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幸せのかたち⑩
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「俺、女子がいいなんて言ったか?」
「……」
言っていない。わかっている、詠心はそんなことを言ったり思ったりする人ではない。それなのに、藍斗は自分勝手に詠心を傷つけている。
なにも答えられず俯いたら、大きいため息が聞こえた。おそるおそる顔をあげると、詠心がせつなげに眉を寄せる。見ていて心が冷えるような寂しさに満ちた表情に、緊張しつつ息を呑む。
「藍斗の全部が好きだ。でも、自分を卑下するところ、すごく苦しくなる」
詠心は顔を歪め、一歩足を踏み出した。
「悪い、ひとりで帰る」
「あ……」
走って行ってしまう背に、声をかけられなかった。小さくなっていくうしろ姿をぼんやりと見送る。
詠心の苦しそうな顔が瞼の裏に焼きついて離れない。どうしようもなく胸が苦しい。追いかけることができないことも情けなくて、唇を噛んで踵を返した。
自宅前につき、門扉を開けてふと目をあげる。隣家に視線を留め、足を踏み出し、すぐに進行方向を戻した。静かに自宅に入り、階段をあがる。
これは春海に頼らずに、自分で考えないといけない。どうしたいのか、どうなりたいのか。自分は詠心をどう思っているのか。
部屋に入り、胸に手を置く。
いつでも隣で微笑んでいて、藍斗を励まして支えてくれる存在。藍斗が好きだと言う詠心。頼りになって、優しくて。男とか女とかどうでもいいと言い、藍斗のことを一番に考えて、いつでも大切に思ってくれている。
「詠心……」
たしかに詠心を傷つけてしまったこの状況で、自分はどうしたらいいのか。
「……どう、したら……」
今したいことは、詠心に謝ること。それからきちんと向き合いたい。詠心の気持ちに応えたいからではなく、藍斗も詠心を大切にしたい。許してもらえなかったら、許してもらえるまで謝ろう。だって詠心を失いたくない。ずっとそばにいてくれた詠心は、間違いなく自分にとって特別な人だ。
詠心のところに行かないと……!
階段を駆けおりて家を出る。詠心の自宅に向かって、息を切らして足を進めた。早足で進んでいたけれど、もどかしくて走り出す。通りかかった公園の前で足が止まった。
「……?」
男子高校生が俯いてブランコに座っている。藍斗と同じ学校の制服を着ていて、濃茶色の髪の男子高校生。顔は見えないが藍斗にはわかる。急いで公園に入って駆け寄った。
「詠心!」
呼びかけに詠心が顔をあげる。今にも泣きそうな顔をして、情けなく眉をさげている。焦る気持ちのまま、詠心の前まで走った。
「藍斗……?」
詠心の正面まで行き、呼吸を整える。深呼吸を繰り返す藍斗を、詠心はただじっと見ていた。
「帰ったんじゃなかったの?」
なるべく静かな声を出す。呼吸は整ったのに心臓はまだ跳ねている。胸を軽く手で押さえてもう一度深呼吸をした。
「藍斗にひどいこと言ったから、ここで反省してた」
しゅんとした姿に胸が痛む。詠心が反省することなんてなにもない。間違ったことなどひとつも言っていない。
「僕こそ、ごめん。詠心にひどいこと言った」
一度唇を結び、手を握り込む。緊張しながら再度口を開いた。
「詠心が女子と一緒にいたの、すごく嫌だった。自分勝手だけど、詠心の隣を取られたくないって思った」
勇気を出して言葉を続ける。少し声が震えているのは仕方がない。緊張しすぎて指先も震える。
もう遅いかもしれない。あんなにひどいことを言ったのに、こんなのずるいとわかっている。それでも詠心の隣には自分がいたい。
「僕、詠心が好き」
どきどきしながら詠心の手を取る。触れた瞬間、詠心の手が小さく強張った。それでもしっかりとした手をぎゅっと握る。
詠心の手は大きくて、少し骨ばっている。男の人の手だ。いつも藍斗を導いてくれるのは、この人だ。
「詠心が好きです。つき合ってください」
思っていることを一気に言いきって頭をさげる。
きちんと考えた。詠心のことしか考えられなかった。結論に至るまでに混乱したけれど、最後は春海にも相談せず自分で答えを出したのだ。これが藍斗の正直な気持ちだ。
「……?」
反応がないので、上目にそろりと様子を窺う。詠心は目を見開いたまま固まっている。どんな答えが返ってくるか、どきどきしながら反応を待つ。
「えっと、藍斗が……俺を?」
こくんと頷く。確認されると恥ずかしいが、本当の気持ちだ。
「え、わっ!」
突然抱きあげられ、今度は藍斗が固まる。藍斗を抱きあげた詠心は、瞳を揺らして綺麗に笑む。そのままダンスをするように、くるくるとまわり出した。もしかして詠心の心は今こんな感じなのかなと思ったら、気恥ずかしくも嬉しい。詠心の首に抱きついて、きゅっと力を込める。
「詠心、大好き。ずっとそばにいてくれてありがとう」
「俺も藍斗が大好きだ。ずっとずっと好きだった。いつまでもそばにいさせてくれ」
気がすんだのか、藍斗を地面におろした詠心はわずかに頬を赤く染めた。見つめ合い、恥ずかしさのままにお互い笑う。
