夢じゃない

すずかけあおい

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夢じゃない④

「どうしたの、なにかあった?」

 夜、航希の部屋に行くとやっぱり暗い顔で迎えてくれた。最近、ずっとこんな顔をしている。本当にどうしたんだろう。聞いても「なにもないよ」と言われるし…心配だ。

「うん…。母さんから、航希が俺の住所聞きにきたって聞いたんだけど」
「!!」

 航希が固まり、それから真っ赤になった。長い間、航希を知っているけれど、こんな表情は初めて見る。

「隣に引っ越してきたのって偶然じゃなかったの?」
「………」

 真っ赤になった後、難しい表情になって航希は黙り込んでしまった。やっぱり深い意味はなかったんだろうか。
 三分ほど航希が黙り続けて、俺にも難しい表情がうつってきた頃…航希が、すぅーっと深呼吸をし始めたので、じっと見つめる。なんだ。

「泰斗が好きだ!!」
「!?」

 びっくりしすぎてなにを言われたかわからず、頭の中で“好き”の意味を考えてしまった。それから頬が熱くなってくる。

「………え?」

 好きって…好き?
 航希が頷く。

「本当は高校の卒業式の後、告白するつもりだった。でもケンカになっちゃって…ずっと後悔してた」

 どくん、と心臓が脈を速くする。航希の“好き”も、間違いなく俺の心にあるものと同じだ。

「ケンカ別れになっちゃって、もう二度と会えないんだって思ってたけど……もしかしたら自分で行動を起こせば変わるんじゃないかって思ったんだ。それで夏に帰省したときにおばさんに泰斗の住所を聞いた」

 うわ…うわ…これって夢? こんな都合のいい現実、あるわけない。
 でも、真剣に言葉を紡ぐ航希は夢じゃない。

「住所を聞いた後、アパート名で検索したら空室があるって知って、内見に行ったら泰斗の部屋の隣で…すぐ契約した。だから再会は偶然じゃない」
「そう、なんだ…」
「離れてる間もずっと泰斗のことが好きで、泰斗のことばっかり考えて過ごしてたし、今もそう。泰斗のことばっかり考えてる。すごく好き」

 俺と同じだ…。頬がありえないくらい熱くなって、口元がゆるっとしてくる。対照的に航希の表情がくしゃくしゃと歪む。

「彼女がいるって聞いて、すごくショックだよ…。今すぐ別れて欲しい。ううん、別れさせたいのが本音。彼女より、絶対俺のほうが泰斗のこと好きだ」

 航希の告白にぽかんとしてしまう。もしかして、最近の暗い表情ってこれが原因…? そうだったらどうしよう…申し訳ないのに嬉しい。

「……泰斗、明け方に俺の名前呼ぶよね?」
「!!」
「すごく辛そうな声が聞こえてくる」
「……」

 聞こえてるんだ…。

「泰斗のそばにいられるのは俺じゃないの…?」

 素直になれ、素直になれ…。
 今、素直にならなかったら、卒業式のあのとき以上に後悔する。

「……こんなこと聞くの、嫌だけど」
「? なに?」
「彼女といるときも、俺の名前呼ぶこと…あるんじゃない?」
「………」

 素直になれ…!!

「………そんなこと、ない」

 言葉を絞り出すと、航希はがっかりしたような顔をする。

「……そっか」
「だって、彼女なんていないから」
「え?」
「嘘吐いてごめん……付き合ってる人なんていない」
「………」

 今度は航希がぽかんとしている。
 止まるな、俺。
 自分に言い聞かせて口を開く。

「俺も……ずっと航希が好きだった。また会えて嬉しい。…最近、毎晩航希が泣いてる夢を見て…航希の名前を呼びながら目を覚ましてる…。嘘吐いて……ごめん…っ」

 視界がゆらゆらして、そのままぼろぼろと涙が零れ落ちていく。慌てる航希の姿が滲んでいる。

「泰斗…」
「おまえ、昔から一言多いんだよ! だから俺も言い返しちゃって…!」
「ご、ごめん…!」
「……ううん、俺こそごめん」

 目元を手の甲でぎゅっと拭って、航希をまっすぐ見つめる。

「……航希が好き…」
「ほんとに? 冗談じゃなくて?」
「そういうところが」
「ごめん!」

 ゆっくり近付いて、そっと抱き締め合う。航希のにおい…。優しくてあったかくて、いつもそばにあった。もっと近くに欲しかった。

「やっと願いが叶った」

 航希が嬉しそうに言う。もう暗い表情はしていない。

「俺も、“幼馴染のやり直し”じゃ辛かった…」

 幼馴染に戻れたら、今度は次の欲求が生まれた。人間って欲張りだ。もっともっとと求めてしまう。

「俺も泰斗も、素直じゃないところとか結構似た者同士だね」
「……認めたくないけど」

 …また素直になれてない。

「……ごめん」
「なんで?」
「俺、また素直じゃないこと言ってる」

 自分にむっとしてしまう。こういうところ、嫌。でも航希はにこにこしている。

「そういうところが好きだからいいよ」

 抱き締める腕にぎゅうっと力をこめられ、わ、と声が出てしまった。どきどきが伝わってしまいそうだから、もぞもぞして身体を離す。

「そのままの泰斗でいて」

 そのままの俺…。
 航希の頬を軽くつねる。

「なにすんの?」
「俺もそのままの航希が好きだけど、そのままの俺達で、またケンカ別れしたらどうすんだ」
「そっか。ありえるな」

 うん、とひとつ頷く航希。そのままがいいけど、それが絶対ではないとも思う。

「お互い、変わる努力していかないと」
「泰斗と一生…ずっとずっと一緒にいたいから、頑張る」

 一生…。
 そっか、航希は俺とのことをそんな風に考えてくれているんだ。心が温かくなって、航希をぎゅっと抱き締める。

「うん。ふたりで頑張ろう」

 ふたりでなら頑張れる。俺も変わりたい。

「……泰斗」
「なに?」

 航希が顔を覗き込んでくる。近い。ちょっと顔を引く。

「キスしてみたい」
「『してみたい』とか言うな。ほんとにおまえは…」
「ごめん…」

 しゅんとしてる。かっこいいのに可愛い男だ。

「…してもいいけど、俺は初めてだからな。や、優しくしろよ…」

 誰とも付き合ったことがないんだから、初めてに決まってる。でも、航希はしたことあるんだろうな…。もやもやする。

「俺も初めて。頑張って優しくする」

 航希が目をキラキラさせている。初めて?

「嘘吐き。その見た目で初キス守れてるわけない。どうせ俺はキスする相手なんていなかったよ」
「守れてるし、いなくていいんだよ。俺には泰斗だけだし、泰斗には俺だけでしょ? …泰斗だって一言多いじゃん」

 あ。

「…ごめん」

 頬が熱くなる。恥ずかしい…。たぶん真っ赤な頬を、航希が手でなぞる。

「キスしていい?」
「……うん」

 ゆっくり顔が近付いてきて、整った顔がぼやけていく。心臓のバクバクがどんどん激しくなっていって、ふわっと唇が重なった。唇が離れて、瞼を上げる。

「泰斗、可愛い。押し倒したい」
「…一言多い」
「今のは多くない。素直な感想」
「………」

 なんだか…またむくむくと素直じゃない自分が出てこようとしているのがわかる。ぎゅっと唇を引き結ぶ。

「泰斗?」
「………」
「怒った?」
「………」

 首を横に振ると、航希が顔を覗き込んでくる。でも俺は喋らない。航希は不思議そうな顔で俺を見る。

「泰斗? どうしたの?」
「……口を開くと素直じゃない言葉が出てくるから閉じてる」

 もう一度口を閉じて、その上から両手で覆う。航希はきょとんとして、それから微笑む。

「…ばかだなぁ」

 口を覆う手にキスをして、ぎゅっと抱き締めてくる。

「ほんと、ばかだなぁ…」

 すごくすごく優しい「ばか」だった。


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