大人な貴方とはじめてを

すずかけあおい

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大人な貴方とはじめてを⑫

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「さて」
 明日からの土日で泊まりに行くことに決まったからには、準備が必要だ。お泊まりの前日の金曜日、会社帰りに駅の近くのファストファッションのショップに入った。「仲良く」するには下着を買わなくてはいけない。普段から恰好をつけられないのだから、こういうところくらいは気合いを入れたい。気合いを入れているのにファストファッションのショップなのも悲しいが、気軽に入れる店にしか行けない。
「あれ。幸成くん?」
「え?」
 下着コーナーに並ぶ下着の前で悩んでいたら、松田が絶対に聞き間違えない声で呼ばれた。それに松田をファーストネームで呼ぶのはひとりしかいない。
「志眞さん……」
「買いもの?」
 はい、と頷こうとしてかあっと頬が熱くなる。まさか気合いを入れすぎて悩んでいたなんて、正直には言えない。口ごもっていると、崎森は少し笑った。
「僕もなんだ」
「え?」
「幸成くんが泊まりに来てくれるから、下着を買おうと思って」
 恥ずかしそうに崎森も頬を赤く染める。同じことを考えていたのだとわかり、ほっとした。自分だけが張りきっていたのではないと知れて嬉しい。
「なんだか恰好つかないね。僕、情けなくないかな」
「ものすごく恰好いいです。大好きです」
 思わず前のめりになると、崎森は目をまたたいてふっと微笑んだ。愛しさが込められているように感じて、胸がきゅっとせつなく疼く。幸せすぎるとせつなくなるものなのかと新たな発見をする。
「一緒に選びませんか?」
 恥ずかしいのは互いに同じなので、ここは一緒に選ぶのが最善ではないか。誘いかけると、崎森も頷いてくれた。
「幸成くん、よかったら」
「はい?」
「このままうちに来ない?」
 言われた内容に下着を手にして、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。はっと我に返って表情を戻したら、今度は頬が熱くなる。なにをしても恰好悪い。
「もちろん、無理にとは言わないけど」
 どうしよう。
 明日には行くのだし、今日から行けば長く崎森とふたりでいられる。でもまだ心の準備が半分くらいしかできていない。なにしろはじめてで――。
「そっか」
「え?」
「いえ。ぜひお邪魔させてください」
 はじめてなのは崎森も同じなのだ。だから相当に緊張しながら誘ってくれている。それがわかったら嬉しくて胸に温もりが広がった。
 それぞれ会計を済ませ、一緒に店を出る。駅前の広場はライトアップされていてきらきらと輝いている。もうクリスマスだ。サンタクロースの形のバルーンが置かれていて、なんだかわくわくしてくる。崎森とふたりきりですごせたら、とても幸せな日になりそうだ。
「クリスマスも幸成くんとふたりですごしたいな」
「え?」
「だめ?」
 首を大きく左右に振る。だめなわけがない。
「俺も同じこと考えてました」
 嬉しいです、と呟くと、手を握られた。冷えた外気の中、手のひらがじわりと温もりに包まれる。コートを着ているのに、握り合った手が全身で一番温かく感じる。ずっとこうしていたいな、と歩調を揃えて駅に向かった。

 崎森の自宅最寄り駅にあるスーパーで食べるものを買ってから崎森の部屋に行った。整理整頓されたリビングダイニングのローテーブルに、買ってきたものを並べる。他にふた部屋あり、ひとつはたぶん寝室だ。この先のことを想像するだけで頭がぼうっとなるほど頬が火照る。
「食べようか」
「は、はい」
 箸を持ち、ふたりで食べはじめる。けれど。
「……」
 あまり食べたら腹が出るだろうか。心配になって、なんとなく食べる量を控えてしまう。隣を見ると、崎森も箸が進んでいなかった。
「志眞さんが今なにを考えてるか、当ててあげましょうか」
「……やっぱりわかる?」
「俺も同じですから」
 ふたりで笑い合い、一度箸を置く。隣を見ると目が合って、顔が近づいてきた。触れるだけのキスをしてからまた箸を持つ。
「きちんと食べないとだめだよね」
「そうですよね」
 おかしくなってきたら食欲も増した。買ってきた食べものをふたりで完食して、よくわからないけれどぎゅうぎゅうと抱きしめ合った。くすぐったいくらいに同じことを考えて、同じことを心配している。でもスマートに大人な対応をされるより、ずっとずっと嬉しかった。
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