さくらの剣

葉月麗雄

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大奥暗殺帳編

大奥暗殺帳 四

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「そなたが上様の申していた御庭番か?」

天英院の問いに桜は平伏して答える。

「はい。松平桜と申します。天英院様と錦小路様をお守りするために微力を尽くします」

「見たところずいぶん若く見えるが、歳はいくつじゃ?」

「十六歳でございます」

歳を聞いて錦小路が不安を口にする。

「十六歳。まだ小娘ではないか。それで天英院様をお守り出来るのか?」

月光院が泉凪を初めて見た時とほぼ同じ反応であった。
大奥に輿入れするのは十六歳でも普通か遅いくらいであるが、別式や剣客となるとその年齢では不安を抱かれるのはやむを得ない。

「この身に代えてもお守り致します」

「お前の身など。。」

と更に言おうとした錦小路を天英院が手で制する。

「よい、錦小路。この者は上様が太鼓判を押す実力と伺っている。おそらくこの歳にしてこれまでに相当の人を斬っておるのじゃろう。その刺客とやらが来た時には言葉通り守ってもらおうぞ」

「ありがたきお言葉」

天英院はこの年で五十八歳になる。
桜とは祖母と孫ほど年齢が離れているだけに、威厳すら感じられた。
白塗りの化粧が特徴的で、公家の人間と初めて会った桜は武家と違う雰囲気に言葉で言い表せない不思議な感覚であった。

