだったのね。じゃあ今は那由多の姿が見えるだけの霊力が私についたって事ね」
「そう。だから式神も使えるようになっているよ」
那由多はそう言って首輪に付いている式札を取るように聖菜に言う。
式札を取った聖菜は不思議そうにそれを眺めた。
「般若と夜叉の絵が描かれているわね」
「それが式札さ。呼び出したい方の式札を持って念じれば式神が出てくる」
「式神ってこの二人だけなの?」
「この二人以外に美里には十二神将の一人である青龍という最強の式神が付いていた。青龍は今の聖菜の力じゃまだ呼び出す事は出来ないけど、美里と同じくらいにまで力をつければ必ず来てくれるよ」
「青龍。。そんな凄い式神をお母さんは使っていたのね」
それから聖菜は式神の使い方を那由多から教わり、太蔵の修行の成果もあって霊力がどんどんアップしていった。
自分でも力が上がって行くのを日々感じ取れるほどに。
そして十四歳になったのを機に聖菜は本格的に美里の後を継いで霊媒巫女として活動する事を決意した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「この嫌な感じは。。」
高校の授業が終わり、家に帰る途中で聖菜は周囲から伝わってくる霊の波動のようなものを感じていた。
隣には中学の頃からの友人である佐々木和花(ささきのどか)〔後の神宮寺稀(しんぐうじまれ)〕が一緒にいた。
「聖菜さん、どうかしたの?」
「嫌な霊の波動を感じる。和花、危険だからあなたは先に帰っていて」
この当時の和花は何の力も持たないごく普通の女子高生であったので〔厳密には自分の潜在能力に気が付かず、そう思っていた〕心配ではあったが、自分がいても足手まといになると思い、聖菜の言葉に従って「気をつけてね」と言って帰路についた。
「那由、あなたも感じているでしょ」
「もちろん。これはかなり強い霊体のようなものだね。怨念というより邪念だね」
那由多の言葉に聖菜のうなずく。
これまで聖菜が出会った中でも一番強いと感じるものであった。
祖父である太蔵の修行を受けて霊媒巫女として活動しているとはいえ、まだその実力を十分に生かせてるとは言い切れない。
だが、聖菜は母譲りの責任感からここは私が行かなきゃとの思いに駆られる。
霊波動を辿ってついた場所は五階建ての雑居ビルであった。
しかし、ビルの周辺には何台ものパトカーと機動隊らしき警官が取り囲んで報道カメラまでいる物々しい状況であった。
「これは。。」
聖菜が雑居ビルに近づこうとすると、その姿を見た一人の刑事が声をかけて来た。
「聖菜ちゃん。どうしてここに?」
母、刀祢美里の友人であった南警察暑の刑事、鈴村龍二である。
「龍二さんがいるって事は何か事件でも?」
「ああ、立てこもり犯だよ。四十代と思われる男が高校生の女の子を人質に取って立てこもっている。いま警察が説得している最中だ。危ないから早く帰りな」
「嫌な感じがするのよね」
「それは霊体の仕業って事?」
「私はそう感じ取っている」
聖菜にそう言われると龍二も考えざるを得ない。
何しろ彼女は美里の娘なのだ。
昔、美里にそう言われた時は確実にそうだったように。
「だとしても、君にはまだ霊媒は早いだろう。とにかくここは警察に任せて帰りな」
「私だってもう霊媒師としていくつか除霊しているんだけど」
「何にせよ、ここはダメだ」
「ケチ!」
聖菜はそう言って現場から立ち去った。
無論、表向きである。
龍二は母の友人であり、聖菜が幼少の頃から可愛がってくれたが、本職は刑事でありこのような事件に遭遇した時にはそこは警察官である。
素人の聖菜を現場に立ち入らせるような事はまず許してくれない。
そこで聖菜はいったん帰るフリをして別の場所からこっそり侵入する事にしたのだ。
