在るはずの月~邪刀に魅入られたからくり師と言霊使いのアルビノ少女が幕末の京の闇を斬る

東條零

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参 亡き姫のための記憶

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 親に捨てられた虎右衛門が、物好きな、からくり師の爺に拾われたのは六歳のときだった。

 そのころ、からくり師の爺は、大きなお屋敷の離れに工房を設けていた。
 お屋敷の主が誰なのか幼い虎右衛門にはわからなかったが、長ずるに従って、そこが誰か名のある人の妾宅なのだということがおぼろげにわかってきた。

 母屋には、とても美しい婦人が、一人娘といっしょに住んでいた。

 娘は華林と呼ばれていた。

 彼女は、日替わりで、お茶にお花に琴に舞いにと、雅やかな作法を教え込まれ、六歳になった頃からは書の手習いや和歌にくわえて、蘭学に至るまでの広い知識を学ぶようになっていた。

 一方の虎右衛門は、華林が屋敷の外に出るときには必ずついていくようにと命じられていた。

 それは、命に替えても彼女を護れという厳命だった。

 虎右衛門は悟った。身寄りもなく行く当てもなかった自分がここに引き取られたのは、あの少女を護るためなのだ、と。

 虎右衛門より三つ年下の華林は、儚げな見かけににあわず、とても活発だった。
 木登りがおそろしく上手で、誰よりも高く細い枝の先まで上り詰め、途中の幹で見上げる虎右衛門はいつも、枝が折れやしないかとハラハラしていた。

 もの凄いおてんばだけれど、明るくて、優しくて、気取りがなくて、大きな黒目がちな瞳に、すぐ涙が溜まるような、心根の素直な女の子だった。

「わたしは、生きてちゃいけない子なの。死んだことになってるんだって」

 枝の先で、華林は遠くを見ながらぽつりと言った。

「生きてるじゃん」

 虎右衛門は、幹に背を預けたまま、ぞんざいに言った。

「そうだね。でもいつかわたしが……殺さ……」
「バカなこと言ってんじゃねーよ」
「…………」
「そんなことさせねーから、俺が」

 華林は、ふふっと笑った。

「笑ってんじゃねーよ」
「だって……」
「だー、もう。笑ってて落っこちるんじゃねーぞ」

 照れた虎右衛門を見て、華林はなおもクスクスと笑った。

 死んだことになっている曰くのある姫……。
 華林……。

 虎右衛門は、その笑顔を護れるなら、とんなことだってする、と、そのとき心に決めた。




 あの日もちょうど、桜吹雪が神社の境内に舞い踊っていた。

 この世とあの世の境界線が曖昧になったような、少し肌寒い宵だった。

「虎ちゃん!」

 泣きながら自分を呼んだ悲痛な華林の声が、今も耳に残っている。

 あのときは、華林を護ることしか考えていなかった。

 華林はいつも太陽のように光り輝いていて、その笑顔を曇らせる者は何者であっても許せなかった。

 彼女の哀しい涙は見たくなかった。

 結局、虎右衛門は殴られ蹴られてぼろぼろになり、華林はおでこにかすり傷。




 そして……。

 斬り殺された死体が三つ。

 桜吹雪の境内が、おびただしい鮮血に染まっていた。

 その夜、虎右衛門は高熱を出した。
 華林は、虎右衛門の側から離れようとしなかった。
 小さな手を真っ赤にして、虎右衛門の額の手ぬぐいをかえ続けた。
 誰がどんなになだめすかしても、決して母屋に戻ろうとはしなかった。

 母が珍しく離れに出向いて華林を諭したが「虎ちゃんが死んだら、わたしも死ぬ」と頑としてきかなかった。

 幼い二人の絆は、このときすでに断ちがたいものへと育まれていたのかもしれない。

 想いは、純粋であればあるほど強く揺るぎない。

 けれども、それはあまりに脆いということを、彼らはまだ知らなかった。

 神社の境内で倒れている虎右衛門と華林が発見されたとき、返り血で真っ赤に染まった虎右衛門は、一振りの刀を握りしめていた。

 柄に麻布がぐるぐると巻かれた長刀だった。

 銘は潰され判読不能。なにか謂われのある邪刀であろうことはそのたたずまいから伺えた。

 なぜ、虎右衛門がそれを手にすることになったのか、いくら訊かれても虎右衛門は答えず、華林は覚えていなかった。

 それ以来、その刀は麻布で巻かれ、札で封印されて、虎右衛門の傍らにある。
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