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きみとずっと①
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「ね、水沢くんって」
「そうそう。寂しいよね」
女子がこそこそと話している声が耳に入る。前の席の水沢柊弥が転校するという噂は、少し前から聞こえてくるようになった。本人も認めているらしい。
水沢はつややかな黒髪に切れ長の黒い瞳の美形男子で、学校の王子様的存在だ。高身長で、仲村より十センチ以上背が高い。まわりが騒いでも本人はいつも無表情に淡々と話すのがまた恰好いいと言われているのを聞いたことがある。美形だとなにをしても「恰好いい」になるのだからずるい。地味な仲村がそれをしたら、「愛想が悪い」と言われるに決まっている。
しかも水沢はただ美形なだけではなく、いつも試験結果の貼り出しで上位にいるほどに頭もいい。体育だと運動神経の良さを発揮させるし、天は二物も三物も与えるようだ。
そんな王子様の転校に、女子はひとつ上の三年生から同学年、ひとつ下の一年生まで皆一様に残念がっている。クラスの女子に至っては「毎日の楽しみがなくなる」と嘆いていて、勝手に楽しみにされているなんて美形も大変だ、と仲村は心の中で同情した。
仲村は水沢と話したことがない。席替えで前後の席になっただけで、仲村にとって彼はただのクラスメイトのひとりでしかない。それもなんだか寂しいけれど。
ふと窓を見ると、黒髪にこげ茶の瞳の大人しそうな高校生男子がこちらを見ている。窓に映る自分を見てため息が出てしまうほど、仲村晟は特段秀でるところのない、すべてが平均点の男だ。
木々の葉が落ちて冷たい風が吹く十二月になり、クリスマスまであと二週間を切っていて、みんなどこか浮き足立っている。仲村もその浮き足立ったひとりなのか、気が大きくなっていて、なんとなく前の席に座る姿勢のいい男子の肩を指でとんとんと叩いてみた。
「なに?」
水沢が振り返り、無表情で仲村を見る。
「ちょっと話さない?」
彼に興味もあった。どんな人物なのかまったくわからないのは、好奇心をくすぐる。
「なにを?」
冷めた口調で返され、思わず口ごもる。思いつきで声をかけてみただけなので、会話の内容なんて浮かばない。当たり障りのない会話で、なにか話題はないだろうか。
「転校するってほんと?」
ぱっと頭に浮かんだのは女子が噂をしていることだった。本人は特に驚いた表情もせず、というより表情をまったく変えずに頷く。
「ああ。本当」
やはり本当なのか、と思うと、なんとなく物悲しさを感じる。話したのははじめてだけれど、それでもクラスメイトがひとりいなくなるのは寂しい。
「そっか。女子が泣くね」
「別に泣いてくれとは頼んでない」
淡々とだけれど、意外ときちんと答えてくれる。もっと冷たい対応をされるかと思ったので、わずかに驚く。
水沢がいつもまわりと距離を置いているように感じるのは、気のせいではないはずだ。女子に声をかけられても囲まれても別世界にいるみたいというか。特別仲がいい友だちがいるわけでもなさそうで、休み時間の彼はいつもひとりでいる。今も、「必要以上に近づくな」と雰囲気で言っている気がする。人と距離が近いのが好きではないのかもしれない。
「もてるのってどんな感じ?」
仲村には一生わからないことなので聞いてみるが、「さあ?」と返ってきただけで、自慢も肯定もされなかった。むしろ迷惑そうな目をしていて、水沢はもてることを喜んではいないようだ。
「よく告白されるんでしょ? 彼女作らないの?」
「告白してほしいなんて言ったことは一度もない。彼女もいらない」
水沢だから言えることで、思わず感嘆のため息が零れた。仲村には生涯言えない台詞だ。
「水沢、いつも成績上位だけど、塾とか行ってるの?」
「行ってない」
「すごいなあ。脳みそ交換してもらいたい」
羨ましくてそんなことを口にしたと同時に予鈴が鳴った。水沢が前を向き、次の授業の準備をしているのを見ながら、仲村もそれに倣う。質問ばかり重ねても、嫌な顔をせずにきちんと答えてくれたから、けっこういいやつかもしれない。もう少し話したかった。
