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ありがとうを君へ⑤
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「いってきまーす」
桃菜ちゃんが小学校に行くのを見送って、それから響さんを見送る。響さんのほうが出るのが少し遅い。以前は桃菜ちゃんと一緒に出て学校まで送っていたそうだが、やめてと桃菜ちゃんから言われたらしい。それから別々に出ているとの事だった。
「光くん、もうママは慣れた?」
「いや、まだまだ不慣れで迷惑かけちゃっててごめんなさい」
「そんな事ない。本当に助かってる」
「響さんは優しいから」
雇われママになってから二週間。やるべき事がきちんとこなせているかと聞かれると怪しいところで。いきなり子持ちになった気分で慣れようがないのは当たり前なんだけど、響さんから突然“敬語禁止令”を出されてからはもういっぱいいっぱい。俺は兄がいたわけでもないし、響さんほど年が離れた親しい人間がいた事がないからなかなか敬語は抜けない。でも敬語だと会社にいるみたいで気を張っちゃうからと言われたら頷くしかできない。俺からしたら響さんは雇い主だから敬語でいいと思うんだけど、雇われでも“ママ”だから。
「じゃあ俺も行ってきます。光くん、家の事よろしくね」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけて」
ふたりを見送って大きく息を吐く。家事は得意ではないけれど、苦手でもないはずと思っていたけれど、これがなかなか、それを中心に一日が回ると思った以上に自分の手際の悪さにうんざりしてくる。もっとパッとサッとできないものかと思うけれど、できない。ちまちま片付けをして掃除をして洗濯をして…気がつくともう夕方になっているという、本当に手際の悪い俺。ママは向いていないらしい。今後ママになる予定があったら……絶対そんな予定ないから考えるのはやめる。俺は俺なりに頑張ろう、そう決めた。
でも本当に大丈夫なのかな、とたまに不安になる。俺がママをやっている事もだけれど、響さんも大丈夫なのかな、と。だって知り合ってすぐの人間に平気で留守中の家を任せてしまうんだから。万が一盗られても困るような物はないと笑っていたけれど、そういう問題ではない気がする。別に俺は何かしようって気はないけれど、もし俺が何かしてやろうって人間だったらどうするんだ。
「…え?」
鍵を開ける音がする。響さんか桃菜ちゃんが帰って来たのかと思って時計を見ると十四時過ぎ。どちらが帰ってくるにしても早過ぎる。でも鍵を開けて誰かが入ってくる音が玄関から聞こえてくる。
「えー、…誰?」
茶色い髪の長身の男性がゆっくりリビングに姿を現した。
「いや、そちらこそ…どなたですか?」
「誰でもいいじゃん。響は?」
響さんの事を知っている? でも誰か来るような話は何も聞いていない。
「よくないです。なんで鍵を持っているんですか」
「だって俺、ここに住んでたし。で、響は?」
「仕事に行ってます、けど…」
住んでたって…まさかアキラママ? でも来客があるなんて話、響さんから聞いていないし来客という雰囲気でもない。どう考えても鍵を持っているからと勝手に上がってきているように見える。
「とにかく、今響さんはいませんし、勝手に入ってこられたら困ります! 出て行ってください!」
「はいはい。響に彰が来たって言っといて」
やっぱりこの人がアキラママだ。軽い印象の、彰と名乗った男性は仕方なさそうに部屋を出て行く。帰ったのを確認してから、鍵を返してもらったほうがよかったのかも、と思ったが今更遅い。彰さんは突然現れて去って行った。
桃菜ちゃんが小学校に行くのを見送って、それから響さんを見送る。響さんのほうが出るのが少し遅い。以前は桃菜ちゃんと一緒に出て学校まで送っていたそうだが、やめてと桃菜ちゃんから言われたらしい。それから別々に出ているとの事だった。
「光くん、もうママは慣れた?」
「いや、まだまだ不慣れで迷惑かけちゃっててごめんなさい」
「そんな事ない。本当に助かってる」
「響さんは優しいから」
雇われママになってから二週間。やるべき事がきちんとこなせているかと聞かれると怪しいところで。いきなり子持ちになった気分で慣れようがないのは当たり前なんだけど、響さんから突然“敬語禁止令”を出されてからはもういっぱいいっぱい。俺は兄がいたわけでもないし、響さんほど年が離れた親しい人間がいた事がないからなかなか敬語は抜けない。でも敬語だと会社にいるみたいで気を張っちゃうからと言われたら頷くしかできない。俺からしたら響さんは雇い主だから敬語でいいと思うんだけど、雇われでも“ママ”だから。
「じゃあ俺も行ってきます。光くん、家の事よろしくね」
「うん。行ってらっしゃい。気をつけて」
ふたりを見送って大きく息を吐く。家事は得意ではないけれど、苦手でもないはずと思っていたけれど、これがなかなか、それを中心に一日が回ると思った以上に自分の手際の悪さにうんざりしてくる。もっとパッとサッとできないものかと思うけれど、できない。ちまちま片付けをして掃除をして洗濯をして…気がつくともう夕方になっているという、本当に手際の悪い俺。ママは向いていないらしい。今後ママになる予定があったら……絶対そんな予定ないから考えるのはやめる。俺は俺なりに頑張ろう、そう決めた。
でも本当に大丈夫なのかな、とたまに不安になる。俺がママをやっている事もだけれど、響さんも大丈夫なのかな、と。だって知り合ってすぐの人間に平気で留守中の家を任せてしまうんだから。万が一盗られても困るような物はないと笑っていたけれど、そういう問題ではない気がする。別に俺は何かしようって気はないけれど、もし俺が何かしてやろうって人間だったらどうするんだ。
「…え?」
鍵を開ける音がする。響さんか桃菜ちゃんが帰って来たのかと思って時計を見ると十四時過ぎ。どちらが帰ってくるにしても早過ぎる。でも鍵を開けて誰かが入ってくる音が玄関から聞こえてくる。
「えー、…誰?」
茶色い髪の長身の男性がゆっくりリビングに姿を現した。
「いや、そちらこそ…どなたですか?」
「誰でもいいじゃん。響は?」
響さんの事を知っている? でも誰か来るような話は何も聞いていない。
「よくないです。なんで鍵を持っているんですか」
「だって俺、ここに住んでたし。で、響は?」
「仕事に行ってます、けど…」
住んでたって…まさかアキラママ? でも来客があるなんて話、響さんから聞いていないし来客という雰囲気でもない。どう考えても鍵を持っているからと勝手に上がってきているように見える。
「とにかく、今響さんはいませんし、勝手に入ってこられたら困ります! 出て行ってください!」
「はいはい。響に彰が来たって言っといて」
やっぱりこの人がアキラママだ。軽い印象の、彰と名乗った男性は仕方なさそうに部屋を出て行く。帰ったのを確認してから、鍵を返してもらったほうがよかったのかも、と思ったが今更遅い。彰さんは突然現れて去って行った。
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