サンタクロースに幸せを

すずかけあおい

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サンタクロースに幸せを②

「譜生!」
 アルバイトを終えて帰宅すると、昨夜のサンタが部屋の前にいた。真っ赤なサンタ服を身につけて、明るい笑顔でぶんぶんと手を振っている。
「クリスマスまだだけど」
「いいじゃない。サンタさんが何度も来たらお得に感じるし」
「……」
 友達に着せられたと言っていたけれど、本当のところはアリアが好きで着ているのではないか。それに、プレゼントを持っていないサンタが何度も来たところで、お得に感じない。
 にこにことしながら当然のように部屋にあがったアリアは、ポケットから封筒を取り出した。
「譜生のおかげでちゃんと帰れたし、今朝仕事も行けたよ。ありがとう」
「たいしたことはしてないけど」
 とりあえずお金は返ってきた。期待をしていなかったので嬉しい。なくさないようにすぐに財布にしまう。
「来るならメッセージ送れよ」
「いきなり行ったほうがびっくりしてくれるかなと思ったんだ」
 それはそのとおりだけれど、びっくりさせる必要はないだろう。
「じゃあ、せめて私服で来い」
「だってクリスマス前だし」
 やはりどこかずれている。まあいいか、と放っておいて夕食の準備をする。今日は精肉売り場で売れ残った牛肉を、特別価格で売ってもらえた。というわけで野菜炒めに牛肉が入る。
「おいしそう」
 牛肉を炒めていると、背後からアリアが覗いてきた。
「これは俺の牛肉だ」
「僕もちょっと食べたい」
「……」
 どうしてだろう。アリアがこういう言い方をすると、オーケーしか返せない。断れない雰囲気を持っているのかと考えてみて、違うとわかった。譜生がアリアのような懐っこい生きものに弱いのだ。可愛げも愛想もない譜生のような男に懐いてくれるなんて、犬や猫くらいだ。歳上とは思えないほど危なっかしく感じるアリアを、放っておけないのもある。
「いただきまーす」
 両手を合わせるアリアと一緒に、譜生も「いただきます」と箸を持った。結局こうなる。意志が弱い自分のせいで、牛肉は半分アリアの胃に入っていく。
 でも、やはり悪い気はしないのだ。見捨てたり無視をしたりするほうが、胸が痛む。ふたりで食べればおいしさも増すと考えて、箸を動かした。
「仕事ってなにやってるんだ? まさかサンタじゃないだろ」
「違うよ。普通に会社員やってるよ」
 譜生だって本気で言ったわけではないが、真面目に訂正されて恥ずかしくなった。アリアはそんな譜生の心情を気にもせず、肉野菜炒めを食べている。
「でね、お金を貸してくれたお礼に、譜生のサンタになろうと思ったんだ」
「は?」
「ほしいものはなに?」
「なにもない」
 即答すると、アリアは眉を寄せた。面白くなさそうな顔の理由がわからない。
「こういうときは、複雑な家庭環境とか悲しい生い立ちを話すものだよ」
「なんだそれ。どういう決まりだ」
 ごくごく普通に生まれてごくごく普通に育ってきたのだから、そんなものはない。アリアの思考は不可解すぎる。本人にはその自覚がないところも変な男だと思う。変な男と食事をしている譜生も変だ。
「それより、友達と連絡取れたのか?」
「ブロックされてるみたい」
「それ、どう考えても友達じゃないだろ。財布もその友達が持ってったんじゃないのか」
 アリアがけろっとしているからか、譜生のほうが怒りが沸き立つ。無意識に大きくなった声を受けたアリアは、冷めた目で「かもね」と微笑した。
「でもさ、僕の不幸で誰かが幸せになるならよくない?」
 言われた内容を理解した瞬間、勝手に眉が寄った。険しい顔つきになった譜生に、アリアは首をかしげる。今の会話から首をかしげられるほうがおかしい。
「よくない、それは間違ってる。そんな幸せは偽物だ」
「そうかな? 誰かが幸せならいいと思うけど」
「方向性の間違ったポジティブだな」
 他人の譜生が怒っていることが馬鹿らしくなるくらい、アリアはなんでもない顔をしている。本人がいいと言うならいいのかもしれないが、納得はできない。納得してはいけないと本能で思う。
「おいしかった! ごちそうさま」
 片づけを手伝ってくれるアリアは、妙に機嫌がいい。鼻歌を歌いながら食器を洗っている。
 慣れた自宅で、よく知らない男と一緒にお皿を洗うなんて、すごく変な感じだ。違和感をかき消すのは、隣から聞こえてくる鼻歌。上機嫌だと顔に書いてある。しかも歌の旋律はとても綺麗だ。頭の中でアリアという名前と歌のうまさがイコールでつながった。
「じゃあ、またね」
 真っ赤なサンタ帽をかぶり直し、アリアは手を振って帰っていった。妙な男と知り合ってしまった、とサンタの背を見送る。
「……『またね』?」
 まさか、また来るつもりだろうか。