詠心の瞳に映るのは、いつでもそのままの自分がいいと思えた。
「……」
言っていない。わかっている、詠心はそんなことを言ったり思ったりする人ではない。それなのに、藍斗は自分勝手に詠心を傷つけている。
なにも答えられず俯いたら、大きいため息が聞こえた。おそるおそる顔をあげると、詠心がせつなげに眉を寄せる。見ていて心が冷えるような寂しさに満ちた表情に、緊張しつつ息を呑む。
「藍斗の全部が好きだ。でも、自分を卑下するところ、すごく苦しくなる」
詠心は顔を歪め、一歩足を踏み出した。
「悪い、ひとりで帰る」
「あ……」
走って行ってしまう背に、声をかけられなかった。小さくなっていくうしろ姿をぼんやりと見送る。
詠心の苦しそうな顔が瞼の裏に焼きついて離れない。どうしようもなく胸が苦しい。追いかけることができないことも情けなくて、唇を噛んで踵を返した。
自宅前につき、門扉を開けてふと目をあげる。隣家に視線を留め、足を踏み出し、すぐに進行方向を戻した。静かに自宅に入り、階段をあがる。
これは春海に頼らずに、自分で考えないといけない。どうしたいのか、どうなりたいのか。自分は詠心をどう思っているのか。
部屋に入り、胸に手を置く。
いつでも隣で微笑んでいて、藍斗を励まして支えてくれる存在。藍斗が好きだと言う詠心。頼りになって、優しくて。男とか女とかどうでもいいと言い、藍斗のことを一番に考えて、いつでも大切に思ってくれている。
「詠心……」
たしかに詠心を傷つけてしまったこの状況で、自分はどうしたらいいのか。
「……どう、したら……」
今したいことは、詠心に謝ること。それからきちんと向き合いたい。詠心の気持ちに応えたいからではなく、藍斗も詠心を大切にしたい。許してもらえなかったら、許してもらえるまで謝ろう。だって詠心を失いたくない。ずっとそばにいてくれた詠心は、間違いなく自分にとって特別な人だ。
詠心のところに行かないと……!
階段を駆けおりて家を出る。詠心の自宅に向かって、息を切らして足を進めた。早足で進んでいたけれど、もどかしくて走り出す。通りかかった公園の前で足が止まった。
「……?」
男子高校生が俯いてブランコに座っている。藍斗と同じ学校の制服を着ていて、濃茶色の髪の男子高校生。顔は見えないが藍斗にはわかる。急いで公園に入って駆け寄った。
「詠心!」
呼びかけに詠心が顔をあげる。今にも泣きそうな顔をして、情けなく眉をさげている。焦る気持ちのまま、詠心の前まで走った。
「藍斗……?」
詠心の正面まで行き、呼吸を整える。深呼吸を繰り返す藍斗を、詠心はただじっと見ていた。
「帰ったんじゃなかったの?」
なるべく静かな声を出す。呼吸は整ったのに心臓はまだ跳ねている。胸を軽く手で押さえてもう一度深呼吸をした。
「藍斗にひどいこと言ったから、ここで反省してた」
しゅんとした姿に胸が痛む。詠心が反省することなんてなにもない。間違ったことなどひとつも言っていない。
「僕こそ、ごめん。詠心にひどいこと言った」
一度唇を結び、手を握り込む。緊張しながら再度口を開いた。
「詠心が女子と一緒にいたの、すごく嫌だった。自分勝手だけど、詠心の隣を取られたくないって思った」
勇気を出して言葉を続ける。少し声が震えているのは仕方がない。緊張しすぎて指先も震える。
もう遅いかもしれない。あんなにひどいことを言ったのに、こんなのずるいとわかっている。それでも詠心の隣には自分がいたい。
「僕、詠心が好き」
どきどきしながら詠心の手を取る。触れた瞬間、詠心の手が小さく強張った。それでもしっかりとした手をぎゅっと握る。
詠心の手は大きくて、少し骨ばっている。男の人の手だ。いつも藍斗を導いてくれるのは、この人だ。
「詠心が好きです。つき合ってください」
思っていることを一気に言いきって頭をさげる。
きちんと考えた。詠心のことしか考えられなかった。結論に至るまでに混乱したけれど、最後は春海にも相談せず自分で答えを出したのだ。これが藍斗の正直な気持ちだ。
「……?」
反応がないので、上目にそろりと様子を窺う。詠心は目を見開いたまま固まっている。どんな答えが返ってくるか、どきどきしながら反応を待つ。
「えっと、藍斗が……俺を?」
こくんと頷く。確認されると恥ずかしいが、本当の気持ちだ。
「え、わっ!」
突然抱きあげられ、今度は藍斗が固まる。藍斗を抱きあげた詠心は、瞳を揺らして綺麗に笑む。そのままダンスをするように、くるくるとまわり出した。もしかして詠心の心は今こんな感じなのかなと思ったら、気恥ずかしくも嬉しい。詠心の首に抱きついて、きゅっと力を込める。
「詠心、大好き。ずっとそばにいてくれてありがとう」
「俺も藍斗が大好きだ。ずっとずっと好きだった。いつまでもそばにいさせてくれ」
気がすんだのか、藍斗を地面におろした詠心はわずかに頬を赤く染めた。見つめ合い、恥ずかしさのままにお互い笑う。
詠心の瞳に映るのは、いつでもそのままの自分がいいと思えた。
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