「まったく。いまのケチ! って言い方が美里にそっくりだ。親子の血は争えないとはこの事だな」
龍二は聖菜の後ろ姿を見てありし日の美里を思い出し、頭を掻いた。
学生服を着た聖菜は学生時代の美里に本当にそっくりであった。
あの頃から俺は美里に逆らえなかったなと少し恥ずかしくなる事も思い出していた。
龍二のそんな思い出もよそに聖菜は建物の裏口に来ていた。
普通の雑居ビル。元々は小売業者が入っていたが、今は空きビルになっている。
当然ながら裏口にも警察官が何人も警戒に当たっている。
「那由、この警察の包囲を突破するにはどうしたらいい?」
「式神を使って囮にし、警官の目を引きつけておいて、その間にビルの中に入る。これが今の聖菜に出来る精一杯かな」
「わかったわ。やってみる」
「ここからは時間との勝負だよ。警察の目を欺けるのはほんの僅かな時間だと思うから、素早く中に入らないと」
聖菜はかばんから式札を取り出すと術を唱える。
「涅槃(ねはん)より甦れ般若。我が命に従い警察官の目を欺けよ」
聖菜の術により現れた般若は人間の子供に変化して雑居ビルの入り口にいる警官の足元から中に入り込もうとする。
「こら、ここは危ないから離れなさい」
捕まえようとする警官の手を巧みにすり抜けながら逃げ回る般若。
「こら、待ちなさい。おい、その子を捕まえてくれ」
警官が般若を捕えようと目を離した隙に聖菜は雑居ビルの中に潜入した。
「般若、もういいよ。戻っておいで」
聖菜の呼びかけに般若は元の式札に戻り、警官たちは突然消えた子供に驚く。
「おい、子供はどこへ行った?」
「確かにここにいたよな?」
騒ぎを聞きつけた龍二が来てみると、警官たちの様子からすぐに聖菜の仕業だと察知した。
〔あのバカ。。あ、いや美里じゃなかったな。聖菜ちゃん、まさか中に入っていったんじゃ。。〕
「お前たち何をしている?」
「鈴村警部補。子供がうろついていたので捕まえようとここまで追ってきたら突然消えたんです」
〔やっぱりか〕
龍二は内心頭を抱えたが、表情には出さずにこの場を収める理由を考えた。
「このあたりには刀祢神社という古くからある神社があってな、子供の霊や悪霊がたまに悪さをすると聞いた事がある。お前たちが見たのもそれかも知れないな」
龍二の言葉に警官たちは半信半疑であった。
まあ、無理もない。自分でも無理矢理こじつけたのだからと龍二は思いながらも、警官たちに元の場所に戻るよう促す。
「あくまでもそういう都市伝説のような迷信があると言う事だ。子供の幻でも見たんだろう。さあ、この話は置いておいて早く持ち場に戻れ」
警官たちがまだ納得出来ない表情で持ち場に戻ると龍二は雑居ビルの中に聖菜がいると確信したが、今は機動隊が包囲して犯人説得に当たっている最中である。
いかに刑事といえども人質の命がかかっているためビルの中に勝手に入るわけにはいかなかった。
「聖菜ちゃん、無茶するなよ。君に何かあったら、俺は将来あの世とやらに行っても美里に会わす顔がない」
うまく雑居ビルに侵入した聖菜は階段を上がり、上の階へと進んでいた。
「立てこもりの犯人は四十代の男って聞いたけど、感じられる気はもっと若い。。」
雑居ビルを四階まで上がったところで、聖菜は伝わってくる気からこの階だと感じた。
廊下を見渡すと左側がフロアで右側はトイレと給湯室であった。
「手前と奥の二部屋のみね。那由、行くよ」
「気をつけて。かなり邪悪な気を感じるよ」
手前の部屋に入ると立てこもり犯と見られる男が座っていた。
壁にもたれ掛かり、背中から鋭利な刃物でひと突きされたようであった。
壁には血が飛び散り、床には血が流れている。
まだ血が固まっていないところをみると、ついさっきまでは生きていたという事だろう。
「すでにこと切れているわね」
聖剣神楽を取り出すと構えを取る。
