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つながり②
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賢太がアルバイトから帰ると、すぐに父も帰宅した。父は酔っているようで、嫌な予感がするから食事もそこそこに急いで部屋に入った。想像どおり激しい怒鳴り合いがはじまり、掛け布団をかぶって身体を丸める。
聞きたくない。
耳を塞いでも、両親が罵りを投げつけ合っているのがリビングから漏れ聞こえてくる。両手で耳を押さえ、ぎゅっと目を閉じる。
聞きたくない……!
強く強く拒絶する。心を閉じてなにも感じないふりをしてはいても、痛みを感じなくなれるほどの精神力は持っていない。どうしても傷つき、つらくなる。手で耳を塞いでも激しいやり取りが小さく聞こえる。布団にいっそう深くもぐり、固く心を閉ざしてもう一度、聞きたくない、と繰り返した。
『もう嫌だ』
「……?」
『誰も俺の気持ちなんかわかってくれない』
一瞬自分の声が耳に響いたのだと思った。でもその声は自分のものより低く、自身を「俺」と言う。賢太は無意識でも自分を「俺」と言ったことはない。
「誰……?」
布団からそろりと顔を出し、室内を見まわす。当然だが賢太以外に誰もいない。あんなにはっきりと聞こえたのだから、相手はすぐそばにいるはずだ。
「もう嫌っ!」
ガタガタッ、と家具が倒れるような激しい音と母の声が聞こえ、すぐにまた掛け布団をかぶる。現実が嫌になりすぎて幻聴が聞こえたのかもしれない。手で耳を塞いでじっと耐える。
『……なんで俺ばっかり』
「――」
やっぱり聞こえる。
いったいどこから聞こえる声なのか、誰の声なのか。わからなくておぞ気さえ起こった。
『誰だ?』
「え……」
話しかけられたようで声を出すが、声の主には聞こえていないようだ。なにがどうなっているのかわからず、首をかしげながら耳を澄ませる。
『気のせいか……』
まさか、僕の声が聞こえてる……とか。
心の中で呟くと、声の主は『え』と漏らした。
『やっぱり誰かいるのか?』
もしかして、と心の中でおそるおそる答える。
あなたは、誰?
『きみこそ、誰なんだ?』
この部屋には賢太しかいない。でもたしかに知らない誰かの声が聞こえる。聞こえるだけではなく、賢太の心の声も相手に届いているようだ。
僕は……。
『待って。頼む、名乗らないでくれ』
え?
『俺の心の声が聞こえてるのか……』
相手も賢太と同じことを考えていて、どういうことだろうと賢太も首をひねる。
『よくわからないけど、俺の話し相手になってくれないか?』
う、うん。でも名前は……。
『ごめん。俺は自分に自信がないから、見知らぬ誰かと思っていてほしい』
頷いても相手にはわからないのに、こくこくと首を縦に振った。相手の声が若干和らぎ、ぽつぽつと自身のことを話しはじめる。
毎日がつらいこと、自分なんかいらないと思ってしまうこと、親は本当は自分なんて必要としていないということ――あまりに賢太の気持ちに近くて、すぐに親近感が湧いた。
僕も同じ。親から必要とされてると思えない。親は毎日喧嘩してて、聞いていたくないんだ。
『そうか……。俺だけじゃないんだな』
賢太も同じ心持ちだった。自分だけがつらいのではなく、同じ思いをしている人が他にもいる。当たり前なのに考えたこともなかった。
心に強く思う言葉が相手に聞こえるようで、会話ができた。気がついたら両親のなじり合いは聞こえず、知らない声だけが耳に響いている。
互いに名乗らずにいろいろと話す。それがあまりに楽しくて心地よかった。誰かわからないから話せる。たぶん実際に目の前にこの声の主がいたとしても、こんなふうに話せなかっただろうと思うくらいに、たくさんの話をした。
『きみもつらいんだな。俺の両親は喧嘩はしないから、きみのほうがずっとつらいと思う』
どっちがよりつらいかなんてないよ。あなただって傷ついてるの、わかる。
夢中になって会話をした。高校で仲のいい友だちなんていないし、いたとしてもこんな話はできない。誰かわからない声だけの相手、だからこそ話せた。
『そろそろ寝ようか。寝不足だと気持ちも落ち込みやすくなる』
うん。話を聞いてくれてありがとう。
『俺こそ、ありがとう。こんな話ができたのははじめてだ』
声だけでも相手が微笑んでいるのがわかった。賢太なんかでも役に立てたのなら嬉しい。賢太も知らない声の主に感謝した。話すことで楽になるというのは本当だとわかり、おずおずと心で問いかけた。
また話し相手になってくれる?
今日突然聞こえた声が今後も聞こえるかはわからない。明日になったらなにも聞こえないかもしれない。それでもまた聞こえたら話したかった。
『ああ。もちろん』
ありがとう!
