しあわせをあなたと

すずかけあおい

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月曜日、武倉怜司

月曜日、武倉怜司②

 一緒に店を出た朝田と、駅の改札で別れた。
 莉久と朝田は高校の近くにあるスーパーでバイトをしている。電車の方向が違うが、同じ高校生なのであがる時間がほぼ同じで、今日も駅まで一緒だった。
 昨日は学校が休みなので夕方までのシフトだったけれど、平日は学校帰りの夕方から夜のシフトだから、ほどほどに遅い時間になる。それでも梓眞のマンションが近いおかげで、玄関のドアを開けたところにある棚の置時計を見ると、まだ二十一時になっていなかった。
 夜道を無事抜けられた安堵に息をつきながらリビングにいくと、梓眞と食事をしている若い男性のうしろ姿があった。

「おかえり、莉久」
「ただいま。あの、こちらが……?」
「そう。甥の武倉たけくら怜司れいじ

 怜司、と梓眞から呼ばれた男性が顔をあげ、莉久をちらりと見て眉を寄せた。
 梓眞と同じ色素の薄いつややかな髪はやや長めのウルフカットで、ヘイゼルの瞳がどこか寂しげに見える。愁いを秘めたような眼差しに、莉久は男同士でもどきりとした。整った顔立ちは梓眞以上で、感動するくらいだ。高くまっすぐな鼻梁も薄い唇も、すべてのパーツが美しい。切れ長の目もとから若干冷たそうな印象があり、シンプルな白いシャツが彼の恰好良さを際立てていた。

「は、はじめまして。原沢莉久です」
「……」

 じっと莉久を見た怜司は無言で視線を戻し、食事を再開した。
 なにか気に障ることでも言っただろうかと心配していると、梓眞がもう一度「怜司」と声をかけた。再び莉久を見た怜司と視線が絡み、莉久は身体が固まった。澄んだ瞳にまっすぐ見つめられると、金縛りにあったような感覚に陥る。

「ちんちくりん」

 それだけ言った怜司は、また箸を動かしはじめた。動きの止まっていた莉久は、はっと我に返る。

「梓眞さん、この人、害あるよね⁉」
「悪気はないんだよ。怜司、そういうことを言うんじゃない」

 怜司をたしなめつつ莉久に苦笑いを向ける梓眞に、どう考えても悪気があるとしか思えない、と莉久は憤然とする。たしかに莉久は平均的な身長で背が高くないが、開口一番に言うことか。

「挨拶くらいできるだろう?」
「……」

 梓眞に促されて再度莉久を見た怜司の顔には、明らかに「面倒くさい」と書いてあるが、それでもひとつ頭をさげた。

「武倉怜司」
「よろしくお願いします」
「……」

 莉久が精いっぱい好意的に対応しているのに、怜司は不機嫌そうに眉をひそめるばかりだ。

「ごちそうさま」
「怜司、『よろしく』くらい言ったらどうだ」
「嫌だよ」

 立ちあがって食器を片づけた怜司は、梓眞の言葉を無視して莉久の横を通り、部屋に入った。すれ違っただけだが、身長も梓眞より高いことがわかった。

「梓眞さん……、怜司さんって害しかなさそうなんだけど」
「ごめんね。不愛想だけど悪い子じゃないから」
「ええ……?」

 いい人にはまったく見えなくて、怜司の入っていったドアをじっと睨みつけてしまった。

「莉久も食事にする?」
「あ、うん。ありがとう」

 部屋に荷物を置き、手を洗ってきて丸いテーブルにつく梓眞の右隣に座る。向かい側は先ほどまで怜司が座っていた、とつい胡乱な目を向ける。本当に悪い人ではないのだろうか。梓眞の言うことを信じたいが疑念が消せない。
 うまくやっていける気がしない――もやもやしながら食事をとった。
 それでも莉久もここで二週間だけでもお世話になるのだから、そう簡単にはめげない。一緒に生活をする人だ、いい関係を築きたい。

「怜司さん、莉久です」

 怜司の部屋のドアをノックすると、応えるようにわずかな隙間が開いた。中から怜司が、やはり面倒くさそうな顔を見せている。

「あの、ちょっとお邪魔してもいいですか?」
「……うるさいのは嫌だから」
「うるさくしませんから」

 莉久が引かない姿勢でいたら渋々といった様子でドアが開き、部屋に入れてくれた。

「そこ」
「ありがとうございます」

 しめされた場所に置かれたクッションに座り、怜司を見あげる。本当に整った顔だ。怜司もまた莉久の部屋にあるのと同じ机とセットの椅子に座り、莉久をじっと見る。

「あの、怜司さんっていくつなんですか? 大学生とだけ梓眞さんに教えてもらったんですけど」
「……敬語」
「はい?」
「敬語いらない。梓眞さんにも敬語使ってないだろ」

 梓眞は灯里と接する感覚でいたのでいつも自然に話していたが、怜司はそういうわけにはいかない。思わず口ごもった莉久は、それでも勇気を出した。

「お、俺は十五なんだけど」
「二十」
「えっ」
「いくつに見えたんだよ」

 そう聞かれると困る。いくつというか、梓眞もそうだが実年齢より若く見えるのに不思議と落ちついた雰囲気がある。年齢不詳な感じで、何歳と言われても驚くかもしれない。

「お酒は飲むの?」
「飲まない。好きじゃない」

 そっけない口調だがきちんと答えてくれて、意外といい人かもしれない、と簡単に絆された。

「怜司さんも梓眞さんも、身長高いの羨ましい」
「十五ならまだ伸びるだろ」
「でも俺、父さんも平均身長だからな……。伸びるかな」

 たしか、離婚した母も平均的な身長だった。

「知るかよ」

 やはりきちんと答えてくれる。第一印象は最悪だったが、本当に悪い人ではなさそうだ。つい調子にのっていろいろ聞いてみたくなり、問いかけを重ねた。

「すごく恰好いいけど、やっぱりもてる?」
「さあな」
「もてるんだ……」

 余裕の答えが羨ましい。悔しいなんて思えないほど外見の違いがあって、思わずため息をついた。そんな莉久を、怜司はじっと見ている。このまっすぐな視線は緊張する。

「おまえ、梓眞さんの元彼の息子だろ。あの人に好かれた男の子どもなら、細かいこと気にすんなよ」
「え……」

 静かな声に動きが止まる。

「元彼ってなに?」

 莉久が聞き返した言葉に一瞬驚いたような様子を見せた怜司だったが、すぐに、まずい、という表情で顔を背けた。

「言い間違え。俺はもう寝る」

 立ちあがった莉久の腕を掴み、部屋の外に追い出す怜司の表情は、言ってはいけないことを言った、というものだった。

「気にすんな。忘れろ」

 ドアが閉まるが、気にしないでいられないし、忘れることなんてできない。ドアをしばし叩いたけれど反応がないので、梓眞の部屋へいった。

「どうした?」
「あの、怜司さんが俺のこと、『梓眞さんの元彼の息子』って言ったんだけど」
「え……」

 驚いたような様子に、やはり間違いなのかな、とほっとしたのもつかの間、梓眞が逡巡するような視線になり、莉久は嫌な予感がする。向かい合う梓眞はじわりと表情を曇らせた。

「梓眞さん?」
「……」
「そんな顔しないでよ。怜司さんの言ったこと、冗談で――」
「ずっと黙っててごめんね」

 ここまでの様子で、莉久も冗談だとは思えない気持ちがあったが、縋りたかった。
 梓眞はゆっくり首を横に振る。

「俺はゲイなんだ」
「ゲイって……まさか」
「そう。俺と灯里は、昔つき合ってた」


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