「今しがた、月光院様が襲われかけました。幸い事なきを得ましたが、天英院様におきましてもご留意頂きますようお願い申し上げます」

「犯人の目星はついておるのか?」

「不確定という事を前置きで申し上げれば、大奥別式の鬼頭泉凪が調べている中に月光院様付き中臈の高島まつという人物が上がってきておりますが、証拠がございません」

「高島か。。」

天英院は顎に手を当てて考えていた。

「高島は月光院付きではあるが、彼奴はどちらかと言えば宮守寄りじゃ。あり得ない話ではないのう。。錦小路、妾が宮守を見張るよう申した後、何か動きはあったか?」

「今のところこれといった動きはございません。ですが、高島まつが度々宮守の元を訪れているのは目撃されております」

「ふむ。。」

天英院はまた少し考えて再び桜に話しかける。

「桜、高島まつは今回の件に一枚噛んでいる可能性が高い。引き続き目を離さぬようにな」

その時である。
桜はまた月光院を襲おうとしたのと同じ気配を感じ刀に手をかけた。

「無礼者!天英院様の前で刀に手を掛け。。」

錦小路はそこまで言って桜の様子に気がつき言葉を止めた。

「お気をつけ下さい。殺気が近づいて来ております」

「だ。。大丈夫なのであろうな?」

錦小路は先程までの威厳ある声から急にトーンが下がった。

「来たのか。。」

「先程は怪しき気配程度でしたが、今度は確実に天英院様にお手を掛けようとしている殺気でございます」

桜が抜刀術の構えから一気に刀を抜いた。

「迅速斬《しんそくざん》」

超神速の抜刀が天英院を狙った手裏剣を叩き落とす。

「ひ!」

錦小路が軽い悲鳴をあげると相手は桜たちの前に堂々と姿を現した。

「天英院、錦小路。それに別式か?お前たちに恨みはないが、生きていられると困るお方がいるのでな。ここで死んでもらう」

「妾たちに生きていられて困る人間など江戸城広しと言えども数えるほどしかおるまい。お前の雇い主の検討はおおよそついておるわ」

「死人に口無し。骸となってしまえば闇の中よ」

「妾は徳川家の安泰と上様の御ためにこの身を尽くす所存じゃ。お前如きに上様のお命と徳川家の未来を奪われてなるものか」

天英院が桜に源九郎の成敗を命じる。

「桜、構わぬ。こやつを成敗致せ」

「はい!」

桜が源九郎に斬りかかる。

「焔乃舞《ほむらのまい》」

桜の剣技が発動されたが、源九郎は焔乃舞を片手では無理と瞬時に判断し、両手で受け止めた。

「なに?」

「この程度で我は倒せぬ」

「私の剣を止めるとは伊賀者か?」

「答える必要はない」

桜は何者かわからないが、中途半端に力加減をしては天英院と錦小路を守りきれないと一気に真剣モードに切り替えた。

「お前の力を見誤りしていたようだ。次は正真正銘の私の剣で葬る」

「別式如きに我は倒せぬ」

「別式ではない。御庭番松平桜」

「ほう、御庭番か」

源九郎は桜の力量を誤った。
桜は相手の得体が知れないために生きたまま捉える事を視野に入れて力加減していたのだが、それを実力と見誤り、これなら倒せると呑んでかかったのが命取りとなった。

天英院から成敗の命が降ったからには手加減は必要ない。
桜は剣を中段に構えるとそのまま一気に間合いを詰めて行く。

「華一閃《はないっせん》」

「なに?」

それは源九郎の予想を大きく上回る速さと威力の突きであった。

「う。。ぐああ」

本気の桜の剣を源九郎受けきれず、喉元をひと突きされ断末魔の声を上げることも出来ずに血飛沫と共にその場に倒れて絶命した。

「一体何者か。。」

たとえ殺さずに捕らえたところで口を割るとも思えず、結局何者なのかはわからず終いであった。


「天英院様、お怪我はございませんか」

「妾は大丈夫じゃ。しかし、この者そなたの剣を一度は受け止めたな」

「この大奥にてそれほどの実力を持つ者はおそらく伊賀者ではないかと」

「伊賀者にそれほどの実力があるのなら上様が紀州からお前たち根来衆〔御庭番〕など連れて来ぬであろう。実践から遠ざかり久しい忍びにそんな力があるものか」

「では、何者が?」

桜はそう言いながら投げつけられた手裏剣を拾い上げて手に取った。

「三日月型の紋章。。」

「三日月じゃと?桜、妾にも見せてくれぬか?」

桜が手裏剣を天英院に手渡すと天英院は何かを思い出したようであった。

「妾がまだ家宣様に輿入れして間もない頃、水戸のご老公から聞いた三日月党の話しをふと思い出した」

水戸のご老公とは水戸黄門でお馴染みの水戸光圀の事である。
光圀は五代将軍に綱豊〔後の家宣〕を推していた経緯もあり、天英院が幼少の頃からの知り合いで「水戸のお爺様」と呼んで慕っていた人物であった。

「三日月党とは何者ですか。。」

「三日月党というのは小田原周辺を拠点にしている忍び衆でな。暗殺を得意としている。だが妾も幼少の頃にご老公にそのような暗殺集団がいると聞いただけで実態はわからぬ。この手裏剣は重要な手掛かりになる。探索方の御庭番に詳しく調べさせてみるといい」

天英院はそう言い桜に手裏剣を返す。

「その三日月党が何故大奥へ?」

「この大奥で三日月党を使うなど邪魔者の暗殺以外にあるまい。おそらくは妾と月光院だけでなく上様も手に掛けようとしているに違いない」

「そのような事はさせません」

「ほほほ。そなたはさすがに上様の懐刀じゃのう」

天英院は少し冷やかすように桜にそう言い、桜は少しだけ顔を赤く染めた。

「桜、また刺客が来るとも限らぬ。そなたは泉凪と月光院の身を守ってやれ」

「天英院様?」

「何を不思議な顔をしておる。妾は月光院は好かぬ。だがこの徳川に仇をなす者はもっと嫌いじゃ。ここは互いに手を合わせ、上様と徳川家を守るために動くのは当然の事であろう」

「感謝致します」

「何もお前に感謝される覚えはない。高島が絡んでいるのなら月光院が一番危うい立場にあるのは明白。ならばまずは月光院の身の安全を第一に優先するのはそなたたちの役目じゃ」

天英院の言葉に桜は無言でうなずく。

「そなたが上様が太鼓判を推されるほどの腕を持つというのは妾もしかと見届けた。この大奥を守るためにしかと頼んだぞ」

「はっ!」
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