「隠れていないで出て来たら。姿が見えなくてもそれだけ強い気を発していたら私でも気がつくわ」
「ふふふ」
「この感じ。。やっぱり霊体はあなたの方だったのね」
聖菜は人質となっていたという女子高生を見る。
「どうしてこんな事を?」
「だって、このクソみたいな男なら殺したところで誰も文句言わないでしょ」
人を一人殺害して笑みを浮かべる女子高生。
狂気と言うよりも無邪気な笑顔であった。
それがより恐ろしさを増長させている。
「そうか。何も考えずに殺戮に走る人間。。いえ、霊体には愚問だったようね」
「お前も同じように斬り刻んでやる」
女子高生の身体から霊体が分離すると、聖菜に一直線に向かってくる。
手には血が付いた包丁のような物を持っていた。
「あれは霊力で作った霊剣。あれで刺されても証拠は何も残らない」
聖菜は包丁の一撃を神楽で弾き返そうとするが、予想を上回る力の強さに押されてしまう。
「く。。」
相当な邪念なのであろうか。
霊体の力と速さは聖菜がこれまで出会った事のないものであった。
殺人に魅せられた狂気の人間の邪念。
聖菜と同い年くらいでなぜこんなに強い殺人願望を。
疑問を感じている間もなく、女子高生は包丁で斬りつけてくる。
その力とスピードに聖菜は辛うじて攻撃を防いでいるものの、押され続けて壁に追い込まれた。
「聖菜、逃げた方がいい。今の君じゃこの霊体は倒せない」
「でも、ここで逃げたらまた新たな犠牲者が。。」
「そんな事言っていたら自分がやられちゃうよ。美里だって。。」
そこまで言って那由多はそれ以上は言うのをやめた。
美里も自分がやらなければという気持ちが強すぎたゆえに命を落とす事になってしまったのだ。
そんな事を娘の聖菜に言うわけにもいかない。
「彼女の殺人願望の理由はわからないけど、とにかく霊体(こいつ)を浄化させないと」
その時である。
他に誰もいないはずの雑居ビルに一人の女性が現れた。
「私がやる。あなたは下がっていなさい」
突然聖菜の前に現れた女性は、二十代後半くらいであろうか。
ロングヘアの黒髪を後ろに束ねて上下黒いスーツで統一された、見た目はボディーガードのような印象であった。
「あなたは誰? あれは霊体よ。普通の人では太刀打ち出来ないわ」
聖菜の言葉に女性は冷ややかに返す。
「そんな事は一切承知している。第一あなただって太刀打ち出来ないじゃない」
それを言われると聖菜も返す言葉がなかった。
女性が持っていたのは普通の剣。いや、焼き打ちされていない模造刀か居合刀のようであった。
「そんなもので霊体が。。」
斬れるわけがない。
聖菜はそう思って見ていた。
「また獲物が一匹増えた。楽しみが増えるわ」
女子高生の霊体が女性の胸を包丁で突き刺そうとした次の瞬間、鋭く振り下ろされた剣が霊体を斬り裂いた。
「これは。。」
聖菜は驚きの表情で見るしかなかった。
剣そのものではなく、振り下ろした剣速と彼女の持つ霊力が霊体を斬ったのだ。
霊体を斬られた女子高生はまるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち倒れた。
聖菜が敵わなかった霊体を一撃で倒すと、女性はどこかに電話を掛けはじめた。
「。。例の女子高生を抑えました。後をよろしくお願いします」
「凄い。あの霊体を一撃で。この人はいったい?」
「その程度なのね。それで本当に刀祢美里の娘なの?」
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真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
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