ありがとうを君へ

すずかけあおい

文字の大きさ
5 / 10

ありがとうを君へ⑤

しおりを挟む
「いってきまーす」

 桃菜ちゃんが小学校に行くのを見送って、それから響さんを見送る。響さんのほうが出るのが少し遅い。以前は桃菜ちゃんと一緒に出て学校まで送っていたそうだが、やめてと桃菜ちゃんから言われたらしい。それから別々に出ているとの事だった。

「光くん、もうママは慣れた?」
「いや、まだまだ不慣れで迷惑かけちゃっててごめんなさい」
「そんな事ない。本当に助かってる」
「響さんは優しいから」

 雇われママになってから二週間。やるべき事がきちんとこなせているかと聞かれると怪しいところで。いきなり子持ちになった気分で慣れようがないのは当たり前なんだけど、響さんから突然“敬語禁止令”を出されてからはもういっぱいいっぱい。俺は兄がいたわけでもないし、響さんほど年が離れた親しい人間がいた事がないからなかなか敬語は抜けない。でも敬語だと会社にいるみたいで気を張っちゃうからと言われたら頷くしかできない。俺からしたら響さんは雇い主だから敬語でいいと思うんだけど、雇われでも“ママ”だから。

「じゃあ俺も行ってきます。光くん、家の事よろしくね」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけて」

 ふたりを見送って大きく息を吐く。家事は得意ではないけれど、苦手でもないはずと思っていたけれど、これがなかなか、それを中心に一日が回ると思った以上に自分の手際の悪さにうんざりしてくる。もっとパッとサッとできないものかと思うけれど、できない。ちまちま片付けをして掃除をして洗濯をして…気がつくともう夕方になっているという、本当に手際の悪い俺。ママは向いていないらしい。今後ママになる予定があったら……絶対そんな予定ないから考えるのはやめる。俺は俺なりに頑張ろう、そう決めた。

 でも本当に大丈夫なのかな、とたまに不安になる。俺がママをやっている事もだけれど、響さんも大丈夫なのかな、と。だって知り合ってすぐの人間に平気で留守中の家を任せてしまうんだから。万が一盗られても困るような物はないと笑っていたけれど、そういう問題ではない気がする。別に俺は何かしようって気はないけれど、もし俺が何かしてやろうって人間だったらどうするんだ。

「…え?」

 鍵を開ける音がする。響さんか桃菜ちゃんが帰って来たのかと思って時計を見ると十四時過ぎ。どちらが帰ってくるにしても早過ぎる。でも鍵を開けて誰かが入ってくる音が玄関から聞こえてくる。

「えー、…誰?」

 茶色い髪の長身の男性がゆっくりリビングに姿を現した。

「いや、そちらこそ…どなたですか?」
「誰でもいいじゃん。響は?」

 響さんの事を知っている? でも誰か来るような話は何も聞いていない。

「よくないです。なんで鍵を持っているんですか」
「だって俺、ここに住んでたし。で、響は?」
「仕事に行ってます、けど…」

 住んでたって…まさかアキラママ? でも来客があるなんて話、響さんから聞いていないし来客という雰囲気でもない。どう考えても鍵を持っているからと勝手に上がってきているように見える。

「とにかく、今響さんはいませんし、勝手に入ってこられたら困ります! 出て行ってください!」
「はいはい。響にあきらが来たって言っといて」

 やっぱりこの人がアキラママだ。軽い印象の、彰と名乗った男性は仕方なさそうに部屋を出て行く。帰ったのを確認してから、鍵を返してもらったほうがよかったのかも、と思ったが今更遅い。彰さんは突然現れて去って行った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。 その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。 この出会いは祝福か、或いは呪いか。 受け――リュシアン。 祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。 柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。 攻め――アーヴィス。 リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。 黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。 王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

イケメンに惚れられた俺の話

モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。 こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。 そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。 どんなやつかと思い、会ってみると……

処理中です...