天使の居場所

すずかけあおい

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天使の居場所⑩

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「これでいいかな」
「こっちもよさそうです」
 近所のファッションショップで服を選ぶ。ファストファッションでも桐都が着ると、なんでも恰好いい。男同士でも見惚れるほどだ。
 日曜日の朝食後に、桐都が部屋を掃除してくれた。伊央もただじっとしていられないので、ふたりで少し大がかりに片づける。昼食にラーメンを食べたあとに、桐都は「服を貸して」と言ってきた。
 翌日仕事に着ていくつもりのようだったが、伊央の服では桐都にきちんとサイズがあわないので、外に着ていくのは無理だ。しばし悩んだ様子の彼に帰らないのかと聞いてみると、「帰りたくないし、伊央といたい」とはっきりと答えが返ってきた。
 それならば、とここに買いにきたのだ。
 本当にお人好しだ、ともう呆れも起こらない。この性分とはこれまで二十年つきあってきたのだから、伊央本人だってわかっている。馬鹿なほどのお人好し具合だということも重々承知だ。
 桐都の会社はスーツではなくオフィスカジュアルとのことで、見あった服を数着購入して帰宅する。
「お金を借りてしまってごめん。生活が苦しくなるだろ」
「大丈夫ですよ。貯金もあるので」
 お人好しすぎるかもしれない。
 並んで歩きながら視線を感じるので顔をあげると、桐都が伊央をじいっと見ていた。なんだろうと見つめ返すと、桐都はさっと頬を赤らめた。
「どうしたんですか?」
「どうもしないけど」
「そうですか?」
 目を逸らす桐都に首をかしげていたらアパートについた。部屋に入って荷物を置く。
「会社まではどうやって行くんですか?」
「それは定期があるんだ。スマホがあるから、あとは再来週の給料日になんとかなる」
「給料日……」
 給料が入ったらいなくなってしまうのだろうか。
 少し寂しく感じるのは、まだ知りあって間がなくても、ずっと一緒にいるような気持ちになっているからだ。人間を天使と間違えたなんて、伊央の人生で今後あるとは思えない経験だ。
「お金は給料が入ったら返すから」
「急がなくていいですよ」
 全力でお人好しを発揮している自分におかしくなる。返してもらえなくても、自分が貸すと言い出したのだから自己責任だ。それでも桐都は必ず返してくれるとわかる。桐都は誠実な人だ。そういうところも彼の価値だと思うのだが、本人は気がついていない。
「コーヒー淹れようか?」
「お願いします」
 すっかり勝手知ったるキッチンで、桐都がお湯を沸かす。伊央はその背を見ながら、夕食はなににしようかと考えた。自分以外が食べてくれる食事を用意できることが嬉しい。
 コーヒーを飲み、他愛のない話をする。好きな食べもののこと、桐都の仕事のこと、伊央の大学でのことやアルバイト先の居酒屋でのこと――言葉を交わしながら心が温かかった。
「夕食は冷凍にしてある鮭があるので、それを焼きますね」
「ありがとう」
 桐都は胸に手を当てて「偉い」と呟いたあとに、伊央の頬を撫でた。自分を褒めるだけでいいのに伊央にまで触ってくるのは、間違いなく昨夜のことが原因だ。伊央は気恥ずかしさを感じながら輪郭をなぞられる。
「ありがとう」
 もう一度言われた礼は、声が妙に熱っぽかった。


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