サンタクロースに幸せを

すずかけあおい

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サンタクロースに幸せを③

 クリスマスイブの夜、大学帰りに電車に乗った。課題の提出に時間がかかってしまった。外気も刺すように冷たくて、顎までしっかりとマフラーを巻く。
 車内は若干混雑していた。邪魔にならないようにドアの近くに立ち、窓の外を眺める。きらきら、きらきら。あちらこちらでクリスマスのネオンが輝く。家々も飾りつけられていて、楽しいクリスマスを迎えている様子が頭に浮かぶ。
 サンタだから今夜来るのか……?
 アリアの思考はまったくわからないので、帰宅したら待っているかもしれない。弾む胸を不思議に思いながら、窓の外に目を留める。
「……?」
 大きめの駅が近づき、駅前に見慣れた姿を見た気がする。視線を戻すと、うしろ姿だが金髪のサンタクロースの姿がある。
 まさか……まさかな、と思いながらも見間違いとは思えない。急いで電車を降り、駅ビル前の通りに走る。
「……アリア」
 金髪のサンタクロースは、やはりアリアだった。にこにこと笑顔でチキンを売っている。なんとなく、どういう流れでそうなったかが想像できて、ふつふつと沸騰する感情をかかえながらサンタに近づく。
「副業いいのか」
「譜生!」
 声をかけると、アリアはぱっと表情を輝かせた。一瞬周囲がざわりとしたのがわかる。みんな美形サンタを観察しているのだ。
「友達が急な予定が入ったからって困ってて、かわったんだ」
「……」
 そんなことだろうと思った。でもアリアは友達を疑っている様子はない。
「それ、本当なのかよ。アリアを都合よく使ってるんじゃないのか」
「うん、だろうね」
「『だろうね』って……」
 わかっているのなら断ればいいのに。でも、アリアはこれで満足なのだ。友達が幸せになっているから。
 いらいらする。アリアを都合よく利用する友達も、馬鹿みたいにそのとおりに動くアリアにも腹が立つ。
「あっ! え、なに?」
 アリアのサンタ帽を奪い、譜生がかぶる。地味な譜生では集客は期待できないだろうが、アリアがひとりで馬鹿なことをしているのを放っておけない。
「即席だけど、俺も手伝う」
「バイトは?」
「今日休み。さっさと売って帰る」
 通っていく人たちに声をかけ、チキンをすすめる。アリアは茫然と突っ立っているので、強めに肩を叩いた。
「ぼーっとすんな」
「あ、う、うん」
 はっと目をまばたいたアリアも、先ほどまでと違って積極的にチキンをすすめている。やはりというかなんというか、女性は美形サンタにぽうっとなってチキンを買っていく。
 ふたりで頑張ったからか美形サンタが人を引き寄せたのか、あっという間にチキンは完売した。譜生は、かぶっていたサンタ帽をアリアに返す。
「仕事のあとにチキン売るなんて疲れただろ。さっさと帰って休めよ」
「待って、すぐに報告してくるから」
 アリアは慌てながら、通りに面した飲食店にばたばたと入っていく。『報告』はどうやらチキン完売の報告らしい。すぐに戻ってきたアリアは、頬を少し赤らめて微笑んだ。
「帰ろう」
「帰ろうって……自分ちに帰れよ」
「うん。譜生と帰る」
「話聞け」
 どうしてこうも会話がずれるのか。でも、まあいいかという気持ちになった。アリアがとても嬉しそうだから。
 ふたりで電車に乗ると、美形サンタに視線が集中する。そりゃそうだろうな、と思いながらアリアの隣で小さくなる。視線を集めるなんて慣れていないから、少し離れていたい。距離を取ろうとしたら手を掴まれた。
「アリア?」
「離れないで」
 真剣な瞳を向けられ、動けない。身体が固まって、ぼうっとアリアを見あげる。
 クリスマスの魔法か、アリアがとても恰好よく見える。譜生に視線を向けたアリアは、口もとを緩めた。目が合ったまま見入ってしまった。
「……」
 電車の中では他になにも話せなかった。譜生が黙っていると、普段と違ってアリアも声をかけてこなかった。変な緊張感を覚えつつ電車に揺られる。
 譜生の自宅につき、暖房をつけて温かい飲みものを用意する。暖かい部屋で、ふたりでココアを飲んだ。
「……譜生」
「な」
 なに、と聞こうとした言葉をアリアの唇が遮った。柔らかいものが唇に触れている。意味がわからず固まったままの譜生を、アリアが押し倒した。
 状況が理解できない。目をまばたき、覆いかぶさるアリアを見あげる。アリアはせつなく眉を寄せて、もう一度キスをしてきた。
「お、おい!」
 制止の声をかけてもアリアの動きは止まらない。首もとにキスをして、譜生が着るシャツのボタンを勝手にはずしていく。逃げようと身体をよじったら、うなじにもキスをされた。
「アリ――」
 顔を見あげて言葉が止まった。
 金色の瞳が儚げに揺れている。見ている譜生のほうが胸に痛みが走るような、つらそうとも切羽詰まっているとも思える表情を向けられる。