「そうそう。寂しいよね」
女子がこそこそと話している声が耳に入る。前の席の水沢柊弥が転校するという噂は、少し前から聞こえてくるようになった。本人も認めているらしい。
水沢はつややかな黒髪に切れ長の黒い瞳の美形男子で、学校の王子様的存在だ。高身長で、仲村より十センチ以上背が高い。まわりが騒いでも本人はいつも無表情に淡々と話すのがまた恰好いいと言われているのを聞いたことがある。美形だとなにをしても「恰好いい」になるのだからずるい。地味な仲村がそれをしたら、「愛想が悪い」と言われるに決まっている。
しかも水沢はただ美形なだけではなく、いつも試験結果の貼り出しで上位にいるほどに頭もいい。体育だと運動神経の良さを発揮させるし、天は二物も三物も与えるようだ。
そんな王子様の転校に、女子はひとつ上の三年生から同学年、ひとつ下の一年生まで皆一様に残念がっている。クラスの女子に至っては「毎日の楽しみがなくなる」と嘆いていて、勝手に楽しみにされているなんて美形も大変だ、と仲村は心の中で同情した。
仲村は水沢と話したことがない。席替えで前後の席になっただけで、仲村にとって彼はただのクラスメイトのひとりでしかない。それもなんだか寂しいけれど。
ふと窓を見ると、黒髪にこげ茶の瞳の大人しそうな高校生男子がこちらを見ている。窓に映る自分を見てため息が出てしまうほど、仲村晟は特段秀でるところのない、すべてが平均点の男だ。
木々の葉が落ちて冷たい風が吹く十二月になり、クリスマスまであと二週間を切っていて、みんなどこか浮き足立っている。仲村もその浮き足立ったひとりなのか、気が大きくなっていて、なんとなく前の席に座る姿勢のいい男子の肩を指でとんとんと叩いてみた。
「なに?」
水沢が振り返り、無表情で仲村を見る。
「ちょっと話さない?」
彼に興味もあった。どんな人物なのかまったくわからないのは、好奇心をくすぐる。
「なにを?」
冷めた口調で返され、思わず口ごもる。思いつきで声をかけてみただけなので、会話の内容なんて浮かばない。当たり障りのない会話で、なにか話題はないだろうか。
「転校するってほんと?」
ぱっと頭に浮かんだのは女子が噂をしていることだった。本人は特に驚いた表情もせず、というより表情をまったく変えずに頷く。
「ああ。本当」
やはり本当なのか、と思うと、なんとなく物悲しさを感じる。話したのははじめてだけれど、それでもクラスメイトがひとりいなくなるのは寂しい。
「そっか。女子が泣くね」
「別に泣いてくれとは頼んでない」
淡々とだけれど、意外ときちんと答えてくれる。もっと冷たい対応をされるかと思ったので、わずかに驚く。
水沢がいつもまわりと距離を置いているように感じるのは、気のせいではないはずだ。女子に声をかけられても囲まれても別世界にいるみたいというか。特別仲がいい友だちがいるわけでもなさそうで、休み時間の彼はいつもひとりでいる。今も、「必要以上に近づくな」と雰囲気で言っている気がする。人と距離が近いのが好きではないのかもしれない。
「もてるのってどんな感じ?」
仲村には一生わからないことなので聞いてみるが、「さあ?」と返ってきただけで、自慢も肯定もされなかった。むしろ迷惑そうな目をしていて、水沢はもてることを喜んではいないようだ。
「よく告白されるんでしょ? 彼女作らないの?」
「告白してほしいなんて言ったことは一度もない。彼女もいらない」
水沢だから言えることで、思わず感嘆のため息が零れた。仲村には生涯言えない台詞だ。
「水沢、いつも成績上位だけど、塾とか行ってるの?」
「行ってない」
「すごいなあ。脳みそ交換してもらいたい」
羨ましくてそんなことを口にしたと同時に予鈴が鳴った。水沢が前を向き、次の授業の準備をしているのを見ながら、仲村もそれに倣う。質問ばかり重ねても、嫌な顔をせずにきちんと答えてくれたから、けっこういいやつかもしれない。もう少し話したかった。
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