幸せのかたち

すずかけあおい

文字の大きさ
10 / 12

幸せのかたち⑩

しおりを挟む
「俺、女子がいいなんて言ったか?」
「……」
 言っていない。わかっている、詠心はそんなことを言ったり思ったりする人ではない。それなのに、藍斗は自分勝手に詠心を傷つけている。
 なにも答えられず俯いたら、大きいため息が聞こえた。おそるおそる顔をあげると、詠心がせつなげに眉を寄せる。見ていて心が冷えるような寂しさに満ちた表情に、緊張しつつ息を呑む。
「藍斗の全部が好きだ。でも、自分を卑下するところ、すごく苦しくなる」
 詠心は顔を歪め、一歩足を踏み出した。
「悪い、ひとりで帰る」
「あ……」
 走って行ってしまう背に、声をかけられなかった。小さくなっていくうしろ姿をぼんやりと見送る。
 詠心の苦しそうな顔が瞼の裏に焼きついて離れない。どうしようもなく胸が苦しい。追いかけることができないことも情けなくて、唇を噛んで踵を返した。
 自宅前につき、門扉を開けてふと目をあげる。隣家に視線を留め、足を踏み出し、すぐに進行方向を戻した。静かに自宅に入り、階段をあがる。
 これは春海に頼らずに、自分で考えないといけない。どうしたいのか、どうなりたいのか。自分は詠心をどう思っているのか。
 部屋に入り、胸に手を置く。
 いつでも隣で微笑んでいて、藍斗を励まして支えてくれる存在。藍斗が好きだと言う詠心。頼りになって、優しくて。男とか女とかどうでもいいと言い、藍斗のことを一番に考えて、いつでも大切に思ってくれている。
「詠心……」
 たしかに詠心を傷つけてしまったこの状況で、自分はどうしたらいいのか。
「……どう、したら……」
 今したいことは、詠心に謝ること。それからきちんと向き合いたい。詠心の気持ちに応えたいからではなく、藍斗も詠心を大切にしたい。許してもらえなかったら、許してもらえるまで謝ろう。だって詠心を失いたくない。ずっとそばにいてくれた詠心は、間違いなく自分にとって特別な人だ。
 詠心のところに行かないと……!
 階段を駆けおりて家を出る。詠心の自宅に向かって、息を切らして足を進めた。早足で進んでいたけれど、もどかしくて走り出す。通りかかった公園の前で足が止まった。
「……?」
 男子高校生が俯いてブランコに座っている。藍斗と同じ学校の制服を着ていて、濃茶色の髪の男子高校生。顔は見えないが藍斗にはわかる。急いで公園に入って駆け寄った。
「詠心!」
 呼びかけに詠心が顔をあげる。今にも泣きそうな顔をして、情けなく眉をさげている。焦る気持ちのまま、詠心の前まで走った。
「藍斗……?」
 詠心の正面まで行き、呼吸を整える。深呼吸を繰り返す藍斗を、詠心はただじっと見ていた。
「帰ったんじゃなかったの?」
 なるべく静かな声を出す。呼吸は整ったのに心臓はまだ跳ねている。胸を軽く手で押さえてもう一度深呼吸をした。
「藍斗にひどいこと言ったから、ここで反省してた」
 しゅんとした姿に胸が痛む。詠心が反省することなんてなにもない。間違ったことなどひとつも言っていない。
「僕こそ、ごめん。詠心にひどいこと言った」
 一度唇を結び、手を握り込む。緊張しながら再度口を開いた。
「詠心が女子と一緒にいたの、すごく嫌だった。自分勝手だけど、詠心の隣を取られたくないって思った」
 勇気を出して言葉を続ける。少し声が震えているのは仕方がない。緊張しすぎて指先も震える。
 もう遅いかもしれない。あんなにひどいことを言ったのに、こんなのずるいとわかっている。それでも詠心の隣には自分がいたい。
「僕、詠心が好き」
 どきどきしながら詠心の手を取る。触れた瞬間、詠心の手が小さく強張った。それでもしっかりとした手をぎゅっと握る。
 詠心の手は大きくて、少し骨ばっている。男の人の手だ。いつも藍斗を導いてくれるのは、この人だ。
「詠心が好きです。つき合ってください」
 思っていることを一気に言いきって頭をさげる。
 きちんと考えた。詠心のことしか考えられなかった。結論に至るまでに混乱したけれど、最後は春海にも相談せず自分で答えを出したのだ。これが藍斗の正直な気持ちだ。
「……?」
 反応がないので、上目にそろりと様子を窺う。詠心は目を見開いたまま固まっている。どんな答えが返ってくるか、どきどきしながら反応を待つ。
「えっと、藍斗が……俺を?」
 こくんと頷く。確認されると恥ずかしいが、本当の気持ちだ。
「え、わっ!」
 突然抱きあげられ、今度は藍斗が固まる。藍斗を抱きあげた詠心は、瞳を揺らして綺麗に笑む。そのままダンスをするように、くるくるとまわり出した。もしかして詠心の心は今こんな感じなのかなと思ったら、気恥ずかしくも嬉しい。詠心の首に抱きついて、きゅっと力を込める。
「詠心、大好き。ずっとそばにいてくれてありがとう」
「俺も藍斗が大好きだ。ずっとずっと好きだった。いつまでもそばにいさせてくれ」
 気がすんだのか、藍斗を地面におろした詠心はわずかに頬を赤く染めた。見つめ合い、恥ずかしさのままにお互い笑う。
 詠心の瞳に映るのは、いつでもそのままの自分がいいと思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恋愛対象

すずかけあおい
BL
俺は周助が好き。でも周助が好きなのは俺じゃない。 攻めに片想いする受けの話です。ハッピーエンドです。 〔攻め〕周助(しゅうすけ) 〔受け〕理津(りつ)

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

俺達の関係

すずかけあおい
BL
自分本位な攻め×攻めとの関係に悩む受けです。 〔攻め〕紘一(こういち) 〔受け〕郁也(いくや)

Fromのないラブレター

すずかけあおい
BL
『好きです。あなたをいつも見てます。ずっと好きでした。つき合ってください。』 唯のもとに届いた差出人のない手紙には、パソコンの文字でそう書かれていた。 いつも、ずっと――昔から仲がよくて近しい人で思い当たるのは、隣家に住む幼馴染の三兄弟。 まさか、三兄弟の誰かからのラブレター!? *外部サイトでも同作品を投稿しています。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

【完結・短編】もっとおれだけを見てほしい

七瀬おむ
BL
親友をとられたくないという独占欲から、高校生男子が催眠術に手を出す話。 美形×平凡、ヤンデレ感有りです。完結済みの短編となります。

きみが隣に

すずかけあおい
BL
いつもひとりでいる矢崎は、ある日、人気者の瀬尾から告白される。 瀬尾とほとんど話したことがないので断ろうとすると、「友だちからでいいから」と言われ、友だちからなら、と頷く。 矢崎は徐々に瀬尾に惹かれていくけれど――。 〔攻め〕瀬尾(せお) 〔受け〕矢崎(やざき)

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

処理中です...