 アリアはゆったりとした動きで譜生のシャツを脱がせた。譜生が動けずにいるのをいいことに、肌にキスを落としていく。くすぐったくて身を震わせると、アリアは縋る瞳で譜生を見つめた。
「僕を好きになって」
 懇願に近い声音に、ぞくんと背筋が波立つ。肌にキスをしながら、アリアはもう一度同じ言葉を繰り返した。「好きになって」とかすれた声が乞う。アリアの声がこんなに低く重く聞こえたことがない。
 肌へのキスのたびに細い金髪が肌をくすぐる。むずがゆい感覚が身体を火照らせ、はしたない吐息を零させる。
「お願い、今は流されて」
「嫌だ」
 即答してアリアの下から逃げようとすると、きつく抱きしめられた。サンタ服についたファーの感触もくすぐったい。身をよじる譜生を、アリアはさらに強く抱きしめる。
「じゃあ、僕に優しくして……僕も優しくするから」
「なに言っ、……ぁ」
 また唇が重なり、なぜだか瞼をおろしている自分を不思議に思う。流されているのだろうか、アリアがかわいそうだから受け入れているのだろうか――考えてみたが、どちらも違う。だって、アリアのキスでこんなにどきどきしている。逃げるなんてできないくらいに、脳の芯が痺れる。
「譜生……」
 囁かれる名前さえ、身体を熱くする。サンタ服を脱ぎ捨てたアリアの引き締まった身体に、緊張からごくりと唾を飲む。逃げることより、この身体にいだかれることを考えてしまった。
 丁寧な愛撫に頭がぼうっとしてくる。胸の突起やへそのまわりを何度も撫でられ、くすぐったさが消えて下肢に熱が灯る。アリアの頬に触れると顔があがり、まっすぐに見つめ合った。
「アリア……」
「譜生、好きだよ。僕は譜生が好き」
 泣き出しそうな顔での告白に胸が疼く。金髪を撫でてあげると、アリアは目を細めた。穏やかな表情に、譜生も泣きそうになってしまった。
「譜生、大好き」
 こういうことはお互いに気持ちをたしかめ合ってからするものだ。わかっているのに拒絶できない。ただ呼吸を荒げる譜生に、アリアは頬を上気させている。
「可愛い、譜生」
「あっ!」
 熱くなった下肢を直接握られ、腰が跳ねる。おおげさに反応した譜生に、アリアは笑みを深くした。妖艶な笑みにぞくりとする。騒ぐ肌を落ちつかせる術も知らず、アリアに翻弄される。
 いやらしく濡れた昂ぶりにアリアの指が絡む。ちゅくちゅくと音を立てながら、アリアの手が追い詰めてくる。
「ま、待て……そんなにしたら……」
「いいよ、いって。譜生がいくところ見たい」
「っ、……あ! ほんとだめだ、いく、から……あ、あ……!」
 せりあがってきた熱が腰を重くする。熱い欲望が管を通り抜け、噴き出して肌に散った。自分でするときと比べてはるかに大きい快感に、小刻みに揺れる身体がおさまらない。射精の余韻にぼうっとしていると、アリアに抱きあげられた。
 布団に寝かされ、まだぼうっとしたままアリアを見あげる。アリアの下腹部もはっきりと形を変えている。見てはいけないのに目が逸らせない。譜生の視線に気がつき、アリアが下腹部をすり寄せてきた。
「可愛い譜生を見てたら、こんなになっちゃった」
「俺は可愛くない」
「可愛いよ。まっすぐで心が綺麗で、とっても可愛い」
 キスをされ、瞼をおろす。
 拒めない。拒みたくない。罠にかかったように、アリアがほしくてたまらない自分が恥ずかしい。
 恥ずかしいところを指でほぐされて、快感を発掘される。譜生自身知らなかった弱いところを攻められ、身体が揺れて止まらない。全身が熱くて、脳が蕩けてしまったようにぼうっとする。譜生が甘い声を出すと、アリアはこれ以上ないほどに幸せそうに目を細める。
「あ、あ……っ!」
「譜生……譜生、大好きだよ」
 アリアとひとつになっているなんて、現実だと思えない。でも現実だ。譜生の中におさまるのはアリアの長大な猛りで、腰を揺すられるたびに勝手に声が出る。押し出された声まで呑み込むようなキスが唇を塞ぐ。好意も行為も拒めない理由を考えてみたが、答えなんてひとつしかなかった。


 目を開けると、カーテンの隙間から陽射しが入っていた。いつの間にか朝になっている。布団で横になる譜生の隣には誰もいない。室内に誰の気配もない。
「サンタだもんな」
 クリスマスの朝には、プレゼントを置いて去ってしまうのだ。ぽつりと呟いた声は、しんとした室内に消えていった。寂しさを置いていくなんて、ひどいプレゼントもあったものだ。
「――なんて納得できるか」
 勝手に抱いて勝手に去っていくとか、どんな言い方をしてもやり逃げでしかない。絶対に責任を取らせる。
 それからアリアの行きそうなところをひたすら探した。メッセージを送っても、既読になるが返信がない。そういうことをするのか、と苛立ちながらスマートフォンを握りしめる。これくらいで諦めるわけがない。逆に闘志が燃えた。
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