「ふーみー!」
 あれからアリアは毎日譜生のところに来る。いつもサンタの恰好で、電車もそのまま乗っているらしい。美形サンタなんて絶対目立つのに、本人はまったく気にしていない。本当に変な男だ。
 一日一日すぎていき、クリスマスが近づいてくると、なんの予定もない譜生でもそわそわする。大学でも恋人と出かけるとか気になる人と食事をするとか、いろいろな話が聞こえてくる。
「どうしたの?」
 アリアが顔を覗き込んできて、首を横に振ってお茶を飲む。温かい緑茶がおいしい。もちろんこれも八〇パーセント引きで買ったものだ。
「ねえねえ、クリスマスも会いにきていい?」
「アリアは仕事だろ」
「仕事終わってから来るね」
「勝手に決めるな」
 アリアと話していると力が抜けてくる。それでも、微妙にずれた会話が心地よい。クリスマス前のわくわく感が錯覚を起こさせるのか。
「僕の母がすごいネガティブ思考なんだよね。僕は昔から、わざとふざけたことをして笑わせてた」
「それが変なポジティブに成長したのか」
「変って言わないでよ。僕的にはけっこういい感じに前向きなんだから」
 胸を張られても、変なものは変だ。自分の不幸を良しとして他人を幸せにするなんて、普通ではない。それに、譜生はその思考に納得していない。もしアリアが自ら不幸になって譜生を幸せにしようとしたら、そんな幸せは突き返してやる。
「普通にポジティブになれよ」
「僕にはこれが普通なの」
 たしかに幼い頃から続けていたのであれば、アリアにとっては普通なのだろう。でも、どう考えてもおかしい。おかしいと言えば、クリスマス前にサンタとお茶を飲むのもおかしい。そもそも、サンタとお茶を飲む時点でなにかが違う。
「……譜生は優しいね」
 ぽつりと呟かれた言葉は、不思議なくらいにぬくもりに満ちている。顔をあげると目が合って、柔らかく微笑まれた。それがアリアのきちんとした笑顔のように感じる。
「自分のためだ。弱ったときに優しくしてほしいから、俺もまわりに優しくする。アリアより打算的で、嫌な優しさだろ」
 譜生自身、ずるい考えだと思う。でもアリアは首を左右に振った。
「ううん、恰好いい」
 お茶を飲みながら、恰好いいのか、と不思議と心が楽になった。自分でも疑問に思っていたことに同意をしてくれたアリアの優しさが嬉しかった。
「アリアも、そのくらいずるくなれよ」
 余計なお世話だと思ったが、つい口にしてしまった。アリアは目を丸くして、わずかに首を傾ける。
「譜生のほうが歳上みたいだね」
「俺もそう思う」
 アリアに気がつかれないように、棚に置いてある卓上カレンダーへ視線を投げる。
 クリスマスにも会いにきてくれる。
 本当に変だ。そわそわする。変なサンタがクリスマスに会いにくる――それがなんだっていうのだ。自分に疑問をいだきながらお茶を飲む。隣を見るとアリアと目が合って、慌てて顔を背けた。慌てる必要なんてないのに。
 すごくすごく、とてつもなく変だ。
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