『おやすみ』
声が薄れていき、なにも聞こえなくなった。静かになって、掛け布団から出る。室内にはやはり賢太しかいない。
幻聴でもいい。互いに気持ちを共有して、つらさが薄らいだからか、珍しく優しい気持ちで寝る体勢に入れた。
聞きたくない。
耳を塞いでも、両親が罵りを投げつけ合っているのがリビングから漏れ聞こえてくる。両手で耳を押さえ、ぎゅっと目を閉じる。
聞きたくない……!
強く強く拒絶する。心を閉じてなにも感じないふりをしてはいても、痛みを感じなくなれるほどの精神力は持っていない。どうしても傷つき、つらくなる。手で耳を塞いでも激しいやり取りが小さく聞こえる。布団にいっそう深くもぐり、固く心を閉ざしてもう一度、聞きたくない、と繰り返した。
『もう嫌だ』
「……?」
『誰も俺の気持ちなんかわかってくれない』
一瞬自分の声が耳に響いたのだと思った。でもその声は自分のものより低く、自身を「俺」と言う。賢太は無意識でも自分を「俺」と言ったことはない。
「誰……?」
布団からそろりと顔を出し、室内を見まわす。当然だが賢太以外に誰もいない。あんなにはっきりと聞こえたのだから、相手はすぐそばにいるはずだ。
「もう嫌っ!」
ガタガタッ、と家具が倒れるような激しい音と母の声が聞こえ、すぐにまた掛け布団をかぶる。現実が嫌になりすぎて幻聴が聞こえたのかもしれない。手で耳を塞いでじっと耐える。
『……なんで俺ばっかり』
「――」
やっぱり聞こえる。
いったいどこから聞こえる声なのか、誰の声なのか。わからなくておぞ気さえ起こった。
『誰だ?』
「え……」
話しかけられたようで声を出すが、声の主には聞こえていないようだ。なにがどうなっているのかわからず、首をかしげながら耳を澄ませる。
『気のせいか……』
まさか、僕の声が聞こえてる……とか。
心の中で呟くと、声の主は『え』と漏らした。
『やっぱり誰かいるのか?』
もしかして、と心の中でおそるおそる答える。
あなたは、誰?
『きみこそ、誰なんだ?』
この部屋には賢太しかいない。でもたしかに知らない誰かの声が聞こえる。聞こえるだけではなく、賢太の心の声も相手に届いているようだ。
僕は……。
『待って。頼む、名乗らないでくれ』
え?
『俺の心の声が聞こえてるのか……』
相手も賢太と同じことを考えていて、どういうことだろうと賢太も首をひねる。
『よくわからないけど、俺の話し相手になってくれないか?』
う、うん。でも名前は……。
『ごめん。俺は自分に自信がないから、見知らぬ誰かと思っていてほしい』
頷いても相手にはわからないのに、こくこくと首を縦に振った。相手の声が若干和らぎ、ぽつぽつと自身のことを話しはじめる。
毎日がつらいこと、自分なんかいらないと思ってしまうこと、親は本当は自分なんて必要としていないということ――あまりに賢太の気持ちに近くて、すぐに親近感が湧いた。
僕も同じ。親から必要とされてると思えない。親は毎日喧嘩してて、聞いていたくないんだ。
『そうか……。俺だけじゃないんだな』
賢太も同じ心持ちだった。自分だけがつらいのではなく、同じ思いをしている人が他にもいる。当たり前なのに考えたこともなかった。
心に強く思う言葉が相手に聞こえるようで、会話ができた。気がついたら両親のなじり合いは聞こえず、知らない声だけが耳に響いている。
互いに名乗らずにいろいろと話す。それがあまりに楽しくて心地よかった。誰かわからないから話せる。たぶん実際に目の前にこの声の主がいたとしても、こんなふうに話せなかっただろうと思うくらいに、たくさんの話をした。
『きみもつらいんだな。俺の両親は喧嘩はしないから、きみのほうがずっとつらいと思う』
どっちがよりつらいかなんてないよ。あなただって傷ついてるの、わかる。
夢中になって会話をした。高校で仲のいい友だちなんていないし、いたとしてもこんな話はできない。誰かわからない声だけの相手、だからこそ話せた。
『そろそろ寝ようか。寝不足だと気持ちも落ち込みやすくなる』
うん。話を聞いてくれてありがとう。
『俺こそ、ありがとう。こんな話ができたのははじめてだ』
声だけでも相手が微笑んでいるのがわかった。賢太なんかでも役に立てたのなら嬉しい。賢太も知らない声の主に感謝した。話すことで楽になるというのは本当だとわかり、おずおずと心で問いかけた。
また話し相手になってくれる?
今日突然聞こえた声が今後も聞こえるかはわからない。明日になったらなにも聞こえないかもしれない。それでもまた聞こえたら話したかった。
『ああ。もちろん』
ありがとう!
『おやすみ』
声が薄れていき、なにも聞こえなくなった。静かになって、掛け布団から出る。室内にはやはり賢太しかいない。
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