5 / 5
四 口から先に産まれてきた男
しおりを挟む近頃、京の町には不穏な噂が流れていた。
このところ、お国訛りのある若侍が妙に増え、辻で顔を合わせては意味ありげに目配せをしあったり、なにごとか難しい顔をして声を潜めたりしている。
往来で見るからにあやしい態度をとるのはよせばいいものだが、あえて人目をはばからないのなら、民衆の不安を煽ろうという心理作戦なのかもしれない。
そうして、まことしやかに流れ出したのは、ある風の強い夜に京の町に火をかける、という恐ろしい噂だった。
そんな噂を率先して広めている、どころか、噂を商売にしているのが口から先に生まれてきた男、瓦版屋の捨八。
名前からもわかるように、八男坊で親からも捨ててやろうかと思われた哀れな男だが、そのまるっとした風体からも気性からも、とんと哀れを誘わないというお気楽極楽なやつで、噂話をおもしろおかしく記事にする才は、なかなかのもの、らしい。
「さあさあさあ、怖いねぇ~。恐ろしいねぇ~。
こんな調子じゃ夜もおちおち寝てられやしねぇじゃねぇか。
草木も眠る丑三つ時だってぇのに、火付け野郎は寝ちゃいなかった!
御所の南に細けぇ路地があるだろう? 三本の隣り合った路地で、同じ時刻に三件の火付けだ。
幸い小火で済んだからホッと一安心だが、ひとたび大火がおこりゃ、町は大混乱、阿鼻叫喚のるつぼだよ。
そのすったもんだの中でも自分だけはなんとか助かりてぇってのが人情だ。
自分だけが助かるなんて虫のいい話があるかって?
さあ困った。
どうしよう、こうしようと悩んでいたら、この水蛭子様が現れたってわけだ。
いやぁ、目の玉が飛び出るくれぇのべっぴんさんだねぇ。
だけど、このべっぴんさん、器量だけじゃなさそうだよ。
白装束に身を固め、天を拝めばたちどころに厄災から救われるってんだから驚きだ。
……さあて、このべっぴんさん、どこのどなたか知りたいかい?
知りてぇだろうなぁ。知りたいやつぁ、さあ、買った買ったぁ~!」
捨八は江戸っ子で威勢がいい。京はなにかと話題が多いから楽しかろうと、物見遊山に江戸を出てきて、面白そうなことに首をつっこんでは飯の種にしている。
捨八を取り囲んだ人々が、我も我もと手を伸ばし、妖しい乱れ髪の美女が微笑む瓦版を、次々と買い求めていった。この時代、瓦版はお上の規制対象になっていたが、そんなものはどこ吹く風。瓦版屋は大盛況だった。
河原町でせっせと瓦版を売りまくった捨八は、河原町通りの一本西、京都御所の脇を南北に走る寺町通りを南下していた。
懐がすっかりあったまったので、懐に両手を突っ込んで、両袖をぷらぷらさせながら跳ねるように歩いている。そんな歩き方が癖だ。
寺町通りは、その名の通り寺が多い。そのせいか、位牌や数珠を売る店が便乗するように並んだ、どこかありがたい感じのする通りだった。
その寺町通りも御所の南端に位置する丸太町通りを超えると、象牙細工や煙管、拵、脇差、琴や三味線といった細工師たちの工房が並ぶようになる。
独特の匂いが漂い、規則正しい音がどこからともなく聞こえてくるような、職人の町といった風情だ。
行き来するのは仕入れの商人。向こうから歩いてきた簪屋の若旦那が、すれ違いざま上品に会釈してきた。
捨八は、あわてて頭を下げ返す。なんとなく、ため息が出た。上品ぶるのも楽じゃない。
捨八は、少し小走りになって、先を急いだ。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小日本帝国
ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。
大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく…
戦線拡大が甚だしいですが、何卒!
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
タイトルからして、硬い文体を想像してましたが、やわらかく読みやすく、そして表現が面白いです!