1 / 6
魔法の言葉①
しおりを挟む
幼い頃、隣家に住む幼馴染の実凪と喧嘩をすると、弦矢は自宅の庭のすみに隠れた。このまま実凪に嫌われたらどうしよう、と不安になっていつも膝をかかえる弦矢に、五歳上の兄、道弥が魔法の言葉を教えてくれた。
好きならちゃんと謝らないとね、と兄に励まされ、胸を張って実凪のもとに戻るのが決まりごとになったのはこのときだ。今考えると堂々としすぎていると思うのだが、すごいことを教えてもらったと無敵になった気分だったのだ。
「実凪のこと好き。だからごめんなさい」
道弥に教えられたとおりに謝ると、実凪は弦矢をぎゅっと抱きしめて「僕もごめんなさい」と言ってくれた。
それから喧嘩のあとはいつでもそのやり取りをして、実凪のぬくもりにほっとしたのを覚えている。ブラウンに近いオレンジ色の瞳が優しく細められて、真似をして弦矢も微笑み返した。
喧嘩をしても、仲直りの言葉があるから実凪とずっと仲がよかった。でも小学校二年生になるくらいから、可愛い顔立ちだった実凪が恰好いい外見になっていった。弦矢は鏡を見ては平凡な自分に落ち込むばかり。そのうち引け目から距離を置きたくなり、そのままの気持ちを実凪に伝えた。
「明日からひとりで学校行く」
実凪の目を見ないで俯いて言った弦矢に、実凪はなにも答えなかった。ただ沈黙だけがある。あまりになんの反応も返ってこないので顔をあげると、今にも泣き出しそうな顔をした実凪がいた。噛み締めた唇が痛々しくて、目を逸らしたいのに動けない。弦矢が戸惑っていると、実凪がゆっくりと口を開いた。
「いつもの言って」
普段柔らかい声が震えている。
「いつもの?」
実凪が傷ついていることが視覚からも聴覚からも伝わってきて、ひどい後悔が襲ってきた。風に揺れる実凪の薄茶色の髪の動きが、心細さを起こさせる。流れるように揺れる実凪の髪の動きに呼応して弦矢の心まで揺らされ、声が震えてくる。
「『実凪のこと好き』って。『だからごめんなさい』ってして、そんなこともう言わないで」
瞳を潤ませながら乞われ、実凪はそれほどに弦矢のことを好きでいてくれているのだと知った。実凪のことを軽い存在と思っていたわけではないが、弦矢のひと言で泣きそうになるほどに大事に思ってくれていたことに、胸がぎゅっと掴まれたように痛む。同時にほわりと温かい気持ちが胸に広がった。
「ごめん、もう言わない」
弦矢が頭をさげて告げた謝罪に、実凪はようやく笑顔を見せてくれた。縋りつくのに似た動作で抱きつかれ、その勢いに圧されながらもしっかりと受け止める。弦矢の黒髪に顔をうずめた実凪は、ほっとした様子で吐息を零した。
実凪には自分がいないとだめなんだ、とそのときわかった。自分も本当は実凪が大好きだから、ずっとそばにいたい。見た目への引け目より、実凪に向ける好意のほうがずっとずっと大きい。弦矢が一緒にいれば、実凪はいつでもにこにこと笑って楽しそうにしてくれる。
実凪との関係は、ずっと変わらないと思っていた。
好きならちゃんと謝らないとね、と兄に励まされ、胸を張って実凪のもとに戻るのが決まりごとになったのはこのときだ。今考えると堂々としすぎていると思うのだが、すごいことを教えてもらったと無敵になった気分だったのだ。
「実凪のこと好き。だからごめんなさい」
道弥に教えられたとおりに謝ると、実凪は弦矢をぎゅっと抱きしめて「僕もごめんなさい」と言ってくれた。
それから喧嘩のあとはいつでもそのやり取りをして、実凪のぬくもりにほっとしたのを覚えている。ブラウンに近いオレンジ色の瞳が優しく細められて、真似をして弦矢も微笑み返した。
喧嘩をしても、仲直りの言葉があるから実凪とずっと仲がよかった。でも小学校二年生になるくらいから、可愛い顔立ちだった実凪が恰好いい外見になっていった。弦矢は鏡を見ては平凡な自分に落ち込むばかり。そのうち引け目から距離を置きたくなり、そのままの気持ちを実凪に伝えた。
「明日からひとりで学校行く」
実凪の目を見ないで俯いて言った弦矢に、実凪はなにも答えなかった。ただ沈黙だけがある。あまりになんの反応も返ってこないので顔をあげると、今にも泣き出しそうな顔をした実凪がいた。噛み締めた唇が痛々しくて、目を逸らしたいのに動けない。弦矢が戸惑っていると、実凪がゆっくりと口を開いた。
「いつもの言って」
普段柔らかい声が震えている。
「いつもの?」
実凪が傷ついていることが視覚からも聴覚からも伝わってきて、ひどい後悔が襲ってきた。風に揺れる実凪の薄茶色の髪の動きが、心細さを起こさせる。流れるように揺れる実凪の髪の動きに呼応して弦矢の心まで揺らされ、声が震えてくる。
「『実凪のこと好き』って。『だからごめんなさい』ってして、そんなこともう言わないで」
瞳を潤ませながら乞われ、実凪はそれほどに弦矢のことを好きでいてくれているのだと知った。実凪のことを軽い存在と思っていたわけではないが、弦矢のひと言で泣きそうになるほどに大事に思ってくれていたことに、胸がぎゅっと掴まれたように痛む。同時にほわりと温かい気持ちが胸に広がった。
「ごめん、もう言わない」
弦矢が頭をさげて告げた謝罪に、実凪はようやく笑顔を見せてくれた。縋りつくのに似た動作で抱きつかれ、その勢いに圧されながらもしっかりと受け止める。弦矢の黒髪に顔をうずめた実凪は、ほっとした様子で吐息を零した。
実凪には自分がいないとだめなんだ、とそのときわかった。自分も本当は実凪が大好きだから、ずっとそばにいたい。見た目への引け目より、実凪に向ける好意のほうがずっとずっと大きい。弦矢が一緒にいれば、実凪はいつでもにこにこと笑って楽しそうにしてくれる。
実凪との関係は、ずっと変わらないと思っていた。
22
あなたにおすすめの小説
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。
【本編完結】才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。
ホマレ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。
その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。
胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。
それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。
運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
海月 ぴけ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
届かない「ただいま」
AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。
「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。
これは「優しさが奪った